第三話:強い少女
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王国の領土の最西端に位置するイグニオ平原。
その平原で、ある馬車の一団が野盗の集団に襲われていた。
これだけなら別によくある光景である。
野盗など他の地域にも腐るほど存在するうえ、そんな野盗どもが商人たちの馬車を狙うことはさして珍しいことではない。
しかし、この馬車は商人の馬車ではなかった。
「穿て!〝炎の槍〟!!」
馬車の御者台に立った一人の青年が魔術で炎の槍を作り、野盗をめがけて放つ。
「〝水の槍〟!!」
しかし、別の方向から飛んできた野盗の一味である魔術師によって作り出された水の槍にぶつかり、あえなく打ち消される。
「くっ……」
青年は顔をしかめる。
この青年がライアの村に視察に来ることになっていたディアノーグ第二皇子だった。
しくじった、とディアノーグは内心で歯軋りした。
今回の視察はただの視察ではない。
視察にかこつけた調査なのだ。
このイグニオ平原は王国の領土の最西端でありながら、隣国である帝国の国境にも面している。
そしてその国境沿いにある森林、イグニオ森林にて帝国がきな臭い動きをしているという情報が入ったのだ。
あくまでも情報なので真偽はわからない。
故に調査をすることになった。
帝国と王国は太古の昔から犬猿の仲だ。
過去に幾度となく戦争を繰り返している。
そんな帝国が何やらよからぬことを企んでいるとなれば、王国の第二皇子である自分は黙って見ているわけにはいかない。
帝国が関わっているが故に国内一番の魔術師でもある自分と他の数人の手練れの魔術師、さらに信頼のおける近衛騎士を十数人を動員して、万全の態勢で臨んだのだ。
それが―――――。
ディアノーグは周囲に目を走らせる。
それぞれ戦う近衛騎士や魔術師。
彼らはいずれも手練れだ。
決して野盗などに後れをとったりしない。
野盗など敵ではないはずだった。
にもかかわらず、野盗たちはそんな近衛騎士や魔術たちと互角にやり合っていた。
―――強い。
野盗にしてはあまりにも不自然な強さ。
しかも野盗の中には数人の熟練魔術師もいる。
明らかに普通の野盗ではない。
だとすれば考えられるのは一つ。
帝国の者か――――。
裏を返せばそれは帝国がイグニオ森林のの件に何らかの形で関わっているということだ。
でなければこんなところで、無駄に強い野盗など出てくるわけがない。
今は近衛騎士や魔術師たちが奮戦してくれているおかげで何とか保っているが、いかんせん野盗の数がこちらより多いのだ。
実力が拮抗しているのならば、後は単純に数の多い方が勝つ。
大魔術が可能なら話は変わったが、この場で唯一大魔術が使用できるディアノーグが詠唱に入ろうとすると、相手の魔術師たちがすかさず魔術を放ち、邪魔をしてくるので詠唱が中断せざるおえないのだ。
このままではジリ貧なのは目に見えていた。
「ディグ!!」
親しい者だけが知っている自分の愛称を強く呼ばれ、はっとする。
思考する際に周りへの警戒を怠ってしまったのが原因だろう。
水の槍がこちらに迫ってきているのに気づけなかった。
今さら回避はできない。
どうする……!?
だが、水の槍は横から跳んできた騎士によって打ち落とされた。
「まったく、しっかりしてくれよ皇子様」
騎士は苦笑しながらこちらを見る。
「悪い、セシル」
第二皇子であるディアノーグをディグと呼ぶ彼こそがディアノーグ近衛騎士団の団長にして、ディアノーグの幼馴染みで親友のセシルだった。
公的な場以外では砕けた口調で話す彼はディアノーグが最も信頼している数少ない人物の一人である。
故に今回の調査に動員したのだ。
野盗の一人がセシルに背後から斬りかかる。
「セシルっ!!」
「おうよっ!」
セシルは振り向き様に斬り上げ、野盗の剣を受け止める。
「おりゃあっ!!」
そのまま力押しで野盗の剣をかち上げて、得物を失った野盗をすかさず斬り伏せた。
騎士団長を務める彼は当然、強さも申し分ない。
「どーすんだよ。このままじゃ不味いぜ」
さらに襲ってきた二人の野盗を軽くいなしながらセシルが言う。
「わかってる」
指摘されるまでもない。
だが、どうすればこの状況を打開できるのか。
やはり傷を負う覚悟で一か八か大魔術を放つか……?
そんなことを思考している内にも、こちらは刻一刻と劣勢になっていく。
「ぐああっ!」
遂に近衛騎士の一人が野盗の一人に斬りつけられて、くぐもった悲鳴をあげた。
「セシルっ!」
ディアノーグの叫ぶより前に、既にセシルは動き出していた。
尋常ではない速さで負傷した騎士へとどめを刺そうとする野盗へ迫っていく。
だが、野盗は近衛騎士と打ち合ったかなりの実力者。
セシルが近づく前にとどめを刺すことなど容易だった。
野盗の握った剣が近衛騎士に振り下ろされた。
「くそっ!」
間に合わない!!
