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「戦闘用バイオロイドの研究施設ね。これまたどうしたものか悩むわね」
今回は特に危険物は見付からなかったといえば見付からなかったし、目の前にあるといえば、確かに危険な物がまさに目の前にある。
そう、この遺跡の研究成果である、カプセルの中に浮かんでいる人造人間。戦闘バイオロイドだ。
「それにしても、十万年前に造られたこの子たちは、一体どれくらいの力を持っているのでしょう?」
そう、問題はそこだ。
この世界で、戦闘用の人造人間やクローンの研究が一部でしか行われていないのは、どうやってもそれだけで高い戦闘力を持った個体を造り出す事が事実上不可能だからだ。
遺伝子操作など様々な技術で、純粋に身体能力が極めて高い個体を造り出す事は出来る。出来るけれども、実際の所はこの世界の戦いではどれだけ身体能力が優れていようと、それだけでは何の意味もない。
この世界における圧倒的な力は、全て魔力と闘気。精神の力、或いは魂の力に由来する力から成り立っている。そして、それらはコピーできるようなものではない。
例えばの話、俺の細胞からクローンを生み出したとして、そのクローンが同じレジェンドクラス力を有するかと言えばそんな事は決してありえない。
素質としては、俺と同等の力を得られる可能性もあるので、全く同じ修行を同じだけした上で、世界樹に使徒として認められればレジェンドクラスにまで成り得るのだけども、その可能性はほぼゼロに等しい。
まず、クーロンとして造られた者は、器は同じでも、その魂は根本的に全く別の存在になる事が上げられる。
まったく同じ魂を持った同一人物を生み出す事など絶対に不可能なので、レジェンドクラスの魔物やSクラスの者を基にクーロンを造り出し、同じだけの修行をこなさせたとしても、その結果、同等の力を手に入れられる可能性は限りなく低いのだ。
実際に、これまで幾度となく実際にクローンが造られてきたが、その中で、元のオリジナルと同等の力を手に入れられた個体は十万年に及ぶ歴史の中で一つとして存在しないという。
「少なくても、A・Bランククラスの力を持っていてもおかしくはないけど」
だが、この施設で造られたこの個体はそれらとは一線を隔す存在である可能性が高い。
十万年以上前、カグヤが造られる前の戦いに投入されていたのだから、少なくてもA・Bランク程度の力がなければ話にならないだろう。
「むしろ、Sクラスの実力があってもおかしくないわね」
「流石にそんなと、否定できない所が怖いですね」
ミランダが言う通り、Sクラスの力を持っていても何も不思議ではない。
「むしろ、俺よりも強い可能性もあるか・・・」
流石に可能性は低いと思うが、下手をするとレジェンドクラス級の力を持っているかも知れない。
「流石にそれは・・・、ないと言いきれないのが怖すぎますね・・・・・・」
「これまでに見てきた想像を絶する危険物を思うと、ありえてしまうかも知れないと思えてしまうのが、本当に怖すぎです・・・」
可能性としては否定できない事実に、全員で顔を身を褪せて笑い合うのだけども、その顔が全て引き攣っているのは仕方がないだろう。
「それで、これ、どうするの?」
「いや、何もしないよ。悪いけれども彼女たちにはこのまま眠り続けてらおう」
どうするも何も、流石に起こすつもりは一切ない。
一体でも目覚めさせたらそれだけでどんな混乱が待ち受けているか・・・。
「そうですね。彼女たちは戦う為だけに造られて存在。それならば、このまま眠り続けていた方がむしろ幸せなのかも知れません」
サナの言う通りで、戦闘用に造られた人工生命体である彼女たちは、命令に従って魔物との戦いを続ける為だけのロボットに近い存在として造られている。
ほんのわずかに確認したこの施設の資料から読み取った情報だけでも、彼女たちはこのまま眠りについていた方が幸せだろうと思う。
因みに、さっきから彼女たちと評しているのでお分かりいただけていると思うが、この遺跡で造られ眠っている戦闘バイオロイドは全員が女性型だ
「こんなに可愛らしいのに、戦う為だけに生み出されて、戦う為だけにしか生きれないなんて可哀想ですね」
「でも、起こしても私たちに戦いとは違う生き方を見出させる事は出来ないと思う」
アレッサの言う通り、十代半ばの女の子の姿の彼女たちは、ただ戦うために生み出され、それ以外の在り方を認められていない。命令に従い戦うように予め造られているのだ。
だから、リリアの言う様にも死も目覚めさせても、俺たちも彼女たちに命令し、戦わせる事しか出来ないだろう。
それが解っているのなら、やはりはじめから起こさない方が良い。
「ヴァリュキュリアシリーズか、そのままと言えばそのままだな」
なのだけども、一つ気になるのは、いくつも並んだカプセルの中に開いているモノがある事。これはひょっとして、前にこの遺跡を発掘した人物が目覚めさせていった?
