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何はともあれ、無事にメリアたちの集中特訓も終わった。
結局、それぞれ一時間ほどの修行をするとそのまま倒れて、起きた後はデートか、一緒にのんびり過ごすかになってしまったけれども、とりあえず、重要に事は伝えられたはず。
俺にとっても非常に楽しい時間を過ごせて嬉しかったのだけど、弟子の指導としてはどうなのか疑問も残らないでもない。
まあ、人と同じようにやってもそれが正しいとは限らないし、俺は俺の好きな様に弟子をぞてて行けば良いだろう。
「とりあえず、これからどうしようか?」
問題はこれからどうするか?
ボランティアを続けても良いのだけど、イマイチ依頼がない。まあ、それはそれで国が問題なく回っている証拠でもあるから喜ばしい事なんだけど、しばらくはボランティアでもしようかと思った矢先にそれがなくなるのもどうだろう。
「勝手にボランティアをする訳にもいきませんし。難しいですね」
「と言うか、めんどくさ過ぎると思うんだけど、その辺の困っている人を助けるのもダメって」
ザッシュの言う事も判るが、これもまあ仕方がない一面がある。
因みに、今はザッシュとサナの二人と、転生者だけで集まっている。たまにこうして転生者だけで集まって、至急との常識の違いとかを話し合ってボロが出ない様にしているのだ。
特にボランティアへの認識の違いはかなり致命的な事態を引き起こしかねないから、十分に情報をまとめて話し合って、気を付けておかないといけない。
「アベルさんの場合は特別ですよ。ほぼ全知全能に近い力を持っているのですから、気紛れに誰かを助けたりしたら、私も私もと人が押し寄せてきて、収拾のつかない大混乱になるのは目に見えています」
「全知全能か、・・・、全属性の魔法適正を持ってる俺たちも人事じゃないんだよな・・・」
二人の言う通り、全属性の魔法適正を持っていて、更にレジェンドクラスの力を持っているとなると、ほとんど全知全能に近い万能の力になる。
例えば、治癒系の魔法で細胞を若返らせて、適当なその辺の誰か、戦闘職に無い一般人の百歳を超える老人を、二十歳前後の青年にする事も可能だし、寿命を伸ばして二百歳まで生きられる様にする事も可能。
ありとあらゆる病気を一瞬で完治させられるし、四肢の欠損などの大怪我だって瞬時に直せる。それどころか死者すらも生き返らせる事が可能。
そんな力をボランティアで気軽に使ったりしたら、一体どんな事態を招くか火を見るより明らか。
だからこそ、迂闊なボランティアはしてはいけないし、少なくてもいずれはSクラスになる事は確定の二人も気を付けないといけない。
「その辺りは本当に気を付けるという事で、正直、これ以上の面倒事はゴメンだし」
「確かに」
これ以上の面倒はゴメンの言葉に二人とも深く頷いてるのは、一緒に旅をするようになってまだそれほどでもないのに、既に一杯一杯なくらい厄介事や面倒事に遭遇し続けて来たからか・・・。
確かにそうだけども、無駄かも知れないけど、俺の所為じゃないと言っておきたい。
「面倒な事にならないボランティアとなると、ゴミ拾いとかを思い付くけど」
確かに、地球ではゴミの収集のボランティアは良く行われていたけど、ネーゼリアではそれもそもそも存在しない。
要するにゴミを不法に投棄する事がないのだ。よって、一面がゴミで覆われた海岸線などもないし、そこら中にゴミが散乱する樹海などもない。河原にペットボトルなどが捨てられている事もなく、家庭ゴミも産業廃棄物もきっちりと集められて全てが完全に処理されている。
このネーゼリアは自然と調和した社会を築き、自然と共にある文明を営んでいるので、共にある自然を破壊したり穢すような真似はそもそもしないので、ゴミ拾いなんてはじめからする余地がなかったりする。
その辺りも地球とネーゼリアの大きな違いだろう。
前世、家族で自然を満喫しようと旅行に出かけた時、雄大な大自然と言いながらも、傍らを見れば人の手によってゴミがまき散らかされていたりと、散々だったのを思い出して、地球との違いに驚かされる。
正直、こうして異世界のありのままの大自然の雄大な姿を見ると、海に行けば水質汚染や、浜辺のゴミの無い所の方が珍しく、登山に行けばどこも登山客が捨てて行ったゴミだらけ。自然が人の手で穢されているの再確認する事しか出来ない日本の風景が、余りにも悲しすぎると思うしかない。
「そもそも拾うゴミがありませんから」
サナとザッシュも地球との違いに色々と思う事があるのだろう、なんとも言えない微妙な顔をしている。
前世読んでいた異世界転生物の小説で、異世界と比べていかに地球が、地球の社会や文明が優れているかを強調するような作品が多かった気がするが、実際に比べてみると地球の方が優れていると断言できる要素なんてほとんどないんじゃないだろうか?
