【5‐1】 ツキの無い日
この物語は、ある程度の史実を織り交ぜながらも完全にこの現実世界とは完全に別の未来を歩んでいる別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家とかその他固有名称で特定される全てのものとは、何の関係もありません。何も関係ありません。
つまり、この物語はフィクションです。
【5‐1】 ツキの無い日
帝都・長崎は日本に12ヶ所存在する『閉鎖空間型巨大都市』の1つである。
“勉学”に特化された神戸や“宗教”に特化された京都の様に役割を持っており、“貿易”について特化された都市としてこの都市は築かれた。
日本最大の貿易都市のため、世界と日本を繋ぐ玄関口として世界中の貿易業者の間では知られている。
「はぁ!? どういうことだよ?」
啓介はゲームセンターのUFOキャッチャーの前で素っ頓狂な声をあげた。
ちなみに、声は驚いているが操作しているUFOキャッチャーには寸分の狂いも生じていない。
的確に景品を掴んで持ち帰る。
『ギルドの方でも大慌てでござる』
「それはさっき聞いた。だが、帰還できないってどういうことだよ?」
啓介はゲームセンター内で流れている音楽に負けないように大声で右耳の通信機に尋ねる。
隣ではゲットした景品である白いウサギの大きなぬいぐるみを鶴神が大事そうに抱えていた。
『帝都・長崎と帝都・神戸を結ぶ新幹線の線路が何者かによって爆破されて運行が停止しているのでござるよ。あ、死者は出ておりませんので』
「線路が爆破?」
『他にも日本の各地で新幹線や高速道路などの通路が爆破されているでござる』
啓介は少し考えながら100円玉を投入口に入れる。
「栂村さん…。そろそろいいんじゃないんですか?」
啓介の隣にはUFOキャッチャーで強奪した大量の景品が並べられている。
店の奥では店員らしき人物が半泣き状態だった。
啓介は鶴神の言葉に表情で「もう少しやったら終わる」と返事する。
「飛行機とか使えないのか?」
『大阪空港、倉敷空港、下関空港、福岡空港などの近隣での爆発事件もあってか、西日本の空港は全域が活動停止中でござる』
「専用機とか飛ばせないのか?」
『目立ちますぞ』
啓介は舌打ちをつく。
UFOキャッチャーのアームが携帯ゲーム機の箱を掴む。
店員が悲鳴を上げる。
『とにかく、1日ほどそちらで待機しておいて頂きたいのでござる』
「…なんか臭いんだが」
『拙者も思います。今回の爆破事件の首謀者は間違いなくギルドを狙っている。それは間違いないと思われます。…しかし』
「誰を狙っているのかまではわからないってか」
啓介はゲットした景品を地面に置くともう一度100円玉を投入する。
UFOキャッチャーの中にある商品全てを強奪するつもりらしい。
『日本全域での交通ルートの遮断。…海外組の日本帰還の妨害ならば飛行場の爆破で済みますが、新幹線や高速道路にまで被害は及んでいる。…間違いなく国内組を標的にしていますな』
「…現在、国内で活動中の班は?」
啓介は達人の如き腕前で最後の景品をアームで掴みあげる。
店員が地に伏せて号泣していた。
『大きなクエストから小さなクエストまで含めますと全部で58もの班が国内で活動中でござる』
「多いな」
『重要度の低いクエストや標的にされる可能性の低い班を除外しますと“長崎での樹神鶴神の確保”の班、“帝都・東京の停電騒動調査”の班、“下関大富豪殺人事件調査”の班、“釧路での未確認生物調査”の班、“高知での超能力者の回収”の班、“福井での超能力者失踪事件調査”の班、“兵庫北部で確認された不審人物確保”の班、“千葉での超能力者殺害事件犯人の確保”の班の8組に絞られるでござる』
啓介たちの班も襲撃される可能性のリストに含まれていた。
啓介は最後の商品であった1万円相当のラジコンを取り出す。
「俺達も入ってるのか」
『最上位能力者が3人。狙われる可能性は十分過ぎますぞ。まぁ、栫氏はともかくアナタ方2人は恨みを買われるような事は全くしていないので可能性は五分五分ですが』
「まぁ、警戒するだけはしておく」
『他の班も最上位能力者自体はいませんが、重要度の高いクエストや『大上位能力者の集団だったり、過去に恨みを買っていそうな連中だったりと可能性はありますからな』
啓介は先程デパートで購入しておいた大きなリュックに戦利品を詰め込んでいく。
ちなみにこれらの景品は一部を鶴神にあげた後に全部売るつもりである。
これが栂村流・バイトせずとも稼ぐ方法だ。
