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魔神オークの願い  作者: 馬神大久
第一章 魔神オークの願い
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第三話   ジジ

ブンッと唸りを上げて、長大な八角棒が振り下ろされる。地面に突き刺さった得物の前には上半身を半ばまで叩き潰された体長一メートル程の魔狼の亡骸が転がっている。無残に破壊された魔獣の組織は焼け爛れており、焦げ臭い匂いが辺りに広がっていた。その凶悪な乳白色の八角棒には、不気味な漆黒の炎が螺旋を描いて纏わり付いていた。


「絶好調!」


 振り切った重そうな八角棒を軽々と肩に担いだジジは、右の口角を吊り上げてニヤッと笑う。身長が二メートル近い青年が背丈より長い不気味な八角棒を構える姿は異様な威圧感がある。はだけた黒いローブの隙間から覗く身体には無駄な肉がまるでなく、細身でありながら鍛え上げられたしなやかな肉体は野生の獣の様な美しさがあった。

 ぼさぼさの黒髪に鋭い鶯色の目をしたジジは、かなりの長身と目付きの悪さからか近寄り難い妙な貫禄があり、とても十八歳には見えない。


 満足そうに獲物を見ているジジの後ろから声が掛かる。


「アホですかっ、潰してしまったら値が下がります! 今度やったら……後ろから丸焼きにしますよ?」


 物騒な事を言い放った女性の名はカリーヌ。身長は百八十センチを超えており女性にしては背が高く、ジジと同じく鍛え上げられたしなやかな肉体をしており、お揃いの黒いローブを羽織っていた。

 真っ直ぐに伸びた赤髪を肩に流して、琥珀色の瞳は鋭く辺りを見渡している。歴戦を戦い抜いた風格と凛とした美しさを持った女性であった。

 頭頂部の髪の隙間から丸っこいふさふさした毛に覆われた耳が除いている。羽織ったローブには後ろにスリットがあり、その隙間からは腕よりも長いふさふさした尻尾が覗いていた。耳も尻尾も髪と同じ赤い毛に覆われており、所々に黒い縞模様がある。ジジはゆっくりと動く長い尻尾と丸い耳が可愛いと思うのだが、言うと強烈な魔法が飛んでくるので黙って眺めている。ジジの視線に気付いたカリーヌはスリットの中に尻尾を隠して冷ややかな視線をジジに向けた。


 視線から逃れるようにジジは魔狼の死体に向き直ると、頭は避けただろっと言いながら愛用のククリナイフを鞘から抜いて魔核の抜き取りに取り掛かった。


「何度言えばいいんですかっ、魔力が充実した老齢の魔獣は皮も残します。出会い頭に叩き潰すから分からないんでしょう! 相手を良く観察して戦いなさいと何度言えばっ!」


 言葉使いは丁寧だがプリプリ怒るカリーヌに対して、ごめんごめんっと言いながら反省した様子の全く見えないジジであった。


 この世界の人々は心臓の中に魔力の塊である魔核を持つ。魔核の周辺には溢れ出た魔力が漂い、血流中にも僅かだが魔力が血液に乗って循環している。これは人に限らず、魔核を有する生き物全般に言える事であった。

 生き物が死亡した場合には心臓の停止と共に魔力の循環も停止する。体内の残留魔力はゆっくりと魔核に戻っていき魔力を失った体組織はやがて消滅していくのだが、強制的に魔核を体内から取り除いた場合には、身体に残っている魔力が一気に拡散して肉体が即消滅してしまう。この拡散する魔力は近くにいる生命体の魔核によって吸収される。

 この魔力の拡散吸収現象を利用して人々は己の魔力を上げて強くなっていく。魔力の上限は魔核の亜空間の大きさ、つまりは霊格によって決まってくる。もちろん限界を超えて魔力を吸収し続ければ亜空間も少しずつ広がっていくのだが、霊格のランクを上げるには並大抵の努力では難しかった。


 魔獣と普通の獣の差は霊格の違いであり、見た目も力も全く異なっている。さらに霊格が高い魔獣は上位種となり、比べ物にならない程の力を有している。

 魔獣の体内に流れる魔力には偏りが発生している。生前に魔力が特に色濃く存在していた部位には魔力が僅かながら定着しており、死亡後も消滅しないで残る。これらは魔力との親和性の高い素材として重宝されており高値で取り引きされる事が多い。多くの魔力が存在する魔核は取り出した後に魔道具などの魔力供給源として利用されている。

