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サナ視点です。
「俺がコロシアムの試合に出る? なんでだよ」
「勿論、ヒューマン至上主義者どもの掃討作戦の一環だよ。コロシアムが奴らの資金源になっていてね。その繋がりを潰すための段取りの一つだ」
正直に言えば、アベル様が出ればすべて一瞬で終わるはずですけど、それについては触れないままサラッと仰いますね。
「ぶっちゃけ、キミが一番都合が良いんだよ。実力については完全に無いものと思われてるし、バカな真似をして国外追放を受けた直後となれば注目も高い」
これは確かに事実ですね。今のザッシュ様は世界中から侮蔑と嘲笑を受ける身。
それ故に注目も高く、今回の一件に適した人物である事は間違いありません。
「つまり、ヒューマン至上主義者どもの掃討作戦の一環として、俺にコロシアムで無様に醜態を晒して来いって言う訳かよ」
「そんな訳がないだろう。キミにはシッカリと勝ってきてもらうよ。出来レースを打ち壊しにして、本物の戦いを勝ち抜いてね」
どうやら、ザッシュ様にはまだアベル様の思惑を掴む事は出来ないみたいですね。
愚王子のマネを止められて、現実を知って中二病からもようやく立ち直られて、少しずつ物事をシッカリと考えられるようになって来てはいらっしゃいますけど、まだまだのようです。
「どういう事だよ?」
「まず、これはキミの為でもあるんだよ。既に十分な実力は付けたからね。キミにはそろそろ、自分の悪評を雪いでもらわないと」
これは確かにそうです。
そもそも、これから先、少なくても一年はわたくしたちと共に旅をされるのですから、何時までも侮蔑と嘲笑を受けるようでは困ります。
「キミは少なくても一年は俺たちと旅をするんだ。その間ずっとかつての愚王子だと笑い者になる気はないだろう? 手っ取り早く実力を示して評価を一変させるには、コロシアムは打って付けなんだよ」
「それは、確かに・・・」
ザッシュ様としても、一年後には自由に世界を旅して周ろうと考えていらっしゃるのですし、それまでに自分の悪評を晴らしておく必要がある事くらいは理解されているようです。
「けど、出るのは俺だけかよ? アンタは出ないのか?」
「興味があるようならみんなも出るだろうけど、俺とミランダは出ないよ。と言うか、出てどうする?」
「どうするって・・・」
言いかけてようやく気付いてようで、納得した様子で頷いています。
実際、あちら側の思惑がどうであれ、アベル様とミランダ様は、試合に出ても全く意味がありません。
そもそも、試合にならないからです。
ミランダ様に勝てるのはアベル様だけ。アベル様に勝てる相手は何処にもいません。つまり、八百長も出来レースもしようがないのです。
確実に勝つと判っているだけでは選手には成り得ません。
はじめからお二人は、コロシアムには出場禁止なのです。
「エキシビションで俺とミランダの試合を組んでも良いかも知れないけど、仮にその試合を放映したりしたら、確実にコロシアムは閉鎖になるな」
これも確定事項でしょう。Sクラスでも最高峰の実力を誇るお二人の戦い。そんな最高峰の戦いを目撃してしまっては、もう出来レースのアクション劇では満足できなくなって当然です。
確かに、これまでにない注目カードにはなるのは確実でも、同時に、これまで積み上げてきたすべてを失う事になるのくらいは理解しているでしょう。
ですから、そもそもコロシアムを閉鎖する気でもない限りは、向こうからオファーもないはずです。
「まあ、お前でも十分衝撃的だと思うけどな」
「今の俺の実力なら、コロシアムの試合くらい余裕って事かよ」
「それは当然かと、今のあなたは既にAランクに相当する力を持っているのです。コロシアムで見世物の試合をしている選手たちとは実力が違います」
口を挟むつもりは無かったのです、思わず入って行ってしまいました。
ですが、これくらいの事は少し考えれば、すぐに判るでしょうに・・・。
コロシアムで行われているのは、全ての試合が展開から勝敗まであらかじめ決まっているアクション劇に過ぎません。そんな見世物に、A・Bランクの超一流の実力者が参加するハズもありません。
当然、コロシアムの選手たちは基本、精々がEランク程度の冒険者崩れで、その実力も知れています。
