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さて、今更な話ではあるけれども、実はネーゼリアは地球と比べて自然災害による被害が極端に少ない。
それはネーゼリアの方が自然環境が穏やかだからじゃない。むしろ地球よりも過酷な環境なんていくらでもある。それでも被害が出ないのは、自然災害に対する対策がほぼ完璧な形で確立されているから。
なによりも魔法でいくらでも対策が取れたりする。
例えばの話、地球では雨が降らなくて水不足が問題になったり、逆に降り過ぎて洪水になったりと問題になるけど、そのどちらも魔法で対応できる。
水不足は、水がめに足りない分の水を補給すれば済む話だし、洪水は逆にダムや川から、過剰分の水を抜き取ってしまえば問題ない。
更に、雨の不足や振り過ぎによる不作や凶作も、まあ魔法で防げたりするし、もしなったとしても、各国政府はその時に備えてアイテム・ボックスに緊急時用の備蓄をたっぷりと蓄えている。アイテム・ボックスに保管しておけば、新鮮なままの鮮度を保って、賞味期限なんかも気にしないで備蓄できる。
そんな訳で、もしも世界的不作や凶作なんてありえない事態がおきたとしても、飢餓や餓死者などが出る事はない。
それ以前に、十万年以上の歴史の中でそんな非常事態が起きた事は一度も無いけど。
竜巻も相殺してしまえば良いだけだし。土砂崩れも地中に過剰に堪った水を抜いてしまえば良い。
性別を変えるのも自由自在な魔法は、使い手次第ではまさに万能。人の力ではどうする事も出来ないはずの、圧倒的な自然の脅威すらもどうにか出来てしまう。科学万能と言いながらも、出来ない事も多かった地球と違って、ネーゼリアでは本当に魔法万能だから始末に悪い。
さて、で何が言いたいかといえば、つまりは俺がやるボランティアはその自然災害への対抗、もしくは予防だ。
さっきも言った様に雨が降らなくて渇水に陥っている所に水を出したり。
逆に雨が降り過ぎている所で雨雲そのものを退かしてしまったり。
砂嵐が都市を直撃しそうなら、結界を張って防いでしまっても良い。
ネーゼリアは地球よりもはるかに広大だから、自然災害も探せばあっちこっちで実は起きていたりする。
それに対応するのは、基本的にはまず各国の騎士団や竜騎士団の役割なのだけども、手が足りなかったり、対応しきれない場合には高位の冒険者、つまりはSクラスに話が行く。
それで、国やギルドからの依頼で自然災害の被害が出ない様にするのだけども、これは仕事ではなくボランティアだ。
報酬はないけれども、まあこれも一種の義務の様なモノだ。
「成程、ボランティアね」
「これも義務の内だからね」
俺が今やっているのは貯水率が四分の一を切ったダムへの水の補給だ。一千万の人口を支える巨大な水瓶なので、このダムからの水の供給量は一日でも相当な量になり、雨が不足すると貯水率が一気に減少する欠点がある。
いや、それが解った上で魔法による水の補強を前提に造られているのだから、欠点とも言えないだろう。
ただし、今年は国中で雨が少なく、各地で水不足になり始めているので、騎士団や竜騎士団だけでは、手が回り切らなくなり始めているらしい。
そこで冒険者ギルドに依頼が出されたところを俺が引き受けた訳だ。
水瓶への水の補強以外にも、所々に雨雲をつくって雨を降らせたりもしている。森林地帯や草原も水が足りないのは同じなので、枯れてしまったり森林火災が起きてしまう前に潤しておかないといけない。そういった自然災害を未然に防ぐのも仕事の内だ。
「まあ、これくらいが良いんでしょうけど、実に平和ね」
世界中で今も魔物の侵攻は続いていて、多くの命が失われているのも確かなのだけども、確かに俺たちは実に平和だ。
多くの命が失われているとは言っても、それは戦闘職の者の事、冒険者や軍人、騎士や竜騎士を選んだ時点で、死ぬ覚悟はできているハズだ。
それについてはもう俺も完全に割り切っている。
世界中の全ての人を救う事なんて出来るハズがないのだから、俺は自分の周りの俺が守りたい、助けたい人を救えればそれで良い。
