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クロス×ドミナンス《旧版》  作者: 白銀シュウ
第7章 死して咲く華、身のない幻
59/60

【7‐3】  四人四色

 水崎 氷柱。

 2011年7月20日にスウェーデンのストックホルムで生まれたと記録には記載されている。

 スウェーデン人でジャーナリストの父と日本人で化粧品会社の社長である母の間に生まれた一人娘であり、両者の聡明な頭脳を受け継ぐかのように幼少期から凄まじい才能を発揮していたという。

 1歳の頃には既にスウェーデン語による会話が成立し、2歳の頃にはスウェーデン語と日本語を話せるようになっていたそうだ。5歳になる頃には崎の2つに加えて英語・ロシア語・ノルウェー語・デンマーク語・フィンランド語の計7ヶ国語を操れるようになっており、周囲の大人たちを気味悪がらせたという話は彼女の才能を語るに置いては外せないだろう。

 父の影響による科学知識や軍事知識、民族文化に対する豊富な知識をその脳に蓄え、その頃から父の真似事で記事を書くようになっていたという記録も残っており、実際に10歳の頃に書いたという記事がアメリカの新聞に掲載され、その年のピューリッツァー賞ジャーナリスト部門を史上最年少で受賞してしまったのだからその才能はまさしく本物であろう。

 また、その知能に加え、先天性虹彩異色症(オッドアイ)先天性白皮症(アルビノ)という超希少とされる症状を2つも身に宿していることから『神の子』などとも呼ばれたりしていたという。

 そんな経歴を持つ彼女であったが、12歳の頃に父が取材先で軍部のクーデターに巻き込まれ、死亡してしまう。そしてその取材に同行していた彼女もそれきり行方不明となってしまう。

 遺体は父方のしか見つからなかったが、彼女の愛用していたカメラが現場で壊れた状態で見つかったこと、また取材先がアフリカ南東部で“先天性白皮症の人間には特別な力が宿る”という伝統的な考えによる臓器売買のための殺人風習が残っていたことから、死亡は確実とされた。

 スウェーデンに2人の墓が立てられた後、世界は2023年という激動の年を迎え、彼らのことを忘れていき、やがて誰もが“水崎氷柱”というジャーナリストの記憶を薄れさせていった。

 これが、彼女に関して記載されている“表世界の歴史”である。


「どいつもこいつも『氷は弱い。凍らせることしか能のないクズ能力だ』なんてほざきますけどね、私の超能力のこと、勘違いしすぎなんですよ」


 氷柱は文句を言いながらレヴィルカに接近する。

 レヴィルカは不敵な笑みを浮かべながら氷柱を指差して短く「現れよ」と呟く。

 するとレヴィルカの周囲の地面から真っ白な気体のようなもの――幽霊が大量に湧き上がり、身体を形作っていく。


「ねぇ、貴女は『スリーピー・ホロウ』ってご存知かしら? アメリカ北部でよく知られる都市伝説なんだけど」


 真っ白な蜃気楼のような気体は急激に氷結された気体の様に真っ白な色をクッキリと現す。カメラのピントを直したかのような感じだ。

 そして、現れたのは首のない騎士だった。目が怪しく光る馬に跨っており、その手には実体化した武器が握られている。

 そんな首なし騎士(スリーピー・ホロウ)が5体。レヴィルカの無言の腕を振るだけの命令で彼らは武器を構え、氷柱に向かって馬を走らせる。

 しかし、それでも氷柱はマイペースに対処する。


「私の超能力は『氷を生み出す』だけではないんです。氷雪系最強の超能力なんですよ? ちっとはない頭振り絞って考えやがれってわけですよ」


 氷柱は右手に冷気を集中させる。


「『雷霆の支配者』に『地獄の閻魔』、『失墜する人魚姫』、『太古の風神』『渇求の女王』『悪徳なる使徒』『深淵の死刑囚』。そして、私こと『白魔の氷帝』。伊達に自然属性(エネルギー)系の頂点に君臨する超能力者の1人やってないってこと、見せてやりますよ」


