6
メリア視点です
どうしてこうなった?
彼と、アベルと出会ってからと言うもの、ずっとこの思いが離れない。
私たちセイヴァー・ルージュのメンバーは、絶体絶命の状況を助けられたと思ったら、気が付いたら彼の弟子になっていた。
別にそのことに不満はない。
彼の弟子になる事も自分たちで考えて、自分たちの意思で決めた事。
本当は、弟子になる事を断る事なんてできなかった事ぐらいは解っている。
それでも、彼は何処までも私たちの意思を尊重してくれたし、純粋に私たちの為を想ってくれていた。
どうして彼がそこまでしてくれるのかは判らないけれども、私たちが信じられない程に幸運だという事は解る。彼の優しさと真心に触れる事が出来たから、私たちはありえないハズの幸運を素直に受け入れる事が出来た。心の底から、彼の弟子として、一緒に居たいと思う事が出来た。
そして、年下の彼の弟子になって、まだ一ヶ月も過ぎていないけれど、毎日が驚きの連続。高位ランク者とはここまで違うのか、今までの常識が全く通用しない日々を過ごしている。
彼の言ったとおり、最近は特に煩わしい思いをしていたのは確か、冒険者学校を出て、一年足らずでEランクまで上がり、Dランクになるのも確実と言われ、それなりに容姿も優れていると思う。目立っていたのは確かで、敵も、余り良くない感情を向けてくる人も少なくなかった。
中でも対応に困っていたのが、しつこく仲間になるように迫ってくる、D-ランクに辛うじて引っかかる実力の先輩冒険者。
彼らは今の状況に満足して、努力して更に強くなる事を放棄して、自堕落な生活を送っている。
D-ランクと言えば、既に一流と呼ばれるレベル。当然、得られる金額もE+とは比較にならない。効率的に動けば、一年の内の十数日程度で、残りを遊んで暮らせる和戸の金額を稼ぎ出すことも可能で、実際にそういった自堕落な道に落ちていくDランクも多いとは聞いていた。
そんな彼らにとって、私たちは良い標的だった。
弟子にしてやるなどと言って近付いて来て、私たちがDランクに上がった後も、纏わり付いて、俺がお前たちを強くしてやった、今のお前たちがあるのもすべて俺のおかげだなどと報酬を巻き上げる。私たちに働かせて、自分はただ自堕落に生きるために、寄生するために近付いて来る相手に苦労していた。もし、友人たちや、親しくしてもらっているギルドの職員さんたちの助けがなかったら、とっくに飲み込まれてしっまていたと思う。
それに、教わってはいたけれど、冒険者は本当に死と隣り合わせの職場。
冒険者学校で、毎年、一千万人以上が騎士や軍人、冒険者と言った戦闘職に就くけれど、最初の一年で三分の一近くが命を落とすと言うのは、いくら何でも大げさだと思っていた。何も知らないままいきなり戦場に出るのではなくて、それぞれが専門の教育機関でノウハウを学んで、ある程度の経験を積んだハズなのだから、いくら何でもそこまでの犠牲が出続けているとは思えなかった。だけど、実際に冒険種になって初めて判る。その余りに厳しい現実が、死と隣り合わせという事の本当の意味が・・・。
だからこそ、アベル君に弟子入りできた私たちは本当に幸運だと思う。
因みに、冒険者学校と言うのは、六歳から始まる基本学科での学習を終えた後、十二歳から成人の十五歳までを通う高等専門学科の、冒険者学科の通称。
騎士に成る人が騎士学科、軍に入る人が防衛学科、魔工学者なら魔工学科、商人なら商業学科に入って、専門知識を学んでいく。
私たちも入っていたし、アベル君の年齢なら、本当ならば通っているハズなのだけど、聞いたら、それなら既に履修を終えて卒業したよとアッサリ返されてしまった。まあ、アベル君なら当然かとも思う。
アベル君に正式に弟子入りを、パーティーを組むことをお願いすると、まず渡されたのはオーガの角製の剣や槍、高位ランクの魔物の素材で作られた防具に、アミュレットなどの様々なマジックアイテム。それに私たちが今まで使った来た物とは比べ物にならないほど高位のマジック・バック。
