【6‐1】 先人の遺産
【前回までのあらすじ】
(章始めなのであらすじはナシ)
【6‐1】 先人の遺産
6月2日。
午後2時12分。
「聞いたよ。第1位に勝利したんだって? 凄いじゃないか。…ってどうしたんだい?」
「なんでもねーよ…」
山口県下関市。
駅のすぐ近くにある喫茶店で啓介と水晶は待ち合わせていた。
「身体の方はキツイかもしれないけど…今回は戦闘がメインじゃないからそんなに疲れないと思うよ」
「いや、そういう意味で憂鬱だったわけじゃないから。…むしろ」
啓介は席をガタッと立つと隣に座る人物を指差した。
「どうしてアリエルがここにいるんだよ!?」
水晶は啓介の隣で両手でコップを持ち上げてストローで飲んでいるアリエルを見ると説明を始めた。
「上層部が“超能力的存在に関するスペシャリスト”として連れてきた」
「上層部ゥ!! 俺との契約破る気かァ!」
啓介は激怒する。
啓介は暗部入りの見返りとして「家族やアリエルの身の保障」を提示した過去がある。
それをこうも易々と破られては反乱を起こしたくなる。
「大丈夫。上層部も難色を示していたが…“いざと言う時は長門水晶を盾にしてでも守れ”って言われてるから」
「おい!」
「いざとなったら僕の命を代償にするから」
「そーいう意味じゃねーんだよ!」
啓介は机を叩く。
水晶はその衝撃でちょっと飛んだコーヒーカップを宙で掴むとそのまま音を立てずに飲む。
「大丈夫だってば。死闘を繰り広げた君と非戦闘員の彼女を戦線に放り出すわけがないよ。仮に襲撃があっても僕達で何とかするさ」
「……」
そういう意味じゃないんだが、と啓介は心の中で呟く。
コーヒーを飲み終えた水晶はカップを机に置く。
「さて、本題に移ろうかな」
「…頼む」
とっとと帰って寝たい、という気持ちで啓介の中は一杯だ。
徹夜+最強との死闘を繰り広げた直後にこんなイベントが待っているなんて誰が想像できたか。
「…今回の任務は“不審死を遂げた大富豪の調査”だ」
「……暗部臭が全くしないんだが」
そういうことは警察に任せろよ、と啓介は思った。
「ウチはいつから警察の真似事までするようになったんだ?」
「普通の富豪なら税金泥棒によって処理されてるさ」
「お前今、失礼な漢字振らなかったか?」
啓介の呟きを無視して水晶は語り出す。
「中世の頃から続くヨーロッパの貿易会社の会長が来日中に何者かによって殺されたんだ」
「…資金洗浄とか貿易脱税とかそういうヤバイことやってた会社の会長だったんなら殺されても文句は言えないんじゃねーの?」
啓介も暗部に落ちて以来、様々な情報を耳にすることが増えてきた。
酒場で水晶に暗部の知識を教えてもらった結果だ。
「勿論、そういうこともやっていたかもしれないが…今回はそういうことじゃないんだ」
「?」
「彼はギルドを経済的に援助してくれる存在の一人だった。その会社は数百年前からギルドとの親交があったからね」
ギルドの暗殺部隊を用いてのし上がってきた会社というわけか。
啓介はそう納得する。
「…その彼が殺されたんだ。ギルドが調査しないわけにはいかないだろ?」
「だったら俺やアリエルなんて必要ないだろ」
「…そこが問題なんだよねー」
「はぁ?」
水晶は窓ガラスから店の外の景色を眺める。
両肘を机についている。
「殺された会長は日本の下関に別荘を持っていた。つまり、今回はそこへ遊びに来て殺されたというわけだ。…さらに面白いことにその別荘はギルドが提供したもの。…どうだい?」
「……臭いな。牛乳を拭いた雑巾並みに匂うな」
啓介は鼻をつまむ。
「僕の推論だが…いいかな?」
「どうぞ」
「…恐らく、ギルドが外部の人間に持たせていた“機密文書”を狙っての犯行だと思うんだ」
信用できる外部の人間に機密文書を渡す。
確かにギルド内部はスパイとかが潜んでいるかもしれないので危ないといえば危ない。
「…ギルドが隠しておきたかった情報を何処かの組織が狙った。…それが今回の事件なんだろうね」