 普通の獣も体内に魔核を宿しているが、有する魔力量が少ない為に魔核として残る事なく消滅してしまう。体内に流れる程の魔力を持っていない為、肉体は魔力に適応しておらず死亡後に消滅する事もない。もちろん普通の獣が魔力を増やして霊格が上がって魔獣化する事もある。この現象から死後に魔核を残すかどうか、或いは死体が残るかどうかで魔獣と獣の判断が出来る。


 ジジが魔核の回収作業をしていると、ここでカリーヌの言う事が正しかった事が証明されてしまう。ジジが魔核を取り除いた魔狼の死体が消滅した後には、2本の牙と真っ二つになった背中の毛皮が残っていた。こうなってしまうと通常価格の半値にもならないだろう。

 うっ、と言いながら固まるジジ。引きつった笑いを浮かべて振り返るジジに冷たい視線を送るカリーヌであった。


「良く相手を見れば魔力量が分かるはずです。何度も何度も言わせるんじゃありません!」


 カリーヌの指先に一瞬で小さな魔法式が展開される。光を放った瞬間に小粒な火の玉が飛び出しジジのおでこを直撃した。さっさと拾いなさいっ、と言いながら睨みつけるカリーヌ。ジジは少し焦げたおでこをさすりながら素直に拾うのであった。


 カリーヌはジジの教育係、兼お目付け役をしている。ジジの遠い親戚にあたる人物でもあり、母の一家であるバーニンバル家の本部からやってきた。口では厳しい事を言っているが、カリーヌはジジの事をそこそこ認めていた。


 ジジの母親であるジゼルは、ジジを産む際に故郷であるペト村にアイナを連れて帰ってきた。ジゼルは子育ての環境としてはペト村の方が良いと言い張り、一家の全ての運営を家人達に丸投げしてペト村に帰り、育児休暇と称して引き篭もってしまった。

 そして毎年の様に届く職場復帰を要請する手紙を、ジゼルはとことん無視し続けた。いつまでたっても帰ってこないジゼルに業を煮やした一家はカリーヌとエマをペト村に派遣して、子離れしないジゼルを何とか説得してエマが引きずっていった。カリーヌ達からすれば、自分は仕事を丸投げして引き篭もりジジの件で何かあれば要求だけして仕事を増やすジゼルに鬱憤が溜まらない訳がない。

 高い潜在能力を持ったアイナに関してもエマの元で魔法の修行をさせるためにジゼルと一緒に連れ出した。制御の難しいジゼルの近くにアイナを置いて暴走と逃亡を監視させる腹積もりでもあった。


 ジゼルとアイナが素直に連行されて行ったのは当時十五歳のジジが協力的であった事が大きい。カリーヌ達はジジから離れようとしない二人に対してあれこれと好条件を出しつつ、ジジの生活と成長を最大限に支える事を約束する形で説得していったが、二人よりジジを取り込んだ方が話しが早い事に気付く。

 ジジが精霊騎士を目指している事に気付いた二人は、カリーヌが教育係りとして残りジジを守護戦士として鍛え上げる事を提案した。もちろんジジは乗り気である。ジジに甘いジゼルとアイナではジジを鍛える障害になりかねない、この点については三人とも理解はしていたのだった。

 期間も三年と区切った上で、その後はヴァーニンバル一家の本部で合流する事で渋々承諾するジゼルとアイナであった。ジジから言われては、情けない姿を見せたくない事もあり抵抗出来ない二人であった。アイナをエマの元で鍛えるのはもちろんだが、絆されたジゼルの心を引き締める為にも一度ジジと離した方が本人の為でもあった。


 ジジが協力的だったお陰でスムーズに事が進んだが、もし世界でも有数の高霊格者であるジゼルが暴れればエマとカリーヌだけでは止められなかったであろう。

 ジジが協力的であったのは、必ずしもカリーヌ達の提案だけが理由では無かった。当初は分からなかったジジが積極的であった理由も、今のカリーヌにはよく分かる。ジゼルとアイナが過保護すぎたのだ。

 呪われたジジは恐怖を撒き散らす。今でこそジジは太太しく自分で対処出来ているが、幼少の頃はそう簡単ではなかったであろう。ジジとずっと暮らしてきた二人の気持ちは推して知るべしであるが、十五歳になっていたジジにとっては窮屈でしかなかったであろう。