どれもこれも、私たちではいくらするのかも判らない高級品ばかり、少なくても、私たちが冒険者になってから得た報酬の数十倍の価値があるハズの物を、無造作に手渡された時に、はどう反応していいのか判らなかった。
私たちもEランク上位の実力者として、一人当たり、月五万リーゼ以上の得ている。冒険者になって一年足らずで、それぞれ五十万リーゼ以上を稼いできた。
だけど、その程度の金額では手も出せない装備品が、今は私たちの手元に当たり前のようにある。
こんな高価な物は頂けませんと、必死に断ろうとする私たちに、彼は平然と、「魔工学や錬金術の練習ついでに自分で作った物だから、気にしなくてていいよ」「弟子入りの祝いくらいは当然だよ。とりあえずはまだあまり目立ち過ぎないように、装備品はあまり目立たない仮の物にしといたけど」と笑いながら、正式に私たちに渡すつもりだと言うものを見せた。
Bランクのオーガの角で造られた物よりも高位の、Aランクのルビー・クラブとアイス・ロブスターの甲羅から作られた剣や槍、防具などはまるで芸術品のような美しさだった。「セイヴァー・ルージュの名に相応しいだろう?」などと言われて、出来る限りの魔動付与と強化を施すから、完成には少し時間がかかるけどなどと無邪気に言われて時には、本当に気を失うかと思った。
宿も、これまで取っていた宿から同じ宿に、一泊数万リーゼはする高級宿に移されて、最高級の調度品と持て成しに、どうして良いのかわからない日々を過ごしている。
弟子となったのだから、同じパーティーなのだかに、一緒に居た方が良いのは解るけれども、これまでとのあまりの違いについて行けないし、どうしていいのかわからない。
判っていた事だけど、住む世界がまるで違う。その別世界に当たり前のように連れてこられて、いきなり慣れろと言う方が無理だし、慣れてしまってもいけないと思う。
最高の宿に最高の食事、楽しんでいないと言えばウソになるけれども、一体どれ程の金額がかかっているのだろうと不安になる。
心配になって尋ねた所、帰ってきた答えは、気にしなくて良いとの事、曰く、多くの収入を得ている人は、その収入に見合うだけの出費もしなければいけない。将来やいざと言う時のために貯蓄するのは当然として、多くの収入を得ているにもかかわらず、ただ貯めるだけの人間は救い様のない愚か者だそうで、経済に与える影響も考えられない無能のに過ぎないと、
人の社会に生きている以上、収入に見合った出費が必要で、アベル君も収入に見合っただけ使わなければいけないのだけど、一人だとなかなか使いきれないから、逆に助かったと言われてしまった。
少なくても、金銭感覚の違いは越えられない程、超えてはいけない程にはっきりした。
修行は驚くほど順調で、信じられないような速さで強くなっていっている。
アベル君の教えを受けて、僅か三週間。私たちか既にDランクに達している。
それこそ、ありえない。自分の事なのに未だに信じられない。
自惚れではなく、私たちにはそれなりの才能があった。一年足らずでEランクまで上げれ、D-に昇進確実と言われているのだから確か、それでも、D-に上がるのは今のまま努力を続けても数年後だと思っていたし、周りだってそう思っていたハズなのに、僅か三週間足らずで上がってしまった。
E+とD-の間には高い壁がある。毎年、一千万人にも上る新たに戦場に立つ人たちの中で、D-に上がるのは千人にも満たない。一万人に一人の才能が泣けれダなる事は出来ないのだからハッキリしている。
それなのに、アベル君に弟子入りしたと思ったら、アッサリとなってしまった。
アベル君は、私には元々、D-に近い実力があったし、全員、基礎の努力を怠らずに続けていたから、短期間で強くなれる下地が既に出来ていた、と言っていたけれども、そんなに単純た話じゃない。
少なくても、彼に教育者、教官、師としても超一流の才能がある事は確定。
彼の元で訓練を続けていると、自分が強くなっていくのがハッキリと判る。
