8、5 メリア視点。
どうしてこうなった?
この1週間、毎日のようにそう思うのはこ仕方がないと思う。
Eランクハントエリアに突然現れたDランクの魔物。その逃れられない脅威に死を覚悟した時、まるで物語のヒーローの様に颯爽と現れて助けてくれたのがアベルさん。
それだけなら良かったのだけど、彼は突然、会ったばかりの私たちを弟子にすると言い出した。
本当に、なんでそうなるの?
今でも彼にそう問い詰めたくなるけど、そんな事しても無駄だって判るくらいには彼の事を理解できるようになっている。
彼に常識は通用しない。
その事を、この1週間でイヤというほど思い知らされた。
正確には、アベルさんじゃなくて、Sクラスにはなのかも知れないけど・・・・・・。
驚いた事に、アベルさんから指導を受けは自他と思ったら、ほんの数日でD-ランクに全員がランクアップしてしまった。
自分でもいまだに信じられない。努力を重ねて、なんとか1年後にランクアップできると言われていたのが、1週間もたたずになってしまっていた。
本当に、何の冗談なんだろうと思う。
だけど、彼が私たちの事を思ってくれているのもまた事実。
あの日、彼が私たちに言ったのは全部事実だった。
冒険者学校を出て正式に冒険者になって1年。Eランクにまでランクアップして、来年にはDランクに成るのも確実と言われている。傍から見たら正しく順風満帆だろうけど、だからこそ、向けられる視線や悪意にウンザリしていたのも確か。
『運が良いだけの小娘が』
『調子に乗っていられるのも今の内さ』
『いるんだよな。毎年いきがってすぐに死ぬバカが』
私たちがどれだけ努力しているかを判ろうともしないで、ただ、妬んで悪意をぶつけてくる人たち。
『女の子だけじゃ危ないだろ。俺たちと一緒にパーティーを組まないか?』
『新人新人を指導するのもベテランの仕事だからな。俺たちが冒険者のイロハを教えてやるよ』
はじめは、私たちに興味もなさそうにしていたのに、私たちが頭角を現し始めると、手のひらを返したように声をかけてくる人たち。
アレッサさんたち、親しくなった冒険者ギルドの職員の方たちに、彼らは私たちをカモにするつもりだって教えてもらえて助かったけど、もしも、教えてもらえなかったら、或いはアレッサさんたちに庇ってもらえなかったら、私たちはあの人たちに捕まって、いいように利用されていたと思う。
確かに、私たちは冒険者としては順風満帆で、ギルドから機体の新人と言われているけれども、だからこそ、人間関係に戸惑って、困り果てていたのも確か・・・・・・。
だけど、
そんな私たちを取り巻く環境は、アベルさんによって一蹴された。
本当に、アベルさんは私たちを取り巻いていた悪意をキレイに、根こそぎ掃ってしまった。
いったい、何が起きたのか私たち自身、未だに良く判らなない。
ただ確かなのは、私たちを取り巻く環境が、本当に今までとは全く変わってしまった事。
「お疲れ様です。メリアさん」
「ありがとうございます。コレ、今日の分の討伐確認をお願いしますねアレッサさん」
例えば、こうして毎日討伐報告をする魔物。そのランクがこれまでとはケタが違ってしまっている。
アベルさんの教えを受け始めてから、私たちは信じられないスピードで強くなっている。だからと言って、始まって1週間も経っていないのに、もう、パワードスーツを着て、B・Aランクの魔物との戦いを経験させられるなんて思いもしなかった・・・・・・。
そんな訳でから、今日私が倒した魔物は、B+ランクのアビス・クロコダイル。アビスさんにあった日に遭遇した魔物。
私たちじゃどうやっても倒せるハズがない魔物。あの時、もしもアベルさんが通りかかってくれなかったら、確実に私たちを全滅させていたハズの魔物。
そんな魔物をみんなで合わせて200近く倒す事になるなんて、本当にどうかしている。絶対にオカシイって判っているのに、なんだか、もうその感覚もマヒしてして来てしまっている。
「アビス・クロコダイルの討伐ですか・・・・・・。本当に、アベルさんも無茶をなさいますね」
「ですよね・・・・・・。私たちは、この1週間で感覚がおかしくなってしまいそうです」
私たちがB+ランクの魔物と戦っているのは、パワードスーツを着ているからまだ良いかも知れない。だけど、問題はその数。200匹。1人あたり40匹っていったい何?
