「私はご主人様(神)でカオルは奴隷(犬).....それが最高の形なの」
店主がニヤリと笑みを浮かべるだけで、カオルの質問には答えなかった。
カオルの隣で、すぐさま店主に向かって暴虐を行おうとしているリューネスを宥めつつ考えた。
カオルがこの街.....いや、人が集まる場所に来たのは2年振りの事だ。
その2年間の間、カオルは人里に姿を見せることがなかった。
カオルも2年前の出来事から自らの傷を癒さなければならなかったし、あの時に、カオルを勇者足らしめていた宝具の一つである『聖槍』も失われている。
それにより、カオルの身体能力は、カオルの故郷である日本で行われる17歳の男性平均身体能力と大差がないくらいに落ちていた。
いや、元に戻ったと言う方が適しているのだ。
すべては召喚時に【勇者】の称号と同時に手元にあった『聖槍』のお陰だろう。
カオルやその後輩を召喚した国では、宝具またの名を国宝と呼ばれるモノが4つあり、国をあげた異世界勇者召喚にて、その4つの宝具を媒体にして召喚が行われる。
それにより、召喚された異世界人は宝具の加護を得て、魔物を滅する力・魔力などを与えられるのだ。
それが【勇者】だ。
呼び出されたカオルと後輩は、召喚当時は荒れていたが、一ヶ月、二ヶ月と時間が経つにつれ、その状況を受け入れるしかなかった。
帰れない故郷。
突然の召喚。
はじめての命のやり取り。
人を傷つける訓練。
魔物退治。
貴族のいやがらせ。
傲慢な妬み。
奴隷という存在。
人間とは違う種族。
どれもが初めてで、どれもが度しがたく。
それでも、何だかんだやってきていたのだ。
始めはカオルと後輩のふたり。
段々と信頼できる仲間も出来た。
今もカオルの隣にいる奴隷のリューネス。
召喚者の王子。隣国の姫。小さな村の薬剤師。国の騎士団。
彼らともよく話をして、上手く連携し、助け合い。
魔王に支える魔族の四天王の一人を倒す事まで成し遂げていた。
それが2年前のことだ。
しかし、状況は一変した。
幹部を倒した一行は、魔族・魔物蔓延る≪ヘルベウス大陸≫を一旦引き上げ、この国に戻った。
物資の補充と成果の報告。
そして行われる凱旋パレード。
カオルは表舞台を嫌い。
極力人前には姿を見せないようにしていた。
別に極度の上がり症ということはなく、ただ、居心地が悪かったのだ。
王子の邪魔物を見る目。騎士団の当たり。
折角死にもの狂いでやっても、当たりがひどくなるばかりで、やってられなかった。
それでも、やり続けたのはカオルでも不思議だったが、やはり助けられた人に感謝されるのは悪い気がしないし、一緒に召喚された年下の女の子に無様な姿など見せたくなかったのかもしれない。
凱旋のメインは勇者一行だったが、その主役の場所には後輩一人にスポットライトを当てており、カオルはおまけに過ぎない扱われ方、寧ろどっかに行ってろ、と言われているような気がして、いつも夜会や祝勝会、果ては世界新聞と言われるメディアに出ることを、絡まれたくない一心で避けまくっていた。悪いと思いつつも、カオルがある国で半ば無理矢理仲間にしたリューネスには付き合わせて悪かったとカオルは思っている。
そして、2年前のある日に王都で事件が起こったのだ。
騎士団の裏切り。
魔族との内通。
死んだ筈の四天王。
裏路地での人質をとられての戦闘。
四天王と壮大な相討ち。
そこでカオルの意識が途絶えた。
カオルが次に目を醒ましたのは月明かりに照らされるリューネスの泣き顔。
深紅の瞳。
いままで見たこともない魔力を纏う彼女。
そしてまた眠りについた。
次に起きたのは事件からなんと1年後だった。
動かない体。
不気味な霧が覆う山の山頂付近の山小屋。
一年経っていると聞いたカオルは、事のあらましをリューネスに説明してもらい。
リューネスの手の甲に宿る奴隷紋の意味。
自分が死の縁からよみがえった理由。
そして、いままで正体を隠していたリューネスの秘密を知った。
その後、1年掛けて、自らの体の状態を理解して、戦闘訓練、魔法訓練などを行っていった。
それから......ある約束を期に、山から近場の国ジグワールへ、町をいくつか回った後来たのである。
2年間も姿を消していたカオルとリューネスは、2年前の事件の濡れ衣を着せられて驚いて、でも何故か『......そうか』と諦念のカオルと、近づいたら暗黒の闇に呑まれそうな、どす黒い何かを影から噴出させ『コロスコロス......』と呟くリューネスの二人の顔写真だけは載っていなかった。
たぶんメディアに出なくて、知名度も美少女勇者に取れていたため知られていなかったのだろう。
その結果、カオルとリューネスの容姿、姿が世界に広まることはなかったのだが......
