【4‐1】 ゴーストタウン
この物語は、ある程度の史実を織り交ぜながらも完全にこの現実世界とは完全に別の未来を歩んでいる別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家とかその他固有名称で特定される全てのものとは、何の関係もありません。何も関係ありません。
つまり、この物語はフィクションです。
【4‐1】 Ghost Town
それは唐突な依頼だった。
いつもの様に藤原 信綱のスパルタ授業を終えて、山を降りてアリエルと共に地上のレストランで夕食を摂っている時の事だった。
『久しぶりでござるな』
この物語の主人公である栂村 啓介のメタリックブルーの折り畳み式携帯電話から篭ったような声色をした声が聞こえてきた。
「…何の用件だ。デブオタ」
『相変わらず手厳しいでござるな。拙者と栂村氏はHDDを任せるほどの─』
「前置きはいいから用件を話せ。こちとら食事中なんだ」
何故、幼馴染である栫 理奈と目の前にいる相棒のアリエル、頼りになる長門 水晶の3人以外には電話番号もメールアドレスも教えていないというのに第三者から電話がかかってくるのかという疑問は投げ捨てておいた。
「(どうせ、ハッキングするなりなんなりして見つけてきたんだろう)」
真鍋 凌は国際指名手配されるくらいのハッカーだったと聞いているし、個人の番号くらいは朝飯前なのだろう。
啓介は対面でハンバーグを食べているアリエルを見ながら会話を始める。
『実はですな、上層部の方から緊急クエストが参りこんできているのです』
「緊急クエスト…?」
緊急クエスト。
ギルドが参加者を強制的に選ぶ特別なクエスト…だと啓介は水晶から聞いている。
『前回の緊急クエスト…栂村氏の回収クエストから間を置かずしてまた発令されるなんて普通はおかしいのですが、とにかく緊急クエストが栂村氏を指定しています』
「はぁ?」
暗部に落ちてきて僅か数週間のど素人を起用するなんて上層部は頭が腐ってるのかと啓介は思った。
『ジオフロントへと戻ってきたら、自室のテレビ電話を起動してくだされ。…詳しい事はそちらで』
「…あぁ、わかった。それじゃ、上層部に死ねと言っておいてくれ」
『栂村氏からのラブレターならぬラブワード、上層部に伝えておくでござる』
「死ね」
啓介は通話を終了させると携帯電話の電源を切り落とす。
「…啓介、誰からの電話だったの?やけに暴言吐いてたけど」
「ただの知り合い」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
5月31日。
啓介は平日だというにも関わらず、新幹線の一等客室で窓から見える緑豊かな景色をこれといった感慨もなく眺めていたが、やがて無言の空気に飽きたのかポツリと呟いた。
「全く、早朝から出発するなんて…。ギルドは派遣される側の事を考えないのかよ」
「私に言わないで」
同乗者であり、啓介の向かい側に座る理奈はを読んでいる本へと視線を向け続けて啓介をチラリとも見ずに淡々と返す。
「(どうしてコイツ、今日は機嫌が悪いんだよ…。俺、何かした?)」
啓介としては、10年ぶりに偶然再会できた幼馴染の彼女とは再び友誼を図っておきたいのだが、どうにも今日はタイミングが悪いようだ。
現在の理奈は自分に全くの興味を見出していない。おとなしくしているしかないようだ。
「(もしかしてアレか?一昨日の食事の誘いを断ったからか?)」
アレはアレで事情があったのだ、と啓介は弁明したくなった。
あの日の夜、啓介に理奈が「一緒に食事でも行かないか」というお誘いを電話でしたのだが、アリエルが「啓介は私と一緒に食事するのでどうぞ1人で食べててください」なんていって通話を強制終了させたのだ。
「(謝る機会なかったし…。っていうか、メールで謝ったんだけどな…)」
実際は理奈が最も気になる異性と個室で2人っきりという状況において恥ずかしがっているだけであるのだが、啓介には知る由もない(第一、真っ赤になっている顔は下を向き続けているので啓介には見えない)。
