159
「いやだわ。何をそんなに怯えているのですアベル殿?」
オマエの所為だろう。
俺を含むここに居る全員の想いが一致した気がする。
レゼル皇王もまた、この凶悪な人物の相手を俺に押し付けて帰る訳にはいかないと、一緒に居たりするが、成程、元Sクラスが自国に居るのに、微妙に感じがした理由が良く判る。
余りにも凶悪過ぎる。相対しているだけでドンドン正気が失われていく気がする。
それと、今いるの会談していた空港の一室ではなく、宿泊先のホテルだ。だから当然だけど俺の仲間も全員そろっている。
いや、言い訳にしか聞こえないと思うけど、俺としてはホテルまで連れてくるつもりなんてなかったんだよ。本当だから!!!
一応挨拶も終わったし、ある程度の話も出来たし、きょうは来たばかりだからまた後日と別れようとしたんだけど、この筋肉オカマ勝手に、しかも無理矢理ついて来やがった!!!!!、
「ミランダもお久しぶりね。50年ぶりかしら」
「私としては2度と会いたくなかったのだけどね」
その為にわざわざグングニールを送りつけて、研究漬けにしたのにとミランダ。想定だと後5年は出てこないと思ったのにとぼやいている。
成程、格好の研究材料を渡す事で、この危険人物を封印しておくつもりだったらしい。想像していたよりも早く封印が解けてしまったみたいだけど・・・・・・。
「ああ、まあ視界に入るだけで正気が失われていくような危険物だけど、少なくてもコレは男色のケはないから安心していいわよ。単に、可愛らしい女の子の服が好きなだけの、迷惑な存在なだけだから」
その情報は何よりなんだけども、女装好きの迷惑さ加減だけでもシャレになってないんだけど・・・。
「迷惑とは失礼ね。私は自分の好きな可愛らしい服を着ているだけで、誰にも迷惑なんてかけてないわよ」
「いや、ダガート殿。その絶望的に似合わない服装と言葉遣いだけで、周りにいる人間の正気を失わせてしまうほどに迷惑です」
まるで判っていないダガートに、レゼル皇王がキッパリと切り込む。おおカッコイイ。
「それとダガート殿。お願いですからこれ以上アベル殿を困らせないで頂きたい。アベル殿は本日お着きになったばかりですし、お話があると言うのであれば、こちらの方で日程を調整しますので」
あ、これはこちらの幼児が済み次第会えるように日程を組むとかしておいて、そのままトンズラするように仕向けるつもりだな。
うん。こちらの心情を実に良く汲み取ってくれている。
ぶっちゃけ、俺としてもむこうと違って何一つ話したい事なんてないし。正直、もう2度と会いたくないから遺跡の調査が終わったら即座に退却したい。
「イヤよ。それじゃあ遅いじゃない。アベル殿が遺跡の調査でこの国に来たって聞いて、私も同行させてもらいたくて来たんだから」
「ああそう来るの、でも無理よ。同行させるつもりは無いから」
成程、それが目的のひとつか。
「どうしてダメなのよ!!! 調べたらあの遺跡は元は装機竜人の開発工場だったそうじゃない。既に発掘済みなのだから遺跡で生産されていた機体が残っている事はないにしても、今よりもはるかに優れた技術が、叡智がソコに眠っているのは間違いないのよ!! 研究に全てを賭ける者として、その優れた技術をこの目で見たいと願うのは当たり前でしょう」
ダガートが思いっきり絶叫する。その声は本気で音響兵器かと思う程の爆音で、途中で遮音障壁を展開して音を遮らなければ鼓膜が破けていたのは間違いないだろう。
「それを独り占めするなんて、いくらアベル殿でも許されないわよ。古代の叡智は全人類の共通財産よ」
「その認識はある意味でだしいけど、ある意味では見当違いも良い所だな」
「どういう意味よ?」
「そもそも、この地にある遺跡はどうして10万年前に封印されたと思っているのかな」
そう、遺跡は破棄されたのではなくて封印されたのだ。その証拠に誰も侵入できない様にロックが施されているし、同時に、もしも封印された力が必要になるほどの事態が発生した時の為に、どれだけの時が過ぎようとも決して風化して崩れ落ちない様に魔法が設置されている。
「実を言えば、俺たちが今周っている遺跡は全て10万年前から残され、託された保険なんだ。だから、不必要に封印の中身を公表するべきではないし、その一方で、万が一の事態の為にも過去から託された希望の中身を知っておく必要がある」
「保険に、託された希望? どういう意味なのよ・・・・・・」
「残念だけど、今の言葉を理解できないなら、これ以上は話せないな」
困惑しているダガートに一方的に断じる。掟破りも良いとこのやり方だけども、今回はしょうがないだろう。正直な話、これ以上この凶悪な存在と対面するのは限界だし、他のみんなの様子も段々とオカシクなってきている。
