【2‐5】 底辺の抱いたパラノイア
この物語は、ある程度の史実を織り交ぜながらも完全にこの現実世界とは完全に別の未来を歩んでいる別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家とかその他固有名称で特定される全てのものとは、何の関係もありません。何も関係ありません。
つまり、この物語はフィクションです。
【2‐5】 底辺の抱いたパラノイア
午後7時32分。
啓介・アリエル・理奈の三人は市内のホテルに宿泊していた。
市内のまぁまぁ高級なホテルを本日の宿泊先に選んだ理奈の神経を疑った啓介だったが、宿泊費は全部理奈が出してくれたので何も言わなかった。
というよりも一介の女子高生の何処にそんなお金があるのかが疑問だ。
「はぁ…疲れた」
啓介はイスにどかっと座り込む。
入浴はしたが、替えの服もバスローブもないのでボロボロの服をもう一度着ていた。
理奈が服を適当に買ってくると言ってくれたのだが、プライド的な意味で丁重にお断りしたのだった。
啓介は奥のベットを眺める。
そこにはアリエルが既に眠っていた。
「(アリエルって睡眠時間結構早い方だよな…。家でも10時くらいには寝てたし)」
などとぼんやりとアリエルについて考えていると啓介の頬に冷たいものが当てられた。
「うおっ!?」
啓介はびっくりして飛び上がる。
「なーにそんなに驚いてるのよ。ほら、差し入れ」
「あ、あぁ……ありがとう」
理奈がコンビニでコーヒーと夜食を買ってきてくれたようだ。
理奈は日本刀をベットに放り投げると啓介の対面のイスに座り込む。
コンビニで買ったものを目の前のテーブルに並べていく。
「結構買ったな」
「そりゃ、私と啓介で夜通しで会話するわけだし」
「え?」
「再会したんだし…積もる話も色々とあるでしょ?それに…超能力とお互いについても話さないといけないしさ」
理奈の言うとおりだ。
啓介は理奈を見つめた。
「私は啓介がどうして超能力者になったのかっていう理由と啓介の環境の変化についても色々と聞きたい。啓介だって……私に関することとか超能力のことについて聞きたいんじゃないの?」
「そうだな…」
啓介はシャケ弁当を開けて食べ始める。
理奈はペットボトルのお茶を飲む。
「…それで、何から話したほうがいいの?」
理奈は啓介に尋ねる。
「理奈は、どうして超能力者になったんだ?」
啓介は目の前の幼馴染に質問をぶつけた。
話し合いの一番最初のネタとしては重たいような気もするが、啓介は気になっていた。
勿論、自分以外の人間がどういう理由で契約したのかと言う点も気になるが、あの善人の塊とも言えるような性格だった少女が何故こんな闇にまで堕ちていたのかが啓介は一番気になっていた。
「…ま、啓介も私の幼馴染だし…知る権利くらいはあるか」
理奈はふぅと軽く息を吐くと悟ったような表情で口を開いた。
両肘を膝の上に乗せ、顔の前で両指を組む。
「…啓介、私の家族構成覚えてくれてるかな?」
「えっと…両親と弟とお前だったよな」
「正解」
啓介はそこまで話して一つの可能性を導いてしまった。
啓介としてはハズレであってほしかったのだが。
「五年前。それが私がこんな場所で生きている全ての根源よ」
世界は、神は、彼女に甘くなかったらしい。
「……」
「五年前、私の家族は私を除いて全員が殺された」
「(………クソが)」
啓介は神を恨んだ。
「5年前に静岡で起こった飛行機の墜落事故知ってる?」
「確か、日本で初めて起きたテロによるハイジャック…だったっけか?」
五年前、日本で初めて自爆テロが発生したことは歴史の教科書にも記されている。
あの事件は世界中の先進国に大きな衝撃を与え、その傷は今も残されている。
「……あの事件は沢山の人の心に傷を刻んだ」
理奈もそのうちの一人だ。
「死者は607人、その中には私の家族も居た」
「って、ことは……お前」
理奈はあの事故に巻き込まれたということになる。
生存者はたったの4人。東京へと向かう飛行機をテロリストがハイジャック。東京へと自爆テロで突っ込もうとしたが、乗客の抵抗により墜落。痛ましい事件だったと啓介は記憶している。
「……」
啓介は自分を殴りたい衝動に駆られていた。
理奈にとってもそんな凄惨な事件を思い出したくない筈に決まっているのに啓介は尋ねてしまった。
啓介は唇を噛んだ。
「私は全身を大火傷っていう重傷を負った。女性機能だって死んだ」
家族を失うという苦痛だけでなく、女性として生きることができなくなった苦痛。
病院のベットで呆然と過ごす日々を理奈は思い出していた。
「全てを失って死にたくなった。だけど、私は死ねなかった。………後は分かるでしょ?」
「…あぁ」
理奈は求めたのだ。
復讐するための力を。
犯人を殺してから出ないと死ねないという思いが彼女を延命させた。