 氷柱の右手からパキパキと薄氷が割れるような音がすると、掌から2メートル程の細長く鋭利な氷柱が生えてきた。どうやら、それを握って剣の代わりにするようだ。


「そんなちっぽけな物でその子達は倒せないわよ」

「どうでしょうか」


 氷柱とスリーピー・ホロウが会敵する。

 1体目のスリーピー・ホロウの槍を左掌ではじく様に叩いて軌道をずらすとすれ違いざまに斬りつける。そして斬りつけた部分と槍の触れた部分から薄氷が発生し、瞬く間に身体を侵食していく。

 2体目のスリーピー・ホロウのロングソードは氷の剣で受け止める。しかし、氷の剣はロングソードに砕かれてしまう。


「コンマ一秒でも時間が稼げたのなら十分ですよ」


 氷柱は地面を滑るように前方に突っ込んで回避し、馬の足に触れ、氷結させて転ばせる。

 3体目のスリーピー・ホロウの槍は棒の部分を白刃取りのように受け止める。そして、槍の部分から全身を氷結させて動きを止める。


「機動力のない駒なんて私の敵じゃありませんよっと!」


 起き上がった氷柱はそのままジャンプして4体目のスリーピー・ホロウのロングソードをかわすと突き進む。

 そして再び氷の剣を生み出して握ると5体目に突っ込む。


「うらぁっ!」


 5体目のスリーピー・ホロウのロングソードに氷の剣をぶつける。

 両手で氷の剣を握り、氷柱は力をこめる。


「馬鹿じゃないかしら。騎馬に乗った騎士相手に力比べで勝てるとでも?」

「思って……ませんよ」


 氷柱は周囲に冷気を展開させる。


「そうだ。この際ですし、面白いもの見せましょうか」

「!」


 氷柱が舌で唇を舐める。

 その瞬間、氷柱の後方から強力な大寒波が吹き荒れてきた。

 吹雪のように雪が襲い掛かり、レヴィルカやスリーピー・ホロウ達の視界を奪っていく。


「頂点を極めれば氷だけじゃなくて雪にも干渉できるようになるんです。電撃系ほどではありませんが、氷雪系も中々の応用力があると思いますよ?」

「くっ……!」

「周囲の空気を冷却して膨らませたり縮ませたりするだけで寒波は引き起こせる。そりゃ、こんな異空間かつ寒くもない場所じゃ、完全再現には至りませんが、これくらいなら余裕ですよ」