この前は、アベル君のサポートなしでは手も足も出なかったブル・マーマンやポイズン・サファギンが、今では魔力や闘気を乗せて斬撃を飛ばす、飛斬一撃で倒す事が出来る。
威力が上がっているだけでなく、飛距離も、元々は十メートルがやっとだったのが、五十メートル以上にまで伸びている。
魔力や闘気の総量も飛躍的に伸びているし、魔法や闘気術の威力や制度も確実に上がっている。魔力や闘気の操作も格段に良くなって、自在に循環させる事が出来るようになってきている。
基本中の基本にして極意。それを最も効率よく極めていくのがアベル君の訓練。
だからこそ、確実に強くなっているのが、自分自身でハッキリ解る。
だからこそ興奮する。こんな気持ちになったのは生まれて初めてかも知れない。
アリアなんて、興奮の余り、
「すごい。すごいよ。アベルクン。ねえっ、私たちもアベルみたいに強くなれるかな?」
と詰め寄っていた。私たちも興味津々で、彼の答えを聞き入った。
アベル君と出会う前は、いくら何でもBランクまで行けるとは思っていなかった。
B-に上がるのは、D-に上がるよりもはるかに難しい。D-に上がった実力者が、十年、二十年、三十年と努力を続けて、ほんの一握りだけが辿り着ける。本物の天才だけが努力の果てに到達で来る領域。
いくら何でも、そんな天才だと思いあがるほど、己惚れてはいない。
だけど、こうして超一流の師に恵まれて、信じられない様な速さで実力が上がっていくと、もしかしたらと思ってしまう。冒険者になった以上、一度は夢見る領域に辿り着けるかもしれないと、
「モチロンなれるよ。だけど、Dランクに上がるのと違って、それなりに時間がかかるけどね」
まさかと言う思いをアベル君は当たり前のように肯定する。
そして、B-になるためには時間がかかる理由を説明してくれる。
実際には、すぐにB-レベルまで魔力や闘気の総量を伸ばしていく事も可能なのだと言う、だけど、それは危険どころか自殺行為でしかないと言う。
答えはむしろ当たり前の事で、その莫大な魔力と闘気に体や精神が耐えられないから、そもそも、器として入りきらないからであり、制御しきれないからと言う、当然の事。
超一流と言われるB-に上がるために必要な魔力や闘気の総量は桁が違う。
それこそ、今の私たちの百倍は必要だと言う。そんな桁外れの魔力や闘気を級に得ても、扱いきれるハズがないし、膨大なエネルギーの奔流に耐えられるハズもない。
例えるなら、一リットルの水しか入らない容器に、百リットルの水を注ぎ込むようなもので、ほとんどかあふれ出して、零れてしまうし、零れた水の勢いで容器も壊れてしまう。
だから、B-に上がるには、少しずつ力を上げながら、まずはB-の圧倒的な魔力や闘気が入るだけの器を造り上げなないといけない。自在に操れるだけの高度な操作能力を得なければいけない、
それを得ずにただ、魔力や闘気の総量を上げる事だけを考えていては、確実に自滅する。
そうならないために、徹底的に下地を築き上げる必要がある。だから、どうしても時間がかかると説明されて、成程と心の底から納得した。
本物の天才が何十年も努力してようやく慣れる理由がハッキリとわかった。
説明を受ければ納得するしかない。圧倒的な力は下手をすれば自分自身を傷付けかねない、強大な力を完全に逝去するのがどれ程難しいか、どちらも当たり前の事で、だからこそ、力をつける事よりも、力を完全に使いこなせるようになる方が難しい。
どれ程の天才でも、長い努力を必要とする魔は当たり前だ。
だからこそ、既にその領域に居るアベル君が本当に規格外だという事も、今更ながらハッキリと解る。
これが、本物の天才などと言う、才能で測れる次元の外にある存在。Sランクに至る人物という事にのだろうか・・・。
そんな私たちの思いを知らずに、アベル君はどんどん私たちに課題を課してくる。そして、凄い勢いで私たちを強くしていく。
気が付けば私たちはCランクにまでランクを上げていて、そのスピードに周囲は目を丸くしている。
当たり前だと思う。私たちも同じ立場なら、目を丸くして呆然としていたハズ。
