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「あの・・・、良かったんですか? あんな・・・」
どうやらザッシュは、俺がバカ皇帝たちこの国のトップを問答無用で叩きのめしたのが信じられないでいるらしい。
まあ、前世の地球の常識で考えたらありえないだろう。
現実問題として、俺の立場はあくまでフリーの冒険者に過ぎないのに、いきなり国の統治権を剥奪とか、皇帝の断罪とか、彼からしたらやってることが滅茶苦茶だろう。
「別に何の問題もないよ。あれくらいは普通だから」
だけど、この世界ではむしろ普通の、ごくありふれた一幕でしかない。
ありふれた言っても、よくある事と言う訳じゃなくて、制度や体制的に当然の事と言う意味。
現実問題として、俺もそろそろ自分の立場に見合った責任を負わないといけないだろうから、今回の件はむしろ都合が良かったかも知れない。
「私たちは持つ力に見合うだけの責任と義務も背負っているからね。アベルもそろそろ、その責務をシッカリと背負わないといけないし、むしろちょうど良かったくらいよ」
「ザッシュ様、最高位のSクラスであり、ヒューマンの社会において並ぶ者の無い力を持たれるお二人は、一国の元首をはるかに上回る地位と権力を有していられます。今回の一件は、その責務を正当に果たされただけで何ら問題はないのですよ」
ミランダとサナの説明に、ザッシュは少し引いているような気がする。
まあ、純粋に力こそ全てと言っても良い社会体制を目の当たりにすれば、本当にそれで良いのかと疑問に思うのも当然だろうけど、この世界は十万年もこの体制でうまく機能して来たんだ。
特に問題はないし、何か問題があったとしても、逆に完全に問題の無い社会体制自体がありえないのだし、これまでキチンと成り立ってきたのだから許容範囲ないだろう。
「ぶっちゃけ、俺やミランダは王や皇帝になろうと思ったらその瞬間になる事すら可能だしな。面倒くさいから絶対にならないけどな」
例えば生まれたベルゼリアに戻って、現王室に代わって俺がこの国を統治すると宣言すれば、その瞬間から俺はベルゼリアの王になる。
そんな無茶苦茶な事も平然と成り立つ世界な訳だが、実はそうなれば現王室も喜んで俺に国を明け渡したりもする。
「だから俺は正当な責任の下に、国の統治者として相応しくないと判断した者を告発した。これも当然の責務を果たしただけだ」
あの皇帝が何を考えていたのかは本気で謎だ。Sランクと言っても、高々13歳のガキと甘く見ていたのか?
だとしても、一緒にミランダが居たんだ、彼女を怒らせたらどうなるかまで知らなかったなんて事は、流石に無いだろうに・・・。
「わたくしも流石にあのまま、あの皇帝が国を統治し続けるのはどうかと思いましたし、国の為にも最良の判断だったと思いますわ」
「それは、確かに・・・」
そう言われると納得するしかないと頷くザッシュ。何と言うか、ザッシュを散々貶しておきながら、愚王子時代のザッシュよりもヒドイ有様だったしな。
「まあ、特に気にする程の事でもないさ。それよりも、これからどうするかだな」
結局、外務長官が主体となってだったらしいけれども、ブラットブレイグ帝国での至上主義者の掃討作戦も無事に終わったらしく。もう俺たちがこの国に居る理由もない。
次はどの国に行くか何だが。
「至上主義者の掃討作戦は各国に任せて、私たちはこの辺りでひとまず休憩と言うのも、ありだと思うわよ」
ミランダの言う通りそろそろ掃討作戦も終盤に差し掛かっているし、もう俺たちの出る幕でもないと、ここらでサポートも終わりでも良いだろう。
実際、ここまで来ると余り俺たちが関わるべきじゃない問題とかも出て来るだろうし、下手に内政干渉をすると後々で面倒な事になりかねない。
「俺としても、いい加減に装機竜人の設計に専念したいところだし、そろそろこの問題の解決も見えて来たし、良い頃間と思う」
つまるところ、そろそろ休暇をとって休んでも良いだろうという事だ。
ザッシュの修行もとりあえずは一段落したし、少しは休ませるのも良いだろう。根を詰めすぎるのも良くないし、そう言うと本気で喜んでるみたいだけど、休暇が終わったらが修行の本番になるって判っているのかなザッシュ?
