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「俺は、貴方ほど英雄と称されるに相応しい人物はいないと思います」
本人がどう思っていようが関係ない。今の話を聞いて、彼こそが本物の英雄と呼ばれる人物だと確信した。
騎士に成ったキッカケが死ぬためであれ何であれ、彼が命か賭けて国を、民を守るために戦い抜いた事に変わりはない。そして、国を護るために戦い抜いた事も変わらない。
彼は本心から国と民を護るために戦った。それは紛れもない事実であり、結果、多くの命が救われたのもまた事実。
実際問題、もしも彼が騎士に成らなかったら、或いは彼が途中で死んでしまっていたなら、この国は一千万を超える死者が、場合によっては二・三千万に達する死者が出ていただろう。その犠牲は、人口五千万程度のこの国では、事実上、国の滅亡に直結する数だ。
その意味でも、彼はこの五十年間間違いなく国を護り続けて来た英雄だ。
「アベル殿にそう評されるなど・・・」
「始まりの動機など関係ありません。貴方は国を救い、多くの部下たちの命を守り続けてきた。その事実と、その事実によって貴方に向けられる信頼こそが何よりの証です」
そうなのだ。結局、彼は竜騎士団長となってから、ただの一人たりとも部下に犠牲者を出していない。これがどれ程凄い事かは、ワザワザ説明するまでもないだろう。
事実、これまでにどの国でも、任期中部下に一人の犠牲者も出さずに戦い抜いた竜騎士団長など、彼以外に十万年を超える歴史の中ですら一人としていない。
騎士として優秀であると共に、司令官として類を見ない才能の持ち主である証拠だ。
「救国の天剣。貴方のその二つ名は、数多の命を意護り続けて来た貴方の戦いの証です」
英雄なんて酒場に行けばいくらでも居ると評した人がいたけれども、そんな自称英雄など何の意味もない。
多くの人に認められ、誰からともなく彼こそが英雄だと言われる。まさにケレスの様な本物の英雄の称号にこそ意味があるのだ。
「事実として、貴方は多くの命を救い続けて来た。それが貴方を英雄たらしめているのです」
「アベル殿と同じように、私も竜騎士団長として多くの民を続けて来た。その事実を持って、私は英雄だと言う事ですか」
「俺は自分の思うが儘に行動して来ただけです。その結果、多くの命を救い、英雄と呼ばれるのなら、それもまたひとつの事実として受け入れましょう」
二度にわたる魔域の活性化を戦い抜き。レジェンドクラスの魔物が溢れ出す異常事態にも、誰一人犠牲を出さずに無事に解決させた。
多分、それで俺も英雄なんて呼ばれるようになったのだろう。
そのくらいの事は判る。判るけれども勘弁してくれと正直思うが、どうしようもないのも事実。なら、もう諦めて受け入れるしかない。
実際の所、俺が英雄と称されるのをどう思っているか理解しているミランダたちは笑いをかみ殺しているけれども、別に良いさ。
他人がどう評するかなんて、一々気にして居ていられないのは事実だ。
「そうですか、確かにそうですな。私自身がどう思おうと、この国の民が私を英雄だと思うのを止める事は出来ません。ならば、その評価を受け入れるしかないのですね」
ある意味で諦めた様にケレスは苦笑する。
それはそうだろう。俺が言ったのは、自分で自分の事をどう思おうが、周りの評価は変わらないというただそれだけの事だ。
自分は天才だと思い込んでいる奴がいても、周りの評価は唯のバカでしかない事だって良くある。
実際の所、周りの評価がだたしいかなんて判らないけれども、それでも、自分ではどうしようもない事もまた事実。
要するに、自分はこんな風に評価されていると受け入れて、気にしなければ良いだけだ。
「結局、私は英雄と評され、常に期待され続けるのが怖かっただけかも知れません」
「それは、むしろ当然でしょう」
英雄なのだから当然。そんな無責任な期待を勝手に寄せて出来なければ勝手に失望する。
それもまたごく当たり前の事だと、気にしなければ良い。
実際、あえて気にする程の意味がある事でもない。失望するのならば、勝手に失望すればいい。別にオマエたちの機体に応える為に戦っている訳じゃない。俺も、ミランダたちも完全にそう割り切っている。
だけども、人の世に生きている以上、中々簡単に割り切りきれるものじゃない。そこがまた、メンドクサイところなのだけども、気にした所で仕方がないのも確かだ。
「ありがとうございます。おかげで元妻の呪縛から解放されました」
どうやら本人も漠然の理解していたらしい。
ただ一人成功し、称賛を浴び続ける彼に対して最後に残せるたった一つの呪縛として残した怨念。それに縛られ続けていたのだと。
「おかげでスッキリしました。それにしても、まさか孫の様な歳の貴方に諭されるとは」
孫か、ケレスはもう八十に届く歳。確かに俺は孫やひ孫ほど年が離れているな。
もっとも、ケレスの外見は二十歳そこそこなので、外見的にはそんなに年が離れているようには見えない。
そして、当然だけど、ケレスは再婚した三人の奥さんとの間に子供を、跡取りを設けている。
