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クロス×ドミナンス《旧版》  作者: 白銀シュウ
第3章 これから暗部の話をしよう
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【3‐3】  闇から光へ

この物語は、ある程度の史実を織り交ぜながらも完全にこの現実世界とは完全に別の未来を歩んでいる別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家とかその他固有名称で特定される全てのものとは、何の関係もありません。何も関係ありません。

つまり、この物語はフィクションです。



【3‐3】  闇から光へ



 それは数日前のことだった。


「ん……?」


 啓介は目を覚ました。

 隔離された病室の様に真っ白な天井。

 それが啓介の視界に最初に入り込んだものだった。


「…ここは」


 啓介は何もない真っ白な部屋にポツンと設置されたベットで眠っていたようだ。

 啓介は上半身だけ起こして辺りを見回す。

 鏡も水道も窓も何もない。

 横に引っ張るスロープ式の扉くらいしかない。


「(………そうか、俺は…)」


 啓介は思い出した。

 生死の境をさ迷うほどの重傷を負った後、武装兵士達に回収されて…


「クッソ……」


 啓介は右手を握り締める。


「(俺はあいつ等に負けたんだ。…守れなかったんだ)」


 回収された後の治療時、啓介に意識に語りかけてきた存在の声を啓介は思い出す。


「(暗部の人間…か)」


 暗部の一員として生きることを余儀なくされてしまった。


「………」


 啓介は自身の髪を触る。

 まるで何年も眠りについていた様に髪がボサボサに伸び生えている。


「…あの注射の影響か」


 啓介は現実を認めたくない気分だった。


「身体が痛い……」


 全身が筋肉痛になったかのような痛みに啓介は耐えていた。

 身体に注射を打たれた影響か、戦闘の後遺症かは啓介には分からない。

 だが、その痛みは啓介は確実に苦しめていた。

 啓介は上半身を元に戻すと天井をぼんやりとした目で見る。


「(……もう一眠りするか)」


 啓介の瞼は少しずつ下がっていく。


「(みんな…無事…かな…)」 




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「そういえば、気になったんだが…」

「質問かい?」


 啓介は左肘を突きながら水晶の方を向いて尋ねる。

 先程、届いたシェフのおすすめは既に食べ終えている。


「俺ってさ、回収されるときに注射されたんだ。…アレってどういうモノなんだ?」

「強化細胞だね。あぁ、強化細胞ってのはギルドが独自開発した技術でね…“身体の修復を素早く行う細胞”なんだよ。効力は三日間。その三日間で瀕死の重傷を負っていようとも意識が回復する程度には良くなるし、通常攻撃以外の攻撃…超能力による攻撃の傷も治癒がある程度早くなったりするんだ」


 啓介が武装兵士達に瀕死の重傷を負わされたにも拘らず、このようにピンピンしている理由はそういう理由のようだ。


「治りが早い超能力者の治癒速度を更に加速させる細胞。…だけど、勿論激痛は伴うし、睡魔は酷い程に襲ってくる。三日間の間は感情の制御が出来なくなる。あと寿命も縮める。…いいことはないね」

