111
さて、アッシュ・ドラゴンとダーク・ヘビモスのタッグと死闘を繰り広げてから一ヶ月が経った。
その間、俺は試行錯誤を繰り返しながらなんとか自分の力を使いこなせるように努力を続けて、なんとかある程度は想い通りに使えるようになって来た。
勿論、それでもまだ、完全に使いこなすには程遠い。俺自身、未だに自分の力に振り回されているのは判っているけれども、少しずつ使いこなせるようになっているのは確か。
その証拠に、この一ヶ月の間に間に二回、レジェンドクラスの魔物と戦う事になったのだけども、そのどちらも初めての時とは比べ物にならないくらいに確実に、堅実に戦い倒す事が出来た。
現れた魔物がどちらもEXランクの魔物だったのも幸いだ。
もしVXランク以上の魔物が現れていたら、多少は力を上手く使いこなせるようになって来たとはいえ、今の俺じゃあ確実に瞬殺だ。
何とかして対抗するとかそんな次元の話じゃなくて、何も出来ないまま殺されるしかない。
ぶっちゃけ、今の段階じゃあ、持てる魔力と闘気の全てを込めた一撃を叩き込んでも防御障壁を破れずにおしまいだ。
そんな訳で、これからも本当にVXランク以上の魔物が出てきませんようにと祈りながら、少しでも早く力を完全にコントロールできるようになるために、努力を続けるしかない。
「あとどれ国いこの緊張感が続くのか・・・」
それは判っているのだけども、何時、またレジェンドクラスの魔物が現れるかも知れないという緊張感はかなり堪える。
まあ、現れる時には事前に魔域の中心部にそれと解る異変が発生するので、判りやすくて助かるんだけどね。
もしこれで、次に何時何処で現れるかもまるで判らなかったりしたら、気が休まる暇もなかっただろう。
「まだあと十数回は続くんですよね」
「最低でもと注釈が付くのが怖いんだけどね」
それは言わないで欲しい。本当に、出来れば後十数回、十数匹から精々二・三十匹のレジェンドクラスの魔物と戦って終わりなって欲しいんだけども、最悪な事に、過去には数百回もの出現が相次ぎ、千匹を超える数が現れた事すらもあったそうだ。
そして、その中には上位のVXランク。更にはXZランク、XYランクの魔物まで含まれたそうだ。
本当にまさに地獄絵図。カグヤが造られの以前の状況が、一時的にも蘇ってしまったんじゃないかと思えてしまうような異常事態だ。お願いだからそんな非常事態と言うか、確実に殺しにかかって来ている様な、世界が滅びる一歩手前の状況にはならないで欲しい。
VXランクの魔物が現れるくらいならもう諦めて、死ぬ思いで何とかして見せるから、出来の限りは早めに終わって欲しいと本気で思う。
その一方で、俺が自分の力を完全に回こなせるようになるまでは終わらないんじゃないかなんて、そんなありえない予感もヒシヒシと感じていたりする。
まさかそんなはずはないと思うんだけども、ありえないとも言い切れない。
そんな訳で、俺は何としても取り急ぎ、力の制御を身に付けないといけないんだけども、今のままじゃあ後どれくらいかかるか想像も付かない。
正直、本当に意味で完全に使いこなせる様になるには数年かかっても足りない気がする。
そもそも、どうすればいいのかまるで判らないまま手探りで、試行錯誤を続けながら少しずつ使いこなせる様になっていくしかない上に、力の制御が本当に繊細で、少しでも間違えたら思う様に使えない。それこそ目隠しをしたまま針の穴に糸を通すようなほんの僅からズレも許されない精密さが求められる。
しかも、その精密な魔力と闘気の扱い方を身に付け始めて、確かに確実に力を使いこなせる様になっては来ているけれども、本当に使いこなすためにそれが正解なのかはまだ分からない。
散々苦労して、結局は今やっているのが全部無駄と言う可能性だってある。
・・・いや、流石にそれはないと思いたいけど。
「手掛かりは真の自分を見出す事になるか・・・」
十万年前の転生者が残した真の自分を見出す事になるの記述。多分、それが力を使いこなす為の手掛かりで、ヒントなのは間違いないのだけど、それじゃあ、真の自分とは何かと考えても、答えは何一つ出ない。
とりあえず、今一度自分を見詰め直してみようと色々としているのだけども、そちらの方もイマイチ捗ってない。
結局、この一ヶ月の成果と言えば、新しく倒したEXランクの魔物を含む、レジェンドクラスの魔物を使った至上の料理を堪能した事くらいかも知れない。
「あれは本当に至福だった」
「確かに」
「はい。本当に至福でした」
思わず漏らせば、同じ体験をした全員が迷いなく同意する。
「まだあんな未知の領域があったなんてね。これからが本当に楽しみよ」
ミランダをしてもレジェンドクラスの魔物を食べるのははじめてだったらしく、その天井の味に感激していた。ついでに、これから現れる新たな至上の味を待ちかねていたりもする。
いい気なものだと突っ込みたいけれども、多分、間違いなく、実際に戦う事になる俺以外の全員が同じ気持ちだろうのも確実なので、ここはあえてスルー。
いや、俺自身楽しみなのは間違いないんだけどね。そうやってモチベーションをあげていないとやってられないんだよ。
ただ、実のところミランダはそんな風に他人ごとでいられる状況じゃなかったりもする。
ある意味で現実逃避しているんだろうけれども、それだ大丈夫なのかは謎。
「いずれキミも同じ目に合うんだから、その時に同じ事が言えるか今から楽しみだよ」
「イヤイヤ、流石に私がホントにレジェンドクラスになるかなんて判らないから」
