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華麗なる獣と復讐も兼ねた日常生活  作者: 森坂草葉
彼とアルバム
16/17

Recollections:彼と、【3】完

あけましておめでとうございます。

年内に終わるって書いておいて2014年になりました。今年度の初更新は番外編になりましたが、みなさま、今年も宜しくお願い致します。

 



 空が見える渡り廊下をひとり歩く。

 かつて彼女とともにいた場所を、まるで感傷に浸るかのように何度も訪れる。

 馬鹿みたいだ。いや、馬鹿だろう。

 たとえ言っても彼女の姿はないのに、それでも足を運んで、彼女を求めている自分が嫌だ。もう、彼女がいなくなったことで崩れそうになる自分が嫌だ。

 わからない。胸を突き刺すようなこの痛みが、一体何からくるのか。

 彼女に尋ねる前に、彼女はもういなくなったから。だから。

 答えを求めて彼女を探す。


 君といるたびに胸が高鳴るのはなぜ?

 君といるたびに満たされるような気がするのはなぜ?

 君が笑っていると自分も笑顔になるのはなぜ?

 君がいないと可笑しくなりそうなのは、なぜ?


 わからない。どの本にも乗っていなくて、探しようのないこの痛みと感情を教えてほしい。

 多くの本がある学園の図書館にも、実家の蔵書にもない、答えを。

 数式を使ってもでない結果を。解読しても解き明かせないものを。探しても出てこない気持ちを。

 1日、2日、その後も、君の影を求めてさまよう。

 そんな俺をひとは、なんと呼ぶ?




******



 中等部の最高学年になって、多くのことがあった。

 中等部最後の体育祭は誰も怪我することなくやりとげ、文化祭もかつてない程の熱気につつまれた。

 修学旅行はイタリアで、おもに芸術鑑賞をしてきたな。男女ともホテルそのものが違うので夜に会うことはなく、朝会うのはバスのなかだった。

 ……修学旅行といえば、芸術特待の庄司がやけに目を輝かせていたな。留学とか呟いていたから、今度留学のパンフレットをあげよう。

 さて、奏宮に通い始めて三回目の1月を迎えた俺たちは、世間で言う受験生というもので。だけど俺たちの教室はいつも通り、笑い声に満ちていた。


 殆どのものが付属の高等部へ内部進学するものばかりの俺たちは、高校受験というものにはあまり関心がなかったのだ。


「ねぇねぇ唄ちゃん。唄ちゃんは外部進学する?」

「え? いえ、私はしませんけど……。高橋さんはするんですか?」

「まさかっ! あたしの頭で外部に行けるとでも? 受験なんて考えるだけで頭が痛くなるよー」

「ふふっ。でもまあ、奏宮は試験なしで内部へと進学ですから。ああでも、入学式の次の日に学力検査がありますね」

「うげ」


 超名門、超進学校。それが奏宮学園の前につく言葉。

 奏宮出身というだけで誰もが注目し、誰もが欲しいと願う。たとえ変人であっても、たとえ中身が馬鹿であっても、学力もしくは体育や芸術などの優秀者であることに間違いはない。

 外部からの金や権力といった圧力が一切きかない奏宮は、まさに己の力のみが試される学園。学力、体育力、芸術の才能や努力が見られ、認められた生徒が通う。

 金持ち? だからどうした。権力? 己を磨いてから来い。門に入る前に追い出されてしまうほどの、まさしく実力主義。

 それゆえにバカ高いプライドを持った奴もでてくるが、それでも最低限の常識と、相手の努力に対する尊敬の姿勢はある。自分も努力してきたからこそ、たとえ自分より低くても敬意を示す。

 実力主義ゆえに互いが互いを尊敬し合い、力を比べていく。

 中等部からの内部生たちは、6年もの間、最高の設備と教師と教材と環境のもとで過ごす。それによって磨きに磨かれた卒業たちは誰もが力を持ち、社会に必要な人材となっていく。

