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現れたのは共に全長三百メートルを超える巨大な魔物。
アッシュ・ドラゴン。ドラゴン種の中では一番小さく、最弱に位置するがワイパーンなどとは比較対象にすらならない程に強力なブレスに、魔法も自在に操り多彩な攻撃をしてくる。
ダーク・ヘビモス。地を駆ける絶望の破滅者。圧倒的な質量で全てを薙ぎ払いながら突き進むヘビモス種の中では、こちらも最弱ではあるけれども、強大なブレスに圧倒的な闘気を纏っての突撃は想像を絶する破壊力を持つ。
そんな破壊の化身が二匹。悠然と佇んでいる。
ただそこに居るだけで全てを消し去ってしまうかのような強大なエネルギーが荒れ狂っている。
これからこれと相対するのかと思うと、それだけで身震いがする。だけど、そんな事を言っている暇はない。
現れたと思ったらアッシュ・ドラゴンがブレスを放ってくる。
全てを破壊し尽すのが目的とはいえ、あまりにもなんて言ってられない。避ける選択肢はない。今避けたら、こちらに向かっているミランダたちに直撃する可能性すらあるし。そうでなくても防衛都市が壊滅する可能性がある。
展開していた防御障壁に更に魔力を注ぎ込み。ありったけの強度でブレスを迎え撃つ。
ブレスと防御障壁がぶつかり合い。激しい閃光で視界が完全に塗りつぶされる。凄まじいエネルギーに俺の体が少しずつ押されていくのが解る。ありったけの魔力を込めた防御障壁が悲鳴を上げている様にすら思える。時間としてはほんの十数秒程度だったハズなのに、永遠にも思える攻防を何とか乗り切った。
だけど、ただの一撃。ブレスを防ぐために使った魔力量に戦慄する。
ただの一撃を防ぐだけで、これほどの魔力を消費する?
冗談じゃない。これじゃあ五分間、ミランダたちが来るまで防御に徹して時間を稼ぐなんて無理だ。
だとしたら答えは一つ。全力で一気に倒す。それしか方法はない。
全力のアイン・ソフ・オウル。この一撃で倒す。
マンガやアニメなんかでは、強敵を相手に一進一退の死闘を繰り広げられるのが良く描かれるけれども、実際にはそんな余裕はない。強敵であればこそ、持てる力の全てを込めた一撃必殺の攻撃で速攻を仕掛けて確実に倒す。
そうでなければそもそも勝ちようがない。
強敵を相手にダラダラと持久戦に持ち込むなんて論外。そんな事をしたら、戦いの余波でどれだけの被害が出るかも判らない。
世界を守るという役割の面でも、魔物に出来るだけ何もさせずに一気に倒してしまうのが一番だ。
そんな戦いの真理をまざまざと突き付けられたからには、俺自身も腹を括るしかない。
まずは全力の防御障壁を再び展開する。相手の攻撃は全て受けるしかない。下手に避けたらどんな被害を及ぼすか判ったものじゃない凶悪な一撃だ。倒すまでその全てを受けて相殺するしかない。
ついで、魔物の防御障壁を破る闘気弾を生み出す。防御障壁とアイン・ソフ・オウル。その二つに信じられない程の魔力を使っている。当然、魔晶石で魔力の回復をしているが、防御障壁を破るための一撃まで魔法で放ったのでは魔力の回復が追い付かない。だからこそ、闘気弾による一撃で防御障壁を破るのだけども、もしも、全闘気の八割をつぎ込んだこの一撃で敗れなかったら、その時は終わりだ。
そして、肝心のアイン・ソフ・オウル。防御障壁の展開に使った魔力は魔晶石で回復し、ほぼ全魔力を込めた一撃を生み出す。
そうやって全てを込めた一撃を準備している間に、今度はダーク・ヘビモスが動く。その額から突き出る巨大な角に禍々しい力が集まり出し、弾丸となって放たれる。
その名を示すかのような漆黒の弾丸と俺の防御障壁がぶつかり合う。今度はほんの一瞬の均衡の末に消え去る。だけど、その結果はさっきと変わらない。持てる魔力の大半をつぎ込んで展開した防御障壁はその力の半分近くを既に消費している。
