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11月14日、アストラル魔法に魔法名を追加しました。

「心配はいらない。すぐに終わらせるから」


 言葉にしたところで信じられるモノでは無いと判っているけれども、自然と彼女たちに言葉を送っていた。

 本当に、我ながら随分と気に入ったモノだと思う。ここまで人に執着しのは、前世も含めて初めてだ。

 もっとも、前世は何事にも執着しない冷めた人間だったから、そもそも、含める意味がないかも知れないが、いずれにしても、ネーゼリアに転生してから随分と変わったと思う。

 まあ、いずれにしても今は、目の前のワイパーンをどうにかするのが先だ。ただの、ノーマルのワイパーンSSランクが十匹。上位種のワイパーン・ロードSSSランクと、アイシクル・ワイパーンSSS-ランクがそれぞれ二匹、更に、最上位種のエイビス・ワイパーンESランクと、ワイパーン・オブ・インフェルノES+が一匹ずつ。

 展開された防御障壁を打ち破り、都市を壊滅するのに五分とかからない。恐怖と絶望の象徴。

 

 やはりこうなったかと思う。

 結局は最悪の事態が発生していた。

 魔域の活性化と言うネーゼリアで最も恐るべき、最悪の事態が起きていた。


 本来、魔域はカグヤの封印によってその活動を押さえ付けられている。魔域の活性化とは、文字通り押さえ付けられていた活動が活性化する事。魔域内を一定量以上の魔素が満たす事で引き起こされるとも、数百年、数千年をかけて力を蓄えたゲートが引き起こす現象とも言われているけれども、正確な事は解っていない。ただ、判ってい事は、活性化中、魔域からは通常時とは比べ物にならない程の魔物が押し寄せて来るという事、対抗手段が魔域内で魔物をことごとく倒す事しかないという事の二点だけ。

 魔域内で魔物を倒し続ける事によって、魔域内に充満している魔素の消費を高め、魔域内の魔素の総量を通常値まで戻す事で活性化を抑えられると言われているけれども、これも本当の事かは判らない。

 ただ、確かに、魔域内で魔物を掃討しつづる事で、活性化の終息が早まる事も確かで、活性化時には総力を挙げて魔域内での掃討戦が行われる。


 メリアたちの訓練の傍ら、状況の見極めと事態の報告とともに、俺もずっと魔域内での魔物の掃討を続けていた。

 今まではそれで辛うじて押さえ付ける事が出来ていた。活性化自体も始まったばかりで、まだ魔物の出現率もそこまで増加していなかったので、魔域内で討伐しづける事で、辛うじて外には影響を与えないレベルに、何事も起こっていないように装えていた。そうして平穏を装いながら、国やギルドは密かに戦力を集め、魔域の活性化に対抗する準備を進めていた。


 そして、今日。ついに活性化が押さえ付けきれない規模にまで至り、密かに全面攻勢が始められた。

 既に魔域の内外で大規模な戦闘が繰り広げられている。

 このワイパーンたちは此方の防衛線を潜り抜けた、溢れだした魔物の一部に過ぎない。

 現に、此処から百キロほど離れた地点では、本隊である百を超えるワイパーンと、二百機の竜騎士隊が戦いを繰り広げている。

 此処にいるのは、抑えきれずに取りこぼした一部に過ぎない。それでも、マリーレイラに近付くことを許してしまえば、五十万の人口を誇る都市は、一瞬にして壊滅してしまうほどの脅威だ。

 

 本当に、保険をかけて置いて良かったと思う。もし気付くのがもう少し遅ければ、マリーレイラを守る事は出来なかった可能性が高い。

 目の前で、むざむざ多くの人が死んで行くのを黙って見ている事しかできなかった。

 前世の地球で言われていたように、人の命は地球よりも、世界よりも重いなどと言うつもりは無い。

 そんなものはただの戯言に過ぎないと思っている。

 それでも、目の前に助けられる命があるなら助ける。

 これでもう、既にSクラスにある事を隠しきれなくなるけれど、別に何時までも隠し切れると思っていた訳でもない。バレたならバレたでそれだけの事だ。

 まあ、実際の所は俺だやらなくとも、魔域の活性化対抗する為に厳戒態勢にあるのだ、召集されたSクラス、マリーレイラで戦況を見極めている誰かが即座に動き殲滅するハズなので、マリーレイラが壊滅する程の被害が出る可能性は低いのだけど、どのみちこの事態に巻き込まれた以上、Sクラスであることを隠し続ける事は出来ないのだから、今明かしてしまえばいいだろう。