まあ、目の前で死にそうになっていたのなら助けるけど、何処とも知れぬところで命の危険に曝されている誰かを助けるなんて不可能だし、一々そんな事を気にしていても仕方がない。
「そう言えば、俺ってボランティアの依頼をこなした事なかったからな。これも経験だよ」
マリージアの一件でSランクだとバレてから一年以上たつけど、魔物討伐に明け暮れてこういう奉仕活動をしたことがなかった。
ある意味人気取りや、各国政府と円滑の関係を保つためだったりと、裏に色々とあったりもするのだけども、だからこそそろそろ本格的にこういった事もしておくべきだろう。
「ミランダはこういうのはしないのか?」
「私はこれまでに散々こなしたからね」
それに今更人気取りも必要ないし、ミランダと事を構えようなんてバカなマネをしようなんて誰も思わないから、円滑な関係とかも気にするまでもないそうだ。
「それに、奉仕活動もただやればいいわけじゃないしね」
「それも結構めんどくさいよな」
ボランティア活動をするにしても、何をするかとかが結構重要だったりする。
例えば、疫病が発生して深刻な被害が出つつある国や街に行って、治療をするのなら問題はないけれども、貧困層に無償で治療を施すのはダメだったりするし、孤児院への援助も結構難しかったりする。
疫病の拡大を防ぎ、鎮静化させ、被害の拡大を防ぐために無償で治療活動をするのなら、それは救援活動であり、称賛される奉仕活動だが、非常時でもないのに病人や怪我人を無償で治療して行くのは、医療関係者の仕事を奪う行為でしかない。
それに孤児院への寄付にしても、そもそもこの世界では孤児院は国や領主が運営しているので、無闇な寄付をするのは運営している国や領主たちのメンツを潰す事になる。メリアたちみたいに、自分たちの育った孤児院に仕送りをするのならともかく、何の関係もない孤児院にイキナリ寄付をするのはダメだ。
貧民街への炊き出しなんかも同じだ。
どうやっても経済格差、貧富の差を完全になくすことはできるハズがないけれども、それでも各国は貧困層の状況改善の為に様々な政策などを行っているし、貧困による餓死者などが出ない様に務めている。それは確実な成果を上げていて、どの国でも貧困による餓死者などが出る事はない。
それなのに、いきなり無償で炊き出しなどを行ったりすれば、それはその国の政策が不十分だと宣言している様なモノだ。完全にケンカを売っている、或いはバカにしているのと同じ。
それに、炊き出しは所詮一回分の食事を提供するだけで、生活の苦しいものの困窮を根本的に解決する手段には成り得ない。ある意味、単なる自己満足でしかのでこれもダメ。
前世の記憶でボランティアとしてまず思い付くのが、大概ダメだったりするから、実は結構困ったりする。
「とりあえず、これで終わり」
巨大なダムの貯水率は八割方まで回復している。十億トンを超える水を出すのは結構時間がかかった。
「さて、次はどんなボランティアをするかな」
「その前に、弟子の指導をシッカリしたら? 最近自分の事で取り込んでて、彼女たちの指導が疎かになってたでしょ」
そう突っ込まれると返す言葉もない。
因みに弟子たちは現在魔物の討伐中。
俺がのんびりボランティアに励んでいる間に、弟子たちは命を賭けた戦いを繰り広げているというともの凄く人聞きが悪いが、メリアたちなんかはSクラスを目指して努力中だし、サナやザッシュはすこし魔物討伐を楽しんでいたりする。
「そちらの方は勿論」
だけど、最近は師として彼女たちの指導するのも少なくなっていたのも確かなので、これを機にシッカリと指導をしようかなんて考えていたりする。
「俺自身もレジェンドクラスになって色々と新たに掴んだし、この機会に後数年と言わず、数ヶ月でSクラスになれる様にして見せる」
「それは本当に止めておきなさい。程々にしなさい」
俺が勢い良く宣言すると、ミランダは本気で顔を引きつらせる。
そんな事をしたらメリアたちが耐え切れないで死んでしまうと心配しているな。
うん。否定できない。俺自身もレジェンドクラスになって少しタガが外れてる気もするし、ここは穏便にいかないとヤバイかな。