まあ流石に、万単位で昔の話だ、それこそ目覚めさせた転生者が死ぬより前に、目覚めさせたバイオロイドも活動限界を超えているだろうし、問題はないだろうけれども、それよりも、良く目覚めさせる気になったなと思う。
「とりあえず、この遺跡はやっぱりこのまま封印で。まあだけど、これまでに比べれば危険のない遺跡だったな」
ヴァリュキュリアの性能が非常に気になる所だけども、龍脈の力を自在に使うシステムなんかと比べればまだ可愛らしい方だ。
「確かにね。この子たちなら、例えバレても問題ないし」
「そうなんですか? この遺跡も、世間に知れると大変な事になると思うんですけど・・・」
エイシャが不思議そうに尋ねてくる。ユリィたちは判ったみたいだけども、それ以外のみんなも不思議そうにしている。
やっぱり、この遺跡の事が知れても特に問題ないと言うのは判らないらしい。
「確かに、ここに眠っている彼女たちは相当な戦力には成り得るだろう。だけど、それはあくまでもそれだけの話だ」
「仮に彼女たちがSクラスの力を持っていたとして、数百年はSクラスの戦力を得る事が出来る事になるけど、それも彼女たちの活動限界を迎えたらそれでお終い。もう一度造る事が出来ない以上、活動限界を迎えればそれまでなのよ」
この遺跡は確かに研究施設であり、彼女たちもここで造られたのだろうけれども、それじゃあ、この施設を使えば彼女たちと同じ、ヴァリュキュリアシリーズをもう一度、現代で造り出せるかと言えば全くの別問題だ。
「ここの設備を使っても彼女たちと同等の存在を造り出すのは無理だ。つまり、彼女たちを目覚めさせれて戦力にする事は出来ても、それもすぐに終わるんだよ」
一通り調べてみたけども、正直、専門じゃあないとはいえ理解不能にも程があるだろと突っ込みたくなる程に難解な製作過程を経て、これまた貴重な素材を山の様に使ってようやく完成するのが彼女たち、ヴァリュキュリアシリーズだ。
「仮に制作方法が露見しても、造り出すなんて絶対に無理だな」
「そこまでハッキリと断言しますか・・・」
当然だ。むしろ、製作方法から一部でもヒントを得て、クローン技術やバイオロイドの製作を発展させられる天才が居たのなら、お目にかかってみたいものだ。
「そんな訳で、この遺跡は珍しく危険度が低いんだよ」
それでも封印するのには変わりないけどな。
正直、彼女たちはこのまま此処で眠り続けていた方が良いと思う。眠りを覚ますのはハッキリ言って気が引ける。
と言うか、どう接していいのか判らない。
「だけど、彼女たちはこのまま眠り続けていた方が良いのは変わらないから、出来るならこのままこの遺跡の事も秘密にしておいた方が良いだろう」
「確かにそうですね」
戦う為だけに造られた彼女たちは、このまま眠り続けていた方が良いだろうという意見は、みんな同じらしく、全員が揃って頷く。
「それじゃあ、もう戻ろうか」
危険性はないのだけども、何か複雑な気持ちになるし、色々と考えてしまう遺跡だった。
なんだかなと思うけれども、何時までもここに居ても仕方がないので、はやくホテルに戻って次に切り替えよう。次と言っても、流石に過ぎにこの国を出て次の遺跡にいく訳じゃないから、次の行動。この国での魔物の討伐だ。
まあ、いくら遺跡回りがメインと言っても、遺跡だけ見たらそのままサヨウナラとは流石にいかない。
特にこの国に来る前、アーミィッシュには長く滞在していたのに、今度は昨日の今日で立ち去ったんじゃあ、マーチスの立場がないし、メンツが丸潰れなので、その辺もシッカリと考慮しないといけない。
若干、面倒くさいとも思うけれども、その程度の配慮はどうしても必要なのも、社会の中でそれなりの地位にいる以上は仕方がない。
完全に人との係わりを断って、世捨て人になれば気にしなくても問題ないのだけども、今のところは俺はまだ、世捨て人になる予定はない。
「この後は、大体二週間くらい滞在して魔物の討伐をする事になるのかしらね」
「それと、ある程度は社交の場にも出ないといけないだろうな」
訪問の連絡をした段階で、すでにいくつかのパーティなどへの出席について打診されている。
特に、王家の主催の園遊会には流石に出ない訳にはいかないので、これは出席するのは確定。その所為で滞在日時が若干長くなってしまうが、これはもう仕方がない。
これも高ランク冒険者の義務の内だ。
そんな訳でそろそろ帰ろうとしたところで、何やら異変が起きているのに気付く。
「覚醒シークエンス終了。個体ナンバー0089の覚醒が終了しました」
不意に流れるアナウンスと共に、並んだカプセルのひとつから培養液が抜き取られ、そのままカプセルが開いて、中から少女が、この遺跡で造られた戦闘バイオロイド。ヴァリュキュリアの少女がゆっくりと歩いて出てきた。
透き通った漆黒の瞳が真っ直ぐ俺を見据えているのを見て、ああ、やっぱり何事もなく無事に終わるなんて都合の良い展開にはならないらしいと、自分の運命をまた呪った。




