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結局、教育的指導で真獄の牙の問題は解決。
勿論、犯した罪は償ってもらった。
無銭飲食やギルドで不正に巻き上げたお金などは賠償で済むけれども、女性市民への暴行はそうはいかない、暴行を行ったメンバーは犯罪者奴隷となるなど、それぞれに罪を償う事も決まっている。
思ったよりも簡単に、それも平和的に解決できて大満足なのだけども、どうも、メリアたちの様子がおかしい気がする。
若干、俺に対して怯えている気がするのだけども、それこそ今更だし、怯えられる様な事をした覚えもない。一体どうしたのだろう?
まあ、何はともあれ、この国での仕事は無事に終わった。
一週間程度で終わらせられたのだから、まずまずの成果だろう。
だけども、その一方で問題も生じていた。真獄の牙を裏で操っていたヒューマン至上主義の方だ。
もっとも、問題と言っても壊滅させられずに取り逃がしたとかではない。無事にテムーゼ国内の至上主義者たちを一掃する事は出来たのだけども、その拠点からとんでもない物が発見されたのだ。
「まさか、洗脳のマジックアイテムとはね」
俺は手にしたマジックアイテムを忌々しく眺める。
洗脳のマジックアイテム。その名の通り、洗脳魔法の力を宿した魔道具だ。
その効力は、効果範囲内のいる人間にヒューマン至上主義の考えを植え付け、他種族の排斥に向かわせるというもの。
言うまでもなく、二万年前に諸悪の根源たるキールが残した物で、至上主義者の勢力がこれ程までに拡大していた理由である事は、そもそもの原因である事は間違いない。
「これは、ヒューマン至上主義者たちへの対策を、もう一度考え直さなければいけませんね」
俺の持つ厄介事の源を真剣な眼差しで見詰めながらそう言いうのは、殲滅作戦の総指揮を執ったテムーゼの王太子、ラング王子。
彼が制圧した至上主義者の拠点から、この魔道具を見つけ出し、危うく洗脳を受ける所だった。
そう、二万年も前に造られた魔道具でありながら、これはほんの少し前まで洗脳の効果を発揮し続けていた。
その事から、ヒューマン至上主義者たちの中には、このマジックアイテムに洗脳されて操られている者も少なくない事が解ってしまったのだ。
これで、事態はさらに深刻になった。少なくても洗脳されて操られている、至上主義者に仕立て上げられている人たちをこのままにはしておけない。
早急に救出を、洗脳の解除を行わなければいけないが、問題は、操られている者と操られていない者の区別がつかない事だ。
これまでは、ヒューマン至上主義者たちは殲滅の方向で話を進めていたのだけども、まさか、キールが死んで二万年も経つ今でも、洗脳を受けて至上主義者にさせられている者がいるとは思わなかった。
・・・冷静に考えれば、全てのヒューマン至上主義者がキールの洗脳の犠牲者と言えなくもないのかも知れない。
そもそも、始めはキールに洗脳された人たちによってつくられた組織だ。
キールが死んだ後も、洗脳のマジックアイテムで強制的に組織の一員とされた人たち、それにその子供として、生まれた時から至上主義を刷り込まれた人たちなどによって、二万年も続いて来たのだ。
そう考えると至上主義者たちこそがむしろ犠牲者であるとすら言えるだろう。
愚かな、救い様のない転生者の妄執の犠牲者。
「いえ、その必要はないでしょう。操られていたとしても、犯した罪は変わりませんし。洗脳を解かれた方がむしろ彼らにとっては苦痛であり、絶望であるかもしれないのですから」
だけども、例え犠牲者であったとしても、俺たちには躊躇する余裕がない。
洗脳を解き、助ける事を前提として行動したのでは、至上主義者の組織を完全に壊滅できる可能性は低い。
そうであるのなら、例え彼らも犠牲者であろうとも、躊躇わずに殲滅する事を選ばなければいけない。今はそういう状況なのだ。
それに、もし仮に洗脳を解いて無理矢理従わされていた者たちを開放したとしても、それが彼らの救いになるとは限らない。
むしろ、絶望のどん底に叩き落すだけの可能性すらあるのだ。
例え洗脳されていたのだとしても、犯した罪は変わらず消える事はない。
ヒューマン至上主義者たちは、他種族との戦争を引き起こすために暗躍し、多くの罪を犯している。
その中には殺人や、危険薬物を都市の住人にばらまいて、薬物中毒にさせるなどの行為も含まれている。