 学園にいる教師の大半がこの学園の卒業生でもあるし、某有名企業の社長や秘書、重臣たちのほとんどはこの学園の卒業生でもある。

 たとえ才能が他のひとよりちょっとだけ高いだけでも、この学園を卒業したというだけでどの会社でも引っ張りだこだ。

 そんな最高の学園から別の学校へ外部進学しようとする生徒は、ごくごくまれなのだ。

 事実、このA組から外部進学する生徒はひとりもいない。


「玉城はぁ?」

「内部進学だ」

「だろうな! ちぇ、なんだよぅ、誰もいかないんかい」

「あ、そーなると、オレたち6年間一緒じゃね!?」

「マジだっ」

「「ふーイーッ!!」」

「意味がわからない」

「「あイたッ」」


 高橋(ばか)月見里(ばか)をシバきつつ、手元の資料を覗き込む。

 例え受験はなくても、4月にはすぐに試験だ。ここで気を抜けば、順位が下がる。3位以内に入らなければいけない俺としては、気は抜けない。

 彼女も、高橋らの話には付き合いつつ、教科書を開いている。俺たちのほかにも、幾人かが教科書やノートを開いて勉強をしていた。


「もー、玉城ってば乱暴だよね」

「そうだよな! やいやい玉城、お前の大親友である月見里(やまなし)くんにもうちょっと優しくだなぁ―――」

「馬鹿にかけるやさしさはない」

「くそう言うと思ったぜ」


 俺と彼女、高橋に加え、3年の春に転校してきた男・月見里(やまなし)(まさる)の4人で交わす会話が当たり前になってきたこの頃。

 ごくごく普通の少年でありながら、どこか底知れるところのある月見里は、俺たちの間に自然に溶け込んだ。

 容姿、性格ともに普通だが、やはり成績が優秀であることに変わりはない。月見里自身は特待生ではないが、他の特待生を抜かして成績10位以内ととっている。

 なんでも、10位以内に入らないと海外に連れていかれるとかどうとかで。彼女は大変ですね、と月見里に声を掛けていたが、大丈夫だぞ珠城。

 その男はついさっきまで、意中の女子と会話を交わして有頂天だから。


「おーい、テメーらァ! ちゃんとベンキョーしてっかァ」

「してませーん」

「ベンキョーって食べれるんですかー」

「よぉし、そォこの馬鹿(たかはし)馬鹿(やまなし)はァ、放課後ォ居残りだァ」

「「そんなバナナっ」」

「古ィんだよォ」


 馬鹿二人、通称バカンズどもが馬鹿な回答をしたせいで怒りくるった常盤教師が置いて行ったのは、一人厚さ1㎝の冬季課題だった。


「バカンズぅ」

「高橋、ちょっと体育館裏」

「やまなしー、お前後で覚えてろヨ」

「え、ちょ、えっ?」

「み、みなさーん?」


 クラスメイトに囲まれたバカンズを眺めつつ、クスクスと笑う彼女をみる。

 前と比べると驚くほど表情が表に出るようになった彼女は、和やかな目つきでクラス中を眺めた。

 彼女の成績ならば海外へいけるのに、彼女は内部進学を希望する。もっとレベルの高い学校もあったというのに。

 だけど彼女はここがいいと笑う。何故、と俺がきけば、曖昧にぼやかすけれど、それでも。

 彼女はここがいいと、柔らかな笑顔で微笑む。


「珠城」

「……玉城くん。どうしたの?」


 身長は頭半分。だけど成長期の所為か、日々伸び続ける俺と彼女の身長差はどんどん開く。

 最初はほんの少しの差しかなかったというのに、あっという間に開いた。彼女は少し顔をあげて俺を見る。それに少し、言いようのない気持ちが湧き出る。

 こう、なんか、抑えきれない欲の様な。


「玉城くん?」

「あ。ん、すまん」

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 思春期特有の何か、なのだろうか。

 妙に彼女が艶めかしく、【女】に見えるときがある。いや、珠城は女性なのだから当然なのだが。

 だがどこか、自分が認識している珠城ではなく、なにか別の、俺の中をめぐる何かが彼女を可笑しくみせる。

