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クロス×ドミナンス《旧版》  作者: 白銀シュウ
第1章 愚者は絶望と言う名の夢を見るのか?
4/60

【1‐4】  紅水晶と菫青石

 4月8日。

 日本国では卯月とも呼ばれ、新年度や新学期の時期なので全国の学校や会社などでは入学式や入社式が行われる。

 その8番目の日、つまり世間で言う潅仏会の日、啓介はアニメにおける第一話の最初のカットにでも出てきそうな程によく晴れた空の下、今日から始まる学校へと歩みを進めていた。これで桜でも舞っていれば文句ナシ100点満点の入学式日和なのだろうが、生憎な事にこの街の桜は昨晩までにほとんど散ってしまい、今はもう三分葉桜にしか見えない。


(まぁ、俺は高校2年生だから入学式なんてどうでもいいけど)


 啓介の通う学校は県内有数の進学校である。

 ただ、他県と比べて学力が低いので実際は全国平均レベルとほぼ同じである。

 つまり、啓介は大して勉強ができるわけでもなければ運動神経が良い訳でもない普通の才能しか持たない人間である。勿論、絵心だとか音楽性だとかそういった芸術センスもない。


(それにしても、高校2年生ねぇ。よくもまぁ留年しませんでしたってな)


 いつもより少々激しめの自己出張する太陽をチラリとだけ見ると啓介は歩き出す。

 啓介にとって学校なんて友達も居ないし、行っても意味が無い…のだが、将来のためにも絶対に行かなくてはならない。時代がどれだけ進もうとも学歴社会だけは絶滅しないのだ。この2030年でも高卒の採用率なんていうまでもない。

 ただ、今日ばかりは学校がある事に少しだけ感謝した。


「……はぁ。学校に行くのも……帰るのも嫌だなぁ」


 昨日の夜の件について考える時間が欲しかったからだ。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「超能力者……?」

「正確に言うならば、“人間に悪魔の力を与える”ことによって、神の運命を修正不可能なくらいに捻じ曲げればいいわけ。そうすれば、アナタは舗装された道(うんめい)から逃れて獣道(じゆう)へと辿り着く事が出来る」

「……超能力は?」

「人間が悪魔の力を与えられて普通で居られるわけがないじゃない。……超能力は運命から逃れた、いわば神の認めた生物から外れた際に得る副産物的なものかな」


 星1つ見えない夜空を覆っていた雲が風で動く。その風がアリエルの腰まで届く長い髪も揺らす。

 啓介は髪の先を無意識に眼で追ってしまった。

 アリエルは啓介から顔を離すと上目遣いで覗き込む。


「さぁ、私の名前と望みを言えば叶えてあげるよ?」


 それは悪魔の誘惑。人間を堕落させるための理不尽な契約。

 妖しく光る紅の眼光が啓介の心を激しく惑わす。

 だが、彼はこの契約を受けようとは思わなかった。


「悪いけど、俺は契約しない」


 契約してしまえば何かを失ってしまうと感じてしまったから彼は拒絶した。

 アリエルは左眉をピクッと少しだけ動かす。


「一応、理由を聞こうかな」

「……悪いけど、俺は運命なんて信じれない。それに、だ。……超能力なんてそんな簡単に信じられないだろ」


 目の前の少女が『人間より上の存在』というのは本能が警笛を鳴らしたお陰で理解できたが。


「悪いけど超能力は契約していない人間の前で簡単に発動できるものじゃないんだよね。特に目に見てわかるような……炎とか雷といった攻撃的な能力なんかになると掟で制限されているから」

「胡散臭くなってきたぞ」

「だったら証拠を挙げてあげようか。……不思議だと思わないかな? 私は悪魔であって人間じゃないのに君とここで日本語を用いて話していることが」


 言われて啓介は気がつく。アニメや漫画の世界ならそんなものはご都合主義で片付けられるかもしれないが、ここは紛れもない現実世界。西暦2030年の日本の徳島県だ。

 アリエルは目を見開いた啓介を見て口角を少し上げる。


「ちょっと物的証拠に乏しいだろうけど……これでわかるんじゃないのかな? 私が人間よりも上位の存在であるという事が」

「……」

「さぁ、聞かせてもらおうじゃないか。君が契約を拒絶するその理由(ワケ)を」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 啓介は手元の携帯電話をチラリと見る。時間は午前8時ちょうど。

 学校に着くには少々早すぎたので教室には誰1人いないかもしれないが、彼としては1人で考える場所が欲しかったのでむしろラッキーだったかもしれない。

 啓介は昇降口へ入ると自分の靴を履き替える。


(悪魔。堕天使。超能力。運命。神。……よくよく考えれば非日常的な言葉だ)


 いつもと変わりない日常に紛れ込んだほんの1つの異常。人生で一度は起きるであろう非日常。それが昨晩のあの悪魔との邂逅だったと今なら啓介は胸を張って言えるだろう。

 だが、それでは問題の解決になったわけではないし、なによりも問題は現在進行形だ。


(因果律に反する本来持っていてはいけない力。それが超能力だとアイツは言っていた。それを持てば人間は神の庇護から離れ、自由を得る事が出来る……か)


