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俺の奴隷の奴隷の俺!?  作者: 流水一
第1話『勇者から冒険者へ』
2/9

「ドラゴンゾンビの肉でも喰えばいい」

静かな朝。

まだ日は出たばかりだ。

朝靄が公園を包み隠している。

公園のベンチには一人の青年。

歳は18くらいだろう。

大人びているようで、でも幼くも見える。

髪は黒く、この世界では珍しい。


朝靄の中、見上げた空は、なんとも言えないぼやけた風景。

青年は苦笑いをした。


「静かだな.....ああ、空気も美味しい」


ベンチに寝転がり片腕で枕を作る青年は、仰向けのまま、ぼ~~としていた。


しばらくして、靄のゆったりとした動きを目で追っていた青年の視界に影が射す。

青年はそちらに視線を送り、再び空を見る。


「よっ、良く眠れたか?」

「はぁ....私的には今から就寝したいのよ」


青年の声に、ため息と鈴の音のような声。

青年は「それは違いないな」と言って声の主に席を譲るため身体を起こした。


「ん、」


どさっと、隣に腰を下ろす彼女に慎ましく出来ないのか......と非難の眼を向けるが、青年は諦める。

いつものことらしい。

隣に座る彼女は、病的な程に真っ白い肌に真っ白い髪。

髪はさっぱりしていた。

短髪と呼べるのかもしれない。

彼女が青年の視線に気づいたのか、不思議そうに青年を見た。


「なに?」

「ん....なんもない、なんもない」


見つめられる紅い紅い宝石のような瞳に、吸い込まれそうな感覚に襲われながらも、青年は手を振る。


「ほら、情報紙!」

「おお、さんきゅー」


彼女は気にせず、「あっそ」と言った後手に持っていた紙の固まりを投げて寄越す。

青年はそれを受け取り、子供のように嬉しそうにしていたのが、目に入った彼女はちょっとイラッとした。


(まさか、私よりこっちの方が優先度高いの?うそよね?)


「さてさて、情勢は変わったかね?」


恨めしい視線を送る彼女を気づかない青年は、片手でバサッと情報紙を広げた。


青年は真剣な眼差しで読み始めた。

若干の幼さが残る青年の顔にあるモノに、彼女は気づいた。


「今は朝方なんだから、誰も見てないでしょ?『それ』外して読めばいいのに」

「そうは言われても.....見られたら『また』お尋ね者でしょ?」

「いやいや、眼帯しているだけで目立つのよ?」

「でも、慣れは必要だからね」

「もう2年経つのに?」

「たつのにさ」


彼女の声に空返事しながら、読みふける青年。

彼女は何を毎日真剣に見ているのか気になるが、聞きたくもないとも思っていた。


「あれ?」


青年はふと気づき、枚数を確認していた。


「ん?んん?」


情報紙が不自然に枚数が足りないことに、気がついたらしい。


彼女は、やはりこっちの事なのか.....とため息が止まらない。

彼女が隠したのは勇者通信。

最近の勇者の近況が乗っているものだ。

『襲われた港町を救う!!』

『アスター王家の夜会に出席!?』

『孤児院に多額の寄付!!』

などが見出しに乗っており、写真も大きく写っている。

黒髪のロングヘアーの小柄な美少女。

大人びたドレスを着こなしている。


彼女は見せたくなかった。

いっそ捨てればよかったと暗い感情がもやもやと溢れてくる。


「なぁ、リューネス....一枚ない」

「休載だったのでしょう?」

「んなわけあるか」


やはり、そう騙せない。

彼女.....リューネス・メメリアは隠していた情報紙の一枚を渋々渡した。


「カオルはもう勇者を辞めたじゃない、見てどうするのよ」


リューネスは聞こえるか聞こえないかの音量で「空しいだけじゃない」と呟いた。


「う、うぅ~ん....」


青年は困ったように眼帯を唯一の手で引っ掻いていた。

青年の名はカオル.....紫藤薫(しどう かおる)という4年前に、日本という国がある異世界から召喚された勇者の一人だった。

今では、勇者の証の一つである聖槍を手放している。


「見てどうするって.....どうもしないさ」


困ったように笑うカオルに、リューネスは何故?と思う。

勇者の力を失い、召喚された国からは追放、果ては指名手配すらされているのに。

勇者というものに関わりたく無くなるのではないだろうか?

とリューネスは思っていた。


「そうだな、ただ、あの子に押し付けてしまった感というか.....罪悪感というか」

「何言ってるの?2年前のあのとき!!」


リューネスがあの出来事を思いだし、腸が煮え繰り返った。


「まぁ、まぁ落ち着いて」


あのとき仲間であった人物に裏切られ、魔族をけしかけられたことをリューネスは一生忘れることはないだろう。

カオルは、怒り心頭のリューネスを見て、自らのために怒ってくれるリューネスに嬉しく思う。

カオルもあの出来事は忘れられないし、忘れようもない傷も貰った。

でも、それと『これ』は別である。


今現在たった一人で勇者として活躍する少女。

新聞の一面にでかでかと写る不器用に笑う後輩。

カオルと同じ部活動の後輩の少女。

この世界に迷い混む前の、一緒の帰り道。

4年経つ今でも思い出せる。

けれど.....


(帰る方法なんてないこの世界で、俺達は生きていかなくてはならない)


カオルの手にに力が入り、くしゃりと情報紙の柔らかい紙が折り曲がる。

カオルと同じ境遇だった少女の肩には、俺が今まで受けていた人々の希望も一身に受けているのか、と考えると一緒に背負えなくて申し訳ないと思ってしまう。

できれば共に力を合わせたいが.....今のカオルは足手まといにしかならない。

今出来ることは、こうして後輩の活躍と心配をするだけだ。


カオルはチラリとリューネスを見る。

黙り込んだカオルに不機嫌を隠さないリューネス。


「なに?なんなの?黙って」


(リューネスは強いけど.....アレ以降、騎士団とか毛嫌いしてるし....)

じっと見つめてくるリューネスの頭をぽんぽんと叩いた。


「朝飯を食いにいこう.....腹が減った」

「ドラゴンゾンビの肉でも喰えばいい」


にべもないリューネスの台詞。


「あれはシュールストレミングの臭いするからダメだってか食わすな」


立ち上がったカオルの隣にくっつくリューネス。


「乾燥させればいけるのかしら?」

「おい、マジやめてね?」


震えたカオルの声が、日差しが射し込み始めた公園のせせらぎに流された。


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