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エイシャ視点、二回目です。
また新しく仲間が加わった。
だけど、彼女はこれまでとは全く違う。正直、私はどう接していいのか判らない。
ヴァリュキュリアシリーズと呼ばれる、十万年前の戦闘バイオロイド。生まれつきSS+ランクの力を持つ戦うために造られた存在。
そんな彼女に対して、一体どんな風に接すればいいのか、私はどうして良いのか判らずに戸惑ってしまう。
だけど、そんな風に考えてしまうのは私だけみたいで、みんな思い思いにごく自然に、彼女と接している。
アベルはエイルを兵器としてではなく、同じ仲間として扱うと言う。
だから、私も他のみんなと同じように接すればいいのは判っているのに、どうしても一線を引いてしまう。
「そんな事、何の意味もないって判っているの・・・」
思わず、自傷気味に呟いてしまう。
本当に、自分でもに荷をしているのだろうと思う。
ただ、自分たちがこれまで努力を積み重ねて来てもまだ辿り着けずにいる領域、Sクラスの力を生まれながらに持つ彼女に対して、どうしてもやりきれない思いを感じてしまう。
そんな自分の醜さが嫌になる。
それに、彼女はなんの代償もなくその力を手にした訳じゃない。
むしろ、彼女は人としての全てを代償として捧げられて、その力を持って生み出されている。
人としてごく自然に、、穏やかに生きる事も叶わず、ただ戦う事だけを強制させられる存在。それが彼女だと判っているのに・・・。
戦闘バイオロイド。その製作がどのように行われているのか、アベルから詳細を聞いた時、私の頭は真っ白になって何も考えられなかった。
魂や精神を弄り、弄ぶ事で強大な力を持った個体を造り上げる。
その対価は、当然の様に造り出されたエイルたち、戦闘バイオロイドに課せられる事になる。
力のみを求め過ぎた結果、寿命が数か月程度しかない試験体。
魂や精神への介入の試行錯誤の段階で、数え切れない程生み出された暴走の危険性を持つ試験体や、そもそもまともな精神を宿せなかった個体。
研究過程でどれほど非人道的な事が行われたか・・・。
違う。技術として完成しても、それが決して許されざる禁忌の集合体である事に変わりはない。
造り出されるのは、命令のままにただ戦う為だけの存在。
それはバイオロイドの名の示すように、ただの機械。ロボットと変わらない存在。
現に、エイルはマスターとして登録されたアベルの命令には絶対服従。逆らえないように造られている。
魔力と闘気の修練。SS+ランクからさらに力を付けられるかを試す為の行為は、人工の魂を持ち彼女にとっては命を賭けた危険な行為だと判っていながら、躊躇いもなく実行するのもその為だと苦笑していた。
自分の命にすら何の価値も見出せない。見出せないように造られた存在。
戦場で人間の代わりに戦い、そして死ぬ事を目的として造られた戦闘バイオロイドが死の恐怖に怯えてしまったのでは意味がない。
だからこそ、彼女には恐怖の感情があらかじめ与えられていない。
それはただそれだけの事なのだけども、その唯一つの事実をもってしても、どれだけ非道な事が行われていたのだろうと痛感しないではいられない。
・・・それが生き延びるために、人の社会の存続の為に絶対に必要不可欠だったのは理解している。
十万年前までの、カグヤが造られる前の世界は、今とはは比べ物にすらならないほどの危険に曝され続けていた。その中で生き延びるためには、倫理も道徳もかなぐり捨てる必要があった。
いや、多分、それでもまだ最後の一線は踏み越えていなかったのだと思う。
・・・・・・思うのだけど。
「どこが、危険度の少ない遺跡なのよ・・・」
「それは本当に、そう思うよね」
独り言のつもりだったのに、返事が返ってきて驚いてしまう。
何時の間にか隣にリリアが居るのにさらに驚く。
「どうしたの? そんなにぼうっとしてるなんて珍しい」
「うん。少し考え事をね・・・」
「エイルの事でしょ?」
ズバリと言い当てられてどうしようと思うけど、どのみち隠し事なんて出来るハズもないと諦める。