そう言いながらも、冷や汗が止まらない様子なのは、ミミールの予言が効いているからだろう。彼女は帰る前に更なる爆弾を投下していったのだ。
「今回はこれでもう十分な量を手に入れられたし、それに、この後全部がハズレでも、どの道、しばらくすれば貴女がレジェンドクラスになって、また手に入れるチャンスが来るしね」
そう気楽にミランダを頑張ってねと激励していたのだけども、激励された党のミランダにしてみれば、それどころじゃない。
いや確かに、ユグドラシルで俺と一緒に世界樹の巫女になった時点で、彼女にも可能性はあるんだよ。
世界樹の加護を受けて巫女になっった時点で、ミランダの魔力と闘気はかつての俺と変わらないくらいにまで膨れ上がったし、今も修行の成果で確実に増大していっている。
そんな訳で、このままいけば数年とはいかなくても、数十年後には彼女もレジェンドクラスになっている可能性は結構高い。
その事は巫女になった時から解っていたし、その上でなるようになるでしょうと、これまでは特に気にしていなかったんだけども、レジェンドクラスになった後にもれなく待ち受けている試練を知って、今は戦々恐々としている。
気持ちは痛いほどに良く判る。
今、俺がまさに実体験している所なんだし、この地獄はないだろうと本気で思う。
そんな訳で、実はミランダはもう修行は止めてこれ以上魔力と闘気が増えない様にしようかと、真剣に悩んでいたりするのだけども、現実問題としてそうもいかないのが難しい所。
レジェンドクラスの魔物大放出の今の期間限定非常事態は置いておくとしても、ここのところ魔物の出現量が増え、更に上位の魔物が現れる事も多くなってきているのは、二百年以上冒険者を続けて来たミランダは肌で実感しているらしい。
そんな状況の中で修業を怠るなんて彼女の実力でも命取りになりかねない。
それに、どの道、実戦で常に鍛え続ける事にかるのは変わらないから、あまり意味がなかったりもするし、
「私もいずれこの地獄を経験しなければいけなくなるの? アベルに押し付けるにも限界があるし、絶対に嫌なんだけど」
そんな訳で、彼女はいずれ自分に訪れる過酷な現実に戦々恐々としているのだけど、どうやらその時は面倒事の多くを俺に押し付ける気満々の様だ。
まあ、実際に数十年後に彼女がレジェンドクラスになった時にも一緒に居るだろうし、俺としても無関係ではいられないのは事実だろうけれども、そうそう上手く面倒事を押し付けられるかな?
「アベルさん、なんだか黒くなってますよ」
なんて思っていると思考が黒くなってるのがまる判りだとアレッサに指摘される。
いや、別にそう簡単にミランダに利用されるつもりは無いと思ってただけなんだけどね。
決して折レを利用しようとするミランダを逆にレジェンドクラスの魔物で溢れかえる死地に向かわざるえない状況に追い込もうとか、そんな変に事を考えてないよ?
・・・いや、どうも自分自身、極限状態に追い込まれている所為か、思考もどこかおかしくなってしまっているらしい。
うん。全部、この異常事態の所為だ。
「いや、どうも余裕がない所為かおかしな事を考えてしまったりするようだ。こんなんじゃダメだな気を引き締めないと」
そんな訳で俺が何か黒いこと考えているのまる判りだったのも、全部、今の異常事態の所為で余裕がないどころか、気が張ってしまって普通じゃない所為にしておく。
それに、別に全部が良い訳じゃなくでしっ際に今の俺の精神状態がいつもと同じでないのは確かだ。
多少は慣れてきたとは言っても、レジェンドクラスの魔物との戦いは死と隣り合わせの本当の死闘であるのに変わりはないし、力を使いこなす為の修行、鍛錬も手探りながら多少の効果は出て来ている様な気もするけれども、実際に何時、使いこなせる様になるかは判らない
そんな状況の中で、俺の中に恐怖や絶望、焦燥が少しずつ蓄積していっているのに今更ながら気が付く。そんな事にも今まで気が付けなかった時点でどうかしている。
心の奥底に溜まっていったそれらは、やがて心と体を竦ませ、冷静な判断力を奪っていく。そして、戦いの中で最も致命的な隙とミスを生む。
だからこそ、戦いに身を置く者はこんな極限状態でこそ、何時もと変わらない穏やかな平常心でいられる図太さが求められる。
実際、こんな時こそ平常心でいるべきなんだ。
焦ったところで何も良い事なんてないのくらい、子どもでも判る。
むしろ焦りが視界を狭くして、状況を打開するキッカケが目の前にあるのを見逃してしまい狩る無いのも、常識の範囲内だ。
緊迫した状況に陥った時こそ、何時もと変わらない平常心でいるべきなのだ。それこそ、死ぬ瞬間まで何時もと変わらない穏やかなままでいられるのこそが理想なんだけども、流石にそこまでは無理でも、こんなに焦燥に駆られて何時もの自分を見失っているなんて論外だ。
「無理もないですけど、随分、追い詰められていたみたいですね」
そんな俺にシャクティは逆に笑いかけてくる。
一瞬反発しそうになって、すぐにその真意を理解する。その心遣いが何よりも嬉しい。
たったそれだけのキッカケで、俺は平常心を取り戻せていた。
自分が何時もと同じようには居られてないのを自覚できれば、きっかけさえあればむしろ簡単に平常心を取り戻せて、何時もの自分に戻る事が出来る。
つまりはそう言う事だ。
まったく、自分ではどうしようもない事を簡単に解決してくれるのだから、本当に何と言ったら良いのか判らない・・・。
とりあえず、ようやく何時もの自分を取り戻せたのだ、今は自分に出来る事から少しずつやっていこう。




