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華麗なる獣と復讐も兼ねた日常生活  作者: 森坂草葉
企画
6/17

Another eye:わからないせかい(リクエストNo.5)

リクエスト第5弾!

遅くなってすみませんすみません(ガクブルガクブル

気づけば取り巻きになってたイケメン視点です。いずれ登場しますよー。

本編では既に登場したイケメンズと共に大活躍予定。

こ、こんな感じで如何でしょうかッ!? あくまでこのイケメン視点です。もしも許されるなら他のイケメン視点も書きたいです……

このイケメンはこんな感じですが、他のイケメンは実は、的なのを用意してたりしてなかったり。

この話で出てくる花に興味がありましたら、是非検索してみてください。

彼らにぴったりかな、と思います。この小説花言葉いっぱい出るね、程度の認識でお願いします!

 



 酷く頭が痛い。

 喉の奥も渇いていて、小刻みに息を吐いた。

 心臓も痛くてバクバクと音がする。

 クラクラとする頭を押さえて、片手を壁につけた。

 不思議と、酸素も薄いような気がする。

 甘ったるい匂いが充満して、全身の毛が粟立つような悪寒を感じた。

 揺れる視界が、1輪の花を微かに映した。

 それは緑の葉と茎のあいま、静かに顔を出す、黄色い花。

 いつの日だったか、好んで読んだ図鑑の最後に出たその花は、1日のあいだ、それも日中にだけ咲く多年草。

 何故、こんなところにあるのだろうか。

 そして、この花の名はなんだっただろうか。

 その疑問を口にする前に、静かに瞼を閉じた。




 「綺麗な花には毒がある」


 いつだったか、名だたる方がいったような、そんな台詞を、静かに復唱した。

 そして机の上に開いていた本、分厚い図鑑を閉じる。

 『四季の花』 そう書かれた図鑑は、女が持つには大きく質素で、だけど男が持つには小さく華やか。

 恥ずかしい話だが、俺は昔から花が好きだった。

 いや、花だけではない。料理も、裁縫も、園芸だって、男がやるには似つかわしくはないだろうものを、自ら好んでいた。

 そんな俺は、俗に言う乙女男子と呼ばれるものなのかもしれない。その乙女男子である俺を、祖母は決して許さなかった。

 女系の一家に生まれ、二人の姉と双子の妹の計4人の姉妹の中間に生まれた俺は、それはそれは女らしく育った。

 母も女兄弟のなかで育ち、他の姉妹たちと共に和やかに暮らす俺に、なんの違和感も、それこそ不満もなかったのだろう。父もだ。

 だけど祖母は違った。

 祖母にとっては初の男の孫。力強く、男らしく育てたかったようで、初めて祖母に会ったとき、祖母は俺のあまりの乙女らしさに泡を吹いて倒れた。

 入院するほどショックだったようで、だけどまだ幼い俺には理解できないことだった。

 だって俺には当たり前だったのだ。フリフリの服こそ着ることは無かったが、人形遊びもそこまで好きではなかったが、姉妹たちを着飾るのは好きだった。

 嬉々としてフリフリの服を選ぶ俺は、さぞかし乙女に見えただろう。自分としてはそんな自覚は一切なかったわけだが。

 一人祖母の部屋に呼ばれた俺は、その腕に抱いていたお気に入りのクマちゃん人形・リリーをフルーツナイフで真っ二つにされた。

 その時の俺の衝撃といえば、親友を目の前で切られたような気持ちだった。

 哀しみに打ちひしがれた俺に、祖母は威厳をたっぷりと含めた声で告げた。


「聞きなさい。今後一切、おなごのような格好、および遊びは一切禁じます。もちろん、ぬいぐるみなんて持ってのほかです。いいですか! お前は我が家の跡取りなのです。そんなおなごの真似事、男がするものではありませぬっ!」


