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華麗なる獣と復讐も兼ねた日常生活  作者: 森坂草葉
彼とアルバム
14/17

Recollections:彼と、【1】

例の彼の話を投下。

年内までには仕上げます。全3作です。

 




 思い出したくもない春だか夏だかもわからない季節は、いくら季節が変わろうとも俺を苛立たせた。

 ……いや、あの季節が俺を苛立たせるんじゃない。きっともう、何が起きても俺を苛立たせる要因にしかならないんだろう。俺を落ち着かせることもできないんだろう。

 けどそれは当たり前なんじゃないのかと、季節が変わるたびに思うのだ。だって俺が探す彼女(・・)は、どの季節でも、その輝きを失うことはなかったんだから。


 手元にあったアルバムを、何故か見たくなって開いた。

 輝きを失うことは無い、その季節が、そこにはあったからだ。




******



 俺が彼女に出会ったのは、奏宮(かなでみや)学園中等部の入学式。

 新入生代表として壇上に上がった彼女が、その顔を上げた瞬間だった。


 正直に言おう。最初は興味など欠からもなかった。

 彼女の行動を模範としておきながら何をいっているんだ、とも思われそうだが、最初はそうだったのだからしかたない。

 淡々と用意された新入生挨拶の言葉を読み上げる声には少しだけ耳が傾いたが、本当にそれだけだった。遠目から見る、そのセミロングがふわりと揺れるさまに隣の男子がひそひそ話を始める。


 ――― かわいくね?

 まあ可愛いな。少し見ただけだがな。

 ――― 彼女にほしーわ

 まあ可愛いからな。

 ――― おいおいおーい、入学したばっかなのにいきなり彼女かよ?

 ほんとにな。浮かれすぎて足元掬われるなよ。

 ――― いやあ、まあ俺が頑張ればイチコロかなァ

 馬鹿が。鏡見てるか?


 晴れやかな入学式のはずなのに、いきなり気分が悪くなった。

 国内最難関の全寮制学園だったはずなんだがな。『生真面目な生徒多し。みんな和やかで静かな生活を送っています』の一文は嘘だったんじゃないか?

 いや別に恋をするなと言っているわけではないが、コイツ奏宮に通う自覚がなってないんじゃないか? ネクタイは中途半端だし、ズボンも腰パン? ってヤツになってる。

 それと金髪って、アリなのか? 黒髪がちらほら見えているから、明らかに染めている。この学校は染めるのも禁止だったはずなんだが。


「―――……以上を新入生代表の言葉とさせていただきます。新入生代表、1年A組珠城(たまき)(うた)


 涼やかな声が最後を締めくくると、大きな歓声と拍手がその場に広がる。

 遠くからでもわかる。淀みのない目が、確かな決意をもって輝いていた。

 最難関の試験で1位を取るだけあって、彼女の姿勢は敬意を払うに値するほどに正しく見える。

 ――― さすが、主席

 その時の俺は彼女を『主席』という二文字だけで表現していた。

 今思うと、あの時の俺はなんて浅はかで、なんて馬鹿だったんだろうと思う。後から彼女を失う未来があると知っていたなら、きっと俺はこれより前から、彼女の傍にいたのかもしれない。





「さぁてお前ら、よぅく試験に突破したぁ! これからお前らぁの担任になぁる、常盤(ときわ)(うさぎ)だぁ。……オイコラぁ、そぉこぉ! いぃま、兎って顔かよって言ったろぉ! 聞こえてンぞぉ!!」


 まっすぐとした黒髪をウルフカットにした男、担任である常盤兎は真っ黒なスーツを直しながら一息吐いた。

 最近のやつぁ、と呟くその様は、さながら中年の男という風だった。

 だが俺は知っている。常盤兎というこの男が、一体どういう男なのかを。


「俺ぁ、ココの首席卒業生だぁ。奏宮は一応成績を均等にしてるがぁ、このAクラスだけぁ、別モンよぉ! お前らぁを、将来国に役立つ『立派』なやつぅにぃ、してやンよぉ。ついて来なぁ!」