長男はもう四十を超え、竜騎士として、ケレスの部下として懸命に戦い続けているそうだ。
正直、この長男に対しては同情の念を感じざるおえない。
ケレス、彼は正真正銘の天才だ。
純粋に竜騎士として戦いの才能も優れているが、指揮官としての才覚は天才の枠を超えて異常とすら評して良い。
彼はこれまでだけ一人として部下を犠牲にしていない。それは十万年の歴史の中でも類を見ない事であり、想像を絶する才覚と運、そして状況判断能力と未来余地をもってしなければ不可能だろう。
そんな天才の後継者と目される長男に向けられる期待。重圧がどれ程のものか想像を絶する。
「そう言えば、貴方はお孫さんも居るのでしたね」
「ええ、合わせて二十人ほど、相手をするのは中々に疲れますよ」
これまた当然だけども、彼の子供は全員もう結婚している。そして子供を授かっているので、孫の総数はまあそれだけの人数になる。
流石の竜騎士団長も、二十人の孫の相手は大変らしい。もっとも、年長はもう二十歳を超えているだろうし、そう手はかからないのも少なくはないだろうけれども、紺ではひ孫が大勢産まれる事になるので、その相手に四苦八苦する事になるだろう。
ただし、そんな彼らも英雄の直系として苦労する事になる。
まあその辺は、俺に子供が出来た時も同じなのだろうけど・・・。
「ただ、子どもたちや年長の孫たちには少し距離を置かれてしまいまして、どうしたらいいのか判らずに困っていますが」
「それはしょうがないわね。偉大過ぎる父親を持った子供の苦悩は計り知れないし」
何かミランダが妙に実感を込めて言うけど、彼女にそんな経験があるのだろうか?
そんな疑問を感じながらも、彼女の言葉に全員で頷く。
全員一致で同意した俺たちにケレスは何とも言えない表情をする。
「貴方の後を継ぐ。その重圧からどうして良いか判らなくなってしまうのですよ」
彼の名声はこの国だけに留まらず、ヒューマンの国全体に広がっている。そんな彼と常に比べられ続けるのは苦痛でしかないだろう。
「特に、貴方の後を継いで竜騎士団長となると期待されるのは相当なプレッシャーでしょう」
「次期竜騎士団長ですか、私もいい加減引退しようと、副団長に後を継ぐ様に言っているのですが、頑として首を縦に振らないのです」
それはそうだろう。復調としてその偉業をすぐ傍で見てきた人物なら、その後を受け継ぐのがどれほど無謀か身をもって知っているだろうし、頼むから息子に後を継がせてくれと真剣に祈っているだろう。
「私としては、流石にそろそろ引退をと考えているのですが、なかなか認められず」
「国としても、貴方ほどの人物を手放す訳にはいきませんから」
少なくても、後継者として相応しいと判断できる逸材が現れるまでは、なんとしても竜騎士団長を続けてもらわなければ困るだろう。
本人としては、もう五十年以上も戦って来たのだから、そろそろ引退をと考えても、周りは後少なくても五十年はとなるはずだ。それに、彼はSクラスになる事も期待されている。つまりはまだまだこれからと思われており、実際にSクラスになったら、引退は更に百年以上先の話になるだろう
「いや、私はSクラスにはなれませんよ。この五十年間、欠かさず修行を続けて来ましたが、もうこれ以上魔力や闘気が上がることの無い限界にまで達しています。誰よりも私が、自分の才能の限界を知っていますよ」
俺の説明にケレスは慌てて否定する。
迂闊にSクラスになって、更な面倒な事になるのを嫌っているのではなく、純粋に自分にはそれだけの才能はないと思っているのだろう。
だけど、見た所、確実にケレスにはSクラスになるだけの力量がある。メリアたちと同じ修行を始めればすぐにでもランクアップできるだろう。
とは言っても、流石に彼に弟子になれとは言えない。そんな訳で、マリージアのレイル王子と同じ方法が妥当だろう。それを彼が臨むかどうかはかなり疑問だけども・・・。
「いえ、俺の見た所では、貴方は確かにSクラスになるだけの才能が有りますよ。俺たちと同じ修行法を取れば、すぐにでもSクラスになれるでしょう」
「それは、本当ですか」
「間違いなく」
俺が断言すると言葉に詰まる。まあ当然だろう。いきなり確実にSクラスになると言われたのだ。
多分、今の彼の頭の中にはいろいろな思いが交錯しているだろう。周りの期待に応えてSクラスになれば、これから更に大変な苦労を百年以上も続けて行かなければならないのだ。その一方で、Sクラスになれれば出来る事も増える。ここのところ世界各地でみられる魔域の異常。魔物の侵攻が激しさを増している中で対抗するための力を、国と民を護る力を得る事が出来る。
「それでしたら、是非とも私に修行を付けていただきたい」
悩むのも一瞬。すぐに即答するあたりが、彼が本物の英雄である証だ。
彼の後継者と目されている長男などは、この上さらにSクラスになるなんて勘弁してくれと本気で嘆くだろうが、彼はむしろこのままさらなる高みを目指して突き進むべきだ。
「構いませんよ。その代わり。俺に貴方の戦術を教えてください」
そんな訳で、ケレス竜騎士団長は俺の外弟子になるのが確定。また、俺も彼から戦略や戦術を習う事になった。




