【6‐5】 叡智の末裔
午後8時11分。
帝都・神戸の地下にある隠された都市“ジオフロント”の中央部に存在する駅へと降り立った啓介達の通信機に1人の男の声が参りこんできた。
『ようやく戻ってきましたか。いやはや、優等生ですね』
啓介は舌打ちをして先程と同じ声に対して敵意を表す。
辺りを見るに5人全員の耳に届いているようだ。
アリエルだけは通信機が無いので啓介のそばで不安そうに佇んでいる。
「とっとと十三人衆の場所に案内しろよ、カス」
『別に私に暴言吐くのは構わないんですが、十三人衆の前では絶対に吐かないで下さいね』
決めた。絶対に吐いてやる、と啓介は誓う。
『十三人衆はジオフロントのとある場所に住居を構えているのです。……かといって全員が同じ場所ではなくバラバラに住んでいるのですが』
「全員が集まってる場所に行くんじゃねーのかよ」
『違いますよ』
男は呆れたように説明する。
お前の説明が足りて無かっただけだろうが、と怒鳴りたかったが心を無理やり鎮めることにした。
ここでキレるくらいなら十三人衆の前でキレておこうと。
『全員が一箇所に揃うことなんて10年に一度もあれば良い方です。全員が己の場所に引き篭もっているんですよ。ですから、アナタ方にはとある女性の場所へと向かってもらいます』
十三人衆のうちの1人に会いに行けというわけか。
「どうやって行けばいいんですかね?」
『彼らの住むエリアはジオフロントより遥か数十メートル地下の空間ですから普通の手段では行けないのです。通路もエレベーターも繋がっているわけではありませんから』
「じゃあどうやって?」
蕨の質問に声の主は答えた。
「こうやってです」
景色が暗転した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「くっ……」
啓介は頭に痛みを覚え、目を覚ました。
目をうっすらと開け、目の前の眩しさに目の神経が刺激される。
「一体何が起きやがったんだか……」
啓介は地面に仰向けに倒れていたようだ。起き上がって辺りを見回す。
「……どこだよ、ここ」
啓介は絶句する。
先程まで立っていた駅のホームではない全く別の空間が彼の眼前に広がっていたのだ。
赤いカーペットに30メートルはあるであろう巨大な本棚が左右に並べられているこの空間は全く見覚えの無い場所であり、啓介は慌てていた。
「な、何が……。っていうか、皆は!?」
そういえば他のメンバーの姿が見当たらない。
この窓が1つも見当たらない本だらけの空間に一人ぼっちだなんて想像したくもなかった。
「目が覚めた?」
「うわっ!?」
後ろから掛けられた声に啓介はビックリして距離を取る。
そこには、袴を象った黒色の短パンに前後左右に深いスリットが入った赤色のチャイナドレスのようなロングコートを着た女性が立っていた。
腰の銀色ベルトが啓介を魚眼レンズのように映す。
「天野……」
「アンタが起きるのをずっと待ってたのよ。……あと、ここには私達2人だけしか召喚されていないみたい」
水晶や蕨、依林はいなかったと付け加えた寂は図書館の様に並べられた本棚を眺める。
啓介は背中の埃やゴミを払って寂に尋ねる。
「ここは?」
「知らないわ。ただ、十三人衆とやらの居場所であるのは間違いないでしょうね」
「……どうやって来たんだか」
「恐らくテレポートよ。この空間、扉がないのよ」
啓介は上を見上げる。
上にはロウソクによるシャンデリアが規則正しく配置されているだけだった。
上から降ってきたというわけでもないようだ。
「それはわかった。だけど何で俺たちだけなんだ?」
「さぁ? 多分、長門達には聞かせられないような内容なんじゃないの」
それだけ話すと寂は話は終わったとでも思ったのかスタスタと歩き出す。
啓介はそれを慌てて追いかける。
「お、おいおい! 何処に行くんだよ」
「脱出……はどうせ今の段階じゃムリでしょうね。だから十三人衆を探すのよ」
巨大な本棚の間を2人は歩く。
巨人の利用する図書館だと言っても差し支えないくらいに巨大なこの空間を徒歩で捜索することに啓介は軽い絶望を覚えながらも寂について行く。
(あんな場所に1人ぼっちとか怖いっての)