 俺は飛行魔法で空を駆け、迫り来るワイパーンの群と向き合い、防御障壁を展開してブレスを、放たれる攻撃を無効化していく。

 ワイパーンのブレスは、十キロを超える射程と、着弾点を中心に直径五百メートルを超えるクレータを造り出す、爆心地からそれだけの範囲に存在した物を全て跡形もなく消し飛ばす程の、圧倒的な破壊力を持つ。上位種になればその射程も破壊力の格段に上がる事は言うまでもない、実際の所、音速の数倍と言う、圧倒的な速度に比べて、攻撃力ではほかのSクラスの魔物に劣るワイパーンですら、それ程の破壊力を持つのだ。Sクラスの魔物がどれだけ常軌を逸している判るだろう。

 特撮の怪獣さながら、或いはそれどころではないか・・・。

 放たれるブレスをことごとく無効化し、精神を集中して魔法を放つ。先ずはワイパーンの展開する防御障壁を砕く魔道砲。そして、ワイパーンを殺すアストラル魔法。


「行けえっ」


 叫びと共に放った魔道砲のシャワーが、ワイパーンの二重の防御障壁を打ち砕き、アストラル魔法。アイン・ソフ・オウル。対象の魂に、命に直接攻撃し、刈り取る究極の殺戮魔法が、ワイパーンの命を消し去る。


「えっ・・・?」


 余りにも呆気なくついた決着に、思わず声を出したのは誰だろう?

 アリアが一番ありそうだけど、ひょっとしたら五人ともかも知れない。

 それ程、今の光景は所劇的だっただろう。ありえないと言ってもいい。


「あの・・・、えっと・・・、そのう・・・いったい何が・・・?」


 しどろもどろになって、どう質問すればいいのかも判らなくなっている。そんな様子も可愛いけれども、何時までも見続けているのもマナー違反だ。

 俺は倒したワイパーンを素早く回収して、メリアたちの前に降り立つ。


「だから大丈夫だと言ったろう? このくらいの相手、俺の敵じゃないからね」


 とは言え、実際にありえない光景なのは解っている。十数匹のワイパーンの群れを、たった一人で一瞬で殲滅した。言葉にするのは簡単だけれども、実際に出来るか、やれるものかは別問題だ。

 今の出来事を誰かが見ていたとして、ありのままを話しても気がふれたと思われるだけだ。

 百を超える程度のワイパーンの群れに、倍近い二百機の竜騎士隊で臨んでいるのがいい証拠だ。   

 装機竜や装機人は、確かにSクラスの魔物と対抗し得る力がある。だが、それはあくまで単体、一対一で戦えるだけの事。一人で十数匹のSクラスの魔物を圧倒するなど不可能だ。