 雪や氷を纏った吹雪と寒波が当たりに吹き荒れる。


「ううっ!」


 レヴィルカは自身の足が凍り付いていることに驚愕し、苦痛の声を漏らす。

 辺りの木々や草、コンクリートの建物も急激な気温の低下によって氷を張っていく。


「やれやれ。幽霊でも凍えるんですね」


 レヴィルカは両手を顔の前に出して雪をガードする。

 氷柱はスリーピー・ホロウのロングソードを受け流す形で回避するとレヴィルカへと突っ込む。


「とっとと成仏してくれますかね?」

「ッ!」


 氷柱の氷の剣をレヴィルカは寸前でかわし、距離をとろうとするが、地面に張った氷で転倒してしまい、しりもちをついてしまう。

 氷柱は慣れているのか氷の上を滑ることなく、走って距離を詰めようとする。


「くぅっ!」


 レヴィルカは腰の刀を抜くと両手で持って氷柱の氷の剣を受け止める。

 しかし、氷の剣に触れた刀は瞬く間に氷結し、氷付けとなってしまう。

 レヴィルカは慌てて刀を捨てて立ち上がろうとするが、うまく立ち上がれない。


「詰み、ですね」


 氷柱は氷の剣をためらいなく振るう。

 先端がレヴィルカの頬をかする。


「ちっ!」


 氷柱は舌打ちすると左手からもう1つの氷の剣を生み出し、二刀流に持ち変える。

 レヴィルカは指を鳴らし、新しい幽霊たちを呼び寄せる。


「なっ!?」

「私は呼び出せる幽霊が最大5体と言った記憶はないわ。それに、幽霊を呼び寄せる能力は私の超能力ではないわ」

「!」


 氷柱は地面から生えてきた真っ白い腕をに足首を掴まれ、転ぶ。

 そして、気持ち悪いほどに真っ白い手に足を、腕を、身体を掴まれ、動きを封じられてしまう。


「ちっ!」


 氷柱は相手を氷結させようと超能力を開放する。しかし、周りの幽霊たちの身体は凍りつかず、さらに数を増やして氷柱の身体を弄るように捕縛する。


「ど、どうして!?」

「幽霊が攻撃する際に実体化しなければいけないルールでもあったかしら?」

「ッ!」


 つまり、今彼女を捕縛する幽霊たちは透明にして物をつかめる幽霊。

 声には出さずとも驚愕した氷柱はレヴィルカを睨む。


「やってくれましたね……」

「こんなことも予期できないのかしら? 思っていたよりも馬鹿ね」

「幽霊なんてあちらの世界には居なかったもので、対処法なんてわかるわけないじゃないですか」


 氷柱の前で馬を停めたロングソードを構える5体目のスリーピー・ホロウをレヴィルカは見ながら答える。


「常識に捉われている最上位能力者(LEVEL7)だなんてお笑い種ね。私の生きていた時代と違って随分と平和ボケしたようね」

「深謀遠慮と言ってくださいな」


 4体目のスリーピー・ホロウが氷柱の後ろでロングソードを構える。


「さて、チェックメイトね。最後に言い残すことは?」

「ない頭振り絞って考えろ、って言いたいですね」

「そう……。もういいわ、死んでくれないかしら」


 レヴィルカが片眉を吊り上げて静かに怒りを含めた言葉を氷柱に送る。

 それと同時に前方と後方のスリーピー・ホロウが武器を振るう。


「あぁ……残念ですね」


 氷柱は遠い目をしながら呟く。

 そして前方のロングソードが首を、後方のロングソードがわき腹を狙って横から振るわれた。

 ロングソードは彼女の肉と骨を引き千切り、彼女の綺麗な身体を三等分にする。

 ガラスを叩き割るような音が空気を震わせた。

 氷柱の身体は三等分になり、地面に落ち――そして、砕けて派手に飛び散った。



「なっ……!?」



 レヴィルカは目の前で起きた現象に驚愕し、目を見開いた。

 目の前では砕けた氷が白煙をあげて地面に転がっている。

 そこには、血はない。

 そこには、肉がない。



「残念ですねぇ。……死ねないのが」



 後ろから声が届くと同時にレヴィルカの腹から血が吹き出る。

 レヴィルカが口から血を垂らしながら後ろを振り向く。


「あ、貴女……!?」

「言いましたよね? ない頭振り絞って考えろと」


 氷柱の身体から氷が割れる音と白煙が出る。

 そして、紅く染まった氷の剣先から血が零れ落ちる。


「この世で自然エネルギーを操る超能力者は2種類存在します。1つは“元から存在するものに干渉することによって自然エネルギーを操る超能力者”。つまり、電荷のない場所では発電できない人や酸素のない場所で発火できない人、光のない場所で発光できない人はこちらに分類されます。言い換えれば、この世の法則に則らなければ超能力を使えないタイプですね」


 氷柱は右手に握り締めた氷の剣をさらに深く突き刺す。


「そしてもう1つが“何もない場所から自然エネルギーを生み出す超能力者”。このタイプの超能力者は“身体から自然エネルギーを生成する”ことによってそのエネルギーを操ります。勿論、元から存在するエネルギーに関しても干渉して操れますけどね。まぁ、私は氷という水から派生したエネルギーと呼ぶには少々微妙な自然物を操る訳ですが……それでも後者です。さて、ここまで言えばその馬鹿な頭でも答えは出せるでしょう?」


 レヴィルカは氷柱を憎悪を込めて睨みながら呟いた。


「身体を“自然体”に変えたのね……」


 氷柱は人の悪い笑みでレヴィルカを見下す。


「ご名答。……“身体から氷を生み出せる”のなら“身体を氷にすること”など造作もありません。逆に言えば、私は身体をどれだけ引き裂かれたり砕かれたりしようとも氷のひとかけらでも残っていれば再生可能なわけです」