2人は無言で景色の全く変わらない図書館を歩く。
遥か向こうに見える壁を見ながら啓介は呟いた。
無言に耐えられなかったようだ。
「なぁ天野」
「何?」
「……ふと思ったんだけど、いいか?」
「どーぞ。セクハラじゃないなら答えてあげるわ」
お前は俺がどんな人間に見えるんだ、と不安になったがそれを無視して啓介は尋ねる。
それは理奈と再会したときからずっと抱いていた疑問だ。
「どうして、お前らは個性的な服装をするんだ?」
「個性的、とはまたバカにしたような言い様ね。これには理由があるのよ」
「理由?」
寂は左手を持ち上げて説明を始める。
左手首の赤色のダブルリングが音を立てる。
「一般人を巻き込まないためみたいなものなのよ」
「意味が分からん」
「世界には数百もの暗部組織や秘密結社が存在している。ギルドもそのうちのひとつに過ぎない」
「益々意味が分からないな。暗部組織って言うモノは一般人に紛れて敵を討つモノじゃないのか?」
「普通はそう。だけどそうもいかないのよ。どの暗部組織も背景には強大な勢力がついているものなのよ。それはわかる?」
スレイヤーズギルドの背景には日本政府がついているという話を思い出す。第三次世界大戦後末期に日本へ擦り寄って日本軍への協力と復興への援助を土産にしたと聞いている。
「政府や大企業が背景にある場合、彼らは一般人への被害を恐れるの。世間にばれちゃいけない様な事態や事件を処理するのが私達。そんな私達の活動が知られることはとても拙い」
「つまり、相手にも俺は暗部ですと分かってもらう為にわざと個性的な服装をしていると?」
「まぁそんなとこ。どちらにしろ知恵のリンゴによってお互いの活動や現在位置はある程度バレているし、向こうもこっちも一般人を傷つけて国際問題に発展させたくないっていうのもあるわね」
情報操作も簡単じゃないらしいわ、と寂は呟く。
啓介はこれらの説明に納得していた。理奈や紗音瑠の服装はこの為だったのか。
「別に強制ってワケじゃないんだけどね。……一般人が巻き込まれることを恐れているヤツは大抵個性的になる」
「お前もなのか?」
「私は……どうなんだろうね? かつて超能力者に村1つを消された経歴があるし……怖いのかも」
寂の口から放たれた意外な過去に啓介は眉を顰める。
「いっとくけど同情は禁止。星の数ほどある悲劇の1つに過ぎないわ」
「……へいへい」
改めて自分がどれだけ幸運だったのかを思い知らされた啓介は寂から目を逸らして左を向く。
そしてあるものを見つけ、立ち止まる。
「おい、天野。アレ……何だ?」
啓介が指差した先には大量の本の山があった。
本棚によって作られた道の交差点の中心に立つ2人は整理されていない本の山を眺める。
他の本が綺麗に並べられているのに対してあそこだけ整理されていないのはどういうことか。
「誰かいるのかも……」
寂はそう呟くとその方向へと走り出す。距離は1キロくらいなので全力疾走することが可能であろうと考え、2人は走る。30秒ほど走った所でその本の山にたどり着く。
そして啓介はそこで意外な人物を見つける。
「り、理奈!? と、鶴神!? どうしてここに……」
啓介は本の山の脇にある本棚にもたれている二刀流少女と傍で居場所がなさそうに佇んでいる少女を指差して驚愕する。
寂は理奈との面識がないのか何の反応もしていない。
「こっちの台詞……と言いたいけど説明してあげるわ。上層部によっていきなり連れてこられたのよ」
「上層部? やっぱり何かあるのか……?」
「さぁね。……全員集まったわよ。とっとと話してもらえるかしら?」
理奈はそう言うと本棚の頂上を見上げ、釣られて2人も本棚の頂上を見上げる。
3メートルくらいある本棚の頂上にその人間は居た。
「……」
感情の薄い声が耳に届く。
機械のような無機質さではなく、全ての物事に対して冷めたような声だった。
本の山の頂上で体育座りしながら座っていた女性は読んでいた本を閉じると傍に置く。
そして視線を動かし、下にいる元・人間達を順番に見つめていく。
「8人……。全員が揃ったようね」
ピンクに近い撫子色の足まで届くような長髪を後ろで纏めただけの色気の無い髪が揺れ動く。
