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魔神オークの願い  作者: 馬神大久
第一章 魔神オークの願い
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第五話   ニーナ


 やる気満々のカリーヌに追いやられる様にして進むジジは半ばやけっぱちになりながらも魔獣を葬っていった。兎の森には実に多種多様な魔物が集まっているらしく魔狼に始まり魔熊、魔獅子、魔鷹や魔蜘蛛まで現れた。一つの魔境の中に多種多様な魔獣が群を成して生息している、しかも全て本来の宿主である魔兎を狙って集まってきている訳であり、魔兎とはなんとも哀れな魔物であった。


 ジジは恩師でもあり日頃からお世話になっているカリーヌがこれだけ拘っている以上は前向きに取り組もうと気持ちを切り替える。

 ジジは八角棒を両手で握り締め目の前に現れた魔熊に向かって走り込む。得物に自分の魔力を通して、雄叫びを上げる魔熊の頭上から振り下ろす。魔熊は襲い来る黒炎を纏った得物の速度に反応出来ないままに頭部を潰されてしまった。


「新しい武器にも大分慣れたようですね」


 冷静にジジの振るう棒の軌道を見極めながらカリーヌが話す。魔兎が絡まなければ熟練の霊格者に戻るようだ。


「ああ、本当にいい得物だよ。簡単に魔獣の魔力障壁を突き破れる――というより障壁の抵抗が感じられない程だよ……カリーヌとニーナには感謝してるよ」


 ジジは感覚的にしか認識できていないが、カリーヌの目には魔獣の魔力自体が断ち切れている事が分かった。ジジの腕前が向上してきた結果でもあるが、この黒い炎については早急に調べる必要があるとカリーヌは思っていた。


「私は一家の伝手で武器を入手したただけです。帰ったらニーナに言って上げて下さい」


 ああ分かってる、とジジは頷く。ニーナはジジ達が住んでいるペト村にある霊格者管理局の出張所で受付け業務をしながらジジ達の帰りを待っていた。




 ニーナは霊獣種の血を引くソーロ国の王族の遠い血縁者であり、極稀に生まれてくる変異種であった。これは王族の血縁者に稀に見られる先天的疾患で過去にも数例だが似た症例があった。真っ白な髪と赤い眼を持ち、高い霊格の持ち主ではあったが産まれ付き身体が弱く寝込む事が多かった。

 ニーナの身を案じたソーロの老議会が霊格者管理局に彼女の保護を依頼した結果、歳の近い高霊格者がいるヴァーニンヴァル一家がニーナの身柄を預かる事になった。実際のところ身体が弱く戦力にならないと判断されて引き取り手が中々見付からず、ヴァーニンバル一家が手を挙げると瞬く間に話しが纏まった。

 ソーロ国に近いペト村にいた事もありカリーヌがニーナを迎えに行きそのまま世話役兼教育係となり、過去の症例と彼女の症状から原因を調べていった。カリーヌの見立てでは、ニーナの虚弱体質は慢性的な魔力不足による身体の衰弱が原因と予想された。高霊格者は高い身体能力を持ち健康な者が多いが、これは高い魔力による賜物である。どれほど霊格が高くても魔力を取り込まなければ意味がない。また何らかの要因で日頃から消費する魔力量が多くて補いきれなければ、魔力欠乏症を引き起こす可能性がある。何れにせよ魔力量を伸ばす事ができれば症状の改善が得られる可能性が高かった。問題はニーナの身体が魔獣の狩りに耐えられない事にあった。


 そこでカリーヌはニーナに出張所で一家の専属受付嬢をさせて、体調を確認しながらジジと共に魔窟で魔獣狩りをさせて魔力の底上げを計った。ジジが体を張って魔物を倒し、カリーヌがニーナの体調を見守り支えながらゆっくりと依頼をこなしていった。最初こそニーナの体力が持たず苦労の連続であったが半年もすれば余裕が出てきて、そこからは高霊格者の本領を発揮して急成長をしていった。

 カリーヌは成長してきた二人だけで管理局の依頼を受けさせる事が多くなっていった。曲がりなりにもカリーヌは一家の家長代理の一人でもあり抜けられない任務があったのも事実だが、アイナには悪いがジジとニーナをくっつけてしまう気満々だった。実にエマの予想通りであった。


 ニーナは変異個体であり産まれ付き体が弱かったが霊格は王族の中でも群を抜いて高かった。役に立たない上に扱い難い身の上であった為、国では厄介者扱いする者も多かった。しかしヴァーニンヴァル一家で地力を付けたニーナは高霊格者としてこれから益々成長していく可能性が高い。

 カリーヌとしては、情報を聞き付けたソーロ国がニーナの奪還を目論む前に何らかの手を打って置きたかった。カリーヌとしては手塩にかけて育てている高霊格者であり、仲間としての情も募り手放したくなかった。仮に好条件を得てソーロに帰ったとしても政治的に利用されるだけである。

 ニーナの気持ち次第ではあるが、彼女を手元に置いておく最も簡単な方法としては、ジジとの間に既成事実を築き上げて完全に一家に引き込んで抜けられなくしてしまう事であった。魔核のお札が婚姻関係を認めてしまえば例え国が相手でも手は出せない。王族であろうとも非人道的な無茶をすれば自分達が呪いを受けるからである。