「(もしかして、俺と二人きりなのが恥かしいとかいう乙女チックかつエロゲ的展開ですか!?)」
啓介はそう考えてしまうと赤くなった顔を隠す為に再び窓の方へと顔を向け、理奈から顔が見えないようにする。
「(…ってよくよく考えたらそんなフラグ建つかよ。フラグが何もせずに建つとかあり得ないし。そんなの二次元だけだし。…うわぁー、マジで恥かしい。キモ過ぎて死ねる)」
折角正答を導いたにも関わらず、自らエロゲーの主人公になれるかもしれない世界への片道切符を無自覚に捨ててしまった啓介は溜息をつく。
「(クエストの最初からこんなザマかよ。…今回は疲れそうだな)」
頭を振って先程の記憶を忘却させると、啓介は鞄の中に入れている先程渡された今回のクエストの資料の詳細を思い出す。
「(超能力者の保護。ただでさえ数少ないの最上位能力者を2人も投入するなんて、ギルドは何を考えているんだか…)」
ギルドが有するレベル7の超能力者はたった5人しかいない。
にも関わらず希少な戦力を保護という下位の超能力者でも可能なクエストに最上位能力者を2人も投入する事はおかしいとしか思えない…と思っていたのだが、どうやら只事ではない様だ。
啓介は理奈に対してこの疑問を解消する為に尋ねる。
「理奈」
「何よ。今、いい所なんだけど」
いうまでもなくただの照れ隠しであり、実際に理奈は小説の中身など全く見えていない。
「…おかしいと思わないか?」
「……このクエストが?」
「あぁ」
理奈は本を閉じると真剣な顔つきになり、啓介の顔を見る。
足を組んで膝の上に肘を立てて顎を掌の上に乗せながら理奈は呟く。
「…どうせ、上層部が何らかの情報をキャッチしてるんでしょう。…そっちはキモオタに任せるしかないとして、私達は私達にできることをするだけよ」
「…絶対におかしい。…何か裏があるとしか思えない」
「そりゃね」
啓介は窓の外を眺める。
「…ただ、今まであらゆる組織が回収に失敗してきた最上位能力者なのよ。相手は」
普通に押さえ込む為だけに啓介と理奈を派遣したかもしれない、と理奈は呟く。
「…クエストの期限は5月30日~6月5日まで。相当てこずる相手なのかもね」
「うわぁー…もうイヤな予感しかしないな」
理奈は本を鞄に片付ける。
「…ま、今の私達じゃあいつらに背く事は出来ない。従うしかないわ」
「……だな」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今回、緊急クエストで指定されたのは啓介と理奈の2人である。
クエスト内容は単純で、「最上位能力者の回収・保護」である。
啓介にとっては自分が嫌がっていたことをやるので胸糞悪いのだが、仕方がない。
「…はぁー…だいぶ長旅だったな」
啓介は鞄と刀を放り投げるとベットに倒れこむ。
「そりゃ、ここは日本の西側だもの」
理奈はカーテンを開けて窓の外から海を眺める。
「…綺麗ね」
帝都・長崎。
神戸や京都と同じ『不死鳥計画』によって発展した大都市であり、『貿易』を主とした都市である。
日本で最も外国人の数が多い街とも言われている。
「海なんて神戸で見慣れた」
「神戸とは違うじゃない」
理奈は啓介のベットの隣にあるベットに腰掛ける。
刀を2本ともホルスターから抜き取ると背もたれのついたイスに立て掛ける。
理奈の衣装は前回と基本的に変わっていない。
「とりあえず、昼食を摂ったらギルドが手配している筈の船を使いましょう」
「だな」
理奈はタッチパネル式の携帯電話を取り出す。
そして地図を表示する。
表示された日本地図の西側に赤い矢印が刺さっていた。
「…九州なんて初めてだから地理がよくわからないんだけどなぁ」
「啓介って方向音痴だったっけ?」
理奈は地図を指2本を使って拡大する。
赤い矢印は長崎県のとある島を指していた。
そこが今回の任務の舞台となる場所だ。
理奈は呟いた。
「…端島」