 更に言えば、ESランクのエイビス・ワイパーンやワイパーン・オブ・インフェルノは。竜騎士では対抗しきれない程の脅威。この世界で最も恐るべき脅威であり、天災だ。

 倒せるのは、対抗し得るのはSクラスの存在のみ。


「アベル君は、Sクラスなの・・・?」

「正解。厄介事に巻き込まれるのは目に見えていたから、今まで隠していたんだけどね」


 ようやくと言った様子で尋ねてくるので、俺は気楽に返してみせる。

 何とか尋ねる事は出来ても、まだ頭が追い付いていない様子だ。余りの事態について行けないとアリアリと顔に書いてある。


「全部キチンと説明するから、まずは此処を離れようか? ギルドに報告もしないといけないし、キミたちももう少し落ち着かないと話を理解出来なさそうだしね」


 混乱して、パニック状態のままでは話も聞けないだろう。彼女たちとしては今すぐにでも問い詰めたい所だろうけれども、まずは落ち着くように言う。

 とは言え、ギルドて報告すれば当然騒ぎになる。

 Sクラスだと知れれば、当然、阿鼻叫喚の騒ぎになるに決まっている。

 これからの事を思うと憂鬱でしかないが、ワザワザ最悪のタイミングでこの国に来たのは俺自身だ。

 まるで物語の主人公の様に巻き込まれていったのには、何か作為的な物すら感じたが、いくら考えても答えが出るハズもない事を、何時までも悩んでいても仕方がない。



「そんなっ・・・魔域の活性化が・・・?」


 メリアたちが何とか言葉を口に出来たのは、事態の説明を終えてだいぶ時間がたってからだった。


 あの後、ギルドに戻り、活性化の対策本部にワイパーンの討伐を報告したが、予想通りの騒ぎになった。

 厳戒態勢の中で事態に臨んでいたのだ。当然、取りこぼしたワイパーンの事も把握していて、早急に対抗するために慌てて動いていた所が、一瞬で反応が消滅。どういう事かと混乱しながら、情報を集めればたった一人で瞬殺していたとの報告。訳が分からないと更に混乱していた所に俺が現れたので、あとは察してくれとしか言えないような状況に・・・。

 なんとか報告を終わらせるだけで疲労困憊の上、信じられないほど時間がかかった。

 唯一の救いは、その様子を見ていたメリアたちが落ち着きを取り戻せた事ぐらいだろうか?

 そんな訳で、何とか報告を終え、と状況説明を受ける事が出来た俺は、宿に戻り、メリアたちにこれまでの経緯を説明した。

 

 出会った時から魔域の活性化が始まっていた事。

 彼女たちの訓練の傍ら、実際に起きているのか事態の調査を行っていた事。

 国やギルドも事態の調査を進め、状況が確定すると即座に対策を、ごく平進めていた事。

 事態の進行を少しでも遅らせるために、魔域内で掃討を続けていた事。

 今日、ついに抑え込められなくなったので、全面的に事態が動き出した事。


 説明を受けたメリアたちはやはりショックのようだ。

 当然だろう。魔域の活性化は、この世界に生きる人たちにとって最も恐るべき脅威。

 外に出ていたためにメリアたちは気が付かなが既に情報は公開され、国を挙げて魔域の活性化と言う、純然たる脅威に対抗する体制が整っているが、やはり、街の人々の様子は暗い。


「情報統制がされていたからね。いくらキミたちが弟子だと言っても伝える訳にはいかなかったんだよ」


 情報は国とギルドのトップに、Bランク以上の者のみに制限され、厳戒態勢にある事を漏らさない様に準備が進められた。

 被害を最低限に抑えたいのならば、すぐにでも情報を公開して、避難を呼びかけるべきだと思うかも知れないが、状況はそれほど単純ではない。

 そもそも、どこに逃げるつもりだ? と言う話だし。ネーゼリアに生きている以上。現実的に逃げる場所など初めから無い。

 ネーゼリアの全ての国が魔域と接している。等しく全ての国が魔域の脅威、魔物の侵攻と向き合っているのだ。

 魔域の活性化は、確かに数百年、数千年に一度と言う脅威、この世界で最も恐るべき天災ではあるけれども、この世界で生きている以上、避けられない、逃れられないモノなのだ。

 実際、逃げ出したのは良いが、もしも逃げ出した先でも魔域の活性化が起きたら、また逃げ出すのか?