「向かう先はマリージアでいいかな。あそこなら、これからの季節、リゾートにも最適だし」
魔域が海にあるため、夏であっても海水浴をするのはかなり無謀だったりする国なんだけど当然ながら、その辺りをふまえた整備もキチンとされている。
この前はいきなり魔域の活性化なんて凶事に遭遇して、そんなのを楽しむ余裕なんて一切なかったし、リベンジと言う意味でも良いかも知れない。
「マリージアは確かメリアたちの故郷ね。里帰りも兼ねてちょうど良いんじゃない」
実の所、メリアたちには故郷にあまり良い思い出も無いかも知れないんだが、反対意見もないみたいだし、顔馴染もいるだろうし、彼女たちもそろそろ一度故郷に帰ってみても良い頃なのは確かだ。
「それじゃあ、しばらくはマリージアでのんびりさせてもらおうか」
俺の意見にみんな頷いて、どれくらいゆっくりできるかは本気で謎だけども、とりあえず休暇を過ごす事が決まった。
「良く来たなアベル。この国を出た後も激戦と苦労の連続だったと聞く。我が国自慢のリゾートでしばらくはゆっくりと休んでくれ」
そんな訳でマリージアに向かった俺たちは、着いて早々レイル王子の歓迎を受けている。
何故にいきなりそうなるかと言えば、完全なバカ避けだ。
要するにレイルが俺たちに群がろうとする連中のストッパー役を担う為にワザワザ来たと言う訳。
「すまないな。久しぶりにゆっくりと過ごしたいんでな、あまり来客は歓迎できないんだ」
「判ってるって、そちらの方は任せてくれ」
レイルの立場は既に盤石なものになっている。そんな王子が直々に歓迎して相手をするとなれば、周りもおいそれとは手を出しにくい。
休暇を楽しむ為の保険としては最適だろう。
後は魔域の活性化でも起きない限りは問題ないはずだ。
魔域の活性化については、この前のでしばらくは起きないはずだし、邪魔するモノはない事になる。存分に休暇を楽しめるはずだ。
多分・・・。
これまでの経験から、絶対と言いきれないのが悲しい・・・。
まあ、仮にこれから何か起こったとしても、それでも最低数日は骨休めを出来るだろう。
正直、ユグドラシルに行ってからは精神的にも疲れる展開の連続だった。
世界樹の洗礼を受ける事になったと思ったら、使徒になった挙句にレジェンドクラスになっているし、レイザラムでは何故か世界最高の神刀をつくる事になるし、しかも、自分たちの種族が置かれている状況が思っていたよりもはるかに悪い事を理解させられて、早急に対応しなくてはならなくなって、帰って来たと思ったら、ヒューマンの国すべてを巻き込んでの一大掃討作戦。膿を出し切るために俺たちも駆けずり回る事になるし、その過程で更に気の滅入る事実まで明らかになるしで、正直言って、精神的にかなり疲れた。
ようやく、随分と大事になった今回の一件も終わりが見えて来たのだし、そろそろゆっくりと休んで心をリフレッシュしたい。
そんな訳で、南の海でバカンスと言うのも良いだろう。
レイルのお陰で、うるさく言い寄ってくる輩もカットできるし、何か起きて騒がしくなるまではのんびりと休ませてもらおう。
「なかなかいい場所だな」
「当然だろう。元々は王族専用の避暑地なんだからな」
今回、俺たちが滞在するのはレイルが用意した場所で、どうやら本来はレイルたち王族がバカンスの為に利用する場所の様だ。