 氷柱は氷の剣を引き抜くとレヴィルカの背中を踏みつけて傷口を踏みにじる。


「まぁ、貴女が憑依しているその身体の持ち主はそんな芸当、まだできないようですけどね」

「ぐっ……」


 レヴィルカの怨嗟を込められた眼光を軽く受け流しながら氷柱は呟く。

 独り言を言うかのように。


「番人がこれだけ弱いというのも拍子抜けでしたね。まぁ、人の身体に憑依しているからかもしれませんが」

「いいのかしら……。この身体も相当な超能力を秘めているのよ? こんな場所で殺せば……」

「くどい。私は言ったはずです。第24位(んがむらけいすけ)には興味がありますが、第17位(かこいりな)には興味などない、と」

「……狡猾な子」


 氷柱はその言葉で表情を一気に変貌させ、傷口をつま先で抉る。

 レヴィルカは苦痛の余り、声を漏らす。


「……有益な情報は引き出せそうにありませんね」


 氷柱は冷めた表情でレヴィルカを見下し、溜息をつく。

 興味を失った対象など、彼女にとって路傍を歩く蟻以下の存在である。彼女の追い求める真実に関して価値がない人間など心底どうでもいいのだ。


「なら、とっととその媒体ごと潰してしまうことにしましょう」


 氷柱は両手をゴミを払うようにパンパンと叩いて空を見上げる。

 赤い月が氷柱を見下ろしていた。


「たまに氷雪系の超能力者の中にいるんですよ。『氷使いは氷をぶつけることしかできない』とかそういうヤツが」


 レヴィルカの両手両足がパキパキと音を立てて凍結し始める。


「もっと頭振り絞れって思いますけどね。氷塊ぶつけたり、氷剣で刺したりするだけとか能がないじゃないですか」


 氷柱の両手からパキパキと音が響く。


「電撃を司る超能力者が感電しないのと同じように私も凍死や凍傷は起きないし、氷に触れていても神経の麻痺は発生しない。もっとそういう特性を使えって言う話ですよ


 氷柱の両腕から白煙が湧き上がる。


「ドライアイスってご存知ですかね? まぁ、数百年前の死者にいっても伝わらないでしょうけどね」


 氷柱の両腕からドライアイスの剣が現れる。

 白煙を纏い、液化せずに気化するその剣先がレヴィルカに向けられる。


「固体化した二酸化炭素なんですけどね、マイナス78℃なんで触れただけで即刻大火傷ですよ。……普通のドライアイスはアンモニアの生成過程で発生した二酸化炭素を使ったりするそうですが、貴女をここで始末できるというのなら別に問題はないでしょう」


 レヴィルカの手足は完全に凍りつき、動くことができない。

 誰がどう見ても勝利が確定した空間の中で氷柱は宣告する。


「さて、最期に言うことは?」

「ふふ……そうね」


 レヴィルカの唐突な不敵な笑みに氷柱は眉を潜めて警戒する。

 この状況下において、氷柱が優勢であるのは明らかだというのに。


「…………私の勝ち、っていうのが最後の一言でいいかしら?」

「……まさかっ!」


 氷柱はレヴィルカから目を離し、別の方角を見る。

 しかし、そこには幽霊もなにもいなく、大量の血痕が残されているだけだった。


「しまっ……!」


 氷柱が舌打ちして己の失態を悔やむと同時にレヴィルカは気味の悪い笑みを零した。


「貴女の敗因は最も重要な存在を無視したことね」

「ッ!!」


 氷柱はレヴィルカの首目掛けてドライアイスの剣を振り下ろす。

 しかし、氷柱は寸前で剣を止めた。


「……癪ですね」


 レヴィルカ――理奈の瞳は閉じられており、意識を失っているだけの状態に戻っていた。

 氷柱は息を吐くと理奈の手足の氷を解凍し、自身の両腕に持っていた剣はその辺に放り捨てて気化させる。


「栂村啓介が持っていかれたのは完全に私の落ち度でしたね……」


 眠る理奈と大量の血痕を交互に見た氷柱はしゃがみこむと、ポーチから包帯を取り出し、理奈の腹部に巻き始める。

 氷柱個人としては、別にここで理奈が野垂れ死んでも自業自得なので構わないのだが、ここで死なれると上層部に対する『理奈と同価値分の補填』を用意する労力を考えると面倒なので生かすことにした。