 高霊格者であるジジは高い潜在魔力を持っている。自分の力を試したかった、そして強くなりたかった。好いた女性に守られるだけの生活は思春期の男の子には良くない、心が屈折してしまう前に手助け出来て良かったと思う。本当に間に合ったのだろうかと疑問に思うことがしばしばあるが、気にしない事にするカリーヌであった。

 いずれにせよ一度距離を置く事は三人の成長の為にもなるはずである。ジゼルはもう遅いかもしれないが……少しでも変わってくれる事を祈るカリーヌ、恨まれるだけでは割に合わないのだった。


 そしてカリーヌがジジの元に残って指導を始めて驚いたのは、彼にある程度の接近戦の基礎が出来ていた事であった。ジゼルも身を守る為に護身術位はジジに教えていたのだが、そこは世界屈指の高霊格者である。護身術程度と思って教えた技術であったが、カリーヌの見立てでは並みの霊格者では相手にならないレベルに達していた。指導者も常識外であったが、教え子も非常識な存在であったらしい。


 こうなると基礎訓練の必要は殆どなく実戦とサバイバルあるのみであり、カリーヌはジジを魔の森の奥深くに捨てて来た。一年後に迎えに来ると言い残して……母とアイナに守られて温い人生を送ってきたジジにとって過酷な生活であったが、性根を鍛え直すには良い機会となっていた。ただ地力のある彼が魔の森での生活に馴染むのも早く、女っ気のない生活の切なさばかりが募っていった。

 温もりのない生活に我慢の限界が来たジジはカリーヌにばれなければ良いと、街を探して彷徨ったが結局見つける事は出来なかった。ジジに辿られない様に執拗に大回りをして森の奥深くに置いてきたカリーヌの作戦勝ちであった。もちろんこの移動に掛かった二ヵ月間で必要最低限のサバイバル知識だけは教え込んでいた。

 ただカリーヌにも大きな誤算があった。ジジが余りにも遠く移動していた為、一年後にジジを探す際に非常に苦労したのだった。


 カリーヌはこの一年を使ってジジの育成準備に取り掛かっていた。実際には自分の仕事を片付ける事が主であったが、殆どがジゼルの職場放棄で割り振られていた仕事の残務処理であった。

 一年後に何とかジジを探して連れ帰ったカリーヌは、霊格者管理局の受付嬢のニーナをジジに引き合わせた。ペト村におけるバーニンバル一家の専属担当者として、カリーヌが引っ張ってきた。ニーナは身体は弱かったがジジに迫る霊格者であり、ジジの発する呪いの影響を受けない貴重な人物であった。

 魔の森より生還して以降は、ジジはニーナとパーティーを組んで管理局の依頼をこなして行った。ニーナは管理局の職員ではあるがバーニンバル一家の専属であり、一家の仕事が優先される。ジジは未熟なニーナを体を張って守りつつ依頼をこなしていった。カリーヌは残りの期間を使って、ジジに前衛として仲間を守る事を身に付けさせたのであった。精霊騎士に活路を見出していたジジに、美女との二人旅に不服があろう筈が無かった。


 ジジは心身共に大きく成長を果たした。街中ではこれまでずっとアイナがジジを守っていたが、今ではジジ自身で絡んできた相手を捌いている。元々ジジに処理出来なかった訳ではなくアイナの手の方が速かっただけではあるが、街の人々の印象は大きく変わっていった。ただし影響が大きかったのはジジ自身の変貌ではなく、ニーナとカリーヌのせいであった。

 管理局支部に現れた美女二人、小さな村で噂にならないはずがない。そして久しぶりに現れたジジは一人、村人達はアイナに見捨てられていい気味だと思っていたのも束の間、管理局の美女二人を攫っていった。男からは憎しみと嫉妬の目で見られ、女性からは犯罪者を見る様な目を向けられた。ジジにとって向けられる視線は今までとあまり変わっていないのだが、視線を交わさずとも四方八方から怨念を感じる様になった。


 カリーヌが後ろから眺めている間に、ジジは五匹目の魔狼から魔核を採取していた。途中からはちゃんと首だけ落とす様に工夫しているようだ。火の玉でこピンは嫌らしい。


「なあ、カリーヌ」


「なんですか?」


「俺達は魔境、兎の森の調査に来てるんだよな?」


「そうですよ?」


「……なんで兎が一匹も出てこないんだ?」



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