となれば、マリージアでも最高のリゾート地であるのは間違いない。
「疲れを癒すには最適な場所だ。好きに使ってくれていいから存分に楽しんでくれ」
王家の御用地まで押しかけてくるバカも居ないし、気楽に楽しんでくれと言い残してレイルは去っていく。
出来ればもう少し話をしたい所だったが、地位も盤石となったのは良いけれども、その所為で逆にこれまで以上に忙しくなっているらしい。去年、孤児院から端を発した不正が明らかになったのや、バカな弟が暴走して廃嫡になったのも影響していて、余計に忙しかったそうだが、ようやく空いた人事などの片もついて、しばらくすれば一段落するそうだ。
そんな訳で、レイルと久しぶりに話し合うのはしばらく先になりそうだが、まあ、気楽に待てばいいだろう。
「それじゃあ、みんな好きにしてくれていいから」
久ぶりと言うか、初めてかも知れないバカンスだ。みんなそれぞれ好きに楽しんでくれていい。
俺はとりあえずこれから自分が使う部屋を確認しておくことにする。
王室の専用リゾートだけあって、屋敷と言って良い大きさのシッカリした別荘。部屋の窓からは水平線を一望でき、夕刻には水平線の向こうへと消えていく太陽を望む事が出来る。
心地よい潮風が入ってくるようになっていながら、暑さや湿気で不快になることの無い快適な空間をキープしている。
うん。実に良い。この部屋でのんびりしながら、装機竜人の設計をするだけでも良い骨休めに、気晴らしになるかも知れない。
勿論、それだけのつもりは無いけれども、しばらくはのんびりさせてもらおう。
ついでに、思いっきり食べて楽しむとしよう。
本来ならここには専属の管理者や料理人が配備されているのだけれども、俺たちの滞在中は出て行ってもらっている。そんな訳で料理も自分たちで作る事になるんだけど、それも楽しみの一つだ。
当然だけど、マリージアの食材をふんだんに使った料理で行こう。
そんな訳で早速厨房へ向かうと、途中でアリッサに出会う。どうやら彼女も厨房を確認しに来たみたいだ。
「アレッサも厨房の確認に?」
「ええ、アベルさんもですよね。それにアベルさんは去年の魔域の活性化の時に手に入れた食材がまだ沢山残っていらっしゃるから、それを出しにですか?」
あ、それもあるかも、確かにマリージアの食材は俺のアイテム・ボックスの中にまだ山のように入っている。
魔物の討伐を続けていると食材は次から次へと、山のように手に入るので、流石に俺たちが普通の人の何十倍も食べるといっても食べきれずにどんどん増えていく。そろそろ一部売りに出すのも考えていたのだけども、この機会に去年手に入れたマリージアの食材を一気に使ってしまおう。
「それはそうと、アレッサはこれからどうするつもりだ? 一年ぶりに戻って来たんだし、知り合いの所に行ってみるつもりか?」
アレッサとメリアたち六人はこの国の出身だ。バカンスで過ごすのも良いが、マリーレイラに行って顔馴染みに会ってくるのも良いだろう。
「メリアたちは明日早速行くつもりのようですが、私は今回は会いに行くつもりはありません」
「どうしてだ? 知り合いや友人もいるだろう」
別に会いたくない訳でもないだろうに、どうして会いに行かない?