元冒険者でもあるアレッサさんも言っていたけど、普通、ランクが上がるごとに魔物の討伐数は減って行くそう。
私たちみたいな、駆け出しの冒険者はとまず数を倒さなければ、満足な額の報酬を得られないのに対して、高ランクに成ればそれ程数を倒さなくても、十分な報酬が得られるからと言うのもあるけれども、なによりもランクが上がれば上がる程に、危険性が高まるのが原因との事。
1匹を倒すのにもかなりの集中力を要するし、普通なら何十匹なんて数を討伐出来ないと、元冒険者のアレッサさんたちも言っていた。
それなのに、アベルさんはいとも簡単に何十、場合によっては何百っていうA・Bランクの魔物をたった1日で討伐してしまうし、私たちにも、ごく当たり前に何十匹も討伐させる。
本当にもうアリエナイ。
こんな事は普通、どう考えても出来るハズがないのに、アベルさんが一緒だと何故かできてしまう。
いったい、何がどうなっているのか困惑せずにはいられないし、それよりもなによりも、どうして、Dランクらなったばかりの私たちに、イキナリA・Bランクの魔物と戦わせるのか意味が判らない。
「アベルさん曰く、数か月後にはBランクに成っているから、今の内に慣れておくに越した事はないって事ですけど・・・・・・」
「数ヶ月でBランクですか・・・・・・」
アレッサさんと揃って深い溜息を付く。
ハッキリ言って、言われた事の意味が判らない。常識的に考えて、そんな事ありえないのだけども、アベルさんならばアッサリと現実のものにしてしまいそうな気もする。
「普通ならありえないのですが・・・・・・」
「アベルさんなら本当に実現してしまいそうなんですよね・・・・・・。正直、自分がどうなってしまうのか怖いですよ」
A・Bランクは本当に才能ある真の天才が、絶え間ない努力の果てに辿り着く頂き。そんな領域に、たった数ヶ月で辿り着くなんて言われて普通は、信じられるハズがないのだけども、余りにも当然のように断言するアベルさんの様子に、ひょっとしたらと思わなくもなくなってしまっている。
「だけど、私たちにA・Bランクに至る才能があるなんて・・・・・・」
「簡単に信じられる事ではありませんよね。でも、アベルさんには、レイベスト家には実績がありますから」
そう、レイベスト家にはこれまでに幾人ものA・Bランクの実力者を短期間で輩出した実績がある。
だからこそ、私たちに至れるという言葉には説得力があるのだけど・・・・・・。
正直、今まで自分たちにそんな才能があるなんて思いもしなかったから、戸惑うばかり・・・・・・。
1年後にはDランクにまで至るが確実と言われていた私たちは、自分で言うのもなんだけども、相当な才能に恵まれていたのは確かだけども、それでも、登り詰められてもCランクくらいまでが限界だろうと思っていた。とてもじゃないけど、本当の天才だけが辿り着けるA・Bランクにまで至れるなんて、夢にも思っていなかったのに・・・・・・。
アベルさん曰く、数か月後には確実に至っているとの事。
本当に、自分の常識が尽く覆されてしまう気分・・・・・・。
その全てが、アベルさんによってもたらされた。
「あ、討伐確認と討伐報酬のカードへの振り込みも終わりました」
「ありがとうございます」
「それにしても、凄い勢いで預金が増えて行きますね」
「はは、私も怖いですよ・・・・・・」
この1週間で、今までとは比べ物にならない額になってしまった私の資産も、正直困惑してしまうし、その額を確認する度に怖くなってしまう。
今日1日で得た報酬だけで、いったいいくらになるのか・・・・・・?