 なんなのだろうか、コレは。



「たましろー」

「なんだチャラ男」

「チャラ男は止めろ! ……お前さ、この3年間楽しかった?」

「楽しかった」

「即答!? どんだけ楽しかったんだよ」


 男子寮への帰り道、何時の間にか当然のように俺と共に帰るこの男。

 ごくごく平凡な容姿でごくごく平凡な頭で、よくうちの学園に入れたなといつも不思議だ。


「いま失礼なこと考えなかった?」

「よくわかったな」

「そこは違うっていおーよ!!」


 ツッコミ気質らしく、事あるごとに俺や高橋にツッコミを入れる。俺のどこにツッコむ要素があるかはわからないが、奴なりの何かがあるんだろう。

 そういえば彼女も、月見里くんなりの目的があってこの学園に来たんだろうね、と言っていたしな。

 まあそれとは別にだが、俺が今一番気になっているのはヤツの交友関係だ。

 Bクラス所属の美少女に、図書館のマドンナ(珠城ではない)と水泳部のお姫様、下級生人気ナンバー1の美少女後輩に、芸術特待の美少女後輩など、何故か綺麗な人間ばかりが揃う。

 彼女はニコニコと笑いながら、ハーレムみたいだね、と言っていた。全力で同意する。

 この平々凡々な男のどこに惚れたのか。ああ、平凡さか。


「……ねぇ、平凡っていいよな」

「普通さがいいのか?」

「はは、もうお前の考えなんてお見通しだよ……」


 どこか落ち込んだような、そんなジメジメっとした空気を発する月見里。

 バカ、ちゃんと前を見ないと―――


「イテッ」

「そらみろ」

「先に言おう!?」


 目の前の壁に当たる。額が少し赤くなっているが、全力で無視だ。ざまーみろ。


「ねぇ、俺なんかしたっけ」

「別に」

「どこの女王! あーもう、親友が辛辣すぎてつらい……」


 別に、彼女関係だとかそういうのではない。

 決して、月見里関連でもない。そう、なんでもない。彼女と月見里が何かあったとか、そういうんじゃない。


「……なぁ玉城」

「なんだハーレム男」

「ごめんそれやめて。……あのさ、お前はさ、高等部に進級したら、なにする?」


 月見里の言葉は急だった。

 というか、いつも急なのだ。いきなり聞いてきては、いつもいきなりぶつ切りで止める。

 いつもなら「急すぎるぞバカ」のひとことでも言うところだが、何故かそんなことを言える雰囲気ではなかった。

 月見里の声が、なにか真剣さを帯びていて、茶化すような雰囲気ではなかった。


「勉強に精を入れて、3年間まっとうする」

「面白味ねーなぁ。こう、彼女作るー! とかさ、おっきぃのないの?」

「お生憎様、俺に余裕はない。それに彼女をつくるより、俺は今の状態が最高に楽しいんだ」


 本心だ。紛れもない、俺の心のおくから出たもの。

 そうだ。今の状態が最高に楽しい。

 彼女が、珠城がいて、高橋がいて月見里がいて、Aクラスの生徒たちとふざけつつ過ごすこの日常が、今の俺にとってはなによりも楽しくて、素晴らしいものだ。

 これ以上は望まない。だから、これを失いたくない。

 そう言えば、月見里は少し目を見開いて、そっか、とひとこと呟いた。


「あのさ、もしもだけどさ、ええと、そのさ……」

「さっさと言え」

「シリアスな空気読んで!? ……あのさ、もしもの話なんだけどさ、俺が、俺に前世があるって言ったら、どうする?」

「漫画の読み過ぎだって言うな」

「ですよねー!!」


 月見里が呟いた言葉は、あまりにも突飛で、現実味がなくって、だけどやっぱり真剣さを纏っていて。

 だからあえて茶化すように言葉を発した。ジメジメとした空気を発するこの男が、何故だか嫌になって、お前はもっと明るいだろ、と気持ちを込めて言葉を紡いだ。 

 けど俺の言葉はぶっきらぼうで、綺麗な言葉が出てこなくて、こんな時は珠城のように上手く言えたら、と考える。彼女だったらもっとうまく、この月見里(ばか)を慰められるのだろう。

