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さて、ザッシュを鍛え始めて二週間。予定通りAランクまで力を付けさせられたけれども、実際の所、ザッシュの今の実力は精々B-ランク程度だ。
何故? なんて疑問を挟む余地もない。
確かに魔力と闘気の総量は、Aクラスのレベルまで引き上げられたけれども、肝心のザッシュがそのどちらもまだ使いこなせていない。
そもそも、実戦経験が皆無なのでどれだけ力を付けても上手く使いこなして戦えていないのだ。
まあ、その辺りはあらかじめ想定済み。これから少しずつ経験を積んで行ってもらおう。
本人が楽しみにしていた、パワードスーツや装機竜人を駆っての戦いを経験させても良いし。
実際問題として、戦いの中に身を置いて行けば、否応なくこの世界の現実と向き合う事になるだろう。その上でどんな結論を出すかは本人次第。
まあ、どうしようと、二万年前の転生者とかみたいにバカな真似を仕出かさない限りは基本的に放置で、好きに生きてくれと言うのが俺の本音だ。
実際、いくら同じ転生者だからと言って、その人生に俺が責任を持つ理由は本気でカケラも無い。
俺に迷惑が掛からない範囲で、好きに生きてくれと言うのが本心だ。
ぶっちゃけ、今の修行に一年間付いてこれたなら、ザッシュも間違いなくこの世界で自由に生きていけるだけの実力を身に付けているし、その後で彼がどうしようと関係ない。
とザッシュの方はとりあえず置いておくとして、サナの方なのだけども、彼女はザッシュよりもよほど難敵だ。
なんだろう、転生者が一緒に居るとこんなにも気を使う物なのだろう?
単に、俺が地球からの転生者だとみんなに話してないのが原因なんだけど、正直、面倒くさい。
彼女は現状で既に思いっきり異世界を楽しんでいるのだけど、事前に下調べをシッカリしていても、公爵令嬢として一般の生活とは無縁の生活を送って来たので、微妙に常識に疎くて暴走する事がシバシバある。
いや、判っててワザとやってる節もあるけど・・・。
とりあえず、お転婆お嬢様は今日もご機嫌なのだけども、彼女の場合はどうするか?
現実問題、彼女は既に十分に強いし、俺たちのもとに居なくても十分に世界を旅して行ける。
本人は。
「とりあえず、わたくしも一年間よろしくお願いします」
と言っていたので、ザッシュと同じく一年は一緒に居るつもりのようだけど、一年後には間違いなくSクラスに成っているな。
Sクラスの実力があれば、もう公爵令嬢なんて立場に縛られる事も無くなるし、そのまま自由に旅を続けられるけれども、どうも、彼女はこのまま仲間になりそうな気がする。
今のとりあえず弟子として同行しているだけの関係から、何時の間にか本当に仲間になってる気がするけれども、まあ、その時はその時だ。今までの反動からか、実感自由奔放すぎるとも思うが、彼女の本質は極めて純粋で、付き合いやすい親しみやすさがある。
同じ転生者同士だと言うのもあるのだろうけれども、どうにも気疲れするのと同じくらい、ホッとしたりもするのだ。
「正直、殺伐としすぎの日常に気疲れもするしな」
「それは確かにそうですね。日本では戦いとは全く縁のない生活でしたから、命懸けの戦いにはどうしても慣れきれません」
こうやって、極タマに異世界トークに花を咲かせるのもリフレッシュになって良い。
俺の場合、既に戦闘狂の誤解を完全に得ているので、今更、戦いにどうしても慣れきれないなんて話しても、そもそも信じてもらえないだろうし・・・。
実際、この世界で散々魔物と戦ってきてはいるけれども、討伐自体はともかく、魔物の解体は全く出来るようにならないし・・・。
いや、解体は無理だって・・・。特にオーガやらオークやらの人形の魔物の解体は絶対に無理。頼むから勘弁してくれと言う事で、全てギルドに任せているし・・・。
