第四話 兎の森
ジジが魔核を回収し終えると、カリーヌが切りのいいところで休憩しようと声を掛けて、倒れ木に腰を掛けた。
ジジは同じ質問を繰り返す。
「で、なんで兎の森に兎がいないんだ?」
「兎がいないと駄目なんですか?」
「いや、駄目じゃないけど、おかしいだろ?」
はぁ、とため息を付いてまだまだですね、と答えるカリーヌに対してムッとするジジ。
「いいですか、ここ兎の森は兎の魔王が作り出した魔境です。そして兎の魔人達は……はっきり言って、弱いんです。魔王ですらその辺の魔獣に一対一で勝てるかどうか……魔王の護衛にあたる上位魔兎ぐらいしか戦闘能力はないそうです。
魔兎の魔境といっても地上部は他の魔獣に占拠されているので、魔兎達は常に命を狙われています。ですから普通の魔兎達は敵を見つけたらすぐに逃げ出しますし、余程の事がない限り巣穴の魔窟に隠れて出てきません。
魔兎を目にする事は滅多にありませんから、近隣では幸運の象徴として扱われている程です。」
「よく今まで生きてこれたよな……しかしこの魔獣の多さは異常じゃないか?」
カリーヌは今まで見た事がない程に悲しそうに語り始める。
「魔兎が弱い最大の要因は、その身体に殆ど魔力を持っていない事です。一般動物でも魔核を持つ以上は体内に魔力が流れていますが、それより少し多い程度です。言ってしまえば普通の動物と殆ど変わりなく、身体の大部分が魔素の影響を受けていません。
ですから死亡して魔力が拡散した後に……全身の、肉を残します……下手に一般動物より魔力が多い分、味も栄養価も高いらしくて魔獣が集まって来てしまうんです……」
「……なんか聞いてると、可哀相になってくるな」
「そうです、見た目も愛くるしくて害がある訳でもありませんし、保護してあげるべき種族です。一部の女性探索者の間では魔兎を保護する会が結束されていて、定期的に地上の魔獣の駆除がされています。ですので魔兎を殺めたりしたら大変な事になりますよ? 女性からは総スカン、街に居場所がなくなりますね。場合によっては、いえ確実に命を狙われます」
「先に言っとけよ! 間違って狩ったらどうすんだよ!」
「私がやらせません! 全力で阻止しますので安心して下さい」
「……」
胡乱な目を向けるカリーヌに何も言えなくなるジジであった。ここでカリーヌが過去に起きた魔兎の密猟事件のあらましを語り始めた。見せしめとしか言いようのない主犯関係者と血族の末路について語り始めたため、うんざりしてきたジジは話しの軌道修正を試みた。
「……ところで、魔境から溢れ出した魔獣被害が出てるんじゃなかったのか?」
「そうなんです! 魔窟から出てくる事なんて滅多にないはずなのですが、ここ最近だけで五匹の可哀相な魔兎が被害にあっています……魔兎を守る会の皆で協力して保護しているのですが全てを助ける事が出来ない状況です……」
「……」
悲しそうに語るカリーヌを見て、お前誰だよ! と叫びたくなるのを必死に抑えるジジであった。
一般的に魔獣被害といえば魔獣により人が被害を受ける事をいうのだが、今回は魔獣が被害者となっており、恐らく加害者も魔獣なのであろう。魔兎の事を知らなかったジジが勘違いをしても仕方がない。
今回ジジ達が受けた依頼は兎の森付近で発生している魔獣被害の調査であった。カリーヌが依頼を受けて来たためジジは詳細を聞いていなかったが、想像と違い雲行きがあやしい。
「この依頼、まさかとは思うけどカリーヌが出したんじゃないだろうな……」
「いえ、伝統ある魔兎を守る会から正式に霊格者管理局に出された依頼です。私も含めて管理局の関係者の中にはたくさんの女性会員がいますから、管理局の最重要案件の一つとして登録されて私達一家の担当となりました!」
「お前も会員なのかよ!」
「管理局に登録されている女性霊格者の約半数は会員だと言われています。非公式の団体としては世界最大の規模を誇りますし、多くの各界の女性有力者が在籍しています。まさかと思いますが今更この依頼を降りるつもりじゃありませんよね? 兎を無碍にすると許しませんよ? 来世まで祟られますよ?」
「……」
「会員番号四番を継ぐこの私が必ず原因を突き止めて被害を食い止めてみせます!」
会員番号一桁って絶対に運営者の一人だろ、もう何も言わない、何も聞かない事にするジジであった。何か異変が起きているのは確かなのだろうが、何とも締まらない調査依頼であった。