「.........」
色々と考えて黙り混むカオル。
そんな様子を気にすることなく、焼き上がった野菜炒めをさらに盛り付けて、カオル達の前に出す店主。
「はいよ、お待ち......って嬢ちゃん恐いって、別に俺はこの情報を国に売ろうなんて考えてねーよ」
「.......信用できないのよ」
カオルの手前、手を出さないリューネス。
つまり、カオルがいなければ問答無用で殺っていただろう。
「いい?まずどこでその情報を手にしたのか?次に誰に漏らしたのか?最後に、死ぬ前に言いたいことはなんなのか?教えてほしいのよ」
「リューネス、気持ちはわかるが、殺すのはダメだ」
カオルは今にも殺そうとしているリューネスを止めた。
リューネスは、舌打ちをしてそっぽを向く。
リューネスはここで情報源を特定して根こそぎ始末しないと、あの国の連中が追ってくるからこその判断だが、そんな状況でもカオルは、しっかりと判断もしない内に人を殺すなという。
リューネスが自身の正体を明かした後も、カオルの体にしたことを言った時も、怒らないカオルだが、リューネスがカオルの目の前で、人族を殺そうとするときだけは怒るのだ。
「相変わらずのアマチャンめっ」と、むっとするのも仕方がないだろう。
「オヤジ、どうして分かったかだけでも.....さ」
リューネスに厳しい目を向けていたカオルは、リューネスから殺気がなくなりホッとしつつ、今度はオヤジに頭を下げた。
カオルにしてもリューネスのやろうとしたことは間違いではないことはわかっているのだ、ただこの店主は悪いようには見えなかったのだ。
これでもし、原因がカオルが情報を止めないことで追いかけられるような事が起こったら、リューネスに折檻されるのは間違いない。
店主はカオルとリューネスのやり取りを見てポカンとしていた。
カオルが不思議に思い、見上げるとやはり固まっていた。
「.....あぁ、いや、手配書は嘘ばっかだな、と思ってな」
「はっ、なんなの誰が信じるの」
リューネスは余程腹に据えているようだ。
店主は料理をし終わって手を止めていた。
「まぁ、おれも信じちゃいねーが、嘘とも判断出来ねーからな」
「『魔物をけしかけ、恋敵の王子を亡き者にしようとした』とか」
「そうそう、『奴隷を道具のように扱う極悪非道』とかあったなぁ」
リューネスと店主は腕を肩まであげ、やれやれ、といっていた。
カオルは素晴らしくシンクロしている二人を見た。
(なんだよ、おまえら仲良いな.....さっきのは何だったんだよ)
「で、オヤジ、なんで分かったのかは.....だめか?」
カオルは隻腕で眼帯を弄りつつ聞く。
店主はさっきと違いニヤニヤじゃなく、カラッとした笑顔で答えた。
「ああ、いいぜ」
「助かるな」
「......頂いたら(情報)、殺しますか?」
「いや、殺んないよ!?なんでそうなるだよ」
真顔で言うリューネスにカオルは突っ込みをいれる。
―――――――――――――
店主はカオルとリューネスを指差してもっともなことを言った。
「まず、奴隷の相互契約を結ぶやつなんて存在しない」
「うっ、それはそうか.....」
つまるカオルにリューネスが言い返す。
「そうですか?奴隷契約は誓いの神『ソリオリオ』によって紋章を刻まれるものです、お互いに誓うか、奴隷が主人を下克上すれば可能ではないですか?」
「誓いの神の契約は確かに反故にできないし、契約の解除も出来ない、神が裁定することに間違いなんて起きないから、あり得るのはその二つだな」
店主はリューネスに賛同しつつ「だが.....」と続ける。
「奴隷が主人を下克上して契約させるのは不可能だぞ」
「......」
「まぁ、嬢ちゃんも心当たりがあるようだが、奴隷は主人に絶対服従なわけじゃねー、確かに生きていくためには養って貰ったり、働いたりするわけだが、それでもある程度の自由は赦されるわけだ、あれだな、主人をトップした団みたいなもんだな」
「表面上はね....でしょう」
リューネスは皮肉に笑う。
「嬢ちゃんは違うみたいだが、でもって奴隷はなぜ主人、この場合奴隷紋の持ち主と言っておくか、それに従うのは......買ってくれたから?好きだから?恩や愛情もあるだろうが、殆どの奴隷は生きるためだ」
そう言って、店主はカオルとリューネスの手の甲にある奴隷紋を指差す。
お互いの手にある奴隷紋は形が違う、これは一人一人違う家紋のようなものらしい。
「それが原因だよ、あんた達は使ったことあるのか?」
「一週間に2回の絶対命令権.....」
「これ、抵抗するの心臓を捕まれるくらい痛いのよ.....」
リューネスは使われたことがある、奴隷商でだ。
カオルは『お願い』はするが使ったことはない。