メリアたちは目が虚ろになってきているし、ユリィたちの顔も引き攣っている。ノインは魔物でも見るかのような視線を送っているし、サナとザッシュは前世の日本の記憶で、こういう類にも慣れているハズなのに明らかにひいている。エイルの成長にも悪影響を与えそうだし、ティリアはもうこの世の終わりみたいな顔をしている。
正直、これ以上の接触は危険だろう。慣れればなんて事もないかも知れないが、いくら何でも初対面ではインパクトが強すぎる。
「もう、そんな事言わないでちゃんと説明してくれてもいいじゃない」
「もういい加減にしてください。帰りますよダガート殿」
腰をクネクネさせて駄々を捏ねるダガートをレゼル皇王が無理やり連れ去っていく。
ようやく嵐が過ぎ去った。
嵐が過ぎた後には静けさだけが残る。みんな何も言わない。何も言えないの方が正しいだろう。あまりの衝撃について行けずにフリーズしている。
「まったく。久しぶりだったけど相変わらず、アレの相手は疲れるわ」
「ミランダ、彼と知り合いだったんだな」
「まあね。数少ない元とは言え、ヒューマンのSクラスだから。それにしてもまったく、せっかくグングニールを与えたから、最低でも五年は研究に没頭して出てこないと思っていたのに・・・」
計算違いもいいトコだわと、ミランダは本気で不機嫌そう。この様子だと余程会いたくなかったのだろう。気持ちは判る。
「凄い方でしたね・・・。Sクラスの方々は常識では計れないと聞きますが・・・」
「ティリア、アレは絶対にSクラスだからとかそんなんじゃないと思う」
世間知らずのティリアが誤解しそうなのを、メリアたちが懸命に説明している。うん。お願いだからこのまま変な誤解をしない様にしてくれ。完全に丸投げ状態だけども、彼女たちもだいぶ衝撃を受けていたから、回復するのにはちょうどいいだろう。
「確かに、凄まじい方でしたね。ヒューマンには随分と個性的な方がいらっしゃるのですね」
「いや、アレは本当に例外だから。あんなのをヒューマンの代表だなんて思わないでね」
更に続けられたシオンの発言に、今度はミランダが慌てて説明に入る。
「俺も、大陸中旅して周っているけど、あんなのと会うのは初めてだから、あくまでも彼が特別なのであって、決してヒューマン全体であれが普通な訳じゃないから」
「そうなの? それはそれでオモシロそうなのに」
「そうなんだよ。それと絶対に面白くなんてないって」
ここは俺もフォーを入れておくと、なにかディアナがとんでもない事を言い出たので、本気で否定しておく。
「それにしても、アベルは彼の、ダガートさんの事を知らなかったんですか?」
ここで当然の疑問。確かにその疑問は当然だろうけどねアレッサ・・・・・・。
「知ってはいたよ。ダガート・ソーディアル。元SSランク冒険者。現在350歳。30年前に引退して、今は生まれ故郷のこのルシンで装機竜人の研究開発に没頭している。また、彼の玄孫が、現在のルシンの竜騎士団長を務めている。ごく一般的に知られている経歴だけだけど」
まさか、少女服を着込んだゴリマッチョの、ヤクザも裸足で逃げ出す強面とは思いもしなかった。
「あれはもう引退してる訳だし、それにあんなの下手に公表したりしたらパニックになるし、沽券に係わるから情報を遮断してあるのよ。それに、下手に情報が広がるとアレの家族が可哀想だし」
それは確かに、と言うか、竜騎士団長を務める彼の玄孫は針の筵状態じゃないのか?
良く、竜騎士団長を続けていられるなとある意味で本気で感心する。俺だったら間違いなく国を出奔している。絶対だ。だってそうだろう? アレの血を引いていると周りから見られるんだぞ?
俺には絶対に耐えられない・・・・・・。
「それ以前に、あの生き物は結婚して家族も居るのですか?」
「生き物と来たか、気持ちは判るけど・・・」
いきなりの暴言はエイル。どうやら相当の衝撃を受けていた模様。
「ええ。250年くらい前にね。当時すでにSクラスだったから、義務の面もあっただろうけど、恋愛結婚だったらしいわよ。因みに、当時は唯のゴリマッチョで、あんな迷惑な生き物じゃなかったんだけど」
ミランダはそれはそれは深い溜息を付く。要するに、彼がああなったのには理由があるのだろう。
「100年くらい前にその奥さんがなくなってから、突然ああなってね。本人はしつこい再婚話を突っぱねるのに最適だからとか言ってたけど、絶対に楽しんでるのよ。アレは・・・・・・」
「つまり、ミランダは本人の趣味説を押すと?」
「趣味と言うか、周りの反応を見て楽しんでいるだけ。単なる道楽ね」
それはそれは・・・・・・。
「「なんていう傍迷惑な」」
全員の想いが一致した。
うん。そうだな。もう2度とあんな迷惑な生き物には係わらない事にしよう。




