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ケイ視点、二回目です。
「そんな訳で、ザッシュ元王子とサルディナ公爵令嬢は私が預かる事になりました」
アベルから報告を聞いたツバイトナッハの重鎮たちは頭を抱えている。
流石にあのバカ王子が、堅苦しい王族が嫌で、自由に生きたいと廃嫡されようとしていたとは思わなかったようで、演技で愚王子をしていた時よりも一層バカな戯言に、もう呆けてしまってる。
それにしても、バカを演じるのを止めた方がよっぽどバカになるなんて、信じられないのだけど・・・。
しかも、その救い様のないバカが新しい私たちの仲間。
もう一人、一緒に仲間になるサルディナの方は問題ない。彼女は、自由に世界を旅したいと、窮屈な貴族の義務を早く終わらせてしまおうと努力し続けてきた。私たちと気の合いそうな人だ。
だけど、ザッシュの方はダメ。と言うか、廃嫡されるためにバカな真似をしてきたって、王族に生まれてきた使命を一切果たさないで、ただ、王族として快適な暮らしを送って来ただけの堕落した人物を気に入るなんて不可能。
最低限の訓練すらも受けず、魔物の討伐にも、国の防衛にも参加しない。
本当に、今まで王子でいた事の方が、どうしてもっと早く廃嫡にするなり、始末してしまうなりしなかったのかが不思議で仕方ない。そんなダメっぷり全開の人物が、私たちの新しい仲間・・・。
ハッキリ言って、彼は同じ王族の生まれとして許せない。
私たちも傍から見れば好き勝手に自由を楽しんでいるように見えるだろうけど、王族に生まれた責務はキチンと果たしている。
その上で自由輪を謳歌しているのに、何一つ責務を張った装とすらしない彼の態度は、私たちにとって許せるものではないし、侮辱されているように感じる。
まあ、これから彼を待っているのは想像を絶する地獄なのは確定しているけど。
アベルは、彼を連れて行くと宣言すると同時に、これまで怠けていた分をシッカリ取りも辞してもらうからとそれはそれはにこやかに言っていた。
つまり、彼はこれからアベルのスペシャルハードコース一直線。
果たして何時までもつか・・・。一日でギブアップするのは確実だろうけど、アベルがそれを許すはずもない。
多分、これからは一思いに殺してくれが口癖になる日々を送る事になるだろうけれども、アベルはそんな事を言われたくらいで手を緩めたりはしないし、完全に自業自得なので、私たちも助けるつもりは無い。
「何かしら隠しているのは判っっていたが、まさかそのような・・・」
父親として王が苦痛に満ちた様子で洩らす。
正直、もっと早くに話し合っておけば良かったと思う。そうすればザッシュも、あそこまで現実を見ないバカな考えに凝り固まって暴走する事も無かったかも知れない。
息子の愚行を止められなかったのは、正面から向き合って話し合わなかった彼にも責任がある。
・・・王が忙しいのは事実だし、まさかそこまでバカな事を考えているとは想像も付かなかっただろうけど、周辺国にまで広がるほどの愚行を繰り返す息子を止められなかったのは明らかな失態。
本当に、はじめから廃嫡にするつもりなら、どうしてもっと早くにしておかなかったのだろう?