「随分と汚くなったもんだなと自覚していたんだがな」
『上には上がいるのですぞ。長門氏とて外見は紳士ですが…おっと、他人の素性をバラすのは良くありませんな』
「もったいぶるな、デブ」
『厳しいお言葉ですな』
デブと罵られたにもかかわらず全く傷ついていないようだ。
啓介は溜息をつくとリュックを持ち上げて鶴神に手で来る様に指示する。
「とにかく、新しい情報が入り次第教えてくれ」
『お任せくだされ。拙者、こう見えても─』
「じゃーな」
通信を終了させると啓介は通信機の電源を切り落とす。
啓介は後ろからついて来る鶴神を見る。
「(…人通りの少ない場所選ぶか)」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「で、あのキモオタはそう言ってたのね?」
啓介は灰色のジャケットをベットに脱ぎ捨てるとソファに倒れこんだ。
理奈はガラス製のテーブルの上に座って腕組みをしている。
「あぁ。警戒だけはしていろとさ」
「厄介ね」
ちっとも厄介と思っていなさそうな顔で理奈は呟く。
啓介はリボルバーをテーブルの上に置くと身体を動かしてソファに寝転がる。
「俺達が狙われる可能性として挙げるなら、“理奈に対する怨み”か“樹神鶴神の回収”だそうだ」
「私は怨みを買われることなんてやってないわよ」
「嘘言え。不知火の件とかどうなんだよ」
理奈は一瞬だけ眉を顰めた。
啓介もそれは確認できたが何も言わない。
「過程よ。私が復讐を遂げる上での過程で殺したに過ぎないわ。それに、向こうから『秘密を知られたからには生かして返さん』なんて言われて襲い掛かられたのよ? 正当防衛よ。…アレは」
「複雑な事情ですね…」
鶴神はベットの上で正座して座っている。
「啓介だってわかるでしょ? …アンタも不知火の家族殺しの一部を担ってるし」
「はぁ!?」
啓介は驚いて起き上がる。
「忘れた? 私達が再会した日の戦闘を」
「…明石海峡大橋でのヤツか? …あぁ!」
啓介は思い出した。
理奈は知らなかったのかと溜息をつく。
「そういや、アイツも不知火って名前だったな」
「…不知火紅蓮。不知火紗音瑠の兄にしてギルドとは別組織の人間。…私があのアマと一緒に見逃したヤツの1人よ」
「(成程。あの時言っていた『ツラを思い出す』っていうのは不知火紗音瑠のことだったのか)」
啓介は衝撃の事実に驚き、疲労を込めた溜息をはく。
鶴神は何が何なのか理解できずにベットの上で座っている。
「…ま、そんな過去の話は今話すべきことではないわ」
「どうすんだよ」
啓介はこういった暗部での不測の事態を経験したことが無い。
司令塔の水晶が居ればまだどうにかなったかもしれないが、ここにいるのは戦闘担当の理奈と雑用担当の啓介、(まだ)一般人の鶴神の3人だ。
「人気が多い場所…このホテルで一晩中防衛するしか手段は無いわ。人気が多い場所は暗部の活動に適さないし、敵もそうそう狙っては来ないはず」
人気の多い場所での活動は証拠隠滅に金と時間がかかるのだと理奈は啓介に教える。
「ギルドの上層部もバカじゃないし、敵が1人じゃないことは既に理解できているはず」
「集団? そんなこと真鍋は言ってなかったぜ?」
「東京から抜け出したヤツよ? 単独犯じゃ不可能に決まってる」
理奈は右側の髪の束を指でくるくると弄る。
「…でも集団で襲い掛かられると厄介ね。いや、戦力的な意味じゃないわよ?」
「一般人を避けて戦うのが厄介ってか」
啓介は理奈の能力を思い出す。
世界最強の電撃系能力者だと水晶は啓介に言っていたが、その実力を啓介は見たことが無い。
京都の首相防衛戦や自身の暗部回収戦時に片鱗を見たことがあるだけで彼女の本気は未だに底が知れない。
「どんくらいお前の能力が強いのか分からんから想像しにくいな」
「日本の経済を一時的にストップさせるくらいの電撃は可能よ?」
「…やったことがあるんだな」
「あるわね」
復讐騒動の一端での事件だろうと啓介は想像した。
復讐に燃える彼女なら日本中を停電させることくらい楽々やってのけそうだ。
啓介は露骨に嫌な顔をしてみせる。
理奈はそれをスルーすると窓の外を見て啓介に言葉をぶつける。
「…朝になれば、ギルドの方から増援くらいは届くでしょう。それまでは私達でその子を守るしかないわ」
「ここに来ると決まってないんだが」
「暗部では“must”ではなく“maybe”で行動しなさい」
理奈は雲1つ無い晴れやかな青空を眺めながら啓介に忠告するのだった。