と言う話になる。

 勿論、現実的には早々魔域の活性化が頻発する事などありえないけれども、逃げた先にも、逃げる途中にも魔物の脅威がある事は変わらない。現実的に逃げる場所など初めから無いし、逃げられはしないのだ。

 それが解っているからこそ、現実を理解していないバカ共には呆れるしかない。

 何の事かと言えば、情報が公開されるや否や、逃げ出した一部の冒険者と兵士の事だ。

 気持ちは解らないでもない。死にたくないと思うのは当然だ。

 だが、それなら初めから、死と隣り合わせの冒険者や軍人にならなければいい。

 戦いに身を置く者には、非常時に召集に応じる義務がある。魔域の活性化と言う非常事態に逃げ出した彼らは今後、犯罪者として扱われる。

 そのくらいの事も判らないのかと呆れるし、だからこそ、俺もメリアたちをこの国から連れ出す事が出来なかったと言うのに、

 言うまでもなく、今の状況はメリアたちには厳しい、危険なモノだ。それこそ何時、命の危険に曝されるか、命を失うかも知れない。

 それでも、彼女たちは逃げる事は許されないし、彼女たち自身が逃げようとはしないだろう。

 少しでも彼女たちの安全になるように、この三週間で出来る限りの訓練は、強化はしたけれどもまだ足りない。まあ、余り力を着け過ぎていたら、逆に危険になっていたのだけど・・・。


「あの大量の討伐数は、それでだったんですね・・・」

「教えてもらえなかったのは、少し寂しいけど、仕方がなかったんだって事は解るよ」


 ようやく落ち着いた様子のリリアとエイシャが、一つ大きく息をついてから納得したように続ける。

 だけど、それは正しいけれども、それだけでもない。その事も説明しないといけない。


「ああ、もっとも、注目されるようにしたのはワザとだけどね」


 ワザとしていた事に驚いたメリアたちに説明を続ける。

 魔物の討伐数が異常な事は誰の目にも明らかで、その事から魔域の活性化がばれてしまう可能性があった。毎日討伐報告に行かないか、裏で報告すると言う手もあるけれども、そうすると逆に不審がられる可能性が高い。だから、メリアたちを利用して、疑問を彼女たちに嫉妬に変えさせて、魔域の活性化が起きていると言う可能性に思い至らない様に誘導していたのだ。


「利用していたのは悪いと思っている。だけど、これも俺一人で決められる問題じゃあないしね」


 状況をコントロールするために、国やギルドから、今一番目立っている俺に白羽の矢が立った。

 俺と俺の弟子になったメリアたちを利用して、魔域の活性化から目を逸らされる計画はあっという間に決められて、問答無用で押し付けられた。

 俺がSクラスなのを隠していなければ、避けられた面倒事で、その意味でメリアたちに申し訳ないと思っている。


「そうっ!、それも!、アベル君はSクラスだったの!?」

「でも、ギルド・カードはA+ランクだったよ? カードの偽装なんてできないし、どういう事?」


 謝ると、それよりもどういう事かと詰め寄ってくる。

 これも当然だ。

 今の彼女たちにとって、一番理解不能なのは俺のランクだ。A+ランクでも十分過ぎるほどに高ランク。

しかし、Sクラスとは想像を絶する差がある。それに、ワイパーンの群れを瞬殺した様子から、俺がSクラスの中でもかなりの高位ランクにある事に気が付いたハズだ。

 それでも、ESランク。Sクラスの中で最上位の魔物を瞬殺した事までは気付いていないから、本当の俺の実力がどの程度なのかは解っていないだろう。


「そうだよ。俺の本当のランクはES+。Sクラスの最上位だ。この事がばれると面倒な事になるのは解り切っていたからね。今まで隠していたんだけど」


 少なくとも、ベルゼリアでばれていたら面倒どころの騒ぎではなかったハズだ。

 Sクラスは防衛に絶対に必要不可欠な重要人物なので、こちらの機嫌を損ねるような無茶な真似はしないハズとは言え、自由に世界を旅して周るのは難しくなっていたハズだ。


「それと、ギルド・カードは別に偽装してたわけじゃないよ。ただ単に討伐報告をしていなかっただけ、だから俺のギルド・カードには、Sクラスの魔物を倒してSクラスに上がった事実が記載されてなかったけど、市民証の方にはキチンとES+のランクが明記されていたよ」


