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「歴史の改ざんは、自らの国が亡びる混乱の中で逃げ出し、生き残っていた旧皇帝キールによって実行されました。そして、彼がこの社会に残した爪痕は、他にも多く残っています」
それこそが、俺たちが慌てて動き出した最大の理由。
本当に、この救い様のないほどにお愚劣な転生者は、一体どれだけの問題を残していけば気が済むのだろうか?
出来る事なら二万年前に言ってこの手で始末してしまいたいほどだ。
そもそも、わずか十年程度でヒューマンの統一国家を造り上げたのも、150億を超える人口があったとはいえ、40億もの大軍を組織し、その半数を侵略に向けられた事実自体がおかしいのだ。
それには当然カラクリがある。禁じられた洗脳魔法を使って、自分の思うが儘に他者を操っていたのだ。
だからこそ、十年程度で大陸を統一し、40億もの大軍を揃えることも出来たのだ
洗脳魔法を使えば、侵攻する国を内分から崩す事も、無抵抗に降伏させてしまう事すら可能だ。
同じ様に洗脳魔法を駆使して冒険者から引退した実力者まで、余剰戦力も含めて根こそぎかき集めて徴兵したからこそ、40億もの戦力を揃えられたのだ。
これも要するに、自分の自由ににならない、或いは反抗する可能性のある戦力があるのが許せなかったとかの身勝手な理由からだろう。とりあえず、グランレイザー帝国の統治下の当時、ヒューマンの冒険者は一人たりとも居なくなり、同じくヒューマンの冒険者ギルドも機能不全を起こしたのは事実だ。
いずれにしても、その全てが許されざる暴挙である事に変わりはない。
それにしても、三万年前の転生者といい、この救いようのないバカといい、転生者の起こした惨事は本当にシャレにならない。
いや、三万年前の転生者はまだ良い。彼の場合は、この世界を思うがために魔域を開放したのだ。
その結果、あんな大惨事が起こるなんて夢にも思うはずがない。
だけどこのバカは最悪だ。
本当に世界に害悪しかもたらさない。そして、最後の最後まで、自分の思い通りにならない事に怨嗟を漏らしながら朽ちて行ったのだから、救い様も無いどころじゃない。
本当に、なんでこんな奴がこの世界に転生したのだと思う。
そう言えば、日本の小説サイトでの定番的な設定で、ゲームの世界にでも転生したと勘違いしたバカが、自分が主人公で何をしても許されると思い込んで、好き勝手に暴虐を繰り返した挙句にざまぁされるものがあったけれども、現実でやられると本当にシャレにならない。
しかも、こいつの場合は結局ざまぁされていないのも腹立たしい。
好き勝手に世界を混乱させた結果、結局は思い通りにならずに地位を追われ、全てを失って失意の内に死んだのは確かだけども、死ぬまでこの世界に毒を撒き散らしながら、最後まで罪を償いもしなかったのだ。
「その一つがヒューマン至上主義。この他種族との関係改善を困難にする一番の要因とも言える思想を、ヒューマンの社会の中にガン細胞の様に生み出したのもキールです」
Sクラスの実力者であったキールは全てを失って生き延びた後にも長い時が残されていた。その長い時間を使って、ヒューマンの社会の中に至上主義の、他種族への偏見と侮蔑の毒を蔓延させていったのだ。
「それだけではありません。彼は封鎖されたヒューマンの社会と細々と繋がりを保っていた交易ルートの一部から、他種族へのヒューマンの悪評も広めていったのです」
ユグドラシルやレイザラムで何度か感じた、ヒューマンを侮蔑する風潮。それすらも一部はキールの、救いようのない転生バカの手で生み出されたものだったのだ。
本当にどうしようもない。
どうしてこんなマネをしたのか、判ってしまうからこそ呆れ果ててモノも言えない。
「何故、そのような真似をするのだ?」
「簡単です。それは自分を否定した世界に復讐するため。自分の思い通りにならない世界など滅んでしまえば良いと思ったのでしょう」