「いいか、それは人権を無視した狂気のシロモンだ、奴隷にとっては生殺与奪の権利を奪われているに他ならないし、命令で『死ね』と命じ、抵抗する様や懇願する様を眺める悪趣味な主もいるんだ。そのまま殺される奴隷もいる、故に主に気に入られようと奴隷は必死になるのさ」
胸くそ悪い話だが、今の自分も立場は変わらないとカオルは思う。
カオルは放置されていた野菜炒めを摘まみつつ、思ったことを言う。
「いや、それがどう関係あるんだ?」
「カオル、奴隷の心が折れたら下克上なんて出来ないでしょう?つまり、いま私たちの状態をあり得ないと言ってるのよ」
「ん?ああそうか、そうなるのか.....」
納得するカオルを呆れた目でみるリューネス
「で、一番大事なのは、契約の義は魔力をものすごく使うんだ、奴隷商の所は3人の契約師が協力するから問題ないが、奴隷になる連中にそんな膨大な魔力を持ったヤツがいると思うか?」
「......確かに.....ん?」
カオルはなにかに気づき隣を見るがサッと顔逸らされた。
(まぁいいか)
「奴隷の解除は出来ないんだよな?」
「できないな、さらに言えば王族でも魔族でも人間でもハーフでも得るエルフでも、どんな理由があれ奴隷に落ちたら、そいつらの過去は無いようなもんだ。簡単に言うと種族【奴隷】になっちまう」
「......過去を消されるのか?社会的に」
「そういうこったな、嫌な話だが、良いこともある」
カオルはそう言われ、あることに思い至る。
カオルはリューネスの奴隷になったがその契約は魂に及ぶものだった。
べつにリューネスに感謝することはあれ恨んではない。
そして、追われる身の【勇者】カオルはもういないことになるのではないか?
「気づいたか?つまりだ、今のあんたは唯の奴隷だな.....」
「ということは【勇者】カオルはもうこの世界にはいない扱いでいいのか?」
「そういうこった、だから情報にもならんし、売る気もない」
カオルは屈託なく笑う店主にため息をつく。
金にならんと笑う店主だが、それはさすがに嘘だろう。
あの国はそんな理屈で諦める国ではない。
国というか王子というか。
(見逃してくれるならありがたいな......しかし、なぜだ?)
カオルは首を傾げているとリューネスが斬り込んだ。
「もしかして、昨日闇奴隷商に捕まっていた『心眼』をもつ少女の関係者だったりするのかしら?」
たしかに昨日の深夜、徒歩移動にめんどくさくなったカオルとリューネスは、闇奴隷商人に捕まる逃亡奴隷のふりをしてこの街の近くまで運んで貰っていた。
その後、お駄賃がわりに、連中を根こそぎ捕まえ憲兵に引き渡したのが深夜の三時くらいだろう。
その時、一緒に捕まっていた中に珍しい目をもつ少女がおり、カオルとリューネスのことを見抜いてしまったのだ。『心眼』の効果は対象の心の記憶.....つまり印象に残っていることの一つを読み取るもので、勇者だとばれてしまったのだ。
店主は苦笑いした後恥ずかしそうに頭を下げる。その際肩が震えていた。
「......まぁ、そういうこった、娘が世話になったな、正直助かったよ。奴隷になんてされたらと思うと俺は死んでしまうかもれねーからな」
つまり、この店主、帰ってきた娘から容姿を聞いていたのだろう。
それで、奴隷と奴隷紋をお互いにもつカオル達を、気にせずに出迎えてくれたのかもしれない。
カオルはそう思った。
店主が顔挙げたときにはにっこりと笑っていた。
さすが商売人だな。
とカオルは思う。
「しかし、あんた達は目立ちすぎる、奴隷の首輪、白髪赤目で美少女、黒髪黒目の隻眼隻腕の青年という目立ちすぎだろう?隠れる気あるのか?」
「......おい、リューネス、お前行けるって」
「そんな、私の美貌のせいなの!?」
照れるリューネスに殺気を込めた視線を送るカオル。
そんなふたりにため息をつきつつ店主は提案した。
「俺の知り合いの奴隷商が、首輪の代わりのものを売っていた筈だ、片方は主人の振りしていたらどうだ?」
目を見開き、うなずく二人。
いったい、どうして考えが浮かばなかったのか、やはり2年もの山の生活で常識がそこそこ抜けているのかも知れなかった。
「俺が主人でリューネスは奴隷、これセオリーだろ?原点復帰?」
「私がご主人様(神)でカオルは奴隷(犬)....それが最高の形なの」
「おい、なんかすごいこといってねーか?」
「気のせい、さっそくその商人のところにいきましょう?」
席を立ち上がる二人に店主は最後に声をかけた。
「うちの娘が冒険者ギルドにいるから、融通してくれるはずだ行ってみろ」
「ああ、そうする」
「おいしかったわ」
そういってお金をおき、カオルとリューネスは離れていった。