 そう、これが俺が今まで本当のランクを隠していられた理由で、ギルド・カードの盲点とも言えるモノ。

 生まれた時に発行される市民証は、登録者の魔力や闘気の総量から現在の推定ランクを自動的に表示するのに対して、冒険者ギルドのギルド・カードは、討伐報告によって倒した魔物のランクを報告する事で、ランクが更新される仕組みになっている。つまり、Sクラスの魔物を倒したことを報告しなければ、本人にSクラスの実力があっても、ギルド側に知らせずにいられるという事。 

 Sランクの魔物を倒せば自動的にSランクに上がるシステムになっていなかった為に出来た、いわゆる抜け道であり、確実にギルド・カードの欠陥と言える。

 魔力や闘気の総量がいくらSクラスに達していようとも、それだけで実際にSクラスの実力があるか、Sクラスの魔物を倒せるだけの力があるかと言えば、別問題なので、確実にSクラスの実力があるかを見極めるためとは言え、超重要人物を見逃す、発見できない落とし穴を抱えていたのだから、制度自体の欠陥としか言いようがない。

 市民証の方には記載されているとは言え、その事実も本人が市民証を使わなければ判らない。

 ギルド・カードを持てば、身分証としても基本的にギルド・カードを使うので、市民証を使う機会自体がなくなるので、更に発見し難くなる。

 俺の場合、更に修行中、ベルン兄さんたちと一緒に魔域の近くで狩りをしている途中、突然現れたSランクの魔物、ケルベロスを倒していたし、今までさんざんギルドに討伐報告をしていたけれども、もう一つのギルド・カードの欠陥によってSクラスである事を隠せていた。

 それは、討伐報告をするものとしないものを事前に操作できると言う機能。魔物を倒す事でギルド・カードに自動的に登録される討伐記録、その討伐記憶から、ギルドに討伐した事を報告するかしないかの設定をする事が出来たのだ。

 つまり、Sクラスの魔物を倒しても、討伐記憶を報告しないように設定すれば、ギルドにSクラスの実力がある事を知らせずにいられる。

 何故、そんな明らかな欠陥を見逃していたのか?

 謎と言うよりも、不可解、ありえないハズだけれども、どういう訳かあった抜け道、欠陥を利用して俺は今まで実力を隠していた。


「まあ、今回の件が明るみに出たから、さすがにもうこの抜け道、と言うか欠点を使える事もなくなると思うけど」


 もしかしたら、ワザとそんな欠陥を残しているのかも知れないと思う。

 確証も無いしなんとなく思っただけだけど、誰の目にも明らかなハズの欠陥があったこと自体が怪しい。

 

「とりあえず、今説明する事はこんな所かな。他に何か聞きたい事はある?」

「そう言えば、今日から本格的に魔域の活性化との戦いが始まるなら、アベル君はどうして参加していないの?」

「ああ、それはキミたちの事もあるから、今日は街で警戒するという事で話がついてるよ」


 シャリアの疑問をもっともだが、長期戦になる魔域の活性化への対抗戦に、全ての戦力を出し続ける事など出来るハズがない

 休みを無くずっと戦い続けるなど不可能なのだから、交代制の戦線が構築されて、今戦っている部隊に後退して次に戦う部隊はいざと言う時に備えながら、それぞれの街で控えている。

 俺も、メリアたち弟子の事もあるので、今日はマリーレイラで(保険として)待機していると伝えたら、今まで散々利用してきた自覚があるのだろう。簡単に受け入れられた。


「勿論、俺も明日からは前線に出る。キミたちも、前線ではないが戦いに参加する事には変わりない」

「私たちは前線には出れないんですか?」

「ああ、前線での戦い、魔域内での魔物の掃討は、B・AランクとSクラスのみ、それ以外のランクの者は魔域外で、溢れてきた魔物の掃討が任務になる」

「そうなんですか」


 アリアなどは若干悔しそうな顔をしているが、これは当たり前だ、通常時でさえ、魔域内は外に比べて遥かに危険度が高い、まして活性化時では、Bランク以下では死にに行くのと同じ事。