 首席卒業生。

 そう、この男、常盤教師(センセイ)は奏宮を首席で卒業した天才。優秀な人物を多く輩出するこの奏宮において、主席はナンバー1を意味する。

 そのナンバー1は大抵は国の要人職についているものだが、ナンバー1だからか変わり者も多く、常盤教師のように奏宮に残り教師になる者も多い。

 首席卒業した生徒だけじゃない。この学園を卒業したものは例外なく優秀だ。

 たとえどんなヤツであろうが、正規の手段をもってして入学したものは、学園の出す【条件】をクリアしたものであり尚且つ、今後を見込まれた卵たち。

 まるで自分が優秀だと自意識過剰に言っているようでなんだか嫌だが、この学園に入ることができたということはそういうことだ。さっきまでの緩んだ雰囲気が一気に緊張感を増した。

 他の奴らはやっと、この学園に入ったことがどんな意味を成すか、ようやく理解したらしい。俺たちの様子はじっくりと眺めた常盤教師は、ひとつ満足げに頷くと高らかに笑った。


「は、はぁっはっはっはっはぁっ!! ……うぅむ、それでいい! それでいいんだぁ! よぅし、お前、今日から委員長だぁっ」

「……私、ですか?」

「そうだぁ! 女子出席番号10番、珠城唄ぁ、これより、お前がこのクラスの学級委員長だっ! しっかりぃ纏めろぉ」

「そ、の、拒否権、とかは?」

「あるわけねぇだろぉがぁ」


 驚いた。そして、気付いた。


 常盤教師からの突然の指名は、このクラスを震撼させるには十分だった。

 クラスメイトは何を突然、といわんばかりの顔で常盤教師をみやる。もちろん俺も、いきなり何をいっているんだ、と常盤教師の方に視線を寄せた。

 普通クラスの学級委員長というのは自薦か他薦のどちらかだろう。それに可否権はあるべきだ。

 他薦された生徒だって、他のひとから推薦されたとはいえ、本人がやりたくない、もしくはその気が無い場合は辞退せるべきだ。

 そもそもこの学園の学級委員長というのは、普通の公立校や私立校の学級委員長とはわけが違うだぞ。学級委員長、特にA組の学級委員長はひとつの権力を持っている。

 そのクラスのスケジュール管理をするのは学級委員長だし、学園を指揮していると言っても過言ではない幹部委員の一員として扱われ、重荷を背負わされるんだぞ?

 だったならなおさら、可否権はあるべきだ。彼女には自分がどうしたのかを決める正当な権利があり、覚悟ある生徒が背負うべきなのだ。

 常盤教師の行為はあまりにも、勝手すぎた。彼女の意志はどうなった。彼女は他にしたいこともあるはずだ。いや、したいことがあるから、この学園に来ているのだ。

 俺は俺の夢のためにこの学園に来た。彼女はいったい、なんのために学園にきたのだろう。

 欠からも興味がわかなかった彼女に、ほんの少しだけ、興味がわいた。

 いったいどんな理由で、なんて頭の片隅で考えながら、常盤教師に反論するべく俺は席をたった。いや、立とうとした。


「わかりました。やります」


 彼女の顔には、戸惑いはなかった。

 勝手だと、誰かを責める感情も、当然だと、自分を過信して他人を見下す感情も、何もなかった。

 ただそこにあるのは諦めと、ほんのすこしの、覚悟だけだった。


「……それでいいのか、君は」


 そう呟いてしまった、と思った。

 気づいたら口から洩れていた言葉を訂正する時間はなくて、彼女は俺に視線を移すつとパチリ、一度だけ瞬きした。

 そしてその次の瞬間、彼女はまっすぐな意思を秘めた目で俺を見返す。

 一瞬の逢瀬だった。


「はい」


 短い返事は彼女の決意を淀みなく伝えた。

 クラス中か静まっていることに、彼女は気づいているのだろうか。

 彼女を見つめているだけのクラスメイトが、決意を固めた眼をしていることには?