多分、今日の報酬だけで、私たちが1年かけて稼いできた額を超えてしまうと思う。和達たちも頑張って、この1年で50万リーゼは稼いできたんだけど、うん。討伐報酬だけでそれを遥かに超えているね。素材を売った報酬も合わせたら、いったいどれほどの額になるのか本当に怖いよ。
「それに、この装備ですから・・・・・・」
「とても似合って入るけど、そう言う問題じゃあないですよね・・・・・・」
その上、私たちの装備は全てアベルさん特製の物に変わっている。
ブラット・オーガと言うオーガの上位種の角で出来た剣や槍に、ルビー・クラブやアイス・ロブスターの甲羅などでつくられた防具。アミュレットなどに様々マジックアイテムに、今まで使っていたのとは比べ物にならないくらい高位のマジックバック。
多分、この装備一式だけで一千万リーゼ以上は確実にする・・・・・・。
ううん。私たちが使っている。何時の間にか私たち用に用意されていたパワードスーツも合わせたらそんな額じゃすまないと思う。
そんな高価な物をポンっと気軽に渡さないで欲しいと、本気で思ったのだけども、アベルさん曰く、俺の弟子なのだからこのくらいの装備を身に付けているのは当然との事。
・・・・・・弟子でこれなら、アベルさん自体の装備はいくらぐらいするのか気になったけど、怖くて聞けなかった。多分、間違いなく桁が2つ3つ違うと思う。
そんな額のモノを平気で用意できるのは、アベルさんが本当はSクラスだから・・・・・・。
その真実をはじめて伝えられた時、正直言って心臓が止まるかと思った。
何を言っているのか、まるで理解できなかった・・・・・・。
だけど、実際にアベルさんはSクラスの、最高位に当たるES+ランクの実力者だった。そして、こっそりとこれまでに何匹ものSクラスの魔物を仕留めて来ているらしい。
もう、規格外とかそんな言葉で言い表せられる範疇をとっくに超えていると思う。
しかも、本当はES+ランクの実力を持ちながら、ギルドカードの記載はA+ランクに偽造しているのだから始末に悪い。
これは、ギルドカードに元々、倒した魔物の情報を隠匿する機能があって、それを使って、Sクラスの魔物を討伐して事実を秘匿していただけだから、別に何の不正もしていないとの事だったけど、私に言わせてもらえば詐欺以外のなにものでもないと思う。
しかも、この事は絶対に秘密と言われているから、ギルド職員のアレッサさんには話せないし・・・・・・。
「でも、全てメリアさんたちの事を思ってだと思いますよ。あの件もありますから、今は少しでも早く力を付けさせるべきだと思ったのでしょう」
「それも判っています。私たちももう、覚悟を決めていますから」
弟子入りと同時に伝えられた。今、この国に起きつつある危険。
魔域の活性化。
この国にその脅威が迫っていると言う。
それは、数百年に壱度発生する魔物の大量発生。何時もとは比べ物にならない、それこそ数百倍、数千倍を超える魔物が魔域から溢れて来る。そんな異常事態が下手をしたら数カ月も続くと言う。
対抗する手段は、ただ襲い来る魔物を殲滅するしかない。
そんな絶望的な脅威が、今、この国に起きつつあると言う。私たちが遭遇した、本来いるハズのない魔物が初心者用のエリアに現れた事態は、その前兆だと言う。
そして、確かにこの所、これまでとは比べ物にならない程に、魔物の侵攻が激しくなってきているのは実感できてしまっている。
つまり、その脅威は確かにもうすこしで始まろうとしているんだ。
そして、私たちはその脅威から逃げ出す事は出来ない。
何故なら、私たちは冒険者だから。
冒険者は魔物の脅威から人を、街を、国を護るために戦う使命を持つ者。故に、活性化などの非常事態には緊急招集がかけられ、それを拒む事は許されない。
私たちは、はじめからこの迫り来る脅威に挑み、贖い、生き残るしか道は残されていない。
だからこそ、アベルさんは私たちが生き残れるように、私たちに力を授けているんだと思う。
それが、私たちからしたら理解不能の、常識外れになってしまうのは、もう仕方がないのかも知れないけど、それでもやっぱり、もう少しどうにかならないのかなって思ってしまうのは、我儘なのかな?
私たちの身に起きている事が、本当にありえない程の幸福だって理解しているんだけど・・・・・・。
「頑張ってください。そして、死なないでくださいね」
「判っています。死んだりしたらアベルさんに何をされるか判りませんし」
アベルさんなら、たとえ死んでも簡単に生き返らしてくれそうだけど、それは絶対に避けた方が良いって本能が訴えている。
それに、いくらアベルさんでも、死体が鋸ラないくらいにバラバラにされてしまったら生き返らせる事なんて出来ないと思うし・・・・・・。
だからじゃないけど、私は、私たちは死ぬつもりはない。決して死なないつもり。
そして、自分たちにできる事をやってみせる。
国の存亡に係わる危機に、私たちが何を出来るか判らないけど、それでも、やれるだけの事はやって見せるつもり。
それに、どんな危機的状況でも、アベルさんならどうとでもしてくれるような気がするし・・・・・・。
だから、魔域の活性化でもなんでも、掛かって来いって気持ちで挑むつもり。