「とりあえず、みんなに話してみようか」
一応、ボランティアが無事に終わった報告も済ませて、ヒュペリオンに戻る。
ヒュペリオンを拠点にするようになってから、宿泊費などで消費する金額が減って、収入ばかり増えているのも困りモノなんだけども、他人の目などを気にしなくていい自分たちの拠点があるのは何かと便利だ。
「どうやら、みんなもう戻っているようね」
「まあ、正直過剰戦力過ぎたくらいだし」
俺たちよりも先に魔物の討伐を終えてみんな戻っているようだ。
メリアたちだってA+ランクの実力者、その上、ユリィたちSクラス六人までついているのだからヒューマンのどこぞの国の総戦力並み。いやそれ以上。数百程度のA・Bランクの魔物の群の討伐くらい一瞬だったろう。
「みんなどんな反応をするか、少し心配ね」
「いや、自分でもっとシッカリ弟子の指導をしろとか言っておきながら」
「今のキミに心配するなと言う方がムリなのよ」
反論できないけど、随分な言われようだ。これでも今までキチンと弟子を育成をして来たつもりなんだが
「弟子の育成については、ミランダのサポートもあったけど、順調に問題なく出来ているんだから、そんなに心配される事もないと思うんだが」
「ほほう、これまでいったい何人の弟子が途中で逃げ出したと思っているの?」
「あれは逃げ出したんじゃなくて、自分の才能の限界を悟って、これ以上は無駄だと悟っただけだろ」
実際には逃げ出したのは俺も判っているが・・・。
ノインと一緒に指導したルークたちと一緒だ。とりあえず、超一流と呼ばれるA・Bランクまで鍛え上げたところで、これから先も俺の弟子としてついて来るか尋ねるとそろって、「自分たちではこれ以上の成長は望めませんのでこれまでで」と去っていく。
そうして、実にこれまでで百人以上が俺の元を巣立て行っている。もとい、逃げ出している。
各国から頼まれて指導したり、自分から野心満々で俺の元を訪れてきたりするのに、実に不甲斐ない。
ルークたちは俺の元を離れても、しっかり俺の教えた修行を抑え目ながらも続けて、何時かSクラスになれるように頑張っているらしいけれども、他の連中は大半がダメだろう。
俺の下で修業をした者たちにとっては、まさに生き地獄からようやく逃げ出した思いなのだろうけど、超一流と呼ばれるA・Bクラスまで短期間で鍛え上げようとすれば、常識なんかの通用する余地のない過酷な修行を必要とするのくらいは当然だろうに、自分で臨んだくせに逃げ出すとは情けない。
「まあ確かに、あのまま続けていても彼らはSクラスにはなれなかったでしようね」
それは当然だ、Sクラスになれるのは人外の才能を持った一握りの者だけ、むしろ、今の俺の周りの様に、そんな才能を持つ者が溢れている状況の方が異常なのだ。
そんな事を話しているに目的地に着いた。何時もみんなで寛いだり、話し合いに使っているラウンジだ。みんなには先に連絡して集まってもらっている。
「ただいま」
「お帰りなさい。アベルさん。ミランダさん。ボランティアの方はどうでしたか?」
「問題なく終わったよ。ダムに水を補給するだけだからね」
流石にボランティアで失敗するとは思っていなかっただろう単に確認して来ただけだと思いたい。
「それで、話があると聞きましたがいったい?」
「ああ、このところ弟子の育成を疎かにしているとミランダに指摘されてな。確かにレジェンドクラスの魔物への警戒や、俺自身の事なんかでシッカリ修行に付き合えていなかったし、ようやく落ち着いたところで、みんなとワンツーマンの特別特訓でもしようかと思って」
俺が宣言した瞬間。全員が真っ青になって黙り込んだ。よく見ると小さく震えていたりする。
絶望的な表情を浮かべた後に、みんなでミランダに一斉に非難するような視線を向ける。そのあまりに悲壮な様子に、ミランダも冷や汗を流して、「うん。私も頑張り過ぎちゃダメだって念を押しておいたから、多分大丈夫のはず」とみんなに手を合わせている。
いや、ある意味で予想通りの反応なんだけど、流石にこれは俺も傷付くぞ・・・。