 今の彼女たちの実力では、入った瞬間に殺されて終わりだ。

「まあ、今回は良かったと思うよ。もし、キミたちがもうBランクに上がっていたなら、キミたちも魔域内で、前線で戦う事になっていた。だけど、活性化中の魔域内での戦いは想像を絶する程に過酷だ。Bランクに上がったばかりで、まだ完全に力を使いこなせきれず、経験も足りない状況では確実に死んでいた」


 何時になく険しい俺の表情に、思わず息をのんで、自分たちがどうなったかを想像したみたいだ。メリアとリリアは身を震わせ、シャリアたち三人は互いに顔を見合わせているけれど、明らかに怯えている。

 それでも、逃げたいとは思わないようだ。互いの意思を確認し合うように顔を見合わせ、頷き合てから俺へと戻された視線には、強い決意が宿っている。

 恐怖や絶望は拭いきれないし、怯える心を止める事も出来ない。それでも逃げ出さず、確りと自分の意思で向き合い、自分に出来る事をしようとしている。

 その姿勢が本当に、何よりも美しくて得難いものだと思う。

 恐怖と絶望に勝てないと、怯える心を止められないと嘆く事はない、むしろ、それらを感じない方が異常なのだから、戦いに身を置く上で恐怖や危機感は生き残るために絶対に必要だ。 

 それらを感じなくなるのは危険だ。

 感じなくなるのは克服したからじゃあない。麻痺してしまったからでしかないのだから、

 本当に克服すると言うのは、彼女たちのように、どれ程の恐怖や絶望にも心を折られず、怯える心に負けずに立ち向かえることを言うのだから、だから、彼女たちは本当の意味でもう克服している。

 そんな姿を見ていると、本当に嬉しくなる。 

 死なせたくないと本当に思うから、俺は忠告を続ける。

「確かに、まだキミたちは前線には出ない。だけど戦列に参加する以上、危険は常にある事を忘れてはいけないよ。活性化中である以上、最前線でなくても危険は何時もとは比べ物にならない程な高い。特に今回の活性化は明らかに規模が大きい。ESランクの魔物がいきなり複数出てくるなんて、今までにない事態だ」


 高ランクの魔物は出来る限り前線で討伐するつもりだが、どうしても撃ち漏らしは免れないだろう。彼女たちの戦う戦列までBランク以上の魔物が襲い掛かるのは確実で、今の彼女たちではどうする事も出来ない事態に陥る事も少なくないだろう。

 出来る限り犠牲者を出さないように立ち回りはしたが、ここから先はそうはいかない、数千万単位の犠牲が出る事はもうないにしても、戦場で数万単位の犠牲が出る事は変えられない。

 彼女たちに死んで欲しくないが、これから先は、俺に出来る事は魔域内で少しでも多くの魔物を殲滅する事だけだ。彼女たちが生き残れるかどうかは、自身の運と実力次第で、これ以上俺に出来る事はない。

 パワードスーツを用意できれば、メリアたちが生き残れる確率も格段に上がったハズだが、流石に三週間程度で用意できる物でもない。

 Cランクまでの魔物ならば確実に倒していける。Bランク以上の魔物が現れた時にどうするか、どう対応できるかで、彼女たちの生死は決まる。


「明日からは今までにない激しい戦いの連続だ。だけど、キミたちは俺の弟子なんだから、この程度で死なない様に」

「はい。勿論です」


 心からの俺の願いに声をそろえて応える。

 改めて現実を知ると、この世界の厳しさがハッキリする。どれだけ怖くても、恐ろしくても逃げられない。当たり前のように多くの命が失われていき、大切なものを守りたいと思っても、それすらも許されない事すら珍しくない。

 本当に随分と残酷な世界に転生したと思う。だからこそ、自分の思うが儘に動く。好きに生きる。

 俺にとっても明日からの戦いはいつ死んでもおかしくない、命懸けの戦いになると判っていても逃げるつもりは無い。逃げられないから逃げないのではなくて、自分の意思で命を懸けて立ち向かう。

 出来る事をやるべき事をやらずに後悔するつもりは無い。

 我ながら随分と気負っているなと思いながらも、俺は明日からの戦いに思いを馳せる。

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