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クロス×ドミナンス《旧版》  作者: 白銀シュウ
第1章 愚者は絶望と言う名の夢を見るのか?
5/60

【1‐5】  表裏一体


 啓介は教室に飾られた時計をチラリと見る。

 時刻は午前8時30分。

 クラスメイトも全員がそろい、仲良く喋っている。


(俺には関係ない、か)


 啓介はそんなクラスメイトたちの光景を横目で盗み見た。

 かつて友達を作ろうと努力して実らなかった結果は彼を傷つけていた。勉学を結ばないことよりも同じ人間に傷つけられる事がどれだけ辛いことなのか理解してしまった日からもう友達を作ろうとすることは止めた。

 それ故に今の彼は『友人』の重要さが理解できなくなってしまった。1人でも出来ることをどうして複数名でやろうとするのか、何故群れるのかが。昔、小学校低学年のときに啓介の担任は「人という漢字は2人の人間が互いに支えあっているものであり、人間は1人では生きていけない」なんて言っていたが、啓介からすれば「人っていう漢字は1人の人間が足を広げても作れる」なんて言ってやりたいとさえ考えていた。


(別に“無口キャラ”気取っていたわけでも“厨二病キャラ”気取っていたわけでもないんだけどな……。もう、いいや)


 とにかく人間はよく群れていた。群れた人間は孤独な人間を見て哀れんだり、蔑むようになる。そのルールは啓介に対しても適用されていた。だから修学旅行にも文化祭にも体育祭にも啓介は全く参加しなかった。


(まぁ、そんなアホなことはどうでもいい。今はアイツのことだ)


 啓介にとって現在最も重要な議題は昨日出会ってしまった少女のことである。

 あの後、変な成り行きで自宅に泊めてしまったこともあるが、アリエルは今頃啓介の部屋で惰眠を貪っているだろう。

 本人曰く「行くアテも帰るアテも無い」らしいのでしばらくは此処で会ったのも何かの縁というわけで泊めてやるつもりだが。


(……俺は、どうするべきなんだろうか)




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 第2ラウンド開始か、と啓介は考えた。

 頭のどこかでプロレスのゴングが鳴った気がした。


「貴方が契約を拒む理由もまぁ……知っている。だけど、意味がわからないね。どうして拒むのかが」

「……確かにクソッタレな運命から開放されて自由になれるのは嬉しいことだし、超能力も魅力的といえば魅力的だ」

「だったら――」

「……お前は悪魔だからわかんねぇだろうけどよ。人間の心理ってのは複雑なんだよ」


 アリエルの台詞を啓介はわざと遮る。

 啓介はジュースで喉を潤す。


「それは理解できている。だからこそ気になるんだよ」

「あ?」


 意味がわからない、と啓介は思った。


「……私は人間観察が趣味なの。数百年以上前からずっと人間界を観察してきた。どうして玩具なのに、神に操られているのに、楽しく生きているのかがとても気になっていた。私は人間の考えがずっと気になっていたの」


 神が定めている運命とは“行動や事象”であり、最終的にたどり着く思考も決定されているが、“そこにたどり着くまでの細かい思考・思想”までは定めていない。

 それを知っているからこそ、アリエルは人間の思想に興味を持った。


「……くだらない運命通りに生きる普通の人間に超能力って言う特異なモノを与えたらどうなるのか、そしてどうやって運命を切り開くのかが見てみたいの。」

「お前のワガママの押し付けじゃねぇか」


 言い方が悪いが、啓介は彼女の実験台として選ばれたということになる。

 そしてそれと同時に啓介の定められた運命は“失敗続きの人生”であると遠回しに伝えられたようなものだ。


「そうなるね。でも、人間だって超能力を得る事が出来れば世界が変わるんじゃない?」

「まぁ、そうだな」

「でしょ? だったら……」

「でもムリ」

「……なんで?」

「俺には俺の考えがある。それに人間観察したいのなら俺以外の人間に声をかければ良いじゃないか」


 そこが最大の疑問だ。

 なぜ、アリエルは啓介以外の人間にこの話しを持ちかけないのだろうか。

 なぜ、啓介に固執するのかが理解できなかった。


「……頭の回転が遅いなぁ。私最初に言ったよね」

「……どういうことだよ」


 アリエルはデキの悪い生徒を見るような目で啓介を眺める。

 演技なのか本当なのかわからないその動作に啓介は軽い苛立ちを抱いた。


「自分で考えて見ればわかるよ、ニンゲン君」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 始業式が終わり、クラス替えを済ませた啓介は新しい教室の新しい座席に座っていた。

 2年4組へと配属され、40人の生徒で埋め尽くされた教室の廊下側の席の最後尾で啓介は溜息をつく。男20人、女20人とぴったり半分で分けられたクラスであり、席は男女混合の出席番号順となっている。

 頭文字が「ン」から始まるというとてつもなくレアな名字を持つ啓介よりも後ろの名字を持つものなど当然の如く存在しないので彼が出席番号40番だ。小学校のときからずっと最後尾であった啓介からすれば今更なのでなんの感情もそこには見出せないのだが。


「─―というわけで、今日から1年間よろしくな」


 教卓の前に立って挨拶をしている男性教師の挨拶を啓介は真面目に聞かなかった。社会教師だったような気もするがそんなこともどうでもいい。

 啓介は新しいクラスメイトを眺める。七人くらい前回のクラスメイトだった人間がいるが、どうせ交友関係もなかったのだし話しかけてくることも無いだろう。

 担任の教師も挨拶を終えると次に明日の連絡などについて話し始める。


(明日からまたイヤな日々の始まりか……)