確かに、今回はそのあまりのバカさ加減を、国内の混乱を沈めるために上手く利用できたのも確かだけど、逆に国を混乱させるために利用されてしまっていた可能性も高い。
多分、その辺りの判断も含めて、ずっと前から監視をしていたのだろうけど・・・。
「ザッシュについてはこちらからお願いした事だが、サルディナ公爵令嬢もか」
「ええ、彼女も今回の件で国内には居づらいでしょうし、それにご存知の通り、彼女自身も自由に旅をして回りたいと願っています。いい機会だと思いますが」
本当はザッシュだけだったハズの新たな仲間は、アベルの一存でサルディナ公爵令嬢も含む事になっているけれども、実はこれはツバイトナッハ王国に配慮した形で、向こうが申し入れを断るのはありえない。
だけど、対面上は諸手を挙げてとはいかないので、慎重に議論をしてと言うスタンスを取っている。
向こうとしては、サルディナがいずれ国を出て自由に旅をしようとしている事くらい、とっくに把握していて、それが早まった代わりに、私たちとの繋がりが出来るのだから、願ってもない申し入れ。
こちらとしても、問題児だけを引き取る用もはるかにマシ。
「まあ一年はシッカリと二人とも預かりますし、その間にSクラスまで仕上げてみせますよ」
アベルのトドメの一言で、二人が新たな仲間になる事が正式に決まった。
「そんな訳で、今日から二人は正式に俺の弟子だから」
いまだに納得してない様子のザッシュと、楽しみだと、好奇心が抑えきれない様子のサルディナにアベル
は正式に弟子となった事を告げる。
「なんで俺がお前の弟子なんかに・・・」
「何でもなにも、キミに拒否権はないのだよ。国家反逆罪の重罪人くん?」
更に何か言いたそうなザッシュを、アベルは問答無用で黙らせる。
「それと、キミはこれから俺の教えを乞う立場なのだから、口の利き方には気をつける様に」
師であると同時に監視官である事を忘れない様にと続ける。
そう言われると流石に何も言い返せないらしく、ザッシュはグヌヌと唸るように押し黙る。
そう、今の彼の立場は基本的に犯罪者奴隷と変わらない。
実際、国際犯罪組織に認定されているヒューマン至上主義者と繋がりを持ち、国の重要な式典を妨害したザッシュは事実上、国家反逆罪の重罪人であり。アベルの弟子として同行するのも、罪の償いの為の刑罰としての一面がある。
なんとも面倒臭い言い訳を重ねているとも思うけれども、彼の立場はそこまで微妙なので仕方ない。
国を出る前に、その事を散々説明されているハズなのに、未だに納得していない不満顔なのは本当にどうかと思うけどね。
因みに、サルディナの動向理由も対外的にはザッシュの監視役としてとなっている。
実際は、私たちと同じで自由な旅を楽しんでいるだけなのだけども、まあ、何事にも建前は必要と言う事。
「まあ取りあえず、ザッシュ。キミには今までサボっていたツケを取り戻してもらう。二週間でB-までなってもらうからそのつもりで」
アベルの宣言に絶望的な顔をするザッシュ。
本気で理解不能なくらい、常識を知らなかった彼だけど、例の婚約破棄? 騒動に後、徹底的に知識や常識を叩き込まれたみたいだから、アベルの言う、二週間でB-にランクアップするのが、どれ程の不可能事か理解できたのだと思う。
その上で、不可能を可能にするアベルのスパルタ育成コースが、如何に過酷で厳しいかの実体験を交えた噂話(エクズシスでノインと一緒に参加したメンバーや、あの後、実例が出来た事で申し込みが殺到し、何回か厳正に審査した相手に対して課した修行などを経験してメンバーが語る、余りにも過酷すぎて死を願った修行内容の話)でも耳にしたのかな?
うん。逃げたくなね気持ちは良く判る。
だけど、残念ながら逃げ道はないよ。完全な自業自得なのだから、諦めて死ぬよりつらい地獄のフルコースを思う存分味わうと良いよ。
「サルディナの方は、メリアたちと同じ修行で、多分、数ヶ月もしない内にSランクに成ると思うよ」
「本当ですか? あっ、それとこれからはわたくしの事はサナとお呼びください」
サルディナ改めサナは心底嬉しそう。名前のはじめと最後の組み合わせは珍しいけれども、確かに良く彼女に似合っている。
「判った。じゃあサナ。改めてようこそ。自分の思うが儘に存分に楽しんでくれ」
「はい。ありがとうございます。アベル様」
「なんだこの待遇の差・・・」
ザッシュがまた何かぼやいてるけれども、むしろ、何をあり前の事を言っているのだろう?
まさか、サナと同じ待遇で迎え入れられると思っていた訳じゃないだろうに・・・。
まさかとは思うけど、本気で好待遇で迎え入れられると思っていたとか・・・?