「俺の許可なく注射されるって…どういうことだよ」

「何言ってるんだい?ここは暗部。世界の闇が集まった光の射さない世界だよ?人権なんてあったものじゃない」


 水晶は啓介の呟きを笑い飛ばす。

 啓介は溜息をつくと頭をガシガシと掻く。


「…心配になってきた」

「初めてのクエストだからそんなに厳しいものじゃないと思うよ?上層部だって大枚叩いてキミを拘束したんだ。…いきなり無茶なクエストは来ない筈だよ」



「それはどうかしら?」



 長門の台詞に啓介でも理奈でもない人物が返事をする。

 啓介と水晶は後ろを振り向く。

 少女だ。


「…上層部が言ってた“新人さん”ってのはこの男?…冴えないわね」


 少女は座っている啓介の顔を見下ろす。

 理奈がその人物の顔を見て「ゲェッ…」と露骨に嫌な顔をする。

 少女も理奈を見ると拒絶反応を示す。


「なんでアンタがここにいんのよ」

「こっちの台詞。…まさかアンタと組まなくちゃならないわけ?」


 理奈は少女の言葉に返事する。

 少女は理奈と組むことを嫌がっているようだ。

 険悪なムードのせいで啓介は腹痛が起こした。


「(理奈とこの女の人…知り合いなのか?)」


 水晶は溜息をつくと少女のほうに左手を出して理奈と啓介に紹介するように説明する。


「栫さんはご存知みたいだけどね。一応、紹介はしておくよ。彼女は不知火 紗音瑠(しらぬい しゃねる)。僕達と同じ暗部の一員で、今回組むメンバーの一人だよ」


「不知火紗音瑠よ。…まぁ、足は引っ張らないようにしてくれれば良いわ」


 燃え盛る炎のような色をしたロングポニーテールの少女──紗音瑠は啓介にそう言うと長門の隣に座った。

 理奈が殺意満々の視線で紗音瑠を睨む。


「あーぁ、なんであのバカと組まなきゃらないないわけ?」


 理奈はわざと紗音瑠に届くように大きな声で言う。


「こっちの台詞よ。クエスト中は背中に気をつけなさいよ?」

「その台詞、そのまんま返してあげるわ」

「覚えてなさいよ…」

「(この二人が先陣切るんだろ?うわぁー…もうイヤな予感しかしない)」


 啓介が深い溜息を吐くと同時に水晶が啓介のほうを見て何かに気付く。

 すると水晶は手をパンパンと叩いて三人の注目を自身へと向けた。


「はいはい。喧嘩は後でヨロシクね?…全員集まったようだし、そろそろクエストに出発したいんだけれど」

「は?…あと一人が来てないわよ?」


 理奈が水晶の言葉の意味を理解できずに尋ねる。


「もう来てるよ?そこに、ホラ」


 水晶が指を差した方向を見る理奈と紗音瑠。


「…うわ!なんじゃこりゃ!?」


 啓介が自分の頭の上に何か乗っているのに気付き、驚く。


「……何コレ」


 理奈が驚きながら啓介の頭の上にあるものを指差す。


『初めまして』

「……喋ってる」


 紗音瑠がポツリと呟く。


「最後のメンバーだが…彼は階段が苦手なモノでね、中々この受注所には足を運ばないんだ。今頃は現地で待っていてくれているだろう」


 水晶は三人に説明する。


『遅れてしまい、申し訳ございません。長門様』

「いやいや。大丈夫だよ」

「あの…会話中悪いんだけど、コレは何ですか?」


 水晶とソレの会話を見ていた啓介が自身の頭の上に立っているものを指差しながら尋ねる。


「あぁ、それは最後のメンバーである真鍋 凌(まなべ りょう)の創造した情報生命体『アリス』だよ。詳しい事は彼女に聞くといい」


 水晶に紹介された高さ五センチくらいの小さな情報生命体は啓介の頭の上から飛び降りると啓介の前に着地し、啓介に頭をペコリと下げる。


『初めまして。私はマスター“真鍋凌”様によって創造された人工知能を入力された情報生命体です。正式名称は長いので省略させていただきます。どうぞ、私のことは「アリス」とお呼びください』


 ロングスカートのメイド服を着た妖精…のような人工知能情報生命体を見て啓介は呆然とする。


「……こんな技術、あるの?」

真鍋凌(マスター)の超能力は“情報を質量化する能力”です。私はそこから作り上げられ、人工知能をインプットされた存在なのです』

「……」


 啓介は目の前の現象が現実なのかどうか疑わしく感じていた。

 理奈は指でアリスの頭を撫でる。

 紗音瑠はアリスの背中にある四枚の薄い羽を見つめている。

 理奈はアリスの頭を触りながら呟く。


「触れるんだ。流石は“情報を質量にする能力”だけのことはあるわ…」

『マスターは私以外にも数十体の情報生命体を創造して使役されています』

「真鍋凌は“人形遣い”と呼ばれているんだ。情報生命体を使役して戦闘したりするし、日常でもこのように情報生命体を使っているからね」


 水晶はそう言うとイスから立ち上がる。


「さぁ、今からクエストへと出発しようじゃないか。既に受注は済ませている」


 紗音瑠と理奈も立ち上がる。

 啓介も立ち上がる。

 アリスは啓介の右肩に乗る。

 左肩は啓介の能力の範囲内なので乗ってしまうと吸収されて消滅してしまうかもしれないから乗れないのだ。


「私達、ソロで生き残ってきたヤツらをまとめて当たらせるほどのクエストねぇ…。どんなものかしら?」


 紗音瑠は呟く。

 理奈は何も言わず、啓介はげんなりとした顔をしていた。

 水晶は啓介の心情など知らないように鼻歌を歌うような気軽さで歩きながら答えた。


「ただの殺し合いだよ」





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 栂村啓介、栫理奈、長門水晶、不知火紗音瑠の四人は電車に乗っていた。


「ジオフロントに入れる唯一の方法が鉄道ねぇ…」


 啓介は自分達以外誰も乗っていない電車の中で窓の外の暗闇を見ながら呟いた。


「この近畿地方…詳しく言えば、阪神区間を走る鉄道の会社とギルドは密約を結んでいるんだよ。…暗部の人間は終点でもないのに途中で止まる“回送列車”に乗ってジオフロントへと降りるんだ」


 ジオフロントの天井から吊り下げられた橋を電車は進む。

 徐々に高度が上がっていき、街並みが見えなくなる。


「っていうかよ、俺たち四人とも私服…だけどいいの?軍服みたいの着なくていいの?」

「何を期待してたの?」


 紗音瑠がバカを見るような目で啓介を見る。


「隠密行動が前提なのよ?…一般人に見える服装じゃないと意味ないじゃないの」

「……俺の目にはお前らの服装は全然一般人に見えない」


 啓介はボソッと呟く。

 理奈は学校の制服であろう袖を肘の部分まで折った白と水色の混ざったカッターシャツと赤色のネクタイに短い黒のスカート。

 それに加えて銀で出来ている骸骨などの装飾がジャラジャラとついた銃のホルスターみたいな剣の鞘入れつきベルトを一つを腰にピッチリと巻き、もう一つをやや緩めた状態で斜めに巻いている。