「別に転生者だとみんなに話しても問題ないんだけどね。今更の気もするし、過去の転生者でバカな真似をしてくれたのがいるから、どうにもね」
「わたくしも、自分の前世を話すべきなのかどうか、まだ決められませんわ。わたくしたちにも関係ある。今回の騒ぎの大本で元凶でもある転生者の事があるのでなおさら」
単に愚痴の言い合いをしているだけの時もあるのだけど、それはそれで新しい考えや発想を思い付いたりもするし、悩みの解決のキッカケになってくれる時もある。
なんだけども、これについては本気でいくら悩んでも答えが出ない。
本気で余計な真似をしてくれたものだよキール。
禁断の洗脳魔法なんてものを使いまくって、好き勝手にいい様に世界を荒らして回った後始末を、今になって俺たちがしなければならない羽目になってるし、未だにこのバカの所為で人生を大きく狂わられた奴らが多くいる。
ザッシュやサナに会うキッカケになった、今、俺たちが奔走しているヒューマン至上主義者のバカ共がまさにそれだ。
「洗脳魔法を使って世界を混乱の坩堝に叩き落したバカと同じと言うのがなんともな」
「少なくても、今回の一件が節に終わるまでは話せませんよね」
ある意味で、今回の一件が起きる前に転生者だと話していなかったのは行幸だと思う。
転生者について調べて行った時に、キールの常軌を逸した暴挙についても知ったつもりだったけど、実際にはそれどころじゃない暴挙を繰り返しまくってやがった。
正直、あんなのと一緒だと思われるのだけは絶対に避けたい。
「まあ、実の所、ミランダ辺りは既に気付いてるかもしれないけどな」
隠していても、対応や様子とかからスグにバレてしまうのはよくある事だ。
その上で、俺のキールに対する嫌悪とか情報から、ミランダなら真実に生きついてもおかしくない。彼女は、この世界に異世界からの転生者が現れるのも知っているようだし・・・。
まあ、その辺りは何も言ってこないのに甘えて、少し時間をもらおう。
「気付からていたとしても、このタイミングでは言えないし、とりあえず、今回の騒ぎが終わって一段落するまでを待ってもらおう」
「また何か、問題が起きて、話せなくなる可能性もあると思いますけど」
確かにその可能性もあると思うけれども、そこまでは流石にどうしようもない。
それに、キール以上のバカをやらかした転生者はいないので、この一件さえ片付けば問題ないはず、キールがほかに更に余計な事をしていなければだけど・・・。
「確かにその心配が一番ありますね。本当に、もう勘弁して欲しいですよ」
サナにしろザッシュにしろ、この世界の過去の転生者については調べていなかったらしく、俺の話を聞いてはじめて知ったのだけども、共に二万年前の超絶バカ。キールのやらかした事には頭を抱えている。
特にザッシュの方は、俺もひょっとしたらコイツと同じようなバカとして、歴史に名を残したかもしれないんじゃないかと、本気で今迄の事を後悔していたりする。
うん。シッカリ後悔してくれ。
俺も、コイツの事があったからこそ、行動には気をつけて来たのだ。一部、魔法関係なんかで暴走してしまった自覚はあるけど・・・。
まあとりあえず、キールの事を頭の片隅においておけば、反面教師として変な事はしなくなるだろう。
流石に、キールを見習って世界征服だなどと考えるバカも居ないだろうし、もし仮に、万が一にもそんなバカが居たとしたら、俺が問答無用で抹殺するつもりだ。
これについては、一切躊躇するつもりは無い。
「とりあえず今回の一件に集中しよう。まだ全て終わった訳じゃないんだから、ここで足元をすくわれたらもっともこうもない」
「そうですわね。それで、次は何処に行かれるんでしたっけ?」
まだまだ、ヒューマン至上主義者どもの掃討作戦は終わっていない。