彼らの人生が狂わされたように、彼らによって人生を、全てを狂わされ、奪われた人たちも数多くいるのだ。
そんな自分たちが洗脳させられて犯した罪と、洗脳が解けて正気を取り戻して改めて向き合うのは、ある意味でなによりも残酷だろう。
彼らは、むしろ洗脳させられたまま死んで行った方が幸せであるかも知れない。
「それは・・・。いや、判った。確かに、今なによりも優先すべきなのは、至上主義者たちの殲滅なのだからな」
「そうです。彼らの事を思うのならば、もう二度と同じ事が繰り返されない様に、完全に、跡形も無く消し去るべきなのです」
多くの人の人生を狂わせてきたキールの残した最悪の組織。今はその壊滅を何よりも優先すべきなのだ。
そうしなければ、また同じ悲劇が繰り返される。
「早急に各国に連絡して、この魔道具の捜索と破壊を徹底する。今はそれしか出来ないでしょう」
今既に洗脳されてしまっている人たちを救出する事よりも、これ以上、新たに犠牲者が出ない様にするのを徹底すべきだ。
もしも、ここで下手に洗脳された人たちを開放しようとすれば、その隙を付かれて逆に反撃にあい、組織の壊滅が果たせないどころか、最悪、他種族との戦争にまで発展する可能性すらある。
そう、こんな魔道具が存在している以上、下手をすれば区のトップが丸々ヒューマン至上主義者にさせられてしまう可能性すらもあるのだ。
そんな事になれば、本当に他種族との戦端が開かれてしまう。
むしろ、この洗脳の魔道具が見付かったからこそ、猶予はなく、躊躇していられる状況ではなくなったのだ。
「確かに・・・。それでは私は、各国と連絡を取り合って、速やかに事を進めるとしよう」
そう言い残して去っていくラング王子を見送って、俺は手にした魔道具を粉々に砕く。
既に機能は停止しているけれども、何かの拍子に再び動き出さないとも限らない。こんな物をそのまま残しておく訳にはいかない。完全に破壊しておかないといけない。
こんな物があるから、悲劇が起きた。
今、この状況の全てを引き起こした元凶であるキールにドス黒い怒りが溢れる。
だけど、ひょっとしたらキールすらも何者か踊らされただけの犠牲者でしかない可能性すらあるのだ。
わずか十年でヒューマンを統一した、そして、この魔道具で二万もの間社会を混乱させた余りにも強大な洗脳魔法。それが、キールの転生チートである事は疑いようもないだろう。
だけど、どうして禁忌の洗脳魔法の転生チートなどという、地雷以外の何物でもない転生特典を持って生まれたのか?
まるで、世界を混乱させるためにあらかじめ仕組まれていたかの様ではないか・・・。
そう考えると、今この状況すらも予め何者かによって仕組まれていたのではないか?
キールも、所詮はこの世界に彼を転生させた何者かによって操られていただけではないのか?
そんな疑問が、不安が脳裏を掠める。
考え過ぎだと思わなくもないけれども、一度過った不安は俺の中にこびり付いて離れない。
まあ、これは本気でいくら考えても答えの出ない問題なので、諦めて無視するしかないだろう。
俺もまた、言い様に動かされているだけなんじゃないかと言う恐怖はあるけれども、もし、仮にそうだとしてもどうにもできないのも確定だ。
とりあえずこの国での仕事は終わった。
後はもうしばらく滞在して、後始末を終えたら次の国での問題解決に奔走する事になる。
そして、次の国での問題解決も、今回とは別の意味で大変な事が起きるだろう事は確定している。
何故なら、その国にはどうも、俺以外の転生者がいるらしいからだ。
調べてみて判ったのだけども、その国には間違いなく転生者が、それも地球の、日本からの転生者がいる。
で、よりにもよって、次に行く国での問題がその転生者の事なのだ。
本気で頭が痛い。
まさか、初めて会う自分以外の転生者が、国を揺るがしかねない問題を起こしているのだ。
と言うか、このタイミングで俺に話が来る時点でお察しの通り、最悪な事にヒューマン至上主義者どもと繋がっていやがる。
何をやっているんだと、実際に会ったら掴み掛って怒鳴りつけたい。
本当に、面倒な事は全て各国のトップに丸投げして、今回は俺たちは楽をさせてもらうつもりだったのに、どうしてこう、次から次へと面倒な問題ばかりが出て来るのか・・・。
だけど、放っておく訳にもいかないので、俺は次の厄介事、初めての転生者との邂逅に向け、準備を進める事にした。