 彼女に下衆な歓声を上げた男たちが、己の行く道を決めたことには?

 彼女に醜い嫉妬をしていた女たちが、己の覚悟を胸にしてることは?

 高潔な彼女はすべての知っていたのかもしれない。柔らかに浮かべられた笑顔は、ほんの少しの困惑と、ほんの少しの期待があった。


「副委員長には、俺が」


 気付けば口にしていた言葉は可決され、驚く彼女の顔をみて自分が何を言ったのかを理解した。

 ……馬鹿か、俺は。

 呟いた声は誰にも聞かれることはなく、静かに胸の内に消えた。

 何故だかわからなかった。何故か勝手に口が動いて、勝手に始めていた。

 今日はここまで、と満足げに言って満足げに教室から出ていった常盤教師を見る余裕すらなかった。


「えっと、はじめまして。私は珠城唄です」

「―――ああ、初めまして。俺は、歌唯(かい)


 すぐ隣から響く柔らかな声に返した俺の声は、きっと不機嫌だ。

 ああ、嫌だ。自己紹介は嫌いなんだ。


玉城(たましろ)歌唯(かい)だ」


 後ろで噴出したそこの女子生徒、手前には後で体育館裏に来てもらう。





「玉城くん、でいいですか?」

「どちらでも構わない。俺は君のことを、なんと呼べばいいんだ?」

「わたしもなんでもいいですよ? 小学校のころはタマちゃんって呼ばれることがおおかったですね」

「たまちゃん、それって……」

「某国民的な6人家族の次女の友人じゃないですよ。……玉城くん、某国民的な6人家族のアニメ、知ってたんですね」

「君は俺をなんだと思っているんだ」


 淡々としているように聞こえた声は実はやわらかで、新入生代表は緊張した、と小さく笑みをもらす姿は落ち着いていた。

 彼女に影響されて、やっと中学生、しかも奏宮の中等部に通うという自覚ができたクラスメイトは、各々決意を固めた目で教室を出ていった。

 その誰もが彼女に声を掛けて出ていくんだから、たった数分で彼女が与えた影響ははかりしれない。

 最後のひとりが教室からでて、俺と彼女のふたりだけになった。


 わからない感情は多かった。もともと人と接することも少なかった分、俺にはあまり楽しいとかそういうのが良くわからない。

 なんせ小学生の6年間は、この学園に入るためだけに勉強してばかりいたのだから。でもあの努力が無駄だったとは決して思わない。

 あの6年間は、所詮ひとりぼっち、という状況だった。俺が社交的じゃなかったのと、名前でずっとからかわれてきたからと、あといろいろ。

 だけどやっぱり、無駄ではないと思っているのだ。自己紹介さえしたくなかったが、彼女は俺の名前を聞いて、不思議だと言いたげに目を丸めた。そして……


「綺麗な名前ですね」


 無意識で出た。そう言われても納得してしまうくらい、自然に出た彼女の言葉は俺を落ち着かせた。

 そうだ。小学生で培うことができなかった経験は、ここで培えればいい。彼女の隣にいればきっと、いろんなものをしって、いろんなものを理解できるだろう。

 この胸の奥に広がる、不思議ななにかの正体も、きっと。

 ……ああ、だけどひとつだけ、わかったことがある。


「私たちも、そろそろいきましょうか。玉城くん」


 興味がなかったのが、ほんの少し興味がわいた。

 ほんの少し興味がわいただけだったのが、今は完全に―――


「玉城くん?」

「……ボーッとしていた。ああ、行こう」


 興味津々、としか表現できない。




******



 俺と彼女のはじまりは、そんな入学式の会話からはじまる。

 初めて顔を合わせた、まあ俺が一方的に彼女を認識しただけにすぎないから、あの教室での出来事が彼女との本当の出逢いだろう。それから、俺と彼女の日々はリンクを続けた。