つまり、後一撃耐え切れるかどうかまで力が失われている。
本当に勘弁してくれと思う。単に攻撃を防いでいるだけでどれだけの消耗を強いられているか・・・。
このままアッシュ・ドラゴンとダーク・ヘビモスの攻撃を交互に受け続けていたら、魔晶石での魔力回復速度よりも早く魔力を使い切って、攻撃を相殺できずに跡形も無く消し飛ぶのは確定だ。
しかも、相手が今の攻撃でどれくらいの力を使ったのかも判らないから困る。
一撃に相当な力を込めていて、後数発も撃ったら力を使い果たして打ち止めとかだったら良いのだけども、そんなはずもないだろう。
ホントに、レジェンドクラスの魔物は次元が違い過ぎる。
どうしてこんな化け物と相対さなきゃいけないんだと言う思いと、これから何度となくこんな化け物と戦わなければならなくなるんじゃないかと言う予感が過る。
本当に勘弁して欲しい。
だけど、今はそんな事を言ってる場合じゃない。
アッシュ・ドラゴンとダーク・ヘビモスが次の動きを見せる前に攻撃の準備が出来た。
本当なら、現れる前に全ての準備を整えておくべきだったんだ。異変が起き始めた時点で確実に攻撃を防げる防御を固め、魔物が現れた瞬間に攻撃して仕留められる必殺の一撃を準備しておく。そして、現れた瞬間に攻撃して倒すべきだったんだ。
そうすればこんな死と隣り合わせの状況にはならなかった。
それが出来なかったのは俺のミス。だから、もうこれ以上のミスは犯さない。
この一撃は確実に当てる。
そのために相手との距離を一気に詰める。
標的はアッシュ・ドラゴン。高い軌道背を持つコイツこそ、まず確実に打ち倒すべきだ。
二キロほどの距離を詰めるのにかかる時間はほんの刹那。ほとんどゼロ距離に近いほどに距離を詰めて、外しようも避けようもない状況をつくりだし、闘気弾を撃ち放つ。
放たれた浮き団はほんの一瞬の均衡の後に標的の防御障壁を破る。
それを確認するよりも早く放ったアイン・ソフ・オウルがアッシュ・ドラゴンの巨体を貫き。瞬間。断末魔の絶叫どころか、呻き声一つ上げる事なく、アッシュ・ドラゴンの命が掻き消える。
倒した!!!!。倒せる!!!。
そんな実感に湧く暇もなく。再びダーク・ヘビモスの攻撃が防御障壁を揺さぶる。
マズい!!。
本能的に感じた命の危険に、意識すらしないまま防御障壁に残りの魔力をつぎ込む。
放たれたのはさっきと同じ漆黒の弾丸。同じように一瞬の均衡の後に弾丸は防御障壁に阻まれて霧散する。
さっきの死の直感は錯覚か?
そう思った瞬間。ダーク・ヘビモスが三度同じ攻撃を仕掛けてくる。
全てを消し去る漆黒の弾丸。それは再び防御障壁との一瞬の均衡の後に消え去る。
「なっ!!!」
もし、反射的に防御障壁に残りの魔力を注ぎ込みでいなかったら。間違いなく、今の攻撃で防御障壁を破られていた。
その場合は確実にカケラどころか、消し炭ひとつ残らずに消滅していた。
だけど、そんな事を気にしている余裕もない。
あの強力な攻撃を短時間に二発撃てるのは確定した。これが三発でない保証がどこにある?
敵が次の行動に出る前に、魔晶石から魔力を回復して、今の一撃でほぼ力を失った防御障壁を全力で展開しなければ死ぬだけだ。
だと言うのに、魔晶石からの魔力の回復が余りにも遅い。
「グォォォォゥゥゥゥッッ!!!!」
ダーク・ヘビモスが咆哮を響かせ。鋭く俺を睨み付けてくる。それだけで辺りの空間が悲鳴を上げて軋んでいく。まるで視線そのものに物理的に力が宿っているかのように錯覚してしまいそうになる。
アッシュ・ドラゴンを倒した事で明確に俺を敵と認識したか・・・。
ここからが本当の戦いだ。
間違いなくダーク・ヘビモスの方もミランダたちが来るまで待っているような余裕はない。
全力を持って一撃で仕留める。それが出来なければ確実に俺が死ぬ。
と言うか、このほんのわずかな攻防の間に、いったいどれだけの命の危険があった?