 それに、まだ戦いは終わっていない。


「あーあー……お荷物抱えてあの亡霊と戦うのは骨が折れそうですね」


 理奈は啓介が連れ攫われたという事を知ったらどんな顔をするだろうか。

 精神崩壊するか? 暴れるか? 自殺するか? それとも……

 氷柱は理奈が起きた後の事態を予想して軽く落胆するとポーチの中から携帯電話を取り出す。


「……11時35分。やはり、この世界は太陽が昇らない。……そう考えるべきですね」


 氷柱はそう結論付けると倒れている理奈の隣に座り込む。

 空に浮かぶあの紅い月は恐らく『狂気を増幅させる類の装置』なのだろうと氷柱は推測する。

 あの亡霊が何の超能力を持っているのか不明瞭だが、その線で考えるとあの亡霊は恐らく『狂気を操る』ようなタイプ――感情に作用するタイプの能力だろうと氷柱は推測する。

 人体に憑依できるのは幽霊の基本能力なのかどうかはわからないが、理奈の心の中に眠る何かをあの月で目覚めさせ、そこに入り込む形で憑依したのは確実だろう。


「……相手の精神を乗っ取るタイプの超能力者は今まで見てきましたが、それと同じ対処法で戦ってよいものか疑問ですね」


 自分こと水崎氷柱にはなく、栫理奈に存在するもの。

 相手の能力の推測するために必要な材料がこれだけでは足りない。

 もっと何か別の材料を探す必要がある。


「……まさか、栂村啓介に何か鍵が?」


 よくよく考えるとそうだ、と氷柱は思う。

 何故あの亡霊は啓介を殺すのではなく、拉致したのか。その部分について氷柱は思考してみることにした。


「……」


 氷柱は顎を撫で回しながら考え込む。

 何故、ヴィーラ・レヴィルカは栂村啓介を拉致した?

 肉体がほしいと言う理由ならば現に理奈を乗っ取ったし、別に自分でも構わなかったはずだ。男である啓介を拉致する理由にはならない。

 では……?


「まさか、ねぇ……。死者が生者に恋する……なんてバカなこと」


 一瞬でもそんな考えが浮かんでしまった自分を殴りたいと氷柱は思い、羞恥に駆られて頭を掻き毟る。

 ジャーナリストであり、真実だけを追究する存在である自分が恋愛などと言う不確かなものを信じてしまってどうするのだ、と己を気びく叱責する。


「ったく……。私も相当毒されてるのかもしれませんね」


 ポツリと呟くと氷柱は横で気絶する理奈の顔を眺める。

 化粧っ気が全くないにも関わらず、整った顔立ちに少しだけ氷柱は羨ましがった。

 しかし、今はそんなことに現を抜かしている暇はないのだ。


「あーあ。……作戦立て直すの、面倒ですね」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 栂村啓介・栫理奈・水崎氷柱の3名による聖地制圧作戦開始から約2時間後。

 ギルドと日本政府は緊急事態宣言を発令し、日本国全域の空港と船の入国出国を停止していた。聖地を狙う暗部組織の人間を徹底的に排除するための策であり、表向きは『テロリストが入国した可能性がある』ということで通っている。

 突然の空港機能停止にざわめく成田国際空港では、客たちが1人1人丁寧に自衛隊によって調べられていた。

 ここ、成田国際空港は帝都・東京最大の国際空港であり、数多くの外国人や日本人が出入国する日本の中枢ともいえる空港である。

 そもそも、帝都・東京はかつて首都圏と呼ばれていた東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県・茨城県・栃木県・群馬県を1つに纏めた日本最大の帝都であり、現在は『政治』に特化した大都会として、水没してしまったニューヨークに代わる世界最大の大都会としてその名を世界に知らしめている。