ザッシュとサナが仲間? になった後にも二つほど国を周っているのだけども、それでもまだ四カ国。二万年も活動してきた組織だし、洗脳の魔道具を持っていたりするので、当初の想定よりも深く国の中枢に根を張っている場合も多く、手間取っている国もあるし、俺がサポートに回らないといけない事態も増えている。
それに、既に掃討作戦が始まって一ヶ月が経過している。これ以上時間をかけすぎると、連中に反抗の隙を与えかねないので、逃がしたり逆に反撃に出られたりする前に終わらせるためにも、俺たちの負担が大きくなってきていたりする。
「これから行くのはブラットブレイグ帝国。コロシアムだよ」
「コロシアム。聞いた事があります」
これから行き先がまさにそれだ。
コロシアムなんてカケラも興味もないし、行くつもりも無かった場所なんだが、どうやらコロシアムでの試合にヒューマン至上主義者どもが関わっているらしく、しかも、年間数千億リーゼに及ぶ金が動くコロシアムの運営の中枢にまで深く係わっているらしいので、資金源となっているのも確定。
早急に叩き潰したい所なんだけども、コロシアムの運営に支障をきたさない様に解決させるのはなかなかに困難。
コロシアムも一緒に叩き壊すつもりでやれと言いたいところだけども、周辺諸国にまで試合の様子が中継されて、かなりの注目を集めている一大エンターテイメントになっているので、簡単に潰せなくなってしまっているのだ。
「正直、何が楽しいのか全然わからないんだけどね」
いや、魔法や闘気術を使った派手なアクション劇と思えば、人気が出るのも頷けるのだけど、俺からするとどうしても興味が湧かない。
「八百長と出来レースで試合展開をコントロールして盛り上げる。完全なショーの類だと聞いています」
そう、コロシアムと言いながらも、そこで行われる試合は全てが唯のエンターテイメント。
ちょっとした情報網を持っていれば、どんな試合展開で誰が勝かまで筒抜けの完全な出来レース。と言うよりも最早完全にショー。
だからこそ。
「まあ、ザッシュを放り込むにはちょうど良い場所だけどね」
ザッシュを放り込んで戦わせるには都合の良い場所でもある。思いっきりかき回して欲しいものだ。
それに、戦い慣れしていない彼に経験を積ませるのにも都合が良い。
「彼をコロシアムに出場させるのですか?」
「今の実力なら、コロシアムを良い具合に掻き乱してくれると思うし、経験を積ませるにはちょうど良い場所だからね」
まあ、俺が持ち込んだ厄介事ではあるのだけど、これ幸いと良い様に使われている気もするので、こちらも逆に利用してやるくらいのつもりで行こうと思う。
特に今回のは、コロシアムの利益を守りつつ事態を打開し様とする意図に、更に俺を投入する事で一気に儲けてしまおうなんて思惑まで透けているので、こちらとしても利用し倒すくらいの方がちょうどいい。
「浅はかですわね。貴方を利用しようなどと考えなければ、むしろ有効な関係を築けたでしょうに」
サナは心の底から呆れたように、ついでに、本気でブラットブレイグ帝国に同情する様に嘆息する。
実際、端から利用する構えで来る国に友好的に接する理由もない。
そっちがそのつもりなら、こちらとしても相応の対応を取らせてもらうまでとなる。
まあ、ブラットブレイグ帝国との関係がどうなるかは、まだ未知数ではあるけど、出来レースの試合で金儲けを続けている様な国と特に付き合いたいとも思わないし、至上主義者どもの殲滅の方はシッカリとやらせてもらうが、それ以外の方は預かり知らぬ方向で、どうなっても俺は知らない。
「まあ、どうなるかはザッシュ次第かな」
だから、ある意味で今回は、向こう側の思惑がどうなるかは全部ザッシュ次第になる。
その意味で、どうなるか今から楽しみでもあるかな。
とりあえず、さっさとブラットブレイグ帝国のコロシアムに行って、ザッシュの出場登録をしてしまおう。