アレッサが断言すると、言葉も無いとばかりに絶句する姿が何人か見える。
まあそうだろう。まさか、世界そのものを亡ぼしかねない大罪を犯しながら、なお、自分の思い通りにならない世界への憎しみに駆られて、ただその為だけに一生を費やしたというのだ。
凡そ、普通の人間に理解できるものではない。狂人というだけでは済まないだろう。
そして、今このヒューマンの社会は、二万年の時を経て、この狂人が生み出した毒によって最悪の事態へと進みかねない状況に陥っている。
「そして、それは既に一部で現実のものになりかけています。再びこの世界は戦火に呑まれ、数え切れない犠牲の果てにヒューマンは滅びる。そんな最悪の事態が現実のものになろうとしているのです」
更に続けられた言葉に、事情を知っていた者ですら戦慄する。
そう、本当に気が付けば世界はそこまでシャレにならない事態に陥っていたのだ。
しかも、その一端が俺にもあるというのだから怒りで頭が沸騰しそうだ。
「バカなっ!! そんな事があるはずがないっ!!」
「ありえないっ。おかしなことを言わないでもらおう!!」
一瞬の静寂を破って怒号が響き渡る。
信じられない気持ちは判る。俺たちだってある程度の真実を知っていながら、ユグドラシルに行くまでここまで事態が深刻化しているとは、夢にも思わなかったのだから当然だろう。
「信じられないのも当然です。ですが、現実に戦争を起こそうと画策する者がいるのです」
そう、今この世界に再び戦果を起こそうと暗躍する。現実を知らないあまりにも愚劣な者たちが確かに居るのだ。
いうまでもなく、ヒューマン側でそんなバカな真似をしているのは至上種記者のアホウ共だ。
あの信じられない愚か者共は、ヒューマンのレジェンドクラス候補の俺が現れた事に希望を見出し、俺を旗頭に他種族への戦線を開こうと画策し、暗躍を続けているのだ。
そして、他種族の中にも小さいけれども、これ以上ヒューマンを野放しには出来ないと、実力を持って排除するべきだと主張すし、本格的に動き始めている者も現れている。
そして、この流れを助長するのが、二万年に及ぶ断絶が生んだ不信と不満だ。二万年という時の中で確実に社会の中に蓄積していった反発する感情。既に互いの事を知らない未知のもの通しになってしまったに等しいからこその恐怖。
それらが、一度着いた小さな火を一瞬の内に全てを焼き尽くす劫火に変えてしまう。
或いは、国交を断絶していながらも細々と続いていた交易ルートさえなければ、本当に何の交わりも無く全ての関係が耐えていたのならば、ここまで事態は悪化しなかったのかも知れないとも思う。江戸時代の鎖国制度化の長崎の出島の様な、明らかに違うが、まあそんなものが残っていたのも問題だったのか・・・。
「そして、当然ですが一度戦火が開かれれば、戦いはそれを画策した者たちの思惑を超えて、最悪の事態へと発展していってしまいます」
ヒューマンの絶滅程度で済めばまだマシだ。最悪の場合は世界そのものが滅びかねない。
そもそも、この世界の最大の脅威であり、人間同士の戦争が起きない理由でもある魔物の侵攻を忘れて、目的の為に争いを起こそうなどというのだからどうかしている。
しかも、明らかに魔物の脅威が増している中でだ。
「既にお判りの様に、近年、魔物の侵攻が激しさを増しています。このような状況で戦火を広げるなどの暴挙に出れば、一体どのような惨劇に繋がるかお判りのハズです」
アレッサの話に言葉を失っている面々に、有無も言わさぬ覇気を込めてたたみ込む。
現実を知ってもウダウダと思い悩んでいるような余裕はない。ここに集まっているのはヒューマンの国々のトップなのだ。彼らにはこの会議が終わったら早急に事態の阻止の為に動いてもらわないといけない。
確実に、今回の一件はどうあっても相当数の死者を出すだろう。
犠牲を出さずに終わらせられる段階を既に超えている。
少なくても至上主義者の、戦争を引き起こそうなどと画策しているバカは一人残らず殲滅しないといけない。
