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「エイルの情報を公開してどうするのかか、そんな事を心配していたんだな」
真剣な表情で俺に詰め寄って来たリリアとエイシャに、俺は苦笑してしまう。
だけど、考えてみれば当然の心配だろう。その一方で、全く無駄な心配でもある。
「それについては何の心配も無いよ。エイルたちの人工魂魄の製造技術がもしも漏れたとしても、造り出す為に必要な物を現在では揃えられないから」
何をどうやったところで、同等の戦闘バイオロイドを造り出す事は不可能だ。それに必要不可欠な物が、どうやっても絶対に手に入らない。
「必要な物が揃わないから不可能だと・・・?」
「そう言う事。代替品を用意するのも絶対に無理だね」
「その必要な物って何なのですか?」
「龍玉さ」
流石にこの答えには驚いたらしく、二人とも完全に言葉を失っている。
まさか、此処でイキナリ龍玉の名が出て来るとは夢にも思わなかっただろう。実際、それは俺も同じだった。
とは言え、ある意味では納得でもある。無から魂を造り出す為の媒体など、それこそ龍玉以外ではありえない。
「でもそれじゃあ、アベルはエイルたちの様な人たちを造れるの?」
「造ろうと思えばね」
そう、この世界で今の所俺一人だけが製作可能なのだ。
もう一つ、俺の前に龍玉を手に入れた転生者が持っていたハズの龍玉がどこにあるのかが更に心配で、意味が大きくなってきたんだけども、こればかりは何処にあるのか手掛かりも一切ないので本気でどうしようもない。
それと、あの研究所兼製造工場の遺跡で、人工の魂の生成に使われていた龍玉は、発掘した転生者が持ち去ったらしく、あそこにはなかった。そんな訳であの遺跡も新しく戦闘バイオロイドを造り出す事は今のところ不可能。
「あの遺跡も、俺が龍玉をセットしない限り、新しく造る事は出来ないから、とりあえず問題ないよ」
問題があるとすれば、あそこに眠っているエイルの姉妹たち、他の戦闘バイオロイドたちを目覚めさせるかどうかだけだ。
正直、それもこれからエイルがどうなっていくか次第だ。
もしも、彼女が普通に人間として生きていけるのなら、あの遺跡に眠ったままの彼女の姉妹たちを何人か起こしても良いと思う。
そもそも、数百と並べられていたカプセルの内、既に数十のカプセルが開いていたのは、それだけの数のエイルの姉妹が既に目覚めていると言う事だ。
あの遺跡を発掘した転生者だけでそれ程の数を目覚めさせてとも思えないので、既に何人もの転生者があの遺跡を訪れていると考えた方が妥当だろう。
それでも、一人で数人を目覚めさせたものが何人もいると考えないと、開いているカプセルの数の計算が合わない。
或いは、伊勢家を訪れた転生者が全員Sクラス以上で、十人いたのなら、十人が目覚める事になるのだけども、流石にそんな事はまずないだろう。
つまりは、一度あの遺跡に行って目覚めさせた後に、もう一度、遺跡に戻って更に目覚めさせた転生者が何人かいると考えられる。
その理由は何だろうか?
勿論、単に戦力として使う為とも考えられる。
だけども、同時に目覚めた彼女たちが人として普通に暮らせて行けるようになったからとも考えられる。だからこそ姉妹を目覚めさせたとも。
まあ、新たに目覚めさせた場合、説明が面倒なんだけどね。
メイルはあらかた発掘された遺跡の中に残っていた個体と言う事にしてあるし、あの遺跡にまだ沢山の戦闘バイオロイドが眠っているのを知られるのは避けないといけないし、・・・まあ、勝手に遺跡に入って目覚めさせて、別の遺跡で見付けたという事にすれば問題ないだろうけど。
確実に、同様の研究、生産施設はいくつも存在していたハズだし・・・。
正直、これから回る予定の遺跡の中にも同じ物がある可能性は結構高いと思う。
「それに、情報が知れれば、バカな事を考えている連中を炙り出すことも出来る。何時までも裏でこそこそされているのも面倒だからね。いい機会だから一掃させてもらうよ」
「ああ、そう言う計画ですか・・・」
二人とも呆れた顔をするけど、どんな世界でもバカは一定数居る。しかもそのバカが国の重要なポストについている事も結構あったりするのだ。
ハッキリ言って百害あって一利なし。
そんなバカどもには、俺に迷惑が掛かる前に早々に退場してもらうに限る。
特に、今回の場合は、俺のDNA情報をもとにクローンを造ろうとか考える類のバカどもだ。余計な事を仕出かす前にはやく抹殺しておかないと、コッチに余計な面倒が舞い込んでくるのは確実。
・・・まあ、十代半ばにもならない歳で、いきなりレジェンドクラスにまでなったのだ。しかも、ヒューマンとしては実に数万年ぶり。その所為か・・・。
ひょっとしたら、いずれは十万年間、一度たりとも現れていないジエンドクラスにまで至る可能性すらあるのではないか?
