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ミランダを抜かしてノイン視点、三回目です。
「ノイン!!! やっと会えた」
ヒュペリオンから降りるとすぐに、聞き慣れた、ずっと求めていた声が届く。
そして、私が声の主を探し当てるよりも早く、駆け寄ってきた彼女に抱き締められる。
「ニーナ。ただいま」
ニーナ・リリアーナ。私の姉であり、母のような存在。
「慌て過ぎだぞニーナ。ノインに会えて嬉しいのは判るが、アベルさんたちへの挨拶もすっ飛ばしていきなり抱き着くなよ」
私を離さない様にシッカリと抱え込んだニーナに、後から来たルークが呆れたように注意する。
「お久しぶりですアベル師匠。こうしてまた会えて嬉しいです」
ルークたちはアベルに深々と頭を下げて挨拶する。
ルークにマーク。ミリアルドとルインの兄弟、そして、私を抱きしめてるニーナもアベルと相対した瞬間に恐怖に身が竦んでいるのがハッキリと解る。
気持ちは判る。みんなにはあの三週間の修行の間の恐怖が植え付けられてるから・・・・・・。
「ああ、俺もまた会えて嬉しいよ。元気そうだしな。それと、後でどれくらい強くなった髪させてもらうから、そのつもりでな」
軽く答えたアベルに一斉に顔を青くするみんな。
定期的に連絡を取り合っているから、みんなも別れた当時よりもずっと強くなっているのは知っている。知っているけど、それがアベルの基準に達しているかは判らない。
みんなは多分気が付いてないけど、アベルはみんなの事を、ルークたちの事を気に入っている。だからこそみんなに課す基準も厳しくなる。
俺が認めたんだからこのくらいは当然だろ?
そんな感じでみんなにこのくらいは強くなっていろと基準を定めているんだろうけど、その基準は普通に考えて不可能に近い程の難易度だと思う。
「アベル。ニーナたちは強くなってる。だからあまり厳しく見ないで」
ひょっとしたら、私たちと同じくらいの成長をみんなもしていて当然とか考えて装で怖い。
私たちは、アベルと一緒に旅をしているメンバーは、アベルの非常識な修行の成果で、信じられないような勢いで強くなっている。それと同じくらいに強くなっているなんて、いくらなんでも無理に決まっている。
「いや、ノイン。俺たちとしてもアベル師匠にどのくらい強くなったか確かめてもらうのは望むところなんだが」
マインがそんな事を言ってるけど、それは結果次第ではアベルがどうするつもりなのか判ってないからいえる事。
「だって、アベルは結果次第じゃあ、みんなに前よりも更に厳しい修行を課すつもり。そんな修行を課せられたらみんな死んじゃう」
冗談でも大袈裟でもなく、アベルが厳しくなんて断言するような修行を課せられたら、その時点で死亡確定だと思う。
正直、アベルと同じレジェンドクラスの方たちでも無理だと思う・・・・・・。
「随分な言い様だなノイン。府抜けているようなら、少しハードな修行で気を引き締めようと思っているだけなんだがな・・・」
「アベルの少しハードは、他の人には耐えられないレベルの過酷さ。私たちだって今の修行を続けて来て、何度死ぬかと思ったか知れない。それよりハードな修行じゃあ、アベル以外はみんな死んじゃう」
私が断言すると、アベル以外のその場にいた全員が深く頷いた。ルークたちも3週間の血を吐く様な修行を思い出して真っ青になって震えているし、人造人間のエイルですら、仲間になってからの過酷な日々を思い出したのか若干顔を顰めてるし、ティリアやシオンたちの様な、新しく仲間になったメンバーも、早々に受けた過酷な修行の洗礼から深く同意してくれてる。
「正直、キミの課す修行は、今まで死人が出なかったのが不思議なレベルなんだけど」
むしろ本気で死人が出ていないのが不思議そうにキリア。それは私も同感ですし、ヤッパリ他のみんなも同じ思いみたい。どうして、アベルの修行で今まで死人が出なかったのだろう?