 半分に切られたクマに力いっぱいナイフを突き刺さすと、祖母は両親を呼んだ。

 唖然とした俺は、一番上の姉に促されて部屋を出た。

 それからのことは覚えていないが、気づけば男らしい紺地の着物を着せられ、緩やかなカーブを描いていた髪はストレートになって耳の上で切られていた。

 紺地に白と金の戦が2本だけ入った帯できつく巻かれて、部屋はキラキラとしたゴールドピンクのシャンデリアが特徴的な洋室から、黒を基調とした和室へと変わっていた。

 どうやら俺が倒れているうちに、祖母の命によって部屋が改造されていたらしい。

 ためていた可愛らしいぬいぐるみたちは処分済みで、質の良い着物と1本だけ真剣が混じったレプリカの刀が代わりにかけられている。

 キラキラしていた可愛らしい部屋は、シックで静かな”男”の部屋へと変わっていた。

 ふかふかのピンクのベッドから質のいい黒掛布団の布団へ。可愛い犬のポスターが名匠の掛け軸に。

 派手な花束の花瓶から2・3輪の落ち着いた色合いの花瓶に。真新しい茶色の学習机からこげ茶色の室内机へと変わった。

 好きだった可愛いもの、キラキラしたものすべてが処分されていた。

 それにショックを受けたのだ。いや、一番ショックを受けたのは、可愛いもの好きの、いわゆる乙女な自分を否定されたことだっただろう。

 そんな俺にまたもや追い打ちをかけるように、退院した祖母が家に現れた。

 着せられた着物のまま正座をして、呆けたように祖母をみる。”男らしい”装いの俺に、祖母は満足げに頷く。


「それでこそ、―――家の男児です。これより、我が家の跡取り息子として、より一層励みなさい。もちろん、日本男児として、また、男らしくですよ」


 茫然と、祖母を眺めるだけの俺を、そのそばで座っていた母が小突く。

 俺は促されるままに頭を垂れていた。この日から、乙女男子の俺は封印されたのだ。

 ――― 表向きは。



 別の花の図鑑を手に取って机の上に並べる。

 華道の家元である母の家、つまりは祖母の総べる母方の実家に興味を持って、という建前で許された趣味。

 それでも祖母に厳しくされた十数年、それで創り上げた”おもて”の俺を保つために、人前で読むことはまずない。

 乙女男子とは言えど、俺もちゃんとした男だ。それなりの趣味もある。ただ、普通の男よりは料理も裁縫も好きなだけだ。

 姉妹に囲まれた育った男なら、小さい頃の遊びなど限られているだろう。

 ましてや大財閥の跡取りで、友人と呼べる存在はいなかった。最初の頃は近寄ってくることはあったが、俺が大財閥の息子だと知るや否や態度を変えた。

 それには二通りある。

 大財閥というネームにあやかろうと媚を売る者か、関わりたくなくて避ける者か。

 最初は媚を売る者でも、せっかく話しかけてくれたのだから、と無碍にはしなかった。だけどそれにも限度はあって、それに耐えきれなくなった俺は関わりを辞めたのだ。

 その結果、こうして一人で図書館にいるという状況ができたわけだが。

 こういうのを確か、ぼ、ぼっちーと、というんだったか。なんだか違う気もするが、そんなものだったんだろう。

 人とかかわらなくなると、ひたすら趣味に没頭するようになった。会話する人間といえば、教師と幹部委員の数名くらいだろうか。それも義務的なものだった。

 日常的な世間話すらする相手もいない状況で、俺のすることと言えば趣味を極めることと勉強くらいだろう。

 跡取りとして育てられた俺は、基本真面目だった。というか、真面目にするしかないのだ。

 それに不真面目にする理由もなければ、それをする時間があるくらいなら趣味への時間へと変えたかった。

 だから俺は、今日も特等席扱いとなっている廊下側第5ブロック棚の隅、特別に設置してもらった場所で読んでいる。

 机には図鑑と学習資料。こっそりと内緒で作っている裁縫。怪しまれないように、外で作るものはいつでもハンカチやマフラーといったものだ。

 いつみられるかわからない趣味なのだから、授業だと言って誤魔化せるものにしたい。

 裁縫セットを机の下におく。隠し棚になっているそこは、外から見れば何の変哲もない机の板だ。まったく、便利すぎて自分の将来が心配になってきた。

 パラパラと図鑑を捲る。この学園の図書館に置かれた花に関する書物はすでに制覇していて、正直読むのはこれで何十回目になるだろうか。

 頻繁に来ているからいけないのだろうか。いや、頻繁に来ていなくとも、ここの花に関する書物は少なくて、少し飽きる。

 隠し棚においていた鞄を取り出して、中からオンライン・ショッピングを利用して購入した本を開く。

 その本に挟んだしおりを引いて、読みかけのところを読もうと眼鏡をかけて ―――


「わぁ! 図書館なんて初めてきた! ……あっ! あのっ、あたし転入生の姫島(ひめじま)愛美(あみ)っていいます! 先輩ですよね? すみませんっ。案内していただけませんかっ?」