 興味津々だったのだから、仕方がない。今でも後ろで噴出した女子生徒、高橋に「ストーカーだ」とからかわれることがあるが、決してストーカーじゃないことは確かだ。

 高橋は体育館裏で土下座したからお咎めなしにはしたが、今度名前を笑ったらどうするか、考えるところだな。

 兎も角、俺と彼女のはじまりはあっけなく、だけれどAクラスの生徒には確かな印象を残していると思う。

 我らAクラスのなかにはどうしようもない馬鹿もいて、彼女が自分たちにしてくれたことをすっかり忘れたヤツらのことは、この際どうでもいい。

 いずれ思い知ることになるのだから、本当にもうどうでもいいのだ。

 彼女が俺の内情を知っていたとするならば、そんなことを思ってはいけないと言うところだろう。だけど彼女の言葉を受け入れることはできない。

 どのようなことがあっても、奴らはあの女と同じだ。


 アルバムのなかで、小さく微笑む彼女を撫ぜた。

 初めての授業はいっぱいいっぱいで、移動授業になると数人が遅刻してきたときもあった。

 そんな時は俺と彼女でそんな奴らの携帯にメールを送るのだ。もう時間だから、とな。

 初めての体育祭では怪我人が多発した。特に体育特待生ははしゃぎまくって、何人かが入院沙汰にもなったな。彼女と一緒に高橋の見舞いに行ったことを思い出す。

 初めての文化祭は劇をやった。男女逆転シンデレラだ。俺も彼女も表舞台に出ろと言われたが、最後まで裏舞台で活躍した。高橋が王子だったことと、アイツが姫だったことしか覚えていない。

 シンデレラはあんなにも鬼畜になれるんだというコトを改めてしった。俺も彼女もドン引きだったことは、言うまでもない。


 はじめてだらけだった。

 彼女と共に見る世界はあまりにも輝かしく、あまりにも新鮮だった。

 休日に”友人”と娯楽施設を回るなんて体験をしたのも初めてだった。げーせんに言ったのも、門限ギリギリまで遊んだのも。

 少し疲れたけれど、彼女の笑顔をみると不思議と俺の頬も緩むような気がした。

 学園で迎えた正月は新鮮で、友達と夜遅くまで歌合戦を見るのも初めてだ。というか歌合戦を見るのも初めてだった。

 2月には豆まきとヴァレンタイン。3月にはひな祭り、4月にはエイプリールフール。

 楽しかった。彼女が、友人たちといることが、なによりも楽しかったんだ。

 眩い彼女が笑うと、みんな笑った。俺も笑った。

 そんな日々がすごく、大切だったんだ。



「たましろー?」

「……勝手に入るな」

「めんごめんごっ! 鍵が開いてたからさー。って、おぉ! 中学ンときのじゃん」

「おまえ……」

「まじめんごっ! ちょい、今から会議あるから、迎えにきたんよ」

「携帯でしろ」

「お前が出ないから来たんじゃん。俺に感謝しろよー」


 ……忘れてた。

 携帯は布団に埋もれ、小さく光っていた。


「さ、行こうぜ」

「ああ」


 傷がつかないように、静かにアルバムを閉じた。

 そして鍵付きの引き出しに大事にしまう。

 カチッ、と聞こえた鍵の閉まる音が、まるで別のモノも一緒にしめているようで、どこか重苦しかった。




 ――― 来年は、どんな1年になるんでしょうね

 ――― さぁな。だけど……

 ――― だけど?

 ――― きっと楽しいさ


 そんな他愛もない話が、俺の耳を遊ぶように鳴り響いて。

 どうしてか、彼女と二人で育てた向日葵が、無性に見たくなった。




(続く)

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