だけど、残念だけど私たちは当事者で、そんな風に呆然としている暇はない。
アベル君の課す訓練をこなしたと思えば、実力を把握するための実践訓練に駆り出される。何時の間にかCランクの魔物と当たり前のように戦っていて、終われば戦いの様子から反省点を挙げられて、次までに直す様にとアドバイスと、直すための訓練が課せられる。
今までも必死に努力して来たつもりだったけれども、それの比ではないハードな日々。
だけど確実に強くなっているのだから、超一流と呼ばれる人たちは、才能だけでなく努力も桁違いなのだと実感した。
それに、超一流の師を得られるとここまで違うと言う事も実感した。
何もかもが余りにも違い過ぎる。私たちの常識や価値観が通用しないのも、当たり前なのかも知れないと思う。
だけど、それでも、何をしているのだろうと思わずにはいられない。
私たちに訓練を課しながら、アベル君が何をしているかと言えば、海鮮狩りである。
私たちの装備に使うルビー・クラブやアイス・ロブスターの他に、フィッシュ・オブ・ブラック・ダイヤモンドに、クラーケンにデス・オクトパス。他にも数え切れない程の高位の魔物を狩り続けて、極上の海の幸を集め続けている。
私たちも食べさせてもらって、今まで食べた事もない極上の味に魂が抜けてしまいそうになるけれども、そうではなくて、何をしているのですか? と尋ねてみても、
「極上の海の幸を求めてこの国に来たんだから、集めるのは当たり前でしょ?」
と返される始末。
今日も今日とて、AランクやBランクの魔物を乱獲して、極上の海産物を集めて回っている。
自分の欲望に忠実なのは解るけれども、少しは私たちの事も考えて欲しい。
ただでさえ注目を集めているのに、最近は更に視線が集まって、おまけに強くなっているのは気のせいじゃない。
食べるために狩っているので、素材を売る量は普通よりも少ない、だけど狩った魔物の数の桁が違う。
私たちを鍛える傍ら、アベル君が一体どれだけの金額を稼ぎ出したのか想像もつかない。
ただ、今までの数十倍の収入を得ている私たちよりも、比べ物にならない程の収入だと言う事だけは解る。A+ランクともなれば、短期間でこれ程の収入を得る事が出来るのかと言う羨望の眼差しは、同時に一緒に居る私たちへの嫉妬に変わる。
勘弁して欲しい。アベル君とパーティーを組んで、私たちの身は守られているけれども、明らかに違う、さらに厄介な問題と、危険が出来てしまっている。
既に私たちも、Bランク入りが確実とされているから、Dランク入り前と違って、絡んで来ようとするような相手は居ない。居ないけれども、この雰囲気はいたたまれない。
だから、アベル君は本当に何を考えているのかと言う疑問と一緒に、どうしてこうなったと言う思いが溢れてくる。
本当にどうにかしてくれと思うのと共に、きっとアベル君の事だから、今の状況も計算ずくで、ワザと造り出しているのだろうなと思う。
「いったい何を考えているのかな? アベル君は、そろそろ教えて欲しいところだけど」
実践訓練で一緒になった所で、リリアが答えの出ない疑問を尋ねる。
「流石にそろそろ教えてもらわないと、私たちもどうすることも出来ないしね」
「本当です。最近は皆さんの私たちを見る目が不穏になってきてしまって」
「正直言って怖いよ。アベルクン何考えてるの?」
エイシャ、シャリア、アリアも続けて尋ねる。文句を言うと言う方が正しいかもしれない。
だけど、その気持ちは私も同じだ。
「キチンと説明してください。何も判らないままでいるのは嫌です」
私はアベル君の瞳をしっかりと見据えて問う。
そんな事にはならないと判っているけれど、もし、此処で答えをはぐらかす様なら、彼とは此処までだ。
「やっぱりまだ気付いてなかったね。状況的にそろそろ誤魔化すのも難しいと思っていたから、まだ気付いかれていなかったのにはホッとしたよ」
本当に安心したようにアベル君は一つ息を吐く。
だけど、何を言っているのか判らない。誤魔化すつもりじゃあない事は解るけれど、彼は一体何を隠しているのか?