 ガララッと乱暴に引かれた扉から入ってきたのは、髪をカールにした容姿の女子生徒。

 俺をみると顔を喜色に染め上げて笑った。断じて慢心しているわけではなくて、これは事実に他ならないのだ。

 ナルシストだと思われそうだが、俺は事実をありのままいっただけにすぎなくて、むしろこの顔なのに自覚がないほうが悪質だろう。

 整った顔のくせして、平凡だ普通だと言うほうが美的センスを疑う。自信がないならつけろ。あえてそう振舞っているなら全人類に土下座するがいい。

 それは単なる嫌味にしかなくて、まったくもって苛立つのだ。誇ればいい。その整った容姿に見合うように中身を鍛えろ。

 以前に自分の見た目を平凡だとのたまうヤツがいたことを思い出して、少しだけ腹が立つ。

 そのせいでかけられた言葉に返事をし損ねて、あちらは不満に思ったようだ。大きく足音を立てて近づいてきた。

 そういえば、扉のすぐ近くとはいえ、棚に隠れて見えずらくなっている俺の居場所を、その場所から死角になっているはずのこの場所を、どうして知っていたのだろうか。




 奇妙な女子生徒にあった日から、気づけば数日が過ぎていた。

 何故だか自分でもわからないが、見知らぬうちに女子生徒と共に行動、というか引きずられている。

 この数日間、図書館に行こうとすると女子生徒に呼び止められて、強制的に彼女の行きたい場所に連れていかれる。

 それも拒否しているはずなのに、気づけば、だ。

 俺の力をもってすれば、非力そうな女子生徒なんてすぐに撒けるだろう。

 なのに一向に離れない。振り払えない。避けられない。

 22時丁度に就寝するという日課も、0時になるギリギリまでつき合わされてまともな睡眠もとれない。ここ数日、栄養が足りなくてビタミン飲料の世話になっているほどだ。

 そして栄養菓子、つまるとこの栄養調整食品の代表格であり、スコットランドの伝統的な菓子であるショートブレッドをベースにしたアレだ。

 チョコレート味のソレを口に含みながら、そのパサパサとした、口当たりの柔らかい感触を飲み込む。

 適当に淹れた緑茶ですべて流し込んで、鳴りやまない着信を拒否する。

 正直言って、もう疲れていた。

 そして気味が悪かった。

 自分の意志でもなんでもない、気づけばその場にいるという事実が、受け入れがたかった。

 それと同時に怖くなったのだ。自分が自分ではないような、何かに操られているようなそんな気分だ。

 あの女子生徒のことは、好きでも嫌いでもなんでもない、いわば興味がないのだ。どうとでもなれ、それが俺の気持ちだ。

 彼女がどうなろうと、俺の日常に害をもたらさないのであればどうだっていい。

 初めて彼女にあった時、俺の心を占めていたのはそれだったんだ。なのに、望みもしない、意志もないのに、彼女の傍にいる。

 まるで操られているかのように彼女の言動に同意し、彼女を護り、彼女に好意を抱いている。

 気味が悪い気味が悪い気味が悪い気味が悪いッ!!

