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高遠速  作者: スタンド・フォレスト
1/1

号砲

ワンアウト、ランナー、一、三塁。

バッター、一番ショート、清水翔しみずかける

フルカウント。

ピッチャー、大きく振りかぶって、投げました。

カキンッ。


* * * * * * * *


あの夏の日。

3:2で敗れた、中学最後の夏の野球大会。

たった一点が遠かった。

ワンアウト、ランナー、一、三塁。

俺が当てたボールはセカンドへ転がった。

一塁ランナーはセカンドでアウト。

三塁ランナーはホームベースを踏んでいる。

俺の最大の自慢だった走力でも、ボールよりも速くファーストにたどり着く事が出来なかった。

泣いた。

あの一点は遠過ぎた。


その日の帰り、トイレに行きたくなった俺は同じ運動公園の中にある陸上競技場で用を足していた。

大きな放送音が響いたので、階段を上って競技場内を見に行った。

そこで男子100m決勝見たんだ。

大きな号砲と共に、一斉にスタートする選手。

それを見たとき、感嘆の声がもれた。

速くて、力強くて……

でも何故か…美しい。


そんな事を感じた中学時代から俺は今、高校生になった。

ここ「楽難高校」に入った理由は一つ。

家から近いからである。

野球の強豪校に入るつもりなんか元から無かったし、高校で続けるかも迷っている。

入学してから2週間。

まだ部活を迷っているのは、流石に先生に言われる。

廊下を歩いていると、背中に声がかけられた。

「おい、清水。部活どーするんだ?この学校が部活絶対なのは知ってるだろ?」

あー、この声は担任の後畑先生だ。

とりあえず適当に返す。

「そんなの知ってますよ!俺だってちゃんと考えてますから。」

「お前、明後日までだぞ?早くしてくれよ…。」

そう言って立ち去る後畑先生。

だが、本当に何に入ろうか……。

とりあえずグラウンドに行ってみよう。

そう思ってグラウンドを覗き見しようと階段を降りていると、下から見覚えのある人影が見えた。

「馬場!お前もこの高校だったのか?」

そう声をかけたのは、あの夏の日に見た男子100m決勝で最下位でゴールした馬場爽ばんばそうだ。

たしか試合の後、同じ中学の奴だったから声をかけたんだったかな?

あの試合が、近畿大会って聞いた時は驚いたもんだ。

そっから少し話すようになっていった。

受験シーズンでほとんど話さなくなっていたが、こんなとこで再開するとは…。

「おー、清水ーー!」

全く、相変わらず陽気なやつである。

「部活はどーした?」

「今日はジョギングで終わりなんだ。昨日、記録会があってさ。」

「記録会?」

俺がキョトンとしていると、そんなことお構いなしに馬場は聞いてくる。

「ところで、清水は何してんのーー?」

「部活見学。」

「え、まだ決めてないの!?」

「くっ、わざとらしい反応するな!」

「はは、ごめんごめん。じゃあまず、何か自慢できることない??」

…………は?自慢?そうだな……

「野球部で足が1番速かった事ぐらいだ。

そう言うと馬場はニヤリとして、こう言った。

「じゃあ、競争しようか。」

いつもより低い声で、でも表情の奥深くに興奮の色が見える。

「あぁ、勝負だ。」


* * * * * * * *


体育で使う運動靴に履き替え、無駄に広いグラウンドに行くと100mの直線が2本引かれていた。

「清水ー、こっちこっちー!」

手を振る馬場に小走りで近づく。

「またせたな。」

「じゃ、やろうか!あ、まって!」

ん?首を傾げる俺。

「マネさんが、合図してくれるから。」

マネさん???

少しの沈黙が流れていると、小走りで近づいてくる女子がいた。

「ごめんなさい、遅れましたー」

あ、マネさんって、マネージャーのことか。

「いいよいいよ、ごめんね?今日はもう帰れるのに呼んじゃって。」

「大丈夫ですよ!で、何するんですか?」

「あ、この人。清水翔くん!この人と100m勝負するから、スタートの合図頼む。」

マネージャーをまじまじと見て、会話を全く聞いていなかった俺は唐突にマネージャーと目が合って、何だと戸惑っていると馬場がフォローしてくれる。

「ほら、自己紹介!」

「え、あ、その清水翔です。よろしくお願いします。」

「あ、はーい!山野奈々です。こちらこそよろしく!」

まぁ下心とか、人を外見で判断するなとか、よく言うが、男としてはっきり言おう。

カワイイ。

「じゃやるよ、清水!」

馬場の声で、ようやく我に返る。

俺がスタートラインについて、右隣に馬場がくる。

スタートの姿勢をしている馬場は、様になっていて、オーラも違う。

その姿は、何か懐かしい感覚が蘇った気がした。

「いちについて、よーい」

マネさんの合図で、俺も馬場と似たフォームをとる。

「ドン!」

足を進める俺の視界の右に、馬場の姿は無い。しかし、10mごとに置かれた三角コーンの4つ目を超えたあたりから、急に馬場が視界に入り、6つ目あたりでは体二つ分離れていた。

圧倒的な加速力。圧倒的な推進力。圧倒的なトップスピード。ふと思った。

置いていかれる……

そう思って歯を食いしばって力を入れる。すると、ガッと嫌な音がした。

大きく跳ね上がった体は勢いよく地面に叩きつけられる。

「いてて……」

駆け寄ってくる2人が目に入った。

「大丈夫!?」

「すまん、転んだ」

苦笑いする俺に少し安堵の表情を見せる2人。

「俺の負けだな」

俺は呟く。

しかし、馬場は俺が思ったことより違う事を言った。

「いや、スタートは清水の勝ちだね。置いていかれるかと思ったよ。」

すると、続けてマネージャーの山野が言う。

「ほんと!ビックリした!あんなスタート見たことないよ!」

「え……?」

座ったままの俺に手を差し出す馬場。

手を取って立ち上がると、馬場は真剣な顔になっていた。

「陸部に入りなよ。」

その言葉を聞いたすぐ後。

俺は、何かが始まる大きな号砲を聞いた気がした。



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