【1‐2】 偶然という名の必然
西暦2030年 4月7日 午後11時30分。
栂村啓介が2週間の春期休暇の最終日、短期バイトを終えて給料袋と共に帰路へとついている途中のことだった。
無用心にも給料袋の中身を見ながらの帰宅だった。
「1時間900円のバイトで俺は合計140時間働いたから……計12万6千円になるハズなんだがな」
1万円札が何故か1枚だけ多く入っていた。
何故かはわからない。店長が1枚多く入れてしまったのかもしれないし、ボーナスということでも貰ったのかもしれない。
しかしサプライズな出来事だったので、神が日頃から報われない自分に与えてくれたプレゼントなのだと啓介は解釈し、喜んだ。
返すという発想はないようだ。
(何を買うことにしようか。1週間後に発売するゲーム機とソフトを纏め買いするなんて贅沢も悪くないかもなー)
会社帰りのサラリーマンやこれから夜遊びへと出かける青年達を目の端に移しながら自宅のある街外れの丘まで啓介は歩いていく。
明日から始まる学校に対して抱いていた憂鬱な気分は今やサプライズによりすっかり吹き飛んでしまっていた。
(それとも県内のゲーセンを片っ端から周って制覇するための軍資金に――)
「どこかにいってよ!」
啓介の楽しい妄想タイムは現実世界から入り込んできた声によって中断された。
妄想を邪魔されたという少しばかりの憤りはあったものの、常日頃から野次馬根性丸出しな啓介は声のした方向へと目を動かす。
「なんだよ、ねーちゃん。そんなこと言わずに一緒に遊ぼうぜ?」
「そーそー、そんな所で1人で立ってるより俺達と遊ぼうぜ」
ピアスやアクセサリーをジャラジャラとつけたチャラ男たちが街路の隅の方にいた。
先程の声は女性の声。言葉から察するにナンパ目的で女性に言い寄っているといった感じのシチュエーションだろうか。
(明日から全部の高校・大学は始業だっていうのに元気だねー…)
最も苦手とする部類の人種を見て、啓介は女性に対して同情を抱いた。
しかし、それと同時にこんな寂れた町でもナンパされるような美女が本当に居るのか?という大層失礼な感情を抱いたので啓介はもう少し近寄ってみることにした。
(歩行者のフリをしてチラリと見れば問題なし。これで俺はいちゃもん付けられずに美女の顔を見ることができる。正に完璧)
啓介は他の歩行者と同じように素知らぬフリをして歩きながら近寄る。
女性とチャラ男達のグループの言い合いはまだ続いている。
(さーて、拝見拝見。果たしてどんな美女か。って言ってもどうせ厚化粧の――)
目を動かして女性の姿を目に入れる。
そしてそれと同時に目が凍りついた。
網膜に映ったその映像は彼の脳を停止させ、足も止めてしまった。
「あんま調子乗ってるとヤッちゃうよ?」
「興味ないんだけれど」
「いーから俺達と遊ぼうぜ。じゃねぇとヤッちゃうよ?」
「……」
「まっ、最終的には同じかもしんねーけどな」
5人のチャラ男は汚らわしい笑いを響かせた。
女性のほうは少しだけムスッとした表情で腕を組んで後ろのシャッターにもたれている。
(……すげぇ)
啓介の耳にもチャラ男達の笑い声は届いていたが、随分と遠くから聞こえているような感覚だった。そんな至近距離での音でさえよく聞こえなくなるくらいに彼は彼女に引き込まれていた。
150cm程の小柄な身体をしているが、絡まれている女性もとい少女は誰もが口を揃えて“美人”と形容するほどの美貌を放っていた。
「こんな夜中に1人でいたがるなんて何処の物好きなんだよ?」
「もしかして家出少女とかか?」
少女は面倒だと言わんばかりに溜息をつくと髪を払う。
染色体がどう変化したら発生するのだと聞きたくなるくらいに綺麗で引き込まれそうになる水色のふわふわとした長髪が揺れる。
「何だよ、俺達と遊ぶのが不満か?」
「おいおいそりゃねーぜ」
チャラ男の1人である金髪の口ピアス男が少女の身体を舐め回すようにジロジロと見る。
黄色人種と白人のハーフくらいに白い肌にはキズが全く見えない。
「放っておいてもらえる?」
「んだよ、どうせツレとかいねーんだろ? それに、そんな格好してて誘ってねぇとは言わせねぇぞ?」
「人を探してるの。…本当に構ってる暇はないの」
少女は目を瞑ったまま、対応する。
しかしめげずにチャラ男の1人であるニット帽を被った男は少女の少し肩出しカッターシャツから出ている肩を見ながらアプローチを仕掛ける。
「だったら俺達が手伝ってやるよ」
「結構よ」
「そう言わずにさぁ」
少女の静脈血と同じような色をした双眸が開かれる。
「私、怒っています」という雰囲気が少女から放たれるが、周りの男達は全く気づいていない。
男達は近くを歩く通行人達にガンをつけながら少女に絡み続ける。
すると鼻ピアスをした長髪の青年の目が啓介に向けられた。
「おいおい、兄ちゃん。何黙って見てんだよ」
「えっ? あっ、その……」
しまった、と啓介は心の中で自分の失態を反省する。
通行人が誰も足を止めずに我関せずと過ぎ去る中で佇んでいたら狙いを付けられて当然だ。
男にガンをつけられるまで現実から離れていた啓介は慌ててしまう。
(当事者になっちまった以上、どうする?)