 ぞわりと悪寒がして、寒くもないのに震えた。耐え切れずに吐き出す。

 だけど何も食べていないせいか、胃液しか出ない。それでも何度も何度も吐き出して、苦しくて仕方がなかった。

 そこにいないはずの少女の声が、不思議と頭に響く。強く耳を塞いでも、頭から響いてるように声は消えない。

 短く息を吐きながら布団を被る。柔らかなハーブの香りが漂って、少しだけ気持ちが落ち着く。

 でも恐怖はぬぐえずに、しっかりと心に刻まれている。強く強く布団を掴み、はがされないようにした。

 暫くして、声が消えかかったとき、それはけたたましく鳴り響いた。

 音の発信源は、電源を落としたはずの自身の携帯電話だった。


「ッなにがどうなってんだ!」


 本当に、何がどうなっているんだ。

 電源を落としたはずなら携帯はなることなんてないし、落とし損ねたっていうなら、着拒にしてあるから届かないはずなのに!

 被っていた布団を蹴飛ばして玄関へと走る。

 扉のキー部分にロックをかけて、特別なカードキーでも開けれないように暗証番号を変えておく。

 個室部屋の扉にもロックをかけて傍にあった棒を隙間に立てかけた。

 その扉の前に棚を移動させて、壁として使う。

 これで、これで誰も入れないはずだ。特別なカードキーなしでは、たとえアイツらでも、彼女でも、入れやしない。

 今度は長く息を吐いた。



 俺は自分で言うのもなんだが、冷静な男だと思っている。

 冷静沈着を絵に描いたようなそんな要素を持っていると。

 これをナルシストかどうかと思うのは他人の勝手だが、俺としてはそんなことは無い。

 ただただ事実であり、自分を理解しているだけだ。自分のことは自分が良く知っている。

 そんな冷静な自分が、笑えてくるほど怯えて取り乱している。

 滑稽としか言いようがないだろう。他の幹部委員が見たら目を逸らしそうだな。そして次の日が気まずくなる。

 十分あり得る話に、クッと笑みが零れる。自嘲を混ぜた、自分への罵りも含めて。

 白と黒でまとめた部屋は暗く、淡いオレンジ色の明かりだけが照らしている。

 外はまばゆいオレンジと闇色の境を切り取ったような複雑な空模様で、闇色の奥に見える小さな星々が爛々と輝いている。

 布団の傍に置いた電子時計を手に取った。時刻は短い針が5を指した頃で、部屋につけられたスピーカーからチャイムが鳴り響く。

 夕食の準備が整ったことを知らせていて、この時間から22時まで食堂が開くことになる。

 のそりと布団から這い出る。いつからだっただろうか。食堂に行かなくなったのは。

 ここ最近は例の栄養調整食品しか食べていなかったから、身体は空腹を訴え、舌はしっかりとした味を求めている。

 本当は部屋から出て食堂に行きたい。けど、それは彼女に会うというリスクを高めて、会えば巻き込まれることは間違いない。

 デリバリーもできる。だけどそうしたら扉を開けなくてはいない。

 とにかくこの部屋から出たくなかったし、誰も入れたくはなかった。怖いんだ。誰かに会うことで、変わる自分が。

 まるで操られているかのように、自分の意志ではない言葉を吐き出すことが。

 こうして布団をかぶっていることさえ、自分の意志なのかどうなのか、わからなくなってきた。

 もしかしたら、怖いと思っていることさえ、自分の意志ではないのかもしれない。この部屋から出ようとしないのも、操られているからかもしれない。

 ああ、もう、どうなっているんだ。

 机に置いていた携帯の電源ボタンを長く押す。そして消し損ねていた携帯の電源を落とすと、小さな箱に入れてガムテープで周りを囲んだ。

 音が響いても聞こえないように、何度も何度も巻いて巻いて、鍵付きの引き出しに投げ捨てるように入れて鍵をかけた。

 椅子に浅く腰かけると、反対側の棚から栄養調整食品のチーズ味を取り出す。

 口で袋の端を咥えて乱暴に開けた。そして片手でノートパソコンを開いて電源を押す。

 パソコンの電源が入ったと同時に、口の中に薄いチーズの味が広がった。ここ数日で食べなれた栄養調整食品はもう、腹を満たす満たさないなどの問題ではなかった。

 口の中でゆっくりと咀嚼しながら、何重にも(パス)をつけたデータを開く。

 それは俺がつけている日記だった。



 操られているかどうかなんて、そんなの今はどうだっていいんだ。