 それに黒色の靴底の厚さ二センチのパンクチックなレザーブーツというコスプレでも中々お目にかかれない様な異常な服装だ。


『私見ですが、確かに栫様の服装は一般人との適合率が著しく低いように思われますね』

「あっはっは!情報生命体にまで言われてやんの!」

「はぁ!?」

「(不知火…。そういうお前はどうなんだよ)」


 紗音瑠の服装も色んな意味で普通じゃない。

 ふくらはぎくらいまでの長さがあるピッチリとした加工済みの穴あきジーパンに黒色のお腹まで届いていないやや短いタンクトップのような服。

 その上に白の大きな袖の短いワイシャツを羽織っている。


「(夏場なら全然大丈夫そうなファッションなんだろうけど…今は春だぜ?)」


 啓介は水晶をチラリと見る。

 執事服から過剰な装飾を取っ払い、黒色をやや薄めた感じの服…としか啓介には表現できない。


「(俺だけかよ。マトモなの)」


 啓介は青を基調とした普通の服装だった。

 とにかく見所なし。


「……はぁ」


 啓介は溜息をついて明かりのついていない電車の屋根を見る。

 車内は暗い。


「…ところで、今回のクエストを説明して欲しいんだけど?」


 理奈との口喧嘩を済ませた紗音瑠は先程駅で購入したコーヒーで唇を湿らせると水晶に尋ねた。


「今回の舞台は帝都・京都だ」

「京都…?」


 啓介は神戸と同じように閉鎖された超巨大閉鎖都市を頭に浮かべる。


「京都で今、何が開催されているかわかるか?」

「…個展?」

「違う。日本国と中華民国の首脳対談だ」


 啓介のボケを水晶は軽くあしらって説明を始める。


「中華民国は約三十年前の第三次世界大戦後に中華人民共和国から独立した新しい国だというのはご存知だよね?」

「誰でも知ってるわ」


 啓介がイラッとしながら答える。


「その日台首脳会談を行うために中華民国首相が日本入りしている。俺たちのクエストはそれを──」

「暗殺すればいいの?」


 理奈の質問に水晶が溜息をつく。


「微妙に違う。中華民国首相と日本国首相が集まるチャンスだ。…東アジアにおける各国の情勢を知っていればすぐに解けるはずだ」


 啓介は考える。


「……つまり、俺たちは二人の首相の暗殺を防げば良い訳だな?」

「正解」


 約三十年前の第三次世界大戦時、東アジアは世界最大の激戦区となった。

 中国・朝鮮半島・ロシアといった大陸側に攻め込まれた日本はヨーロッパやアメリカの力を借りて侵略を防いだ歴史がある。

 それから今日に至るまで、日本と東アジアの大陸側に位置する国家は仲が良くない。


「中国には未だに台湾の独立を認めていない右翼派だって存在している。それらが日本にやって来て憎き日本と中華民国の首相を暗殺しようとしているわけだ」

「ふーん…。中国政府はとっくに台湾を諦めたのに?」

「のに、だ。…一部の人間は納得し切れていないんだろうな」


 水晶は紗音瑠に返答する。


 アリスは啓介の頭の上にちょこんと正座すると長門に尋ねた。


『つまり、我々は帝都・京都に潜むテロリストを殲滅すればよろしいのですね?』

「そういうこと。…君のご主人様は?」

『既にテロリストの潜伏先を洗い始めています』

「流石は元・国際指名手配されていたハッカーなだけはあるね」


 水晶が口笛を吹いて賞賛する。


「テロリストか…。武装とか人数とかは?」


 理奈が水晶に尋ねる。


「武装は不明。小さな組織だから超能力者がいるとしても数名程度だろうな。…人数は中国政府の報告によれば、恐らく二千人弱」

「二千……人?」


 啓介が絶句する。


「ってか…中国?」


 紗音瑠が尋ねる。


「この依頼者は中国政府の外務省だ。中国軍は今、簡単に動かせない状況らしいから、日本の方で対応願いたい…ってね。依頼者からは全員殺してしまっても問題ないと言われている」

「ふぅん。…まぁ、そっちの方が楽でいいや」


 紗音瑠はコーヒーを飲む。


「お前ら…大人数だぞ?怖くないの?」

「何で?…相手はただの銃を持った一般人。…超能力者もほぼザコばかりでしょうね。どこに怖がる要素が?」

「いや…もういい」


 テメェらに聞いた俺がバカだったと啓介は心の中で呟いた。

 列車は既に帝都・神戸の地下鉄に入っていた。


「大丈夫だよ。先陣は女性陣が切ってくれるだろうし…僕達は後ろで取りこぼしを掃除するだけさ。死亡率はほぼゼロだよ」


 水晶は啓介の右肩を叩いて励ます。


「励ましになってないからね。ソレ」


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