真っ白と表現できそうな肌が啓介の目にはとても不気味に映った。
そして女性は啓介と寂、理奈のほうを向き、見下ろす形で喋り出す。
「私の名前はロマーノ・ウィンザー。このアンシュルス図書館の主であり、十三人衆の1人よ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アンシュルス大図書館。
それがこの巨大な空間の名称らしく、全長は10キロにも及ぶという。
こんな空間、ジオフロントの何処にあるんだという疑問を啓介は抱いたが、どうせ説明してもらえるとは思えないので頭の隅に追いやる。
「十三人衆の1人……ねぇ」
「私としてもこんな説明、面倒だから嫌なのだけど……」
「ならばこんな場所に呼ばないで貰いたいですわ」
啓介は上から聞こえた声に反応し、上を見上げる。
理奈がもたれている本棚の一番上にロングスカートの女性が足を宙に出して座っていた。
(……どこかで、聞いた声だな)
「あら、久しぶりですね。栂村啓介さん」
「は?」
啓介は女性の発言の意味が分からず、首をかしげる。
しかし女性はそれを無視するとロマーノの方へと向き直る。
「最上位能力者の第12位、黙っててもらえないかしら。……今から召集した件について説明するのだから」
「第12位……!?」
啓介は視界の端で理奈が俯きながら唇を噛んでいるのを捉えた。
理由は分からなかったが、何か因縁でもあるのだろうか。
「そうね……まずはどれから説明しましょうか」
「どうして私達だけが呼ばれたのかしら。まずはそこを聞きたいのだけれど」
寂は腕を組みながらロマーノを見る。
ロマーノはゆっくりと寂へと視線を向けると届くか届かないか微妙なラインの声量で喋る。
「ギルドはあなた達に全てを託したいの。……今から私があなた達に話す内容は最優先の重要度の高い緊急クエストのようなモノ」
「それに俺たちが選ばれたってワケか。ギルドはこれとかわかってんのかねぇー」
啓介の左で携帯ゲーム機を触っていた男性が右手の親指と人差し指で丸を作る。
どうやらお金のことを示しているようだ。
「この緊急クエストは失敗すれば地球が崩壊するほどに重要なものよ」
「報酬は“平穏”ってか? マジでどーでもいいぜ」
男性は興味をなくしたかのように携帯ゲーム機へと視線を戻す。
ロマーノはそれを話を進める。
「……とにかく、ギルドは地球滅亡を避けたいと思っている。その為にあなた達が招集されたの」
「だったら尚更疑問が残るわ。……どうしてソレを全員に言わないのかしら」
「蟻が数百匹集まろうとも巨像には及ばないのと同じよ」
「だったらどうして私がここに呼ばれたのかしら?」
寂はロマーノに言葉で詰め寄る。
「恐らくここにいる8人中、6人は最上位能力者。ギルドの最高戦力が集められていることには間違いない。けど、私ともう1人は最高戦力ではない。……ここについて答えが欲しいのだけれど」
「……聡明ね」
「生憎勘は鋭いのよ」
「……アナタは“聖人”という言葉を知っているかしら」
ロマーノと寂の対話を聞いていた啓介は自分の身体に宿る未知の力の名前が出てきたことにより少し驚いた。こんな所でその言葉を聞くと思っていなかったからか。
「知らないわ」
「“聖人”とは……神々の超越者を統べる9人の王によって決められた“悪魔に入れ込んだ超能力者”のこと。言うなれば、“神を捨てた存在”ね」
「神を捨てた存在?」
啓介の呟きにロマーノが答える。
「そう。……“悪魔を神として崇め、神に敵対することを決めた超能力者”だけが得ることの出来る力。栂村啓介、アナタも自身に【愚者】の力が宿っていることは知っているはず」
「……」
「世界に同時期に22人しか存在できない特殊な存在をギルドは見過ごすはずが無いわ。……この場にいる8人のうち、栂村啓介、栫理奈、天野寂、霧生零時、水崎氷柱の5人は“聖人”の力を既に手にしている筈」
「私はそんなの知らないわ!」
「知らないだけ。既に力は身体に宿っている。……まだ目覚めていないだけ」
ロマーノは寂を払いのけると啓介を見る。
氷よりも冷たい双眸が彼を貫いた。