セシルがそう思った瞬間、野盗の首が飛んだ。
「なっ……」
振り下ろされた剣は騎士のすくそばの地面に力なく刺さった。
首を失った野盗は盛大に血を撒き散らしながら、地に伏した。
野盗が倒れたことでその後ろ―――、野盗を斬った者の姿が露になる。
それは小柄な少女だった。
髪はぼさぼさで汚ならしい格好していて、その手には首を斬ったのにもかかわらず、一滴も血を浴びていない剣を持っている。
「なに……」
何者だと聞こうとした瞬間、少女は動いた。
それもこれまで鍛えてきた自分の目でさえ、ようやく追えるほどの速さで。
気づいたときには野盗がまた一人、斬り伏せられていた。
セシルは呆気にとられた。
――ありえねぇ……。
目の前の現実が信じられなかった。
ただの少女が仮にも騎士団長である自分が目で追うのがやっとの速さで動き、あまつさえ自分達が手こずっていた野盗をいとも簡単に斬り伏せたなど。
尋常ではない。
「何だと…」
「バカな……」
さすがに野盗たちも突然現れた少女のただならぬ気配に警戒し始める。
近衛騎士や魔術師、ディアノーグやセシルもまた同じように得体の知れない少女に警戒心を抱く。
少女はそんなことを気にする風もなく、剣を持って、ただ立っていた。
「はああっ!」
野盗の一人が少女に斬りかかった。
普通なら少女は為す術もなく、斬り伏せられるのみだろう。
そう思った瞬間、野盗の首が飛んだ。
素人ならば独りでに首が飛んだようにしか見えなかっただろう。
何せ騎士団長である自分ですら、かろうじて太刀筋を見極めるのが精一杯なのだから。
ぞっとするほど速く、正確な太刀筋だった。
まさしく、気づいたら首が飛んでいたと表現すべきだろう。
野盗たちはそれを見るやいなや、一斉に少女にかかっていった。
本能的に理解したのだろう。
あれは見た目を遥かに超越した者だと。
突然現れた少女の異様な強さにディアノーグは息を飲んだ。
一見、汚ならしい少女にしか見えないが、剣を持った姿はどことなく堂に入っている。
そんな少女に野盗たちは一斉に踊りかかっていく。
他の近衛騎士や魔術師たちは野盗たちを追いかけようとするが、間に合わない。
「ふっ!」
手練れの野盗たちが少女に斬りかかる。
が、野盗たちの振るった剣は空を切った。
「!!?」
少女は剣をかわしていた。
それも紙一重で。
本来、人間は本能的に恐怖から遠ざかろうとする。
剣による死の恐怖から遠ざかろうと、必ず距離をとってかわそうとするのだ。
故に紙一重でかわそうとするなら強大な精神力が必要なのだ。
無論、精神力以外に技術もだ。
それがあって初めて出来る芸当。
それをあの少女は気負うことなく、まるで呼吸をするかのような自然さでやってのけたのだ。
ありえない。
恐らく十代であろう少女がそんな境地に辿り着いているなど、異常以外の何物でもない。
少女はさらに後から繰り出される剣も紙一重で次々とかわしていく。
まるで幻に剣を振るうかのようで、当たるどころか、掠りすらしない。
そして、野盗たちの剣をかわした少女は風のように彼らの間を駆け抜けた。
瞬間、野盗たちから血飛沫が舞い上がった。
ある者は首が、ある者は胴が、ある者は腰が真っ二つになって大地を紅く染めていく。
「ひいっ…」
「な、何が…」
それを目の前で見た野盗の魔術師たちの顔に恐怖が浮かぶ。
無理もない。
目の前で仲間がいとも簡単に惨殺されたのだから。
そんな怯えた野盗の魔術師たちに少女が近づこうとする。
「来るなあっ!!」
「し、死ねえっ!!」
魔術師たちは恐怖のあまり、残り魔力を考えずに火や水など、様々な属性の魔術を少女に向けて乱射した。
繰り出される魔術の嵐。
火が、水が、風が、土が、雷が少女に雨あられのように降り注ぐ。
しかし、少女は全く焦ることなく、ゆっくりと歩み始めた。
「っ………!!?」
信じがたい光景だった。
並の人間なら一秒もせず、細切れになる魔術の嵐。
その中をまるで散歩でもしているかのような軽い足取りで、一発も魔術に当たることなく歩いているのだ。
様々な色の魔術が煌々としながら飛び交う中を歩くその姿はどこか幻想的
で。
――――不謹慎だが、思わず美しいと思ってしまった。
やがて魔力切れを起こしたのか、魔術の嵐は止み、魔術師たちは力なく地面にへたりこむ。
魔力切れを起こすと、しばらくの間、体に全く力が入らなくなるのだ。
それでも魔術師たちは目に恐怖の色を浮かべ、少女から遠ざかろうと必死にもがく。
そんな魔術師たちにゆっくり少女は近づき、剣を突きつけた。
「どっか行け」
少女が初めて発した声は凛として、この場にいる全員に聞こえるくらい、よく通った。
残った野盗たちの動きは素早かった。
動けなくなった魔術師たちを抱えるとあっという間に去って行った。
あまりに迅速だった。
やはりただの野盗ではない。
完全に引き際を心得ている。
普通の野盗ならああは簡単に引かないはずだ。
しかし、せめて一人くらい捕虜が欲しかった。
そうすれば帝国の者だと確証を得れたかもしれない。
まあ、この際だ。
命まで危うかったのだから贅沢は言えないだろう。
それよりも今の懸念は、
――――あの少女だ。
少女は剣を鞘に収めた。
あれだけ野盗を惨殺したにも関わらず、その体には一滴も血で汚れていない。
少女は黙ってこちらを見る。
……やはり助けてくれたのだろうか。
状況だけ見ると、そうなのだろうが、あのような強さを見せられると警戒せざるおえない。
近衛騎士や魔術師たちも警戒して、少女を見つめる。
あのセシルですらもだ。
場が緊張に包まれる。
ぐぎゅるるる~。
間の抜けた音が響いた。
「………お腹減った」
全員がこけた。
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