 本当に操られているかなんて解らないんだから、どうしようもない。

 だからこそ、こうして日記をつけているんだ。その日その日の、あやふやな記憶を手繰り寄せて、していた出来事を記していく。

 やっぱり怖かったんだ。自分が何をしていたのか、どう動いていたのかわからないのは。

 5分前、1分前の出来事でさえも思い出せないなんてことはザラで、彼女といるときはもっとひどかった。

 頭がぼうっとして、そこにいたことなんてまったく覚えていないこともある。

 それでも、本能が記憶した出来事をなんとか絞り出しては、こうして日記に書いている。

 パソコンよりも手書きのほうがいいかもしれなかった。けど、いつ手書きの日記が消えてしまうのかわからなかったから、怖くてできなかった。

 だって記されたその日記は、日々消えていく俺の記憶の結晶だから。

 なぜそれが消えてしまうと思ったのか、今は思い出せない。ただ前は持っていたはずのペンやノートが無くなっているのをみて、たぶんそれが原因だったのだろう。

 物が消える恐怖に加えて、それに記された記憶さえも消える。まるで本当に、自分が消えるかのような錯覚。

 ああ、ああ、怖い怖い怖い。身体が震えて、また吐き出したくなるような感覚に耐える。

 パチパチ、と日記を打ち終えて、再度パスワードをかける。

 耐え切れなくなった気持ち悪さから洗面台へと走る。胃液とチーズ味の栄養調整食品の欠片だけが、そこにあった。




 どうなっているんだろうか。

 俺の、俺たちの学園は、一体どうなってしまったんだろう。

 穏やかに、柔らかに、堅実に、着実に、まっすぐとした学園。

 その様はなりを潜めて、不穏な何かの気配が漂う。

 一人きりで歩く廊下から学園を眺めた時、自分以外の生徒もまた、生気を失くしたような虚ろ気な表情であると気付いた。

 誰もが息苦しそうな、つまらなさそうな、そして不快感を押し出したような表情(かお)で歩いている。

 (まえ)はもっと、明るく、楽しそうに、そして日々を待ち望む期待であふれていたはずだ。

 こんな風に暗く沈んではいなかったはずなのに、どうしてなんだ。どうしてこうまで変わってしまったんだ。

 望んでいなかった変化だった。いらない変化だった。

 今学園にあるのは、息苦しい程の圧迫感と、物足りなさ。誰もが寂しそうに、眉を潜めている。

 その理由を俺は知っていた。知っているけど、知らない振りをした。

 頭が知ることを拒否している。いや、きっと自分(オレ)が拒否しているんじゃなくて、別の何かが拒否しているのだろう。

 だって俺は、知らない振りをしたその存在を、確かに知っているから。

 また頭がもやもやとして、記憶があいまいになっていく。

 知らない振りをしてきた存在を考えるたびに、こうして記憶が希薄になっていくんだ。

 だからこそ確信が増す。知らない振りをしてきた存在は、俺の、この学園の(キー)だったんだろう。

 きっと、誰も知りえていない、それは真理。



 キーン、と耳鳴りが始まった。

 それは彼女が現れることを示していて、俺の記憶が消える合図。

 すぅっともやがかかったように思考が鈍くなる。

 完全に思考が融ける前に、1輪の花が目に映った。

 それは黄色く、緑の葉と茎に覆い隠されていた。

 その花の名前を、俺は確かに知っている。

 毎日毎日読んでいる図鑑に載っていたのだから、覚えてしまっても当然か。

 クッと笑みがこぼれた。もはや、笑うしかないだろう。

 今この花を目に映したなんて、神は俺を皮肉っているのだろうか。

 くつくつと笑いながら、自然と足が廊下へと向かう。

 ガラス張りのその場所は長く、先にある扉の向こうから楽し気な声が聴こえてくる。

 足取りが早くなる。扉は目前だ。



愛美(あみ)


 気づけば手に持っていた黄色い花。

 1輪だけのそれは彼女に贈られた数多の花束には劣っていて、だけど、確かな光を持っていた。

 その花の名を ―――


 【オトギリソウ】

 ああ、なんて、彼女にふさわしいのだろう。そして、俺たちにふさわしいのだろう。

 自分の確かな意志で口角を上げる。

 その笑みはきっと、理解できない。




 

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