 帰宅してから待っているであろう修羅場のことも考えると更に憂鬱になる。

 やがてHRも終了し、終業となる。クラスメイト達は早くも友人を作り出したり、担任に話しかけたりしている。

 啓介はそんな光景に目もくれずに教室を出る。

 廊下で「何処のクラスー?」なんて騒ぐ同級生たちの間を通り抜けて昇降口へと向かう。

 彼に予定なんてものは存在しない。故に行き先は言うまでも無く自宅。


「……ばっかみてぇ」


 啓介にとって友達は必要ないのだ。

 啓介にとって日常を重んじる気は無いのだ。

 自分のことで精一杯なのだから。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「おかえりーっ」

「…………なんでお前は人の家で堂々とくつろいでんだよ」

「いやぁー、人間の常識なんて知らないよ。私、人間じゃないし」


 アリエルは居間でテレビを見ていた。壁に貼り付けられているスクリーンテレビだ。

 啓介は呆然とたたずんでいる。

 そんな彼を一瞥してアリエルは再び視点をテレビへと移す。


「それにしても、人間ってのは不思議な生物だね。どうして同じ形をした生き物(ニンゲン)同士で殺しあうんだか」


 アリエルが見ているのは国営放送のニュースだった。24時間ありとあらゆるカテゴリーのニュースを放送しているチャンネルであるが、啓介は大抵の情報をネットで仕入れるので滅多に見る機会がなかった。


「……お前達は、同族で殺しあったりしないのか?」

「うーん、支配者が同じ場合──私の場合はサタン様なんだけど、まぁ支配者が同じお方だった場合は殺し合いなんてしないねぇ」


 支配者が複数存在しているなんて初めて聞いた。

 というか悪魔にもそういう関係は存在しているらしい。


「……じゃあ、支配者が違ったら殺しあうのか?」

「私は平和主義者だし、殺し合いなんて数万年生きてきたけど……ほとんどしなかったよ。まぁ好戦的なヤツもいるみたいだし、そういう面じゃ人間と同じかもしれないね」


 答えになっていないような気がするが、啓介は深追いしなかった。

 はぐらかされたのならどうせ追求しても無駄なのだ。コイツはそういうヤツだ。

 啓介は制服のブレザーを脱ぐとソファに放り、ネクタイも緩めると台所へと向かう。

 テレビをチラリと見ると、そこには桜が満開というニュースが映っていた。

 アリエルは桜よりも花見をしている人達の食べ物に注目している。


「お前、そういうイベントとか経験ないの?」

「私達にイベントなんていう風習はあまりなかったからね。人間界のイベントのほとんどって神様関係じゃん?」

「なるほどね」

「それに私達の住む失楽園は環境の変化なんてないし」

「失楽園……?」


 初めて聞いたアリエルの本来の住処。

 啓介は興味深そうな声を出した。


「次元と次元の狭間にある世界とでも思ってくれたらいいよ。人間の言語じゃ説明がつかないような場所にある世界だから」


 アリエルは故郷の話をする。

 懐かしむような声なのは啓介の気のせいか。


「説明がつかない場所ねぇ」

「当てはまる言葉が人間の言語に存在しないの。全く、人間の言葉って不便だね」

「普通に使ってるじゃねぇか」

「前にも言ったけど、私は自動翻訳の能力を持っているだけ。……数億数千万という数の超能力の内の1つなだけだよ」

「………………スケールがデカいなぁ」


 啓介は冷蔵庫からお茶の缶を二つ取り出すと居間へと戻る。


「ほい。…お前、朝から何も飲み食いして無いだろ?だから飲んでろ」


 啓介はアリエルに缶を手渡す。そしてアリエルの隣(といっても間隔は開いているが)に座り、テレビを見ながら飲みだす。

 アリエルは両手で缶を持って飲みだす。


「(…そういや、俺がマトモに他人に接するなんて久々だな)」


 家族を除けば啓介が今までにマトモにコミュニケーションを取ってきた人間はアリエルを含めて2人になる(アリエルを『人』として数えていいのかはともかくとして)。


(そういや、俺はなんでコイツを追い出そうとしないんだろうか)


 何が、自身を惹きつけたのだろうか。

 啓介は横目でアリエルを眺め、観察してみる。

 彼女はテレビに集中しており、こちらには目もくれない。


(なんだってんだ?アイツが俺に惹きつけられた理由も、俺がアイツに惹きつけられた理由も)


 運命だの愛だの言うつもりはない。運命なんて馬鹿げているとアリエル自身が公言していたし、何よりも啓介はアリエルに対して恋愛感情など抱いていない。

 確かに赤い瞳、やや濃いアクアブルーの髪は彼女を“異端”だと見せつけるようなものであると同時に美しさを表現するものにもなっている。発育し始めの少女が纏うような色気ととにかく日本人と白人の良い部分のみを抽出して作ったような端正な顔立ちはあらゆる男を惹きつけるに違いない。


(枯れ果てたジジイですら視線を奪われるような美少女。……でもなぁ)


 外見年齢だけで見れば、12~13歳くらいなので世のロリコン共に狙われても仕方ない気がする(中学生をババアと言ってのけるロリコン共はともかくとして)。

 だが、啓介は隣にいる存在の本性を知ってしまっており、そのことを考えるだけで恋愛対象にも性的対象にも見えなくなってしまうのだ。


(って、俺は何を考えてんだ!)


 頭を横に振って啓介は己の考えを吹き飛ばす。

 隣でアリエルが目をまん丸にして啓介を黙って見ていたが、彼は気づかなかった。


(とにかく、俺はアリエルと契約する気はない!)


 啓介は頭の中でそう叫んで結論付けるとソファに身体を預けて少しばかり眠ることにした。


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