「しかし、疑問だな。だったらどうして俺を呼ぶ」
「…わからない。上層部が何を思って君を招集したのかまではね」
水晶はそう呟くと席を立つ。
「さて、現場に行ってみないと話は始まらないよ?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
下関市の西が現場だそうだ。
啓介は黒塗りのボックスカーから降りると溜息をついた。
「門司が見えてるじゃねぇか」
関門海峡の山口側から啓介はそう呟く。
「海を一望できるここに別荘があったそうだよ」
水晶はボックスカーのスライドドアを閉める。
車は去っていった。
「さて、啓介。君に紹介したい人物が居るわけだが」
「(また問題児揃いなんだろうな)」
啓介は振り向く。
キャンプ地のコテージのような別荘の玄関部分の木製階段に座り込んでいる女性が見えた。
その女性は携帯ゲームに熱中していたが、啓介と水晶、アリエルに気づくとゲームの電源を切った。
3人は別荘の前まで階段を昇って向かう。
「啓介、こちらは今回僕達のサポートをしてくれる五十嵐 蕨さんだ」
蕨餅のような色をした髪を持った女性は啓介に向かって握手を求める。
「初めまして。私は五十嵐蕨。これから色んな任務を共にするでしょうし、よろしくね」
「あ、あぁ。俺は栂村啓介。よろしくな」
2人は握手をする。
「(それにしても…)」
啓介は蕨をまじまじと観察する。
「(背が高い)」
日本人男性としては平均クラスである174cmの啓介よりも高い。
日本人女性の平均は158cm。
今まで理奈や紗音瑠といった女性としては高身長な部類はよく見てきたが…
「(高い)」
水晶の身長は176cmなので蕨はそれよりも高いことになる。
蕨は黙っていた啓介を見て口を開く。
「あ、ごめんなさい…。やっぱり変ですよね、私の身長」
「い、いや、そんなことはないと思うけど」
恐らく180cmは超えている。
「啓介、彼女は中学3年生だ」
「はぁ!?」
啓介は驚愕する。
「あ、ご、ごめんなさい…」
「い、いやいやいや!」
啓介が手を振って弁解する。
水晶はその光景を面白そうに見ていたが、時間がないので次に進むことにした。
「蕨、他のメンツは?」
「皆さん中で寛いでいます」
「暗部、何処に行った」
啓介がボソリと突っ込む。
「それじゃ、中に入ろうか。報告も兼ねて作戦会議だ」
「はい」
啓介は先に歩いていく水晶と蕨を眺める。
黒のロングスカートに肩からは白色のケープをかけている。
表現するなら、『外で読書する内気な少女』という感じだった。
「(お嬢様って感じだよな)」
歩き方も上品だ。
なんて考えていると隣のアリエルが啓介の頬を引っ張った。
「いててて!? 何すんの?」
「ニヤけてる」
「はっ!?」
啓介がハッとして両頬を叩く。
アリエルがジト目で啓介に話しかける。
「啓介…女の匂いがするんだけど」
「はぁ? …確かに長崎では理奈と一緒だったが」
「もっとメスの匂いがする」
「メス? えらく直球な表現……」
そこまで呟いて啓介の脳裏に1つのイベントの記憶が映し出された。
長崎駅での事件だ。
「…何かあった?」
「イ、イエ…ナンデモアリマセンデシタヨ」
「カタコトになってる」
「あー、あー…うー…」
言葉が出てこない啓介はうろたえる。
正直に話したら怒られそうな気がする。
「対策会議が必要ね…。これ以上危険因子が増えるのは…」
「あ?」
アリエルのボソッとした声を聞けずに啓介が聞き返す。
「なんでもないよ」
「(コイツ今、対策とか危険とか言わなかった? …気のせい?)」
なんだか初めて出会った頃の純粋なアリエルから随分と様変わりしてしまったなと啓介は考えつつ、これ以上彼女におかしくなって欲しくないのでどうやって教育するかを再シュミレートしなおすことにするのだった。
第6章から前書きと後書き変えてみました。
今回の章は「戦闘3割・会話7割」になる予定です。