「うん。どう接していいのか判らなくて・・・」
「私は普通でいいと思うけど、色々と考えちゃう?」
「うん。どうしようもないなと自分でも思うんだけどね」
どうしようもないと笑うしかない。
「それはしょうがないんじゃないかな。私だって色々と考えちゃうし」
そんな私に、リリアは当然のように私だって同じだよと笑いかけてくる。
「リリアもなの?」
「私たちだけじゃないと思うよ。あんな説明をされたら、みんなどうしていいか判らなくなるって」
それは確かにそうかも知れない。自分の気持ちにいっぱいいっぱいで忘れてたけど、みんなだって思う事はいくらでもあるに決まっている。
「ねえ、今も同じ研究が続けられていると思う?」
「判らない。絶対にないとは言い切れないから」
そう、何よりも、今もまだ同じ様な研究がどこかで行われているんじゃないか、その不安がどうしても拭えない。
例えば、レジェンドクラスになったアベルのDNAを基にクローンの開発や、それをベースにした人造人間の開発が行われていたとしてもおかしくはない。
だから、どうしても色々と考えてしまう。
「多分、アベルは判っていて、気にも留めないんだろうけど」
間違いなく、アベル自身がその可能性を誰よりも良く理解しているハズ。
それでも気にも留めないのは、そんな事をしても無駄だと割り切っているからか・・・。
「確かに、実際にアベルと同等の力を持つクローンを造るなんて不可能だし」
「それでも、エイルたちの製作技術の一部でも解明されれば、Sクラスの力を持ったクローンや人造人間を造る事も不可能じゃなくなっちゃう」
そう、一番気掛かりなのはそこ。
エイルの、彼女の存在は、世界中に狂気の研究を蔓延させるキッカケになりかねない。
実際にSクラスの力を持つ個体を安定して生産でき、自国の戦力と出来る可能性が示された時、それに飛び付かずに理性を保てる国がどれだけあるだろう?
「これから、世界はどうなっちゃうんだろう・・・」
どうしようもない不安が押し寄せて来る。
アベルやミランダさんが理解してないはずがない。その上で問題ないと判断したと判っていても、不安が拭えない。
だから、彼女が、エイルが目覚めなければ良かったのにと思ってしまう。
彼女の所為じゃないのは判っているのに、それでもどうしようもなく、思ってしまうのを止められない。
「気にしても、私たちには何も出来ないのが判ってるから、どうしようもなくもどかしいよね」
「うん。そうだね」
どうしようもない危機感に苛まれながら、自分たちには何も出来ないという無力感。
それがどうしようもなく私の、私たちの心を波打つ。
嵐の海のように荒れ狂う自分の心をどうする事も出来ないまま、結局はその捌け口をエイルに求めているだけなのかも知れない。
「結局、いくら悩んだってどうしようもないんだから、アベルやミランダさんに直接聞けばいいだけだって判っているのにね」
こんな所で悩んでいないで、早くアベルにどういうつもりなのか問い質しに行けば良い。
間違いなく、ユリィさんたちはとっくに問い質しているハズだ。
「アレッサさんももうとっくに問い質しに行ってるよね」
「うん。多分アリアもね」
彼女たちかもう答を知っていて、あえて自分たちには伝えないのだろう。
自分で早く聞きに行けと思っている事だろうと、判るから、彼女たちの想いと優しさに思わず顔を見合わせてしまう。
本当に、何をグジグジしいるのだろう。
「行こうか」
「そうだね」
悩むのならば話を聞いて、全てを知ってから悩めばいい。
何も知らないまま、想像にモヤモヤしても仕方がない。
アベルが何を考えるのか、その真意を聞けば済む話。そして、彼を信じているのなら悩んでいないですぐに聞きに行けば良い。
或いは、何も聞かないまま、ただどうなるのかを見守っていれば良い。
そのどちらでもなく、ただウジウジと悩んでいるのは結局、私たちがアベルを信じ切れていないからに過ぎない。
だから、信じさせて欲しい。
私たちに、何の問題も間違いもないんだと、安心できる絶対の信頼を授けて欲しい。
身勝手なお願いだと思うけれども、どうか、私たちの願いに応えて欲しいよアベル。




