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「おはようございますマスター。個体ナンバーW8889覚醒を終えました。これよりマスターのご命令に従い、確実に応えていく所存です」
感情の乏しい、淡々とした様子で挨拶をしてくる。黒髪に黒目で、顔立ちも何所か前世の日本人ぽい雰囲気がある。だからか、余計に人形のような作り物めいた感じがする。
「さっさくですが、何かご命令はございませんか? マスター」
「うん。その前に一応聞いておくけど、マスターってのは俺の事かな?」
「はい、貴方です。貴方が私のマスターです」
「どうしてオレがとか色々聞きたい事があるけど、その前にまずは服を着ようか・・・」
「了解しましたマスター」
カプセルから出てきた彼女は、当然ながら何も来ていない。十代半ばの柔らかな素肌を晒していて視線の向け所に困る。
そんなこちらの意図を理解したのか、それとも単に命令に従っただけなのか、応えると共に全身を光が覆って、漆黒の簿でスーツがどこからともなく現れて、彼女の全身を包む。
うん。確かにこれで裸体のままじゃなくなったけどね。どうして全身の体のラインがまる判りのボディスーツかな?
それはそれで、目のやりどころに困るんだけど・・・。
「これでよろしいですかマスター?」
「うん、まあとりあえず、その上にこれを羽織ってくれればOKかな」
俺はジャケットを取り出して差し出す。それを羽織ってくれれば、格好の方は問題ないだろう。
因みにボディスーツに合わせた黒のジャケットで、一緒のどこからか出て来て身に付けられて物と合わせて全身黒尽くめだけども、それが妙なほど似合っている。
「それにしても、どうしていきなり目覚めたのかとか、なんで俺がマスターなのかとか色々と疑問があるんだけどな」
「私が目覚めたのは、マスターがここに立ち入ったからです。マスターの生態エナジーを登録して覚醒したため、今の私はマスターの所有物となります」
うん。何の事か全く判らないね。これはもう少しシッカリと遺跡を調べてみる必要がありそうだ。
調べて、それで俺の知りたい答が見付かると良いんだけど・・・・・・。
「なんであんな仕掛けをワザワザ用意するかね・・・」
結局、俺の知りたい答は調べてみたらアッサリと見付かった。他の部屋にあの遺跡を発掘したかつての転生者が残したメッセージが残っていたのだ。
それによると、どうやらSクラス以上の力を持った転生者が、遺跡のメイン・フロアである。あの戦闘バイオロイドの製造室に入ると、自動的に転生種の生態エナジーのパターンを解析し、そのデータをもとに転生者をマスターとして自動的に目覚めるように設定されているらしい。
ここでせめてもの救いだったのは、生体エナジーのパターン解析とマスターの設定にそれなりに時間がかかるため、一定時間、フロアに滞在しなければ目覚めない事、ついさっき一人で来た時は、何のために造られた施設だったのかを確認した後に、すぐにフロアを出たので目覚めなかった。
そして、サナとザッシュがまだSクラスになっていなかったのも本当に良かった。
もしあの二人が既にSクラスになっていたら、二人をマスターとしてもう2体が目覚めていた事になる。
正直、そんな事になっていたら本気でヤバかった。
因みに、メッセージには既にフロアに入った後だったならご愁傷さま。まだだったらどうするかは好きにすると良いよと書かれていた。
本気で、どうして先にこのメッセージを見付けられなかったかなと思う。
何故に転生者をターゲットに目覚めさせる機能なんかを付けるかなと思うけれども、それでも、今回のは間違いなく俺のミスだ。
もう少し慎重に行動していれば、避けられた事態なのに・・・・・・。
「如何なさいましたか、マスター?」
そして、何故か俺をマスターに認証された彼女は当然の様に俺のすぐ傍、俺の部屋にいる。
「いや、マスターは止めてくれ。俺はアベル・ユーリア・レイベスト。アベルで良い」
「判りました。それではこれよりアベル様と」
「うん。それで良いよ。ええっとキミは・・・」
様も要らないと言っても、無駄だろうからそれで良いと判断した所で、いまだに名前すら聞いてない事に気が付く。
「W8889です。アベル様」
「いや、それは個体の識別ナンバーだろ、そうじゃなくて名前は」
「ありません」
そうだよな。使い捨ての道具として造られた彼女たちに個別の名前が与えられているハズがない。
「ならエイル。キミはエイル・ヴァリュキュリアだ」
「謹んで名を賜ります。これよりエイルを名乗らせていただきます」