仕方のない事だと判っていても少し気が滅入る。
それに、今回は俺たちも実際にこの手を血に汚す事になるかも知れない。
魔物との戦いに身を置きながら今更ではあるけれども、人を殺すのは初めてだ。
それも、この世界の社会システムに起因するのだけども、この世界ではファンタジーの物語では定番の盗賊などはそもそも存在しない。
そして、人間国同士の戦争など数千年単位で起きていない。
だからこそ、この世界では、剣と魔法の世界であり、常に戦いが絶えない世界でありながら、対人戦闘が非常にまれである。人を殺すような事態になる事がほぼ皆無なのだ。
だから、実際に人を殺す事になるだろう今の状況はかなり緊張している。
実際にこの手で人を殺せるかも判らない。
「だからこそ、最悪の事態に陥る前に、そして二度とこのような事が起きない様に、早急に障害を排除し、他種族との関係修繕を進めなければいけないのです」
たけど、手を拱いている暇はない 早急に動かなければならない程に事態は切迫しているのは確かなのだ。
今回のユグドラシルとレイザラムへの訪問で、他種族側の動きはもう殆ど抑えられた。
と言うか、何時の間にやら色々と利用して、ユリィたちの父親たちが動いていたのだ。
だから、後は事ら側の問題を解決すればいいのだけども、早急に問題を解決して、速やかに関係改善のための準備を整えないと、せっかくの機会が無駄になってしまう。
本当にやってくれるというべきか、メリアス王とレギン王は俺の来訪を利用して、ヒューマンとの関係改善のための機会をつくる下準備を進めていたのだ。
だからこそ、それが無駄にならない様に、速やかにこちらも準備を整えて、速やかにこの機械を活かさないといけない。
そうしなければ、関係の改善に臨む機会が失われて、また次の機会をつくるのにどれだけの時間がかかるかも判らないからだ。
要するに、俺は二人の王から時間制限付きの課題を押し付けられたも同然なのだ。
しかも、拒絶不可能なのがある意味でタチが悪い。
とは言え、確実に全面的にこちらが悪いのだから、文句の付けようすらない。
まあこれは、俺を試すための試練と言うよりも、純粋に好意なのでありがたく受け取って、最大限に生かさないといけない。
そんな訳で、この機会に他種族との関係改善の一歩を踏み出すのは決定事項なのだ。
ぶっちゃけ、このチャンスを逃したら、付ぎの機会が何時になるかなんて判らないどころか、次の機会があるかすら怪しい。
ついでに、この機会を活かせないと後々で面倒な事になるのが決まっている気がするので、俺の平穏の為にも面倒事はさっさとかたずけてしまいたい。
「今日、この場がその為の重要な会議の場である事をまずはご理解いただきたい」
説明役をきちんと果たしてくれたアレッサに礼を言って下がってもらい、会議の再開を促す。
これから先はもう俺の出番はない。完全に政治的な問題を孕んでいるので、ここに集まっている面々に頑張ってもらって、その上で各国の努力に期待しよう。
現実的な問題として。今日、この会議に出席した時点で、このメンバーは他種族との関係改善のために全力で挑むしかないし、それはこの会議に出ているメンバーの母国にしても同じだ。
この会議には六十を超える国が出席しているから、その全ての国が全力をもって問題解決のために動き出すのは実に心強い。
会議に出席していない国もあるけれども、その国はこのまま動き出す社会の中で、何もせずにいれば、実際に他種族との関係が修繕した後での立場が弱くなるのが確定しているので、むしろ、情報を入手してら慌てて積極的に動き出すだろう。
そんな訳で、ここまで来れば俺たちが特に何もしなくても、かっっ国が動いて問題解決の手目の道筋は出来ていくだろう。
後は、細かい問題や厄介事を潰すために細々と動くだけで、問題なく関係改善へと動いて行くはずだ。
これで良しと、どうやって自国内の範囲勢力を一掃し、互いに連携して事態を動かしていくかを話し合う面々を見ながら、ミランダと上手くいったと頷き合う。