 カリーヌが把握している限りではニーナと子を成せる可能性のある歳の近い男の高霊格者はジジしかいない。ニーナ自身もジジの呪いの効果を全く受けておらず、好意的であった。

 魔の森サバイバルから帰ってきたジジは精神的にも大きく成長を遂げて、一人の男として自立してきている。森での女っ気の無い生活でいい感じに箍が外れかけている。

 となればカリーヌにとって少しだけ後押しするだけの簡単なお仕事でしかなかった。世間から弾かれてるジジと、役立たずと厄介者扱いされて来たニーナ、似た境遇が二人を引き付ける。二人きりで戦い、苦楽を共にして助けあってきた年頃の二人が只ならぬ関係になるのは自然な流れであったのかもしれない。

 アイナは怒ってへそを曲げるかもしれないが、ジジは貴重な男の高霊格者である。今後はジジの成長に伴って周囲の干渉が激しくなり多くの困難が舞い込んでくるだろう。アイナもジジの側にずっといるつもりなら、有能な人材を進んで受け入れて強固な守りを作り上げていくしかないのである。彼女なら成し遂げてくれるだろうと、カリーヌは勝手に思っていた。




 ジジとのデート紛いな魔獣狩りによって体調が安定してきたニーナは、保有魔力の上昇に伴い少しずつ才能を開花させていった。変異種である彼女の持つ特性は、やはり普通の人とは異なっていた。直接に戦闘に役立つ才能は無かったが、少し特殊な刻印魔法が使える事が分かった。


 一般に刻印魔法とは、道具に任意の魔法式を印として刻む魔法である。やる事はただ道具などを魔核と一緒に自身の魔核倉庫に入れて置くだけであった。後は精霊にお願いすればいいだけである。供給出来る魔力量によって制限はあるものの、本人の力量と言うよりも精霊との意思疎通と仲の良さが決め手であった。これは他の魔法も含めて精霊が関与する魔法全般に言える事である。

 出来上がった道具は、持ち主が魔力を通す事で魔法式に刻まれた現象が発現する仕組みで、魔道具と呼ばれている。魔核を取り付けて魔力源にしている為、少ない魔力で誰でも起動させる事が出来た。しかしこの刻印魔法が扱える霊格者は非常に少なく、簡単な魔道具でもかなりの高値で取り引きされていた。

 そして魔道具とは少し変わってくるが、武器に対しても刻印魔法の適用が可能であった。武器には魔法式ではなく魔力経路が刻まれ、使用者の魔力を流す事で武器に持ち主の魔力と属性を持たせる事が出来る為、圧倒的な強度と属性効果を得る事が出来る。この武器は属性武器、又は魔力武器と呼ばれ、魔道具よりもさらに作成出来る者が少なく、市場に出回る事自体が稀であった。


 そしてニーナはと言うと、武器に刻印出来る貴重な刻印魔法の使い手であった。ジジが使っている八角棒はニーナが刻印を施しており、かなりの業物となっているのだった。

 ところがニーナが刻印を施した武器、魔道具は全てジジとニーナにしか使用出来ないという致命的な欠点を持っていた。製作者本人にも何故なのか全く分からないのだが、他の人が使用すると発現しないか、或いは刻印が暴走して使用者に牙を向く。まさに呪いの武器と化してしまうのだった。試験段階で犠牲となったのがカリーヌでなければ命に関わっていただろう。


 ニーナが刻印した八角棒はジジが魔力を通す事で漆黒の炎が螺旋を描いて巻き付き、強力な破壊力を産み出す。この黒炎が発生する現象はカリーヌを含めてこれまでに見た事がなかった。カリーヌの見立てではジジが闇属性を持っている可能性が高いが、ニーナの刻んだ魔道具には不可解な点が多々ある為、断言は出来ないらしい。ジジの魔核のお札は精霊女王の呪いの影響で正常に機能していない為、確認する事も出来なかった。


 そしてニーナが刻印した八角棒は、何処を探しても魔核が存在していなかった。他の道具や防具類についてもやはり魔核は消失していた。

 普通の刻印魔法で刻まれた道具類には動力源として魔核が使用され、武器においても発動の補助の為に魔核が使用される。

 ニーナの魔道具類は、刻印する為に魔核が必要ではあるが、亜空間から取り出した段階で魔核が消失している。魔道具の駆動に必要な魔力量は多くなるのだが、動作に問題は無かった。この点においてジジは十分な魔力量を持っており全く支障が無かったのだが、ニーナの魔力量では武器を長時間使用する事は難しかった。


 以上の様に特殊な点が多くありすぎて公にする事が出来ない為、三人だけの秘密として手探りで実用化をしてきた。仮に情報が流出したとしてもジジとニーナにしか使用出来ないので実害は無いであろうが、現時点で目立つのは良くないと考えて人前での使用は控える事になった。


 今回の依頼の旅にはニーナは同行していない。ニーナが体力的に長旅に耐えられるかどうかまだまだ不安もあり、刻印魔法の理解を深める為にも居残って精霊の声に耳を傾ける事になった。ニーナの刻印魔法には不明な点が多いのだが、特殊すぎて通常の刻印魔法の文献が殆ど役に立たない。よって精霊の声に耳を傾けて手探りで試していくしかなかった。

 ジジは長旅でもあり後ろ髪を引かれつつも、出来るだけ早く帰る事を約束して旅に出た。ニーナも少しでも理解を深めてより有用な魔道具を作成して待っていると約束してジジを見送ったのだった。



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