一歩間違えれば死んでいてもおかしくない。死んでいたのは俺の方だった。そんなスレスレの、氷の上を歩くような危うい駆け引きの連続。
ここまで命の危険を感じたのはネーゼリアに転生してから初めてかも知れない。
それもこれも全部、俺の状況判断のミスが原因だけど・・・。
ほんのわずかなミスが死に繋がる。そんな事は百も承知だったハズなのにこのざまだ。
だけど、そんな事を後悔している余裕もない。
ようやく回復した魔力で全力で防御障壁を展開する。
後は、必殺の一撃を用意するまで相手が待ってくれるか・・・。
当然だけど、そんな都合の良い様にはいかない。
全て防がれた漆黒の弾丸ではなく、今度はその巨体そのものに圧倒的なエネルギーの奔流を纏わせてくる。ヘビモス種の真骨頂とも言われるジェノサイド・ストライク。地を駆けるその速度は音速の五十倍にも達し、圧倒的な力の奔流と共に閃光の如き巨大な弾丸となって、自らの突き進む先にある全てを薙ぎ払う。
だけど、そう来るのならばむしろ好都合だ。漆黒の弾丸と違って、放たれた先の着弾地点で広範囲に亘っろて消し飛ばすような事がないので、こちらとしても都合が良い。
それに、俺に向かって突っ込んでくるのなら動きを誘導しやすいし、カウンターを叩き込むのも容易になる。
音速の五十倍。秒速18キロ程度の速度なら、十分に対応可能だ。
咆哮をあげて突っ込んで来る。咆哮の爆音はそれだけで辺りを破壊していく。進む先にある全てを薙ぎ払い。破壊しながら突き進む。まさに破壊の化身だ。
だけど、俺は同じ速度で後ろに下がり、一定の距離を維持する。周辺がことごとく破壊し尽されていくが、魔域内部ならば問題ない。それに魔域は広大だ。いくらダーク・ヘビモスの巨体でも全てを破壊しつくすにはどれだけの時間がかかるか、勿論、そんなに時間をかけるつもりは無い。
一定の距離を保ちながら、魔晶石から魔力を回復しつつ、アイン・ソフ・オウルと防御障壁を破る魔道砲を転換していく。
今回はどちらも魔法で行かないといけない。アッシュ・ドラゴンの防御障壁は闘気弾で破ったが、そのおかげで闘気の大半を消費してしまった。残りの闘気でダーク・ヘビモスの防御障壁を破る闘気弾をつくるのは無理だ。
魔晶石からの魔力回復の限界が来る前に、二つの魔法を完成させられればいいんだけども、油断はできない。相手がただジェノサイド・ストライクで闇雲に突っ込んでくるだけとは限らない。
とか思っている矢先に雷撃が飛んでくる。
これはワザワザ受ける必要もないけれども、相手の意識を俺に集中させるのと、どの程度の威力か確認するために防御障壁で受ける。
空間そのものを切り裂くような激烈な雷撃を受けて、一瞬視界が奪われる。或いはそれが目的だったのか、その瞬間にダーク・ヘビモスは跳躍してこちらに突っ込んでくる。
跳躍した瞬間にその速度が倍以上に上がる。油断していたら確実に直撃していただろう。
だけど流石にこの状況で油断するほどバカじゃない。俺は速度を一気に上げて、同じ距離を保ち続けるように調節する。
それにしても、視界が戻ったと思ったら、跳躍したかに思えたダーク・ヘビモスが普通に空を駆けているんだがこれはどうなんだ?
まあ、大地を駆けるんじゃなくて、空を進むのならその纏った破壊の奔流で薙ぎ倒す物もないし、破壊指数は逆に下がっているから問題ないのか?
その代わりに、速度は倍にまで、音速の百倍にまで上がっているけど・・・。
それに、さっきの雷撃も漆黒の弾丸に比べたら大した威力はない。精々10分の1以下程度の力だ。それでも十分過ぎる脅威だけども、防御障壁を破られる心配はない。
後はこのままこちらの攻撃準備が終わるまで引き付けていれば良い。
いや、それで終わるほど簡単な相手じゃないか・・・。
再び漆黒の弾丸を放とうとしている。もしも、今の状況であれを連続で放たれたら・・・耐え切れないのは確実だ。
しかも、さっきよりもチャージに、溜めに時間がかかっているように思えるのが、連発する為やさらに強力な一撃を放つ為だったら最悪だ。特に、その両方だったりしたら、もうどうやっても防ぎきれない。
だけど、溜めに時間をかけてくれたおかげで俺の方の準備も整った。
これで先に相手に攻撃を届けられた方の勝ちだ。
後ろへと秒速36キロで下がっていたのを解く。瞬間。当然だけども、俺とダーク・ヘビモスの距離は一気に詰まる。
あと少しで全てを破壊し尽す範囲の奔流の領域に入る。その恐怖が襲い掛かって来るのをねじ伏せて、俺はまたゼロ距離で攻撃を叩き込む。
瞬間。大地が鳴動するかのような力のぶつかり合いが起き、次の瞬間。力を失ったダーク・ヘビモスの巨体が僅かに速度を落としながら大地へと落ちていく。
圧倒的な速度で飛んでいたので、力を失っても墜落地点は千キロ近く先になっていたけれども・・・。
「倒せた・・・」
辛うじて衝突を躱した俺は、激しく脈打つ心臓の鼓動をどうにか落ち着けながら、呆然と呟いた。
自分でも全く実感がない。だけど、どうにかこの人生最大の死地を乗り越えられたみたいだ。




