イイコ
この作品には、血が流れるような描写があります。苦手な方は、ご注意ください。
いつのまにか都は、自分の後ろを付いてくる弟を邪魔に思うようになっていた。
幼稚園の頃は4つ下の弟、涼太が可愛くて仕方なかったものだが、都が小学生に上がり友人と外で遊ぶ機会が一気に増えると、あの愛しさはどこへやら。都が出かけようとすると、涼太も付いていこうと靴を履く。付いてくるなと言うと、駄々を捏ねる。母親も手のかかる涼太を都に預けようとして、一緒に連れていくように窘める。友人は幼い涼太を物珍しく思うのか、とても可愛がる。そして、都は1人のけ者扱いされたように思えてしまう。
そんなことを続けていたためか、都は放課後友人たちと遊ぶことがなくなっていた。
そして、週7日勤務の子守を無償でさせられる羽目になってしまっている。
「ねぇちゃん、ねぇちゃん。ぼく、おえかきしたい」
「勝手にすればいいじゃない」
都の腕に絡みついてくる腕を、蔑んだ横目で映す。
「クレヨンどこー?」
「紙、ちょうだい」
「ねぇちゃんもいっしょにかこうよー」
何も出来ない涼太に一々、すべてをしてあげなければならない都は、ダイニングテーブルに頭を擦りつけた。握る拳には血が通っているように思えないほど、冷たく感じられる。
「ねぇちゃん」
涼太の都を呼ぶ声を聞いた瞬間、都の中で何かが津波のように押し寄せた。
両手の拳を思い切りテーブルに叩きつける。飾ってあった花瓶が床に落ち、断末魔の悲鳴を上げ散る。何度も何度も、まるで叩き下ろす場にこの思考の根源があるように、ただただ一心不乱に拳を殴りつける。
「そんなに叩いて痛くない?」
涼太の楽しそうな声が都に届き、振り上げた手を徐に止め振り返る。
「すっごい血だねぇ」
殴りつけている時はまったくわからなかったが、都の拳からは赤い血が滴り落ち、机を染めていた。そんな机にへばり付く血を涼太は、人差し指に取り、恍惚とした表情で眺めている。
「あんた、ダレ」
目の前にいるのは、弟の涼太だ。
しかし、都は涼太がこんな表情と声音をするところを見たことがない。本能的に畏怖を感じ取り、距離を開けるよう、一歩下がる。
「えー、僕だよ? 涼太だよ、ねぇちゃん」
唇に弧を描き、弾むように話す。
室内には、都の浅く早い呼吸音と秒針の音が響く。
涼太は、恐怖に色を染めた都に近づき、震える手を取ると未だ赤い血の滴るそこに頬ずりをした。
「僕ね、大好きなねぇちゃんのためにイイコになったんだよ。嬉しいでしょ? だから、ずっといっしょにいてね。ね、ミヤコオネエチャン」
翌日の朝になると、昨夜遅く帰宅した母親がリビングに現れた。
「あら、都ちゃんと涼ちゃんは朝から仲良しさんね」
すこし驚くように、しかしとても嬉しそうに母親は子供たちを見とめる。
「僕、ミヤコオネエチャン大好きだもの」
都の腕に絡みつく身体は、嬉しそうに頬ずりをする。
都もそれを嫌がるそぶりなく、その頭を優しく撫でる。
「ワタシモ、涼太クン、大好キ」
都の目に映るは、どんな涼太かを母親は、知る由もない。
読んでいただき、ありがとうございました。
初のホラー小説です。
これを、ホラーと言えるのかはわかりませんが、こんな弟いたら怖いなぁ、ということで……。
弟の涼太に何かが取りついた。元々、涼太は最後のような性格をしていた。などなど考えられると思いますが、その部分は読者様にお任せします。
私は、こんな兄弟愛があったら嫌だけど、どうしてかこういった作品に興味があることも事実です。なんででしょうかね。
拙い文章ですので、何か思う点、改良点、感想などございましたら、お知らせください。