「失礼な。ちゃんと死なない様に確認しながら課題を課しているに決まっているだろう」
「それはつまり、辛うじて死なないレベルまでは追い込んでいると言う意味では?」
胸を張って断言した所をケイに突っ込まれて、まさしくそれが事実な証拠にアベルは顔を背ける。
死ぬ一歩手前まで追い込まれる過酷な修行。ああ、そうだ。言葉として聞いて改めて実感する。アベルの課す修行はまさにソレだと思う。
「死ぬ一歩手前の、極限まで追い込まれ続ける修行。私たちに課されていたのはまさにそれね。古馬にすると今までの苦労が八っきりを思い出されて来るよ」
ユリィはどこか遠い眼をしている。ううん。ユリィだけじゃない。彼女の言葉にこれまでの事が走馬灯のように駆け抜けて来て、私たちはそろって遠い眼をする。
他にどんな風にすればいいのか判らない。
「とりあえず。みんなにまたそんなヒドイ事しちゃダメ。それと、私たちにするのもダメだと思う」
そんな命の危機と隣り合わせのような過酷な修行を潜り抜けて来たからこそ、私たちがここまで強くなれたのは判っている。
現に、実は私たちは既にティリアを除いて全員Sクラスだし。
ミランダや、シャクティたちやシオンたちの様に初めからSクラスのメンバーも居るけど、私たちの様にSクラスどころか、A・Bランクに成れるかも判らなかったようなメンバーが、二年も必要としないでSクラスまで至るなんて本当にありえない。
自分たちの身に起きた事なのに、私たち自身が一番信じられないでいるくらい。
だから、アベルの修行が本当に信じられないくらい凄いのは、凄いなんて言葉で表し切れないくらいに恐ろしいのは私たち自身が身をもって知っている。
だけど、そこまでする必要もないでしょう? とも心の底から思う。
アベルの修行法は、そこまで過酷にしなくても確実に強くなれる優れた物なのだから、あんなシゴキをしなくても良いと思う。
「いや、最速で最大限強くなれる様にしてるだけなんだが」
「確実に強くなって行けているんだから、そんなナリフリ構わない修行じゃなくていいと思う」
「それはそうだな、現に、ここに居る彼らも、アベルのもとを離れてから自分たちに出来る範囲で、無理をしないレベルで修業を続けて、確実に強くなっているみたいだし、そんなに慌てて強くしようとする必要性自体がまったくないね」
アベルが言い訳しようとするのを私に合わせてミランダが完全に論破して黙らせる。
そう。ルークたちも私たちほどじゃないけど明らかに強くなってるのが会っただけで判る。
決して無理をしない自分たちのペースで修業を続けただけで、ここまで強くなれている。この調子ならみんなも十年もしない内にSクラスになっていると思う。
十分過ぎる成長速度。むしろ強くなるのが常識外れに早過ぎるくらい。
もう、私たちのペースなんて異常じゃすまないレベルだし、少しは周りの目を気にして抑えるとかした方が良いと思う。
「ルークたちの強くなる速さでも十分異常なくらいなのに、私たちなんてその比じゃない速さで強くなってる。それは良いけど、結果として凄い注目を周りから浴びちゃってる。アベルの弟子ってだけで注目されるから、ある程度は仕方がないにしても、これ以上はどうかと思うレベルだし。これ以上注目されても困るし、このままの修行を続けて、今のままペースで強くなっていくのは怖すぎる」
もっとも、私たちがどこまで強くなれるかなんて判らないのだけども、少なくても、まだ力は伸びている。
アベルの様にレジェンドクラスに至れるなんてカケラも思ってないけど、Sクラスのどこまで力を伸びるのだろう?
ミランダや前のアベルと同じ、Sクラスの最高峰のES+ランクまで行けるのか?SSランクくらいで止まるのかも今の段階じゃあまったく予想も出来ない。
「それに、私たちがSクラスのどこまで成れるか判らないけど、もうSクラスまでなっているし、時間はこれからいくらでもあるんだからこれ以上慌てる必要もない」
むしろ、自分の力と向き合って、使いこなせる様になっていくためにもこれ以上の急激なレベルアップは控えるべきだと思う。
「確かにそうですね。私たちはあまりにも早くSクラスの高みにまで至ってしまいました。今はその自分自身の力を完全に使いこなせる様になる事にこそ重点を置かないと、取り返しのつかない事になってしまいそうな気がします」
私の言葉不足を補足してくれるアレッサの言う通り。
私たちはあまりにも急激に強くなり過ぎてる。アベルの修行は、魔力と闘気の総量を増やし、強くなるのと同時に、その扱いをマスターし、使いこなせる様になるのも同時進行でなされているから、私たちは自分の力を使いこなせないで振り回されるなんて事はないけど、それでも、今の私たちが本当の意味で、この自分たちの強大過ぎる力を使いこなせているとは思えない。
「みんな、自分と向き合って力と完全にどうか出来るようになれる様にしないといけない時期に来ているって事ですね」
シャクティの言ってることは良く判らない。判らないけど、これからの私たちが目指すべき事なんだと思う。
「それで、どうするのかなアベル? 私たちとしてもこのままはゴメンなんだけど」
「検討する事にする。まあ、まずはルークたちの実力を確かめてからだな」
シオン。もっともだけど、ほんの少ししか過酷な修行を一緒にしていないのに、もう抜け出せるのはズルいと思ってしまう。
とりあえず、アベルが検討するって言ったからには、これからは命の危険を感じる様な事はなくなるのは本当に嬉しいけど・・・。
「まず、ルークたちの実力を確かめるのが先なの? 遺跡探索よりもなによりも?」
と言うか、私でも判るのに、アベルが正確な実力を掃かれていないなんてありえないのにと、まずは突っ込んで置く事にする。
本当に、何を考えているのか判らないんだから・・・・・・。