まあ、十万年以上も続いているこのネーゼリアの文明が特殊だという可能性もあるし、他の異世界の文明と比べる術もないから、実際は何とも言えないんだけどね。
「いや、ない事もないんだけど、・・・そうだな、やってみるかな」
確かに一般に日常の中でゴミによる環境破壊などはないけど、俺たちにとっては日常的な部分では、回収されないまま残されているのも少なくない。
「やってみるかって、何をですか?」
「良いから二人とも一緒に来い。これも経験だ」
そんな訳で、首を傾げる二人を連れて、新しく思い付いたボランティアをしに冒険者ギルドに向かった。
「戦死者の遺品回収の依頼を受けたいんだが」
「はい。判りました。少々お待ちください」
戦えば必ず犠牲者も出る。特に日々激しいが突いている防衛都市の魔域との最前線では、戦死者を連れ帰る余裕すらない事も多い。
要するにそれらの遺体、もしくは遺品などを回収する以来だ。
もしかしたら遺体ででも家族が戻って来るかもしれないし、何かしらの遺品ひとつでも帰ってきてほしいと思う気持ちは、残された者としては当然で、激しい戦闘の跡など定期的にこの手のボランティアの依頼は出ていたりする。
「成程、そう言う事ですか」
サナは納得したように頷きながら、何か言いかけたザッシュを突いている。
多分、この場でゴミってこういう事かとか言い出しそうなのを止めたのだろう。ナイスな判断だ。
「はい受理しました。よろしくお願いします」
ギルドカードに遺品回収のボランティアの依頼を受けた記載がされる。
別に前もって依頼を受けていなくても、戦場で見かけた戦死者の遺体を連れて帰ったりなどして問題ないのだけど、一部、家族などからお前が殺したのだろうなどと謂れの無い非難を受ける場合もあるのし、今回は戦いいがメインではなく、戦場に置き去りにされた戦死者たちを迎えに行くのが目的だとハッキリさせておいた方が良いだろう。
「経験って確かにそうですけど、随分と重い依頼に付き合わせるんですね」
戦い続ける限りは決して人事じゃあない。それが解っているから、ザッシュの顔は若干引き攣っている。
いや、これから場合によっては腐敗したり、バラバラになったりしているし体と対面するのかと気後れしているのかも知れない。
実際。俺も魔域の活性化など多くの戦死者が出る激戦では、基本、一人で戦って来たので魔物はともかく、人の戦死者の遺体で死屍累々の戦場の様子などを直接見た事はない。
基本的に戦場と防衛都市の間を転移で行き来するだけだったし、正直、他の戦場の様子を気にしている余裕なんてなかったので、どれ程凄惨な戦いを繰り広げているのかも直接は知らない。
そんな訳で、やってみようと思い立ったは良いけれども、実は俺にとっても結構ハードルの高い依頼だったりする。
「そこまで深く考える必要もないけどね。ただ、一度実際にその目で見て、覚悟を決めておいた方が良いと思ったから」
自分も死と隣り合わせにある。戦場に立ち続ける以上は、常にその現実を理解していなければならない。
だからこそ、一度、死を間近に直接感じておく必要があると思う。
メリアたちは二回の魔域の活性化を戦い抜いてそれを時価で感じているし、ユリィたちも同じだ。ミランダについては今更で、俺たち転生者組だけが、師に対する認識が甘い。
今のままでは、実際に自分の命が危険に曝された時、或いは、周りで多くの命が失われているのを目の当たりにした時、動転してしまって冷静に対応する事が出来ない可能性がある。
特にザッシュとサナの二人は心配だ。
いや、サナの方は公爵令嬢として前線に赴く事もあっただろうから、大丈夫かも知れないけど、ザッシュは目の前で人が死んで行くのに耐えられないかも知れない。
だからこそ、その辺りも今の内にシッカリと見極めておく必要がある。
それに、魔物の侵攻が続くネーゼリアのもう一つの現実。それもシッカリと理解しておかないと、