啓介は目線を当たりにずらすが、こういった状況に介入してきてくれるような善人は何処にもいないという現実を再認識させられただけだった。
啓介はどうすればいいのかと脳内で緊急対策会議を繰り広げる。
「おいおい、黙ってないで何とか言えよ」
「どうしたんだ?」
「いや、なんかジロジロと」
男の仲間達が啓介を囲み、上から怖い顔をして見下す。
完全に蛇に睨まれた蛙となってしまい、啓介は震え上がる。
(ど、どうする? このままじゃ……)
「どうにか言えよ!」
ニット帽が啓介の黒髪を掴んで怒鳴る。
そして、この行為によりついに理性よりも恐怖が勝ってしまった啓介は「もうどうにでもなれ!」と叫ばんばかりに唐突な行動に走った。
「こ、これをどうぞ!」
「あ?」
啓介は右手に持っていた給料袋を差し出す。
金髪の男が怪訝な声をあげて啓介から給料袋を奪い取る。
そして袋を空けて中身を確認すると驚いた。
「おい、12万も入ってんぞ!?」
「マジかよ!?」
男達が給料袋を覗こうとして金髪の男の近くに集まる。
それを本能で理解した草食獣の行動は早かった。
一瞬で押さえ込まれた状態から抜け出すとシャッターにもたれていた少女の左手を掴み、全力で引っ張る。
「あ、オイコラッ!」
「逃げんな!」
男達は2人の逃亡に気がつくと大声で静止するように命令する。
しかし啓介の頭は既に恐怖で埋め尽くされており、男達が何を言っているのかが認識できていなかった。
「ちょ、ちょっと!? 何処に連れて行くの!?」
「どっかぁッ!」
啓介は追いつかれない様に必死に走った。
これで捕まってしまえば何のために12万円を手放したのかがわからなくなってしまうので必死に走った。
「待てやコラァァァ!」
「うひぃいいい!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
2人は丘の上の公園で休憩していた。
啓介は息を荒くしながら公園の滑り台に倒れこんでいた。
(そういや、しばらくコンビニでバイトするか家で引き篭もってばっかりだったからな……)
己の運動不足を怨みながら啓介は上半身を起こして左へと首を動かす。
滑り台のすぐ隣にあるブランコの台座に少女は座っていた。
(長距離走って息が切れないとか……どんな化け物だよ)
啓介はケロッとしている少女に恐れを抱く。
時間をかけて息を整えた啓介はブランコの所にいる少女に向かって声をかける。
「えっと……大丈夫だったか?」
「えぇ、ありがとう。奇特な人だね」
「そりゃどうも」
褒めてくれているのかがイマイチわかりにくい賛辞を受け取った啓介は滑り台から立ち上がる。
そして黒のジーパンと灰色のパーカをパンパンとはたいて砂を落とす。
「ところでよ、どうしてあの場から逃げなかったんだ?」
場の沈黙が苦手な啓介は少女に向かって質問してみた。
突拍子い質問だったのは、美少女と会話しているという緊張感からと彼自身にコミュニケーション能力が欠けていたからだったりする。
「私は探ししている人がいるの」
「探している人間?」
「そう。探している人がいるの」
啓介は少女の姿をもう一度見直す。
外見が自分より少し幼く感じるので恐らく10歳~14歳辺りだろう。赤と黒の短いチェックスカートと腰のベルトに纏わり着いている沢山のチェーンが何やら無理に大人に見せようとして失敗した感じのファッションに見えなくもなかった。
「どんなヤツだよ」
少しの好奇心に駆られて質問してみる。
12万円と2週間を投げ捨てて出会えた目の前の美少女とあわよくば仲良くなりたいという考えがあったのかと問われれば、あったと言えるだろう。
「探してくれるの?」
「んぁー……とにかく聞いてみてから判断する」
「そんなに人にペラペラ言いふらせるようなモノじゃないんだよ? いいの?」
「任せろ、口の堅さは保障する」
口が堅いのではなく、口を割る相手がいないだけであるのだが彼は見栄を張った。
少女は顎に手を当てて啓介を見つめながら考え込んでいる。
目の前の男に喋ってしまってもいいのか考えているのだろうと啓介は考えた。
「…………まぁ、キミは条件を満たしているみたいだし」
少女は唇を舌で舐める。
外見からすれば大人ぶった行為にしか見えない筈だったが、それは見る人間の視線を固定させるような妖艶さを持っていた。
「条件? 何だそりゃ」
「本当に戻れなくなってもしらないよ?」
「はぁ? 探し人程度でなるかよ」
「…………それじゃ、話すとしますか。でも、その前に聞きたいことがあるの」
「?」
少女はブランコから立ち上がる。
そして啓介の前に事故防止用の柵越しに立つ。
「貴方は“運命”についてどう思っている?」
この言葉が彼の運命の歯車を歪めた原因だったなんてこの時は誰も想像できなかっただろう。