「聖人の力をある程度使いこなすことの出来る存在は現時点で大和輪廻だけ。……栂村啓介、栫理奈、樹神鶴神、貴方達は彼の黒い翼を覚えている筈」
「ちょっと待て、今現時点でって言ったよな?」
「えぇ」
「……あの野郎、生きてるのかよ」
薄々感じてはいたが、やはり生きているのかと啓介は歯噛みする。
「ギルドが捜索しているけど、彼の死体はまだ出ていない。……まぁ彼の話はいいわ。先に進めましょう」
「…………」
「【愚者】・【預言者】・【裁判長】・【観測者】・【魔術師】。これだけの聖人が集まっているのならギルドはすぐにでも世界中へと同時に動けるようになるわ」
ロマーノは左手の指でパチンと音を鳴らすと景色が暗転し、辺りが真っ暗になった。
一瞬驚く一同だったが、すぐに落ち着く。
周りは真っ暗であるにもかかわらず、各自の姿はハッキリと見えているという実に不思議な空間である。
「そして話は変わるけれども、世界には“聖地”と呼ばれるエリアが存在しているわ」
「聖地って、キリスト教徒かイスラム教とかの……?」
鶴神が尋ねるが、ロマーノは首を横に振る。
そして下を指差す。
「地球には7箇所の“聖地”が存在する。それは“神の力が封印された区域”のことであり、そこには絶大なる力が眠っている」
「それがどうしたというんですの?」
上から第12位――もとい双風瑞希が尋ねる。
ロマーノは顔を上げずに下を見ながら答える。
「……今、暗部ではとある秘密結社の活動が盛んになっている。奴らは聖地に眠る神の力を使い、世界を無へ還そうとしている」
「意味が分からないわね。暗部の人間はほとんどが『世界征服』に興味を持っていないものだと思っていたけど」
「そういう意味では奴らは異質。『世界をあるべき姿へ戻す』という信条を元に世界のあちこちで活動を始めているわ」
理奈の呟きにロマーノは同意し、全員に下を見るように促す。
下を見た啓介は驚いた。
「地球……?」
「仮想映像よ。……ともかく、この地球を見て頂戴」
「はぁ……」
「数百年前からずっとこの聖地について調査を続けて来たギルドは聖地がどの位置に存在するのかある程度は把握している」
すると仮想映像の地球の一部の地域が赤く光る。
日本列島が光っていることに気づいた寂は再び質問を繰り出す。
「日本が光ってるけど、これは?」
「日本列島にも聖地が1つだけ存在するのよ。……ただ、聖地は通常の位相空間とは微妙にズレた位置に存在しているから簡単には発見できないし、入ることも出来ない」
「ではどうやって入るんですか?」
鶴神が手を遠慮がちに挙げて質問する。
ロマーノは緩慢とした動きで首を動かして彼女を見ると質問に答えた。
「聖地には聖人しか侵入することが出来ない。……いえ、正しく言うならば『聖人級の力を手にしている存在』以外は強制的に排除されてしまう場所よ。……だから結果的に聖人しか入ることが出来ない」
「俺たちを読んだ意味がわからねぇな」
携帯ゲーム機を仕舞いこんでいた男性が呟く。
聖人の力を持っていないのならば自分は無関係ではないのかと聞いているようだ。
「別に聖地内部だけで争うわけではないわ。……アナタのような存在には各地へと出向いて奴らの排除を頼みたいの」
「つまんないねぇ……」
「文句の多い奴ね、第19位」
「黙ってろ、被虐女」
瑞希が上から挑発するようにくすくすと笑いながら第19位と呼ばれた男性を見る。
しかし男性は瑞希の挑発を軽く受け流すとロマーノの方へと視線を戻す。
瑞希は忌々しそうな顔をして爪を噛む。
「……ともかく、栂村啓介・栫理奈・天野寂・水崎氷柱・霧生零時の5人には聖地の所在が明確に把握出来次第、聖地の制圧へと向かってもらいたい。……これが貴方達への任務」
ロマーノは第19位の方へ振り返る。
「ジャック・マルクと双風瑞希、神島台駿介の3人は奴らの殲滅。……増援も計画はしているけど、知恵のリンゴに余計なことを悟られたくない現状ではこの人数で動くことしか出来ない」
「しばらくは待機しておけってことか」
啓介から見て右奥に座り込んでいた黒と青が入り混じった鉄紺色の髪の男――ジャック・マルクが呟く。
ロマーノはその言葉に無言でうなずくと指をもう一度鳴らして空間を元に戻す。
巨大な本棚と本の山が戻って来た。
