【4‐6】 ダークサイド
この物語は、ある程度の史実を織り交ぜながらも完全にこの現実世界とは完全に別の未来を歩んでいる別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家とかその他固有名称で特定される全てのものとは、何の関係もありません。何も関係ありません。
つまり、この物語はフィクションです。
【4‐6】 ダークサイド
「だったら、尚更俺たちの仲間になってくれよ」
啓介は勝負に出た。
鶴神を確実に仕留めるために。
「…え?」
ここでその話題をもう一度出されるとは思っていなかったのか鶴神は唖然としていた。
65号棟の階段の段差の途中でもう一度迫られるとは想像していなかったのだろう。
啓介は鶴神が何かを発言する前に言葉でゴリ押すことにした。
「ここは軍艦島。普通に考えてあと10年もすればほとんどの建物が倒壊するだろうよ」
「……」
「日本政府は軍艦島を補強する計画を立てている。もし、それが実現すればキミはこの軍艦島から追い出されることになるんだぞ」
嘘である。
そんな計画があるかどうかなんて啓介は全く知らない。
「少なくとも5年以内にはそのプロジェクトは実行されると思う。…追い出された後の君はどうするってんだい?」
「わ、私は…」
「行く宛てなんてないんだろ? いや、どのみちキミが軍艦島から追い出されれば待っているのは刺客によるキミの争奪戦だ」
「争奪戦…」
「間違いなくキミは今まで以上の怪我を負うことになる。そうなればどうだい? キミが触れた事のあってまだ死んでいない人間が皆死ぬことになる。…母親とか」
「!」
鶴神の目が大きく見開かれた。
どうしてそれを知っているのか、と言わんばかりだ。
「(昨日、真鍋に樹神っていう名字で調べてもらったんだけどな)」
啓介は自分より先を進んでいたので同じ目線にある鶴神の顔を見ながら言葉を続ける。
「どうして…それ、を…」
「…キミがこれ以上大切な人を死なせたくないっていうのなら俺たちの仲間になって欲しい。俺たち、スレイヤーズギルドは全員が神戸の地下にあるジオフロントっていう地底の都市で住む事になってるんだ。ギルドは世界最大の暗部組織だから敵が侵入してくることなんてまず有り得ないだろうし、キミは運の良いことに最上位能力者の1人だ。ただ立っているだけで強大な抑止力となるような存在なんだから一生そこで傷1つ負わずに暮らすことだって可能になる」
これも嘘である。
だが、これはどうにかなると啓介は考えていた。
どちらにしろ戦闘向きではないこの彼女を任務に駆り出させても意味はない。
ただの小柄で非力な少女が銃や剣を扱えるわけがないし、1から育てている暇があったら別の人間を育てる方がコスト的にも良いはずである。
しかしそれでも、最上位能力者は手放したくないという上層部の思惑からすれば、一生外に出さずに生かすことも可能だろうと啓介と理奈は考えたのだ。
「(この子の分の働きを俺が背負えばいいだけだ)」
これは闇の中に少女を放り込んだことに対する言い訳でも贖罪でもなんでもない。
これは自分に架せられた罪だ。
「…それに、俺や理奈だっているし、ジオフロントにはキミと同じような境遇の人間が沢山居る。ナイフで心臓取られても死なないようなバケモノばかりさ」
「わ、わたしは…」
「…それに、だ」
トドメの一発を彼女に撃ち込む。
自分をムリヤリ連行しようとした人間が自分のせいで死んで心を痛めるような少女だ。
これで絶対にノーとはいえなくなる。
「俺や理奈は“樹神鶴神を連れて帰る”っていう任務が達成できなかったら殺されるんだ」
自分は最低だ。
これで光の世界とはおさらばだ。
本当の本当に自分が軽蔑していた暗部の野郎共と同じ場所にまで堕ちてしまったのだ。
「殺され…え…?」
「ギルドから逃げようとしたってムダだ。ギルドは世界中に影響力を持った組織だし、逃げれる場所なんて何処にもない」
最上位能力者は他の超能力者と違って離反しようとしない。
謀反を起こそうと思っても離反は起こせない。
他の超能力者よりも闇の深さを、醜くさを、恐ろしさを知っているからだ。
「だから…俺と理奈を助けるためだと思って、ギルドに来てくれないか?」
光の世界に戻ろうと超能力者は思わない。
なぜなら、光の世界に戻れば自分の真っ黒さに恥かしくなるから。
自分の人生を、生き方を恥じて絶望するから。
「………………」
「頼む」
鶴神の目が揺らいでいた。
心が、意志が揺らいでいるのかもしれない。
「(もう、死ぬまで闇で生き続けるしかねーな…)」
それでも、啓介は進むしかない。
「(…せめて俺がこの手で堕としてしまうであおる人間だけは、絶対に守らないと)」
他のクズ共とは別でありたいという啓介のちっぽけな最後の抵抗。
自分のために他者の命を奪うのではなく、自分の仲間のために他者の命を奪う。
「(…ごめん)」
啓介は己を生んで、育ててくれたであろう記憶にない母親に謝った。
己を育てるために必死に働いてくれた父に、兄に、姉に謝った。
己を慕ってくれていた妹に謝った。
「(…ごめん)」
自分を変えてくれたアリエルに謝った。
「……私は」
「……」
啓介は迷っている鶴神の奥に理奈を見た。
啓介に理奈は目線で語りかけていた。
常人なら全く理解できないかもしれないが、彼らは依存しあった幼馴染。
親友以上恋人未満の歪な関係はそれを伝えた。
「(…りょーかい)」
「私は…私は…」
理奈は啓介の視界に入らない場所へと歩いていった。
啓介は鶴神の顔を見る。
「…悪い話じゃないと思う。お互いにメリットはあるはずだ」
「…私は」
啓介は鶴神の目の揺らぎが止まったような気がした。
鶴神は息をごくりと飲み込むと言葉を紡ぎ出した。
「…私は─」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ゲームで流れるような通信のコール音が部屋に響いた。
凌はベットから起き上がると枕元に置いていたヘッドホン型の通信機を装着して右耳の部分のボタンを押した。
「グッモーニング、栂村氏。…如何いたしましたかな?」
ペタペタと裸足で歩いてパソコンの前まで来た凌は啓介からの通信を黙って聞いていた。
「…そうでござるか。承知したでござる。…辛い役回り、ご苦労様ですな」
凌は左手だけでキーボードを高速タイピングしてメールを作成する。
宛先はクエスト受注所。
「ではすみやかに回収して…はい? はぁ…。それで…?」
ピタッと凌の左手が止まる。
しばらく向こうから聞こえる声に凌は身体の動きを止めていた。
「…わかったでござる。通常は規約違反ですが、そこは拙者が尽力致しましょう。…いえいえとんでもない。拙者たちはHDDの消去を任し合うほどの仲ではございませんか」
『…悪ぃな』
「いえいえ。…では、栫氏にもよろしくお伝えくだされ」
そして通信は終わりを迎えた。
凌は通信が終わってしばらく佇んでいたが、やがてふぅと息を軽く吐くと身体を動かし始める。
凌は今まで打っていたメールを保存せずに破棄する。
「…さて、栂村氏の判断は幸と転じるか否か。見物ですな」
あの男の妙な雰囲気は凌を妙な気分にさせるのだ。
まるでアニメや漫画を─
否、主人公を見ているような気分にしてくれる。
「光と闇の間で葛藤する主人公。…いいんじゃないでござるか?」