とか色々と、メンドクサイ事を考える連中も後を断たないらしい。
正直、これはある意味で俺の自業自得だ。
いや、レジェンドクラスになったのは世界樹の所為であって、俺の責任ではないのだけども、せっかくの異世界。しかも確実に強くなれる方法が目の前にあるのだから、強くなるために頑張るしかないだろと、張り切り過ぎた感は否めない。
Sクラスになるのなんて、それこそ二十歳を過ぎてからでも遅くはなかったのに、どこまで魔力と闘気を伸ばせるのだろうと夢中になって詩行を続けた結果、何時の間にかSクラスの最高位、ES+ランクにまで力を伸ばしてしまっていたのだ。
おかげで力を隠す為に冒険者ギルドカードの更新を控えて、討伐した魔物を封印しておく始末。
それでも、十二歳程度でA+ランクは異常と、注目を集める結果になっていたし・・・。
まあ、旅に出て早々、実際の実力がバレた訳だけどね・・・。
それに、今にして思えば、実際の所、俺の本当の実力は一部にはモロバレだったんじゃないかと思う。どの辺にと言えば、まあ要するに自国のトップ当り。その辺りは確実に俺の実力を知った上で放置していた可能性が高い
まあそれはさて置き、俺の髪などから遺伝子情報を手に入れるのはそう難しくはない。
でまあ、実際に俺の遺伝子情報をもとにクローンを造っていたりする研究者がいるかどうかが問題になるんだけども、実は、これは実際に居るから困るのだ。
なんでそんな事が解るのかって?
そんなモノは調べる方法はいくらでもある。
ぶっちゃけ、本人たちがいくら極秘裏に研究を続けているつもりでも、情報は外にドンドン漏れるものだ。現実的に本当に秘密の研究をしたいのならば、完全に人間社会と隔絶しなければ無理なのだからこれも当然。
「あのそれって、アベルのクローンを造っている人たちが居るってことだよね?」
「居るから困るんだよ」
そう言えば、彼女たちにはその辺りの事を伝えていなかったか・・・。
これは少しウッカリしていたかも知れない。その辺りの事象を知らなければ、俺が何をするつもりなのか想像できないだろう。
「でもアベルなら、そう言う人たちが居ると判った時点でね問答無用で叩き潰しそうだけど?」
「明確に罪を犯している訳でも、禁じられた研究をしているわけでもないのに、叩きのめすなんて出来る訳がないだろう」
俺はいったいなんだと思われているんだろう?
そんなに問答無用な凶悪な人物だと思われているのか?
「えっ? 犯罪じゃ、許されない研究じゃないんですか?」
「別にクローンや人造人間。戦闘バイオロイドの研究は禁じられてはいない」
単に意味がないからやるだけ無駄とされているだけで、倫理や道徳に反する人として許されざる禁断の研究と禁じられている訳ではない。
「信じられません」
「どうして禁じられないの・・・」
まあ、その感想も判るけれども、一部には結構重要な研究なのだ。
俺たちのように力を持つ者は、ほとんど不老不死に近に寿命を手にする事が出来る。
そうなると、それを間近で見ている力を持たない者たちはどう思うだろうか?
自分たちも力を付けて長い寿命と若さを手に入れればいいと思うだろうけど、事はそう簡単な問題じゃない。
そもそも、数百年の寿命を得られるほどの力を手に入れられるのは、ほんのわずかな限られた才能の持ち主だけだ。しかも、その限られた天才も戦いの中で若くして命を落とす事も珍しくはない。
それでも、力を持つ者だけに与えられた特権には目も眩むほどの輝きがあるのも確か・・・。
才能が無いのだからどうやっても長い寿命は手に入れられない。
そもそも、死と隣り合わせの危険な戦場になど出たくはない。
それでも、不老不死に近いような長い寿命と何時までも若くいられる体は欲しい。
一部に、そんな考えを持つ者は当然いて、そんなモノの願いをかなえる為に研究されるのが、所謂クローン技術などだ。
「若い頃の遺伝子を保管しておいて、それをもとにクローン体を造る。そのクローンに記憶と魂を移し替えれば、若くて健康な体の自分を手に入れられる」
そうやって何度もクローン体を乗り換えて行けば、力を持たなくても長い時を生きる事が出来る。
「実際にそうやって五百年近く生きているのも居るし、むしろ珍しくもない研究なんだよ」
完全に言葉を失っている。どうやらこの辺りの事はまるで知らなかったようだ。
「本当にそんな事がされているんですか?」
「まあ、当然だけどおおびらにやられている訳じゃないから、知らなくても仕方ない」
でまあ、そんな風に活用されている訳で、当然ながらその手の研究をしている連中には、研究成果の恩恵を受けているバックが存在する。
「そう言った連中の後ろ盾とかもあるから、迂闊には手を出せないから放っておいたんだけど、そろそろ研究の方も鬱陶しくなってきたし、これを機に壊滅させてやるつもりだよ」
「今回の件は、むしろ渡りに船だったと」
実際その通りだったりする。
場合によっては、俺のクローンを次の体として使うなんて考える連中も出て来るだろうし、そんなバカなマネをされる前に完全に研究成果を消し去るつもりだ。
それによって、一部の人間から相当な恨みを買うのも判っているが、俺としても、そんな方法で命を長らえるのもどうかと思うし、これを機にクローン体への記憶の魂の移し替えが倫理的に問題ないモノか、徹底的に考え直すべきだと思う。
「そんな訳で、今回の件も確実に世界に大きな波紋を与えるけどね。良いキッカケだと思うよ」
「確かに・・・」
「今回は、反論のしようもないわ」
初めて知った世界の現実に、二人ともこのままではいけないだろうと思ったようだ。
実際の所どうなるかは判らないけど、世界の在り方に疑問を投げかける事は出来るハズだ。
もっとも、今ここで禁じられたとしても、いずれはまた同じ事が繰り返されるのも確実だろうけれども、それでも何もしないよりはマシだ。
さて、俺の投げかけに世界はどうこたえるかな?