「私から説明したいことはこれだけよ。……あとは各自戻るなりなんなりしてもらって結構よ」
むしろ帰ってくれという雰囲気を放つロマーノ・ウィンザーはそれだけ言うと再び読書に没頭する。
孤独と本を望む彼女にとってこれだけの人間がこの場にいることは許せないのかもしれない。
「興味深い話だった。だが、俺はギルドの操り人形になるつもりは毛頭無いぞ」
「俺もそんなところかなぁ。今のところは情報不足だし……しばらくは様子見ってとこかな」
「そう。……あぁ、そうそう。出口は大図書館の最北端よ」
ジャックはそれだけを言い終えると両手をポケットに入れたまま振り向き、去っていく。
駿介も腰のポーチからゲームを取り出すと再び遊びながらその場を去っていった。
瑞希はいつの間にかいなくなっていた。
「……色々と考えたいこともあるし、私はひとまず戻るわ。また会いましょう」
寂はそれだけ言い終えると啓介の左肩を叩いて去っていく。
「……アナタ達も早く戻ってくれると嬉しいのだけれど」
「啓介、とにかく戻りましょう。話はそれからよ」
「わかってる」
啓介と理奈、鶴神も出口へ向かって歩き出す。
今は戻ってゆっくりと休んで……それから考えようと思い、啓介は進んでいく。
「栂村啓介」
啓介は自分の名前が呼ばれたことに気がつく。
「お前……」
先程まで前には誰もいなかったはずなのに、彼らの正面に1人の青年が立っていた。
黒と黄の入り混じった特徴的な髪に黄色のネクタイ、黒のスーツは彼らに強烈な印象を与えた。
「誰よ」
理奈が警戒して刀に触れる。
いくら同じ組織とは言えども自分達に牙を剥くなら容赦はしない、と考えた末の行動だ。
しかし、青年――零時はそれを無表情に見つめると啓介へと言葉をぶつける。
「栂村啓介、君はこの事態は甘く見ていないか?」
「……」
「それはやめておく事だ。……君は第1位を倒したこととこれまでの暗部活動において無事に生き残ってきたことから天狗になっているんじゃないか?」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味だ。天狗になっているのなら忠告はしておく。……君がこのまま慢心し続けていると近い未来、君は絶望に飲み込まれることになる。近い人を失うような運命を手に入れることになる」
零時は下へずれた眼鏡を元の位置へと押し上げる。
170cm後半はあるであろう長身にマフィアの様なスーツはかなり威圧感がある。
「慢心なんかするもんかよ。それに、近い人を失うって……どういう──」
「こういうことだよ」
その言葉が耳に届いた瞬間、零時の姿は啓介の目の前から消えていた。
脳が目の前の事態を処理できずに啓介は固まる。
「君はまだ“暗部の人間”ではない。“暗部の人間ごっこ”をしているに過ぎない」
「くっ……!!」
「理奈!?」
零時はいつの間にか本棚の上に立っており、右手で理奈の首を押さえつけている。
理奈も今気づいたようで、零時の腕を両手で掴む。
「このッ!」
理奈が電撃を放とうとした瞬間に零時の姿は消える。
不思議な現象に啓介の脳は追いつけなかった。
「君が大切な人を失いたくないというのなら……甘えは捨てろ。全てに対して非情になれ」
「!」
啓介は後ろから聞こえてきた声に驚愕し、慌てて距離をとる。
「テメェッ!!」
「君は自分の価値を理解するべきだ。……君には君にしか出来ないことがある。それを慢心で行おうとするな」
「どういうことだよ!」
「それだけのことさ。……ではまた何処かで」
零時はいつの間にか姿を消していた。
啓介は辺りを見回して零時を探すが、何処にもいなかった。
理奈が上から飛び降りてくる。
鶴神が啓介へと寄ってくる。
「一体何者なんでしょうか……」
「さぁな……」
啓介はあの不思議な男の言った言葉の意味を理解しようと考える。
しかし、意味が分からない。
(慢心? 俺は今までずっと命懸けで全力で戦ってきた。……どこに慢心が?)
「啓介、あの男……命を狙う気は無かったみたいだけど、怪しいわ」
「そっか」
「……しばらく気をつける必要があるかもしれないわね」
理奈は首に触れながらその言葉を口に出した。