「メリアたちの友人たちと違って、私の友人たちはもう既に良いおばさんにおじさんです。生きる時が違うから仕方がない事ですが、更に遠くなった今の私が会いに行くべきではないと思うんです」
全てを悟り切ったように穏やかに言われて、反論も何も出来るハズもない。ただそうかと納得する事しか出来ない。
そうか、彼女は46歳。彼女と同年齢の友人たちは既に人生の半分を終えている。それに対してアレッサはまだ人生の4分の1どころか、5分の1も過ごしていない。
「戦う道を選んだ時に判っていた事です。すぐに死んでしまうか人とは違う人生を生きるか」
戦闘職に就いた者の死亡率は想像を絶して高い。
半面、生き延びて力を付けた者は数百年から千年以上の時を生きる事になる。
もっとも、長い時を生きられるのはほんの一握りだ。Sクラスはおろか、A・Bランクに到達できるのも極僅かな本当に才能のある真の天才だけなのは当然として、D・Cランクに成れるのすらほんの一握りの才能ある者だけ。それ以外の多くの者は才能の壁に阻まれてEランクから上へあがる事も出来ない。
絶対的な実力の壁、それを乗り越えた者を待つのは人とは違う時を生きる事の意味と現実。
「そうか、俺は元々騎士の家計の生まれだから、その辺りに疎かったようだすまない」
当然、人と違う時を生きるという事はこれまでの人間関係とのやり直しを意味する。
同じ時を生きられない事の意味はそれだけ大きい。
特に、長い時を若いままで生きられる事への嫉妬はどうしても抑えきれるものじゃない。それは人が永遠に追い求めるモノの一つだからだ。
実際には長い時を戦い続けさせるための呪い。決してそう良いものではないとしても、自分とは比べ根のにならない時間を若いまま生きていける事への嫉妬は止められない。
それはある意味で人としての根源的な感情だからだ。
だからこそ、アレッサは冒険者になった時にこれまでの友人たちとの関係を断ったのだろう。自分が死ぬにしてもどちらにしろ今までの関係でいられないのが解っていたから。
「良いんですよ。私の考え過ぎだとも思ますし」
思えば、アレッサがB-になるのを諦めた背景にはこれも関係しているんじゃないだろうか。
当時の彼女のランクC-でも既に二百年近くは生きるのが確定していた。
この上,Bランクにまでなれば寿命は更に延びる。
だけど、当時の彼女には既に二百年も生きれば十分過ぎると思えただろうし、これからの人生を問題なく暮らしていけるだけの蓄えも既にあった。
だから、彼女はあえてB-になる前に諦めたのかも知れない。
これ以上かつての友人たちと離れてしまう前に、それ以上先に進むのを止めたのかも知れない。
だとしたら、再び彼女をこの道に引きずり戻したのは俺だ。
彼女の抱えているモノの責任も俺にある。それなのに、俺は今迄彼女の抱えている想いに気付けもしなかった。
「アベルさんの責任じゃありませんよ。この道を選んだのは私ですし。今は、メリアたち同じ時を生きる新しいかけがえのない友と一緒ですから」
新しい友と同じ時を生きる。確かにそれも彼女を動かした理由なのかも知れない。
だとしても、俺が色々と見落としていたのは事実だ。
「そうか、それなら良いんだか、俺もまだまだ甘いな」
「ふふっ、私はむしろ、アベルさんは頑張り過ぎだと思いますよ。もっと力を抜いて、気楽にした方が良いと思います」
もっと頑張らないといけないと思ったら、アレッサは全く逆にもっと気楽にと言う。
いや、普通13歳なら俺も木器気楽にしてると思うけど、なまじ前世の記憶があるせいか子供らしく生きれない。
そう言えば、前世に読んだ小説でもこの弊害はよくあったけど、まさか自分で体験するとは思わなかった。しかも判っていても、どうにも出来ないんだからたちが悪い。
だけど確かに、前世の記憶に振り回されてらしく生きれないんじゃ意味はない。
「そうか、そうかもな、ありがとうアレッサ」
「はい。どういたしまして」
ありのままの自分で生きる事、それが何よりも大切だろう。アレッサの生き方もそうだ。
だったら、俺はそんな彼女に恥じない様に生きるだけだ。
「本当にありがとう。大好きなキミに恥じない様にこれからも頑張るよ」
だから俺は俺の思うが儘に生きる。
そんな事を考えていて、自分がたった今何を言ったか、その言葉にアレッサがどんな反応をしていたかを忘れていた。




