「アンタ達はあれか、バカなんだろ?」
裏路地を進み、その先の大通りを15分くらい行った所にカオルとリューネスはいた。
二人は、通りに面した店の前に来ていた。
店の名前は『奴隷商会アハト』。
ショーウインドウに、マネキンのように並べられる奴隷やら、買い取りの書かれた値段の看板なんかは無い、ただの雑貨屋のようにしか見えない外観だった。
いたって普通。普通すぎてこの通りで浮いてしまっていた。
隣にある魚屋がやっている『魔魚解体ショー』の方が目立つ。
人だかりが出来るほどだ。
しかも、この裏通りには、人さらいや、通り魔、強姦など日常的に発生する。
そんな一癖も二癖もある物騒な連中がうろつく場所なのに、魔魚を捌くのは年端もいかない可憐な少女という意外性。
見物にくるほとんどの連中は表通りを歩いたら、目立つに違いない人相ばかり。
そんな異様な光景を見ていたカオルは、時折上がる歓声に呆気に取られる。
「おい.....ほんとにここなの? だって奴隷商売だよ? 俺を召喚した国ですら日夜問わず競りが行われるあれだよ? 実は隣の店の奥にある隠し通路を越えた先の扉の向こう、とかって線はないか?」
「ここに決まっているのよ、隣は唯の魚屋よ.....どこにもそんな兆候がある店には見えないのよ」
ため息をつくリューネスは、隣の店の看板を指した。
存外に怪しいところは無いという。
驚くカオル。
「奴隷商が全部繁盛しているわけでもないし、それにあの看板娘かなりの実力者なのよ」
ちらっと視線を向けたリューネスは、そのままドアを開け、中に入っていった。
「え?」
再び解体ショーをする少女に目を向けるが周りの人に遮られてしまったカオル。
「そんな馬鹿な」そう呟き店に続いていく。
パタンと、閉められた扉の外では、騒ぎが最高潮に達したようだ。
「すげーぞ嬢ちゃん!」
「おいおい、手刀かよ?おらぁビックリしたぜ」
「【魔魚ブレイドメイル】がスパスパと......暗殺ギルド(私たち)に勧誘したいわね」
「バカいえオカマ野郎、って おお!?そいつは【オリハルゴツボ】捌くってのかリトルガール!!」
「やっちまえ、いいや、見せてくれ嬢ちゃん!!」
「捌けたら買ってやるぜ」
「なら俺は、ぶつ切りを買うぜ」
「ばか、男なら大人買いだろうが!!」
ざわざわと盛り上がりを見せる魚屋に、気を取られる客達が増えていくのも、時間の問題だろう。
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カオルが、店のドアを閉めると騒がしかった音が聞こえなくなった。
この店は防音なのだろう。
色々な商談話や、取引を聞かれるわけにはいかないための設備だ。
店内の広さは、外観の建物と変わらない大きさだった。
強いて言えばコンビニの店内くらいだ。
店の奥には本棚がずらっと並び、木材で出来たカウンターがあり、その横の壁には使い古された武具が立て掛けられたり転がってたりする。
カウンターを挟む形で話し合っているリューネスとその相手にカオルは近づいていった。
「そういうわけなのよ」
「そうかよ、ダンナのお客さんかよ......」
「そういうわけで店長を呼んで欲しいのよ」
「いや、目の前「リューーーーネス、やっぱり唯の雑貨屋じゃねーか」
いままで経緯を説明し店の主に用があると言うリューネスに、目尻をピクピク動かす小柄な人物。
カオルはリューネスに近づきながら声をかけ、リューネスと話す人物を見た。
「ん? 子供か......」
「......」
目の前で俯き、小刻みに震える少女は握りこぶしを作っていた。
カオルの前にいる少女は、隣の魚屋の解体ショーをしていた人物と同じくらいの見た目だったのだ。
この少女、名を『アハト』といい、ここの店の店主で、年は20後半、奴隷達を管理する奴隷商であるが、残念なことに初対面の二人には、純粋に店番をする子供に見えていた。
それくらいなら、アハトは慣れっこだ。
『朝飯屋』なんて変わった店をする知り合いが連れてきた奴は、大抵そういう反応をするのだ。
しかし、しかしだ、アハトの目の前にいる超絶美少女で同性のアハトでもうっとりしてしまう外見の連れが、こともあろうに、この裏通りで一番有名な奴隷商のアハトの店に暴言を吐いたのだ。
アハトのプライドを大いに傷つけた一言だった。
咳払いをして注目させたアハトは、暴言を吐いた隻眼隻腕で珍しい髪と眼を持つ青年に、怨念の篭った視線を向けた。
「言っとくけどあたしが、ここ『奴隷商アハト』の店主で超有名奴隷商人のアハトだ、覚えとけよ」
ポカンとするリューネスとカオル。
そんな様子に、少しは溜飲が下がったアハトは商売の話を始める。
アハトは、どんなやつが相手だろうと面と向かってバカにすることはしない。
ここ裏町では、どんなやつ相手でも商売をしなければならない、さらってきた奴隷をここで売っていくこともあるし、そんな奴隷を買っていき使い潰しているような悪党もいるが、正義感だけで反抗的な態度を取っては、やっていけない。こちらはお金を受け取って、その金で生活しているのだ。
しかし、
「すまん、もっかい言ってくれ」
目頭を押さえるアハトにリューネスが言う。
「だから、奴隷紋を隠す魔道具を売って欲しいのよ」
「ちなみに俺が使うんだがな」
「引っ込んでろなのよ、クビ勇者」
「いや、俺を奴隷としてつれて歩くお前なんて男尊女卑の世間じゃ白い目で見られるね」
アハトは言い争いをする二人に手で制止を促す。
「奴隷を買いに来たじゃなくて、自分の奴隷紋を隠すためだとはな.....」
二人に目を配らせた。
「まぁ、誰が使おうがいいんだが、金あんのかよ? たけーぞ」
訝しむアハトに胸を張るリューネス。
「もちろん全財産で払うのよ、こいつが」
「.....まぁ、結局そうなるな」
納得いかなそうな顔をするカオル。
ならばと告げられたアハトの提示額に驚く二人。
「そ、そんな馬鹿な、昔にそんな金があったら遊郭で三日は過ごせたのに」
「たっか! って、ちょっと待つのよ? あの時ドンだけ遊郭で使ったのよ!? 」
アハトは「遊郭で三日....」と呟きながら、払えるのか再度問う。
無論リューネスとカオルにそんな大金は無い。
払えても3分の1くらいだ。
そんな二人の結論は......
「しかたない諦めよう」
そういうカオルに何やら手計算をするリューネス。
「裏通りの悪党一人5000くらい、30人くらいで.....いや大物を入れれば、よし!!」
「何がよしだ.....」
「裏通りの悪党を捕まえまくるのよ、隣の魚屋の客を全員しょっぴけば行けるのよ」
「なるほど、その手があったか、あいつら顔から凶悪だからな」
うんうんと頷くカオル。
そんな会話をする二人に、あきれたアハトはポロっと本音を洩らしてしまう。
「アンタ達はあれか、バカなんだろ? 」