 彼女の話を要約すればそういうことになる。超能力が目当てというよりは自由を得る過程で人間を辞めるために超能力を得るといった感じか。

 ただ、仮にそれが本当のことだとしても啓介には契約はできなかった。


(怪しすぎる。というよりは……俺自身が契約を拒んでいるからか)


 昨日のあのアリエルと名乗った少女。人間離れした容姿や奇抜な服装、世間知らずという観点から見ると間違いなく“人間外の何か”にカテゴライズされなくもない雰囲気を備えていた。


(今までの自分を否定されたような気がした……。いや、劣等感を晒されるのが嫌だったからなのかもな)


 確かに自分は才能を持つ人間ではない。今まで必死に努力してきても勉学も運動も上手くできなかった。友達を作ろうと努力してもできない。自分の努力が一度も実らなかった啓介にとって「全てが運命で定められている」という言葉は最高の誘惑であると同時に最高の侮辱であった。

 記憶に残っていない父が言っていた『努力すれば何でもできる』という言葉が現在の自分の生き方に影響を与えているのかもしれないが、啓介は『努力は才能を超える』と思っていた。だから彼は今も勉強を続けているし、あらゆることで天才に並ぼうと努力を続けてきた。


(……クッソ、胸糞悪い)


 自分が出来損ないなのは努力が足りないから。そう思っていた彼にとってあの言葉は自分の人生を否定した言葉だった。

 天才に対するコンプレックスをあの悪魔によって心の奥から引きずり出されてしまった。自分の汚い部分を見られてしまった。啓介は暗雲たる気分になる。


(あそこで契約すれば俺は今までの自分を否定することになる。……それだけは嫌だ)


 絶対に努力が実るという運命を蹴ってしまった。自身のコンプレックスを表に出したくなかったという気持ちとガキ臭いプライドで。

 自分の全てを否定されるなんて死んでしまうも同然だと啓介は考えていた。


(それに……あの悪魔の意図が掴めないことも気になる)


 啓介の否定の理由には『アリエルを信用できない』という気持ちもあった。

栂村啓介は、この2030年を生きる只の何処までも普通で普遍的で凡人なスキルしか持たない一般人であり、決して前世が大魔王だとか実は王族の隠された継承者だとか忍者の末裔だとかそんな特殊な設定は一切無い。両親が物心つく前に他界してしまったこともあるが、自分や兄妹にそんな隠された設定は無いはず。

 だから、テロリストが学校に押し入ってきて粋がった不良が見せしめに殺されたとしても、自分の片想いの女性(そんな人はいないが)が人質にされたとしても、親友が実は射撃能力抜群だとしても(親友なんていないが)、啓介はテロリスト相手に覚醒して戦えるような器を持った人間ではないのだ。むしろ教室の隅でガタガタ震えているモブキャラの1人だろう。

 そんな平凡な自分の前に悪魔が現われる理由。


(同情心や慈悲じゃないってのはわかってる)


 啓介は階段を昇り終えると自分の在籍する教室【1‐7】に入る。始業式が終了した後、新しいクラスを教えられてその教室へと変わるのだ。この教室も今日で最後だ。


(考えろ。考えるんだ。アイツが何故俺に目をつけたのかを)


 啓介は自分の席である窓際の最後尾に座ると手を顔の前で組んで考え始める。


(アイツは自分の興味を満たすためだなんて言ってたが…嘘臭ぇんだよ。人間不信歴10年の俺を舐めるなよ)


 啓介は超能力者になりたいわけではない。最初から断ることは決まっている。だが、気になるのだ。

 何故、自分が選ばれたのかが。


(……何があるんだ?)




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 栂村啓介の自宅はこれといって特徴の無い一軒家だ。

 ホームドラマとかでよく見ることがある二階建ての普通の家だ。


「ただいまー」


 啓介は玄関の扉のカギを開錠すると真っ暗な自宅へと入っていく。


「おじゃましまーす」

(結局ついてきやがった)


 それに続くようにアリエルも遠慮がちに入っていく。

 啓介がすぐそばの壁についているスイッチを押して玄関の灯りをつけ、黒色の運動靴を脱ぐ。

 アリエルは裸足なのでそのまま上がる。


(よくよく考えれば、裸足なのに汚れていないってのも不思議だよな)


 泥や砂が全くついていないアリエルの足をチラリと一瞥すると啓介は廊下を歩いてリビングへと向かう。扉を開けてリビングへ入った啓介は先程と同じように壁のスイッチで電気をつける。


(なんで俺は悪魔を家にまで連れて来る羽目になってしまったんだ)