それは流石に、おめでた過ぎると思う。
そもそも、今ここに居るのは犯した罪に対する刑罰なのを忘れてはいけない。
実際、その比の内に十分過ぎる程に思い知ったみたいだけど・・・。
「し・・・、死ぬぅ・・・」
「何を大げさな、今日は単なるウォーミングアップ。本番は明日からだぞ」
初日のスパルタな息も絶え絶えだったところに、この程度はまだ序の口と宣言されてそのまま意識を失っていた。
当然だけど、アベルはザッシュ気を失っても意にも返さない。むしろ、これ幸いと強制的に回復させて、次の日の訓練にも当然強制参加。もうかれこれそれが一週間。ここに来てから、彼はアベルの修行と次の日に備えての強制回復しかしていない。
まあ、起きたと思ったらそのまま修行に直行。終われば疲れ果ててそのまま崩れ落ちて、次の日まで目を覚まさないのだから何もしようがないのだけど・・・。
うん。これまでと比べても、余りに恐ろしいほどの過酷なコース。
いや、ザッシュがこれまで何一つ満足に修行してきていなかったから、基礎さえも出来てないからの自業自得なんだけど・・・。
一週間で起訴を完璧に叩き込むのも普通じゃない。
普通なら過労で死んでいるハズなのに、生かさず殺さずの状態をキープしているのも流石。
相手に文句を言わせる余裕すら与えずに、自分の指示を確実にこなさせていく。まさにブラック。
・・・私たちも、傍から見たら同じ状況なのかも知れないけど。
とりあえず、私たちの基に来て一週間。ザッシュはアベルの修行に専念させられて、私たちと一言も話す機会もなかった。
それはそれで良かったのかも知れないけど、ようやく体が慣れて来たのか、それともアベルが少しだけ手を抜いたのか、今日は修行の終わりと同時に倒れなかった。
「何だ、何なんだこの地獄は・・・」
「なんだと言われても、うちの日常風景?」
「それに、今までのはキミが今までサボっていたのを急ピッチで詰め込んだだけだから、多分、本番はこれからだよ?」
当然の答えにまた気を失いそうになってるみたいだけど、本当に大丈夫なのかな、彼は?
「これが日常・・・? いや、それよりも、ここからが本番・・・」
「言っておくけど、サナはキミよりもハードな特訓をこなしてるよ」
「確かに過酷だろうけど、今までのはあくまで基礎だから」
元々が軟弱すぎるから毎日限界まで疲れ果ててしまうだけで、本当なら、彼が今やっているのは本格的な修行に入る前の準備運動に過ぎない。
実際、私たちは自分たちの修行の前のウォーミングアップに軽くこなしてる。
「だから、明日からは今日までのを全て一通り終えてから、本格的な修行に入る形になるわね」
だから、残念だけど彼の本当の地獄は明日から始まる事になる。
そう説明すると、今度こそ本当に気を失って倒れた。
こんな調子でこれから大丈夫なのか?
本気でそう思う。
そもそも、私たちはザッシュを迎えるのには反対だった。
むしろ、好んで迎え入れようなんて、奇特な人はまずいないと思う。何と言っても愚王子の名を冠する超絶バカ。それも王籍から抜け出したいと自分から進んでバカな真似をしていたなんて、話にならない所じゃない。
国から要請があったからと言って、わざわざ面倒を見なければいけない理由もないのだし、その辺に捨て置いて、勝手に野垂れ死にしてもらえばいいと思ったのだけど
結局、アベルは彼を引き取った。
「どうして彼を引き取ったの?」
ミランダさんも含めた全員の共通の疑問。何を考えているのか判らないと問い詰めると。
「まあ、才能があるからだよ。このまま無為に潰してしまうのは惜しい才能が彼にはある。」
サナと同じでね。との事だった。
少なくても、サナと同じだけの才能はあるはずとの事だけど・・・。
間違いなく、理由はそれだけじゃないと思う。
一体何を隠しているのだろう?
それに、アベルとザッシュ、それにサナに一体どんな関係があるのか・・・。
一体どんな秘密があるのか、これから、更なる地獄へと突き進む彼の様子を見物しながら、ジックリと見極めさせてもらおう。