確か女神の名であり、ワルキューレ、ヴァルキュリア、ヴァルキリーの名であったハズだ。彼女にはちょうどいい名だろう。
「それと、エイルの戸籍と身分証も作らないといけないし、マーチスにある程度の説明もしないとな」
流石に、エイルが居るのに何もなかったで通すのは無理がある。
それに、エイルには戸籍も市民証も何一つないので、それらを作って正式に俺たちのパーティーのメンバーにするには、やっぱりある程度の、少なくても彼女が遺跡から見つかった古代の戦闘バイオロイドである事くらいは説明しないといけない。
前世に読んでいた異世界転移の話なんかだと、見ず知らず後に身分証も何もない状況でいきなり飛ばされても何とかなっていたけれども、この世界では身分証なしではどうしようもない。
そんな訳で、彼女がこれから俺たちと一緒に居る為には、それ以前に、これから先、普通に暮らしていくのにもまずは戸籍と身分証が必要になる。
「戸籍と身分証ですか?」
肝心の当の本人が、その辺りをよく理解していないみたいだけども、それも仕方がないだろう。そもそも彼女は十万年が経った今の社会について何も知らないのだし、それ以前に、人間社会の基本的な常識すらも教えられているか怪しい。
正確には、戦いに必要ない一般的な生活に必要な情報など与えられていない可能性すらある。
「そう、俺たちと一緒に居るためにはまずは冒険者ギルドに登録しないといけない。で、登録するとなるとキミの実力と身元不明な点が問題になる」
因みに、冒険者ギルド事態は十万年前にも当然あった。まあ、その規模もありようも今とはキラベモノにならないほどに桁が違っていた訳だけども・・・。
「キミの場合すでにSS+ランクの実力があるからね。そんな実力を持った身元不明者なんているハズがないんだよ」
Sクラスの実力者で身元不明な人物が突然現れて騒ぎにならないはずがない。
そもそも、この世界は戸籍などの個人情報がキチンと整っているので、例え本人が記憶を失っていても、更に市民証などの身分を示す物を失っていても、顔が判り、更に髪などから遺伝子情報を得られれば、データベースを照合して、確実に本人確認が出来るようになっている。要するに、身元不明者などというモノがそもそも存在しえないのだ。
更に言えば、Sクラスの実力者の居場所など、それが既に引退した者であっても、国防の為に完璧に把握しておくのが当然で、いきなりどこの誰ともわからないSクラスが現れるなんて事は絶対にありえない。
「それに、遺伝子情報を調べられたらどの道キミが、戦闘バイオロイドだとすぐに判ってしまうから、説明しない訳にもいかないんだよ」
「兵器である私がアベル様と共に居るために、そのような手続きなどが必要なのですか?」
そこからして疑問になる訳ね・・・・・・。
「ああ、まず初めに言っておくけど、キミは確かに戦うために造られた戦闘バイオロイドだし、俺はキミのマスターだけども、俺はキミを道具としてではなく仲間として接するつもりだ。だから当然、仲間になるために必要な手続きを踏む」
「仲間としてですか?」
「そう、キミがどんな存在であれ、どう接するかは俺の自由だ。だから、俺はキミを仲間として扱う。それだけの事だよ」
正確には、可憐な女の子にしか見えないエイルを、ただの道具として扱えるほどに俺の精神は図太くないからなのだけども、その辺りはどうでも良いだろう。
実際、こうなったらもう、彼女がどんな目的の為に造られた存在かなんて関係ない。
「とりあえず、まずはマーチスに説明しに行くか、着いて来い」
「はい。アベル様」
説明するとは言っても、当然ながらありのまま全部を話すつもりは無い。
まずは、あの遺跡が十万年以上前の戦闘バイオロイドの堅強施設兼生産工場であったことを話し、その上でエイルについては、前に発掘したモノが見落としていたために残っていた個体と説明する予定だ。
その上で、研究成果なども全て発掘した当時に持ち去られているので、遺跡の設備を使っても同等の性能を持つ戦闘バイオロイドなどの生成は不可能と話して、その上で、俺が彼女のデータなどからある程度の技術を確立できないか確かめるつもりだと説明すればOKだ。
まあ、それでもマーチスはあの遺跡の調査に乗り出すのは確実だけども、中には絶対に入れないし、そうなれば、俺には秘密で遺跡の調査をしようとして失敗したから、遺跡への入り方を教えてくださいとは言ってこれなくなる。
「面倒な事になった事はなったけど、この程度なら許容範囲内だな」
あくまで、これからエイルが面倒事を巻き起こさなければだけども、とりあえず、エイルを新しく仲間にしてぶじに遺跡探索を終えられそうだ。