「ねぇねぇねぇねぇ!」

「……」

「ねぇーってばぁ!」

「うぜぇ」


 新聞紙を読んでいた青年は後ろからかけられる声に苛立ったのか、後ろで騒いでいた少女の首を掴んで引っ張りあげる。

 服を引っ張られて前に引き寄せられる形になった15歳ほどの少女はへそと腰を惜し気もなく周囲の人間に晒してしまう。


「黙ってろと俺は言ったんだ。黙れないならその口、縫い付けるぞ」

「うっ……」


 青年の圧倒的な殺気を纏った威圧感に押された少女は顔をこわばらせて無言で頷いた。

 それを見た青年は手の力を緩め、再び新聞紙に集中する。


「んー……暇なんだけどぉ」

「だったら周りの男でもナンパして交尾してやがれ。クソビッチが」

「うわぁーん、ひどいぃ! アヤカはヤマト一筋なのにぃ!」

「俺はガキに興味ねぇ」


 新聞紙を読む黒髪の青年――大和 輪廻(やまと りんね)は舌打ち交じりに後ろから体重をかけてくる女性――春夏秋冬 絢香(ひととせ あやか)に軽い苛立ちを覚えながら過去の自分を殺したい衝動に駆られる。


「そんなこと言ってぇ。ヤマトは、アヤカの超能力(ちから)がないと生きていけない癖にぃ」

「ペラペラペラペラ素性を語るんじゃねぇ。自衛隊ワンコに怪しまれんぞ」

「うっ……そ、そうだねぇ。……ヤマトの言うとおりにするよぉ」


 神仙組の軍服を着ていない黒を基調としたゴシックパンクの服を着ている大和は視線だけを動かして自衛隊員たちを眺める。


「自衛隊はテロリストが侵入したかもしれないって言ってたけどどうするの? この空港にいたらどうしようぅ」

「建前に決まってんだろ、ゴミが。コイツはギルドの策謀だろ。……何を考えてるのか知らねぇがな」


 大和は自衛隊員から目を離すとかけていたメガネを外し、油断していた絢香にかける。

 短い悲鳴を上げた絢香を無視して大和は呟いた。


「クソ面倒なことになりそうだぜ……」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 同時刻。

 太平洋上で啓介たちが聖地に侵入したという報告を、船上で少女――天野 寂(あまの じゃく)は受け取っていた。


「ふーん。あいつら、ついに聖地に突入したんだ。見つけて速攻突っ込ませる辺り、相当ギルドも焦っているってことかしら」

「どうでしょうか……」

「そういうもんよ、紅葉」


 寂は甲板の野外プール付近に設置されているビーチチェアに寝転がりながら呟く。

 隣のビーチチェアで正座していた17歳程の女性――時雨 紅葉(しぐれ もみじ)は不安そうな音色と表情で寂を見る。

 2人とも、水着姿だが、濡れていない所を見る限り、プールに入る気は更々ないようだ。


「ギルドは既に念入りに調査する時間すら省きたいくらいに焦っているのよ。でなければ、第二の聖地の可能性がある“アメリカ”と“フランス”に余った聖人を派遣させるわけないでしょ」

「アメリカの何処かは検討着いているんですかね……?」

「さぁ? ……まぁ、今この船はロサンゼルスを目指してるわけだし、向こうに着くまでにはまだまだ時間があるわ」


 寂はペッタンコな紅葉の胸をチラ見しながら呟く。

 紅葉はそれに気づかずに海を眺めて不安を吐露する。


「私、不安です。初の海外任務……」

「今の時代、英語も喋れない日本人なんて戦前生まれの人間だけよ?」

「それでも実践では初めてなんです!」

「ふーん……。まぁ、捕って喰われる訳じゃないし、もう少し気を抜きなさいよ。アンタの悪いところはクソ真面目過ぎるところなのよ」


 寂は上半身だけ起こすとサングラスを外し、テーブルに置いてあったマンゴージュースに一口つける。

 ハワイ諸島までもうすぐという絶海で寂は故郷に残る類友(けいすけ)に向かって呟く。


「まぁ、死なない程度に頑張れ、大悪党(ヒーロー)