それでも、Eランクの実力があれば銃弾を正面から弾いてみせることも出来ますし、魔法や闘気術を使えば派手なアクションを展開して、観客を楽しませる事は十分に可能です。
あくまでアトラクションとして考えれば何の問題もないのですが、賭けを行って、賭けの倍率次第で勝敗を決める出来レースまでしているとなると、これは見過ごせません。
多少の情報網を持ってさえいれば、すぐに気付けるカラクリですし、周りから白い目で見られる原因になっているのですが、儲けに目が眩んでブラットブレイグ帝国は現実が見えなくなってしまっています。
「わたくしは、正直低俗な犯罪行為になり果てているコロシアムはもう終わりにするべきだと思っています。その最後の晴れ舞台を飾るのは、ザッシュ様が一番妥当かと」
救い様のない愚か者、王族でありながらその役割すら果たせない最弱の愚王子。それが、今のザッシュ様の評価です。それこそ最底辺、血の底に沈んでいると言っても良いでしょう。
そんなザッシュ様だからこそ、腐敗しきったコロシアムに風穴を開けるのに適しているのです。
「まあ、実際に全てが終わって、コロシアムがどうなるかは彼ら、主催者側次第だけどね」
そう言いながらも、わたくしの言葉を否定なさらないのは、アベル様もコロシアムが終わっても構わないと思ってらっしゃるからでしょう。
「とりあえずキミは、もう出場登録も済ましているし、出て戦うのは確定だから。頑張る事だね」
「判ったよ。自分の為にも精々頑張らせてもらうさ。結果、どうなろうと問題ないんだろ?」
ザッシュ様もやる気になったようです。単に開き直っただけかも知れませんが同じ事です。
試合は三日後、それまでに出来る限り鍛えてやるからとのアベル様の宣言に、思いっきり顔を引き攣らせていますが、それはまあ、仕方がないでしょう。
誰だって同じ反応をするハズです。
それよりもわたくしは、コロシアムの試合で彼が何かヘマを仕出かしてしまわないか、そちらの方が心配です。
なにしろ、彼には既に前科がありますから。これまでの数少ない実戦の中で、考えられないようなポカをやらかしているのです。正直、あの時は本当に肝が冷えました。
何をやったかと言えば、とある魔物を焼き倒したのです。
それだけだと何の問題も無いように見えますが、魔物の中には炎が厳禁のモノも居るのです。
その代表格が、毒を持つ魔物で、特に表皮に致死性の猛毒を持つ魔物は、絶対に火気厳禁です。何故か、それは表面の猛毒が炎で気化して、一帯に散布されてしまう可能性があるからです。
彼の場合もまさしくその通りになって、猛毒を持つ魔物を炎で燃やし尽くした結果、辺り一帯が猛毒の霧で覆われた死の世界になってしまったのです。
あの時は本当にどうなる事かと思いました。
アベル様とミランダ様がすぐに毒を無効化してくださったので、大事には至りませんでしたが、場合によっては全滅もあり得たのです。
ゲームだったなら、魔物をどうやって倒しても問題ありませんが、この世界は現実です。倒し方次第では逆に最悪の事態を招いてしまいかねないのは常識で、その為、冒険者になるにしても、軍人や騎士に成るにしても、魔物と戦いのであれば、その討伐に対しての注意点をまず叩き組まれるのは当然で、毒を持つ魔物に炎を浴びせるような真似をするバカは、本来ありえません。
それなのに、彼はそんなありえないマネをマンマとやってのけてみせたのです。
こんな恐ろしい前科を持っている彼です。
正直、コロシアムの試合で何をやってしまうか不安で仕方ありません。
まあ、アベル様が万が一の事も無いように念入りに仕込まれるでしょうから、問題はないと思いますが、それでも、本当に大丈夫なのでしょうかと、少し不安になってしまうのです・・・。
それもこれも、これまでの彼の行動が原因です。
中二病を拗らせて、異世界で黒歴史をつくるなんていい加減にして欲しいものです。
・・・実は、わたくしも人の事を言えなかったりもするのですが。
この世界に転生して間もない頃、いえ、正確にはこの前の茶番劇が終わるまで、わたくしもこの世界がゲームの世界なのではないかと思っていました。