 ちょっとだけ泣きそうな顔のこの男が、何時の日かの彼女と重なって見えて。自然と開いた口から言葉がもれた。


「別に、どうあってもお前は月見里(お前)なんだから、どうでもいいんじゃないか?」

「―――え?」

「と、珠城なら言うだろうと思ってな」


 俺の苦し紛れの後付に、月見里が一瞬の呆け顔から絞り出すような笑い声をあげた。


「は、ははっ! っく、くくく、っはは。あー、そうだなっ! 珠城も、同じこといってたよ」

「……なんだ、珠城にも聞いたのか」

「うん。そしたらさー、お前と同じこと言うの。”貴方は貴方なんですから、他はどうでもいいんじゃないんですか?”って」


 まったく、うちの委員長副委員長は、と月見里が笑い交じりで吐き出した言葉は、冷たい外では白い息を伴っていた。

 その言葉は優しさと、苦しさと、なんだか嬉しさも混ざっていて。月見里が手で顔を覆う。

 だけど止まらない進みだけが、月見里の意志を確かに伝えていた。


「玉城」

「なに」

「俺さ、全力でお前らの味方すっから。全力で、いやなモン全部回避してみせるから」

「ああ」

「だからさ、約束だ。いつか俺が全部話せるときが来たらさ、聞いてくれよ。珠城と一緒に」

「ああ。―――そのために、しっかり勉強しておけよ。クラス落ちして話がきけなくなったら意味ないからな」

「おいおい、クラス落ちても聞いてくれよ!」

「聞くよ」

「うんだから聞――― え? え、いま、え? デレた? デレたの玉城!」

「五月蠅いバカ」


 いつの日だったか、珠城がいった言葉がゆっくりと繰り返されていく。

 ”信じてくれる、傍にいてくれる、そんな友達がいるって、幸せだよね”

 そうだな。

 何故、もっと高位の学校に行かないのか、という俺の質問を曖昧にはぐらかした彼女の言葉は、俺の胸に深く残った。

 彼女が浮かべた笑みの意味を俺が知るのは、ずいぶん遅れてしまったけれど。明日彼女に言ってみようか。

 君の言葉の意味が、わかったと。

 そしたら彼女はきっと、こう言うのだろう。

 ”それじゃあ、どういう意味?”

 そしたら俺は―――


「たましろー、早くいこーぜ」

「わかってる」

「珠城や高橋たちが席とってるだろーし、さっさと着替えて食堂だー!!」

「落ちたものは食べるなよ」

「そこまで食い意地張ってない!」


 駆け足で寮までの道を急ぐ。

 彼女と高橋と待ち合わせた時刻まで、あと少し。

 道を急ぐ俺たちを包むように、空はどこまでも広がっていた。




******


「亡霊」


 乾いた空気を刺すような声と言葉。

 自分以外いないはずの廊下に響いたそれは、あまりにも冷たかった。


「―――月見里」

「よお。相変わらずっていうか、なんていうか」

「何しに来た」

「何しにって、お前さー。定例会議の時間になってもこないから、探しにきたの。そしたらお前ったらよ」


 定例会議。ああ、そうだった。

 すっかり忘れていた。これで、何回目だろう。

 そのたびに迎えに来る月見里の顔は、いつも厳しかった。


「玉城さー、もうやめろ」

「……何を?」

「それを。……今のお前を他のヤツが見たらなんて言うか、わかるか? 亡霊だよ、亡霊」


 ”亡霊”

 まるでそのようだ、と月見里は俺に言う。

 ああそうだ。その通りだ。俺は亡霊なのだ。

 今はどこにもいない彼女をひたすらに、亡霊のように彷徨いながら探す。そんな俺の姿はきっと滑稽で、無様で、どうしようもないんだろう。

 月見里がぽつり、と何か呟いた。


「ごめん」

「何が」


 呟きに返しても、月見里は答えることはなかった。

 ただもう一言、ごめんと呟いて、俺に背を向ける。


「行こーぜ」


 渡り廊下を抜けた向こう側。

 上を向いて見える空の色は―――


”全然守れなかったよ、俺”



 憎たらしいくらいの青空は、俺の思い出を飲み込んだ。



(終)

さて、今回出てきました【月見里】くんは、本編にもいますので、探してみてください。

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