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 7月2日。

 日本の時刻から7時間(本来は8時間だが、現在はサマータイム)ほど遡った時刻である午前4時35分。

 金色ではない黄色の髪に黒のメッシュを入れた青年――霧生 零時(きりゅう れいじ)はフランスの首都パリで真夜中のティーブレイクを楽しんでいた。


「……」


 遠くに見えるエッフェル塔を尻目に霧生は本を無言で読み続ける。

 深夜と早朝の狭間ということもあってか、深夜勤務を終えた会社員などが喫茶店で疲れを癒すかのように休息していた。


「ねぇ……」

「…………」

「ねぇ……」

「…………」


 目の前で自分を無視してひたすら読書に励む無口男に健気にも女性は何度も話しかける。

 そんな女性と霧生の一部始終を黙って眺めていた少年はコーヒーカップから口を離すと呆れがちに女性に声をかけた。


「なぁ、燈沙さんよ。零時には何を話しかけても無駄だと思うぜ?」

「……はぁ」


 灰色のポニーテールを持つ18歳程の少女、猫斑 燈沙(ねこまた りさ)は頬杖をつきながら悔しそうに溜息を吐いた。

 それを隣で呆れるように見ていた青年――燕翔寺 悠斗(えんしょうじ ゆうと)は『最初から結果なんてわかってただろうが』とでも言わんばかりの渇いた半笑いを浮かべながら口を開く。


「燈沙よ、零時がお気に入りだって言うのはわかるが、もう少し猫度を抑えないとな……」

「ふにゃーっ! バカにしてんの!?」

「ちょっ、おまっ! 尻尾出てる!! 隠せバカ!」


 燈沙の鋭い爪に、猫耳、猫又のように生える2本の尻尾を周りの視線から隠すように悠斗は慌てて立ち上がって覆う。

 しかし、周りの客はコスプレと思ったのか深く興味を示さず、遠巻きに写真を撮るくらいだった。

 尻尾と爪と耳を抑えることに労力を費やした悠斗は息を荒くしながら肩を落とす。


「に、日本人で助かったな……。流石は日本漫画が人気の国」

「にゃーっ……」


 テーブルに伏せる燈沙をチラ見した霧生は溜息を吐くと本を閉じて立ち上がる。

 まるで予定調和とでも言わんばかりに正確な起立の仕方だった。


「れ、零時……? 何処に行くんだ?」

「…………宛がある。とりあえず、聖地探しはそこから」

「は? いや、俺たちまだフランスに来たばっかで何も調査も探索も……」

「宛がある」

「あ、いや……そうですか」


 スタスタと店の外へと出る零時を眺めながら悠斗は支払いを済ませる。

 そんな悠斗の姿を見ながら燈沙は首をかしげる。


「んー……相変わらず不思議な人間だねぇ」

「まぁ、そうだな。不気味すぎるくらいに時間に合わせて動くのはどうにかしてほしいぜ」

「それじゃ、ここはオゴリでよろっ!」

「……はぁ、割り勘じゃねぇのかよ!?」


 手を伸ばして燈沙を捕まえようとするがするりと虚空を掴むだけに終わってしまう。

 一瞬、驚いた悠斗だったが、すぐに下を向く。


「……あのさ、なんでその格好で動くわけ?」

「悠斗の肩の上に乗って移動できるから?」

「毛ぇ、全部毟るぞ。いや、水かけてやる」

「ニャー」


 悠斗は溜息をつくと灰色の毛並みを持つ二又の猫を肩に乗せて立ち止まって待ってくれている霧生へと追いつくべく小走りで追いかける。


「冷たいヤツかと思うけど、なんだかんだいって優しいよな、零時って」

「世に言うツンデレってヤツだにゃ」

「いや、違うから」


 そして、2人と1匹は夜のパリを歩く。

 悠斗と燈沙が追いついたのを見た霧生は空を見上げながら無表情で呟いた。



「…………計画通り」




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