 後ろについてきたアリエルにソファの位置を無言で指差して啓介は台所へと消える。

 アリエルはキョロキョロとリビングを物珍しそうに見回しながらソファへと座り込む。


「……何でそんなに緊張してるわけ?」

「いや、男の人間に連れ込まれるなんて初めてなもので」

「連れ込まれる……。お前がついてきたんだろ」


 何やら妙に犯罪臭のする言い方に啓介は凹んだ。

 それと同時に目の前の悪魔の意外な一面に驚きつつ、溜息を吐いた。

そして左手に持っていた林檎ジュースを木製テーブルの上に置く。


「とりあえず飲み物でも飲め」


 啓介はそう言ってアリエルの座っているソファの斜め隣にある別のソファにドカッと座り込む。


「い、いただいきまーす……でいいのかな?」


 アリエルは両手で缶を持ち上げる。


「…今更だけど、お前って自称・人間じゃないくせに飲み物飲めるんだな」

「飲めるよ」

「何だよ…そういうところは人間と同じなのかよ」

「そうだねー。人間界の時間単位で言う1年くらいは何も食べなくても生きていけるけど、私達の中には食事を娯楽の一種だと考えているヤツもいるから同じといえば同じかもね」

「…どんなモン食ってるんだ?」


 これは単なる知的好奇心である。


「地獄猫とか…地獄鴉とか調理して食ってるヤツは見たことあるよ。他は…氷結蛙とか血魚とか食ってるヤツもたまにいたかな」

「…お前は?」


 なんというネーミングの動物なんだと啓介は吐き気を催しながら思った。

 人間が食べたら死にそうな感じがする。


「私は…果物とかばかり食べてたかな?肉類は…600年前に食べたのが最後かもしれない」

「あーその話はストップな。…気分が悪くなる。…とにかく持ったままじゃなくて早く飲めよ」


 脱水症状なんてあるかどうか知らないけどなったら困るし、と言葉を付け足す。

 しかしアリエルは微動だにしなかった。不審に思った啓介はアリエルに尋ねる。


「どうした、なんで飲まないんだ?」


 まさか林檎が苦手なのか?そういやアダムとかイヴとかの創世記に出てきた知恵の果実って林檎だったような気が……いやでもあれは後から付け足されたイメージであって……もしかして堕天使にとって林檎は毒なのか?と、そこまで啓介が考えた辺りでアリエルが口を開く。



「開け方わかんない」



 空気が停止した、気がした。


「…はい?」

「開け方わかんない」

「いやいやいや、いくらなんでもそれはないわー」


 人間界を観察していたのならそれくらいはわかるだろ、と啓介はツッコミたくなる。

 しかし、アリエルの困った表情を見るとこれはボケではないということがよくわかる。


「…もしかして、本当にわかんないのかよ?」

「本当だよ。私に人間の物の使い方なんてわかるもんか」

「マジかよ…」


 啓介は自身の缶ジュースをアリエルに見せる。


「いいか? 缶ジュースの上面についている引き金みてーな…なんていうか、アラビア数字の「8」みたいなモノがあるだろ? あ、わからないとは言わせねーぞ。……それの穴の部分……あぁ、そっちじゃなくてもう1つの穴のほう。そう。……まぁ、その穴に人差し指を入れて引っ張ればいい」


 なんて面倒なんだろうか、と啓介は感想を抱く。

 ここまで常識を知らなさ過ぎると扱いに困ると啓介は思った。

 とんでもないド変態ならばこんな純情(?)少女にアレコレとトンデモない間違った知識を与えようとするかもしれないが、栂村啓介はそこまで腐り果てた人間ではないのでそんなことはしない…と思う。


「人間の考えるものは面倒だなぁ」


 見た目だけなら100点満点どころかオーバーして200点くらいの美少女なのになぁと啓介は思う。黙っていることと人間を見下していること、自分の欲望を制御できれば今世紀の美少女ランキングでトップ10に入れるくらいだろうに。


「郷に入りては郷に従えだ。人間世界に来たのなら人間の常識に則ってもらうからな」

「りょーかい」


 アリエルは両手で缶ジュースを持って飲みだす。

 啓介もジュースを少しだけ飲む。


(綺麗な色した髪の毛だよな…。髪質も見ただけだからよくわからんが、サラサラそうだし)


 表現しにくい色をした髪だと啓介は思う。無理矢理表現するなら夏の晴天の昼間かつ水蒸気や砂埃などのない綺麗な大気の状態である空の色を少し薄くしたような色だ。


(自分で表現しておいてなんだが…よくわからないな)

「ねぇ、人間君」


 アリエルは缶ジュースに注いでいた視線を啓介へと向けると口を開いた。


「俺の名前は、栂村啓介だ。人間って呼ぶな」

「あぁ、ゴメンゴメン。じゃ、啓介」

「フランクだな」

「アレ、名字で呼んだ方がいい?」

「いや……好きにしてくれ」


 啓介は少し戸惑っていた。自分を下の名前で呼んでくれる異性など今までの人生の中でも一人しかいなかったので耐性が低かったのだ。

 現在では異性どころか同性からも名前(名字含)を呼ばれることはなくなっている。


(そういやアイツ元気にしてるかねぇ)


 数年前に引っ越してしまった自分を名前で呼んでくれた存在のことを啓介はチラリとだけ思い出す。

 しかし懐古はすぐに目の前の少女に打ち切られる。


「……さて、話を進めるとしようか。私としても簡単に契約を諦める訳にはいかないんだし」


 第2ラウンド開始か、と啓介は考えた。

 頭のどこかでプロレスのゴングが鳴った気がした。



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