「ドラゴンゾンビの肉でも喰えばいい」
静かな朝。
まだ日は出たばかりだ。
朝靄が公園を包み隠している。
公園のベンチには一人の青年。
歳は18くらいだろう。
大人びているようで、でも幼くも見える。
髪は黒く、この世界では珍しい。
朝靄の中、見上げた空は、なんとも言えないぼやけた風景。
青年は苦笑いをした。
「静かだな.....ああ、空気も美味しい」
ベンチに寝転がり片腕で枕を作る青年は、仰向けのまま、ぼ~~としていた。
しばらくして、靄のゆったりとした動きを目で追っていた青年の視界に影が射す。
青年はそちらに視線を送り、再び空を見る。
「よっ、良く眠れたか?」
「はぁ....私的には今から就寝したいのよ」
青年の声に、ため息と鈴の音のような声。
青年は「それは違いないな」と言って声の主に席を譲るため身体を起こした。
「ん、」
どさっと、隣に腰を下ろす彼女に慎ましく出来ないのか......と非難の眼を向けるが、青年は諦める。
いつものことらしい。
隣に座る彼女は、病的な程に真っ白い肌に真っ白い髪。
髪はさっぱりしていた。
短髪と呼べるのかもしれない。
彼女が青年の視線に気づいたのか、不思議そうに青年を見た。
「なに?」
「ん....なんもない、なんもない」
見つめられる紅い紅い宝石のような瞳に、吸い込まれそうな感覚に襲われながらも、青年は手を振る。
「ほら、情報紙!」
「おお、さんきゅー」
彼女は気にせず、「あっそ」と言った後手に持っていた紙の固まりを投げて寄越す。
青年はそれを受け取り、子供のように嬉しそうにしていたのが、目に入った彼女はちょっとイラッとした。
(まさか、私よりこっちの方が優先度高いの?うそよね?)
「さてさて、情勢は変わったかね?」
恨めしい視線を送る彼女を気づかない青年は、片手でバサッと情報紙を広げた。
青年は真剣な眼差しで読み始めた。
若干の幼さが残る青年の顔にあるモノに、彼女は気づいた。
「今は朝方なんだから、誰も見てないでしょ?『それ』外して読めばいいのに」
「そうは言われても.....見られたら『また』お尋ね者でしょ?」
「いやいや、眼帯しているだけで目立つのよ?」
「でも、慣れは必要だからね」
「もう2年経つのに?」
「たつのにさ」
彼女の声に空返事しながら、読みふける青年。
彼女は何を毎日真剣に見ているのか気になるが、聞きたくもないとも思っていた。
「あれ?」
青年はふと気づき、枚数を確認していた。
「ん?んん?」
情報紙が不自然に枚数が足りないことに、気がついたらしい。
彼女は、やはりこっちの事なのか.....とため息が止まらない。
彼女が隠したのは勇者通信。
最近の勇者の近況が乗っているものだ。
『襲われた港町を救う!!』
『アスター王家の夜会に出席!?』
『孤児院に多額の寄付!!』
などが見出しに乗っており、写真も大きく写っている。
黒髪のロングヘアーの小柄な美少女。
大人びたドレスを着こなしている。
彼女は見せたくなかった。
いっそ捨てればよかったと暗い感情がもやもやと溢れてくる。
「なぁ、リューネス....一枚ない」
「休載だったのでしょう?」
「んなわけあるか」
やはり、そう騙せない。
彼女.....リューネス・メメリアは隠していた情報紙の一枚を渋々渡した。
「カオルはもう勇者を辞めたじゃない、見てどうするのよ」
リューネスは聞こえるか聞こえないかの音量で「空しいだけじゃない」と呟いた。
「う、うぅ~ん....」
青年は困ったように眼帯を唯一の手で引っ掻いていた。
青年の名はカオル.....紫藤薫という4年前に、日本という国がある異世界から召喚された勇者の一人だった。
今では、勇者の証の一つである聖槍を手放している。
「見てどうするって.....どうもしないさ」
困ったように笑うカオルに、リューネスは何故?と思う。
勇者の力を失い、召喚された国からは追放、果ては指名手配すらされているのに。
勇者というものに関わりたく無くなるのではないだろうか?
とリューネスは思っていた。
「そうだな、ただ、あの子に押し付けてしまった感というか.....罪悪感というか」
「何言ってるの?2年前のあのとき!!」
リューネスがあの出来事を思いだし、腸が煮え繰り返った。
「まぁ、まぁ落ち着いて」
あのとき仲間であった人物に裏切られ、魔族をけしかけられたことをリューネスは一生忘れることはないだろう。
カオルは、怒り心頭のリューネスを見て、自らのために怒ってくれるリューネスに嬉しく思う。
カオルもあの出来事は忘れられないし、忘れようもない傷も貰った。
でも、それと『これ』は別である。
今現在たった一人で勇者として活躍する少女。
新聞の一面にでかでかと写る不器用に笑う後輩。
カオルと同じ部活動の後輩の少女。
この世界に迷い混む前の、一緒の帰り道。
4年経つ今でも思い出せる。
けれど.....
(帰る方法なんてないこの世界で、俺達は生きていかなくてはならない)
カオルの手にに力が入り、くしゃりと情報紙の柔らかい紙が折り曲がる。
カオルと同じ境遇だった少女の肩には、俺が今まで受けていた人々の希望も一身に受けているのか、と考えると一緒に背負えなくて申し訳ないと思ってしまう。
できれば共に力を合わせたいが.....今のカオルは足手まといにしかならない。
今出来ることは、こうして後輩の活躍と心配をするだけだ。
カオルはチラリとリューネスを見る。
黙り込んだカオルに不機嫌を隠さないリューネス。
「なに?なんなの?黙って」
(リューネスは強いけど.....アレ以降、騎士団とか毛嫌いしてるし....)
じっと見つめてくるリューネスの頭をぽんぽんと叩いた。
「朝飯を食いにいこう.....腹が減った」
「ドラゴンゾンビの肉でも喰えばいい」
にべもないリューネスの台詞。
「あれはシュールストレミングの臭いするからダメだってか食わすな」
立ち上がったカオルの隣にくっつくリューネス。
「乾燥させればいけるのかしら?」
「おい、マジやめてね?」
震えたカオルの声が、日差しが射し込み始めた公園のせせらぎに流された。