いえ、実施位にゲームの世界である事は確からしいのですが・・・。そうではなくて、公爵令嬢という立場や、危うく王子の婚約者になりかけた件、目つきが鋭く強面の顔付など、色々な要素から前世に読んだ小説などの役柄に近い転生をしてしまったのではないか? そんな不安を拭えなかったのです。
ですから、わたくしがこれまで努力して来たのには、ある意味で保険の意味がありました。
公爵令嬢の立場が窮屈で、せっかくの異世界なのですから自由に旅をして回りたいと思ったのも事実ですが、ひょっとしたらがあるといけないので、何かあった時の為に備えておこうと考えていたのも事実です。
流石に、途中でこれはおかしいと、考えているような事態にはなりそうもないと気付きましたが・・・。
血統なんて何の意味も持たない、完全実力主義の社会で、例え王族や公爵家に生まれても、それに見合った才覚と実力を示さなければ、いとも容易く切り捨てられてしまう世界。
ですから、ザッシュ様の待遇はある意味で謎だったのですけど、一体何を考えていたのか、後で王に聞いてみるのも良いかも知れません。
・・・それはともかく、貴族なんて義務と責任ばかりで、むしろ平民よりも窮屈で全然いい所のない世界で、実力を示しているにも拘らず、それを何一つ評価されないまま一方的に断罪されるなんて事態が起こるはずがありません。
もしもそうなったなら、それはそれでとても面白そうだとは思っていましたが。
いずれにしろ、わたくしもこの世界に自分を主役としてストーリーが展開されるなんて勘違いをしていたのは事実なのです。それを思い返すと、恥ずかしさで死んでしまいそうです。
「或いは、転生した方は誰もが通る道なのかも知れませんが」
アベル様も同じなのでしょうか? 思わず声に出してしまいましたが、周りには誰もいらっしゃらなくてホッとします。
聞いてみたい気もしますが、とてもじゃありませんけど、怖くて聞けません。
そうですね。今はもう異世界ライフを存分に楽しめるようになっているのですから、余計な事は気にせずな楽しんでいればいいのです。
それが一番、平和で安全です。
実際、アベル様のもとに来てからのわたくしは、本当に人生を存分に楽しめています。
この口調も、今となっては楽しみの一つになっています。
本当は、もうお嬢様の喋り方なんてする必要もないのですけれども、公爵令嬢として十八年間続けて来た話し方が、ある意味で楽しくなってしまったのです。一種のプレイに近いかも知れません。お嬢様を演じるのが楽しくなってしまったのです。
一種の遊び、公爵令嬢を演じるロールプレイング。これも異世界の楽しみの一つです。
これまでは、自分の都合もあったとはいえ、課せられた義務と責任を果たすために奔走する毎日でした。
それが、ようやく自由に、気ままに生きられる様になったのです。
毎日の修行は流石に過酷の一言に尽きますが、これまでよりも飛躍的に強くなっていくのが実感できるので、それも楽しみになっています。
これまで生きてきて、この世界では力が必要不可欠なのは身に染みていますし、そうでなくても、魔法などの出来る事が増えていくのはこれ以上ない楽しみです。
自在に空を飛ぶことも出来ますし、いずれは性別を変えたり、好きな姿に変身したり、小人の様に小さくなる事や巨人の様に大きくなる事すら可能になります。使い手次第で、魔法は万能の力を発揮するのですから、その特訓であれば楽しくないはずがありません。
そうです、今は楽しめばいいのです。もしかしたら本当に、ザッシュ様がコロシアムで何かとんでもない事を仕出かしてしまうかも知れませんが、その時はその時で、状況を楽しめばいいのです。
流石にアベル様のようにとまではいきませんが、せっかくの新しい人生、それもこれから先、何百年も年をとって老いる心配も無く人生を楽しめるのが決まっているのですから、存分に楽しまなければもったいないですよね。
それに、何が起きたとしても、アベル様とミランダ様、二人の怪物がいらっしゃる時点で何の問題もないと思いますし。わたくしが心配する事なんて何もないのかも知れません。
そんな訳でザッシュ様、今まで散々迷惑をかけて来たのですから、これからはせめてわたくしを楽しませてくださいね?
三日後の試合、ヒューマン至上主義者の掃討作戦の一環でもある舞台で、一体どんな役回りを演じられるか、存分に楽しませてもらいますから。