「流石に事態が事態だからね。そう簡単に知らせる訳にもいかなかったんだ。無闇に広めると逆にパニックで被害が増す危険性が高かったからね。だから、事態が確定して、秘密裏にでは対応できなくなるまでは秘密だったんだよ」
「どっ・・・、どういう意味ですか? 一体何が起こっているっていうんですか?」
更に説明を続けてくるけれども、何が何だかまるで分らない事は変わらない。
一体、彼は何を知っていて、何を言おうとしているのか?
「ちょうど良かったと言えば、ちょうど良かったのかな? 此処に来たのは、事態が秘密裏に対応できなくなったから、一応は保険としてだからね」
そう言うと、私から視線を外して、海岸線を鋭く見つめる。
「ついでに言えば、保険をかけておいて正解だったな。この事態は流石に想定外だけど・・・」
彼の言葉に促されるように、私たちは彼の視線を追って、そのあまりの光景に凍り付いた。
「・・・ワイパーン」
掠れながらも、辛うじて声が出せたのは奇跡だと思う。
だけど、言葉にしたことで、贖いようのない絶望がハッキリとする。絶望が全身を支配する。恐怖に身が竦み、悲鳴を上げるのを辛うじて抑える。
終わった。私たちは此処で死ぬ。SSランクの天災ワイパーン、十数匹に及ぶ編隊で此方に向かってくるその姿は、全てを終わらせる破滅の使者そのもの。
Cランクに縣ばかりの私たちはおろか、絶対的な力を持っていると思っていたアベル君でも太刀打ち出来ない。一瞬で殲滅させられるしかない、純然たる脅威。
判っていなかったと言うのはこの事?
避け様のない滅びが迫っていたという事?
これまでの訓練も、何もかもが全て無駄だったという事?
恐怖と絶望で志向がまとまらない。
まとまった所で意味がないとも思う。どうやったって此処で死ぬ事は避けられない。
「アベルクン、転移魔法をっ」
絶望に囚われるのはまだ早いと言う様に、アリアの必死な声でアベル君に訴える。
転移魔法。確かにそうだ。転移魔法はこれまでに行った事のある場所なら何処にでも一瞬で移動できる。
マリーレイラの街では、転移してもすぐにワイパーンに襲撃されて、壊滅してしまうだろうけれど、他の場所なら、マリーレイラの街に居る知り合い、友人たちを見捨てて自分たちだけ助かる事に躊躇するけれども、どうする事も出来ない。
どれだけ助けたいと願っても、不可能だと判っているのだから、あの数のワイパーンが相手では、竜騎士が駆け付けるまで街の防御障壁が持たない。成す術もなく蹂躙されて、壊滅するしかない。
どれだけ嘆こうと、どれだけ憤ったとしても変えられない。既に決まってしまった残酷に運命。
「もうっ、街に知らせに戻っても間に合わない、早く転移しないと、私たちも助からない・・・」
どうしようもない現実に押し潰されそうな心を、辛うじて奮い立たせて、生き残るための最善策を導き出す。見捨てるしかないと言う現実に、自分たちの無力さを痛感する。
自分たちだけ助かる事が出来るのも、アベル君が居たからに過ぎない。
私たちには何も出来ない。どうする事も出来ない。
「逃げる必要はないよ言っただろう? 此処に来たのは保険だって」
だから、絶望的な状況下でも平然としたアベル君が何を言っているのか判らなかった。
「やっぱりキミたちを選んで良かったよ。その純粋な心は何よりも大切なものだよ」
私たちを庇う様に前に出たアベル君の行動が解らない。何をしているのか?
イヤ、ハッキリしている。ワイパーンに戦いを挑もうとしている。
だけど、無茶だ。無駄た。仮に、彼が専用の装機竜や装機人を持っていたとしても、たった一人で相手に出来る数じゃない。
すぐにやられてしまう。殺されてしまう。だけど私たちの静止の声は彼には届かない。
彼はまるで緊張した様子もなく、踊る様に軽やかに、向かい来るワイパーンに、破壊と殺戮の化身へと向かっていった。
「本当に、どうしてこうなってしまったの・・・?」
全てが絶望に飲み込まれてしまいそうになる中で、私は小さく呟いていた。