「まあ、とりあえず行ってみれば判るさ」
「そうですね。ここで話していても仕方がありませんし」
多分、サナの方は俺の意図に気付いている。まあ当然だろう。その上で何も言ってこないのは、彼女も同じ事を感じているからだろう。
冒険者ギルドを後にして、そのまま防衛都市の外に出る。
そう言えば、これまで色々な国を周って来たけれども、どの国も王都と防衛都市くらいにしか行っていない。
旅を楽しむのならもっと観光地や隠れて名所などにも立ち寄ってみるべきなんだけども、どうもその機会がない。いや、それも今はどうでも良いけど。
「流石に活性化中でもなければ、魔域からも次々と後を断たずに魔物が押し寄せて来る訳じゃないけど、数千から数万の魔物の群が現れるのは珍しくない。情報の不備で知らずに遭遇してしまったら、普通はまず助からない」
流石にオーガなどのBクラス以上の魔物が数千以上の大軍で現れる事はそうそう無いが、Dランクのオーク程度の魔物なら数万どころか数十万、数百万のの大軍で進軍して来る事も結構ある。
ここでもつい先日、二百万程のリザードマンの大軍が侵攻してきたところだ。
当然迎撃して倒し切ったのだけども、相当の被害が出たとの事。また、その直後に二十万程度のオークの軍隊が現れたので、そちらを殲滅するために戦後処理を行えなかったとの事。
これも別にこの世界では珍しくもないのだけど、結局この戦いで二千人以上の戦死者が出たそうだ。
それと、当然だけど俺たちはその戦いに参加していない。
そもそも参加要請自体が出ていないし、オーガならともかく、リザードマン程度に俺たちが駆り出される事がありえない。一方で、俺たちが討伐に当たっていれば、二千人を超える戦死者をだす事も無かったのも事実だが、それについては仕方のない事だ。
全ての魔物を俺たちが討伐する事など不可能なのだから、もしも俺たちがなんて、意味のない想定をすること自体が間違っている。
「見えて来たな」
それでも、覚悟を決めていたハズだけども、目の前に広がる光景には流石に息を飲む。
まだ戦いの後の片付けすら手が付けられていない戦場には、無数のし甲斐が散乱している。だけども、そのどれをとっても肢体満足のままではない。あるものは胴体から真っ二つに、ある者は手足が、ある者は頭がなく、辛うじて肉片だけが残っている理も少なくない。
それに、機械された戦車や戦闘機の残骸もいたるところに散乱している。
噎せ返るような血のにおいが充満している。それにオイルや硝煙のにおい。
竜騎士団や騎士団ではなく、軍に殲滅を命じた結果が目の前の光景。仮に竜騎士団や騎士団が出ていればここまでの被害は出なかっただろう。
だけど、同規模の侵攻がまだ続くと判断した政府は、消耗を抑える為に軍のみを出動させ、結果、討伐を果たす代わりに相当数の被害を出した。
「何度見ても慣れませんね」
「慣れる必要はないさ。この現実さえ理解すればな」
やはりサナの方は、令嬢時代から戦場に出ているので、こういった光景にもある程度離れているようだ、一方のザッシュは完全に青くなっている。
目の前に広がる光景を受け入れられていないのだ。
気持ちは判る。判るけれども、それではこれからの戦いを生き延びられない。
とは言え、最初に臨むには少しハードルが高すぎる光景だったのも確かだったかな。吐き出さないだけマシだろう。
「これが、この世界の現実・・・・・・」
「魔物との戦いに終わりがない以上、毎年、数十万人を超える戦死者が出続ける。その犠牲のもとに平和が成り立っているのは紛れもない事実だ」
人間道で争い合う事がなくても、この世界に本当の意味で争うの無い平和な社会が生まれる事はありえない。
その意味で、この世界は地球と違って、本当の意味での希望の無い世界とも言えるのかもしれない・・・。