「そんな時、私の前にアイツが現われた。………私は迷わず契約した。自分の身体も元に戻せて、復習することの出来る力を得ることが出来るんだもの」
復讐心が彼女をここまで醜くさせたのだ。
「(復讐心が悪いとは言わない。だけど…それが理由だったんだな)」
「でも私はすぐに絶望したわ。だって、犯人が組織という存在だったのだから」
犯人の元に辿り着くには、権力や地位といったものが必要となることに理奈は気付いてしまったのだ。
それは彼女を絶望へと追い込んだ。
「それからしばらくして、私の前にとある超能力者たちが現われた」
啓介は黙って話を聞く。
「その超能力者たちは私にこう言ったのよ」
──『その復讐心、成就させたくないか?』
「私はすぐにその組織に入った。私の復讐のための必要な地位と権力をその組織が用意してくれるって分かったから」
「…でも、おかしいと思わなかったのかよ。たかが小娘の復讐に組織って言う巨大な連中がタダで手を貸してくれるなんていうこと」
啓介は気になった部分を質問する。
「そうね。…私も思ってたけど、その答えは簡単だったわ」
理奈はその台詞の後に一拍置いてとある単語を口に出す。
──『知恵のリンゴ』
「!」
その言葉は啓介にも聞き覚えがあった。
「それは世界中の超能力者の所在や能力、未来を把握する存在。だから今、私達がここで会合していることも知恵のリンゴには全てお見通し」
「…」
「人なのか機械なのかすらわからない謎の存在。それがこう予言していたらしいわ」
「栫理奈は最上位能力者の素質を秘めた存在である、ってね」
理奈は自嘲的な笑みを漏らす。
「全ての超能力者には知恵のリンゴが能力階級というモノをつけているの。言ってしまえば、強さの度合いね。…それは全部で七段階存在しているの。数字が大きければ大きいほど、その超能力者は強い」
つまり、理奈は能力階級の中における最高位のランクである『7』の超能力者だということになる。
啓介は目の前の少女の強さを信じることが出来なかった。
「(確かにあの橋での戦闘はただならぬ強さを感じさせたけど…世界中の超能力者の中でもトップクラスの強さなのかよ…?)」
「一度も戦闘経験の無かった素人にそんな予言が出るなんて普通は信じられないかもしれないけど、その組織は信じて私を仲間に引き入れた」
「……他の組織よりも強い力を得ることによって組織の強大さを武器にしようとしたわけか」
「正解。私は道具にされたのよ。まぁ、復讐さえ達成できればよかったんだけどね。…最上位能力者は世界中に24人しか存在しない希少な存在。そうねぇ…アフリカの巨星やグレート・ムガル、リージェント以上の価値があるんじゃない?」
最上位能力者は世界的に有名なダイヤモンド以上の価値を誇るらしい。
「……」
「最上位能力者の定義は“惑星規模の災害レベルの力を持つ”ことらしいからダイヤモンドなんぞと比較するのはそもそもの間違いなんだけどね」
「惑星規模…」
スケールの大きい話だ、と啓介は思う。
惑星規模の災害など隕石衝突くらいしか啓介には思いつかない。
「理奈の身体には、そんなに凄い力が眠ってるって言うのか…?」
勿論、目の前の少女の能力が“隕石を引き寄せる能力”ではないことくらい、啓介にも分かる。
では、それ以外で惑星規模の災害を引き起こせるほどの力とは一体何なのだろうか。
「私の持つ能力は【電光刹華】。電荷や電子を生み出す能力ね」
つまり、電気を操る能力ということになる。
「啓介の能力は組織からの報告によれば、【現実逃避】っていう“触れた能力をコピーする能力”なんでしょ?」
「まぁそうなるな」
啓介は自身の左手を見ながら話す。
「でも、同じカテゴリーの能力はコピーできないらしいし、左手以外じゃ能力を行使できない。しかも相手の能力を知覚していることが前提条件だからかなり不便な能力だな」
「そんなに制限がかかっているにも関わらず、24番目になっている辺り…その能力の本当の力が垣間見れるわね」
「なぁ、前からずっと気になっていたんだが…24番目ってどういう意味だ?」
あの2人組からも不知火からも言われた言葉。
24番目が啓介の何を示しているのかが未だにわからないのだ。
「“二十四番目に最上位能力者になった”っていう意味よ」
啓介は呆然とする。
理奈はそれを無視して知識だけを啓介の脳に送り込む。
「さっきも言ったけど、最上位能力者は世界に二十四人しかいない。啓介はその二十四番目になったっていうことよ」
「え…いや…でも」
「私だって疑問よ。戦闘経験が1回しかないド素人がどうして最上位能力者なのか」
戦闘経験が1回、ということは先程の戦闘は含まれていないことになる。
「どの能力者も最初は全員が最下位能力者から始まる。最高位に引き上げるには血の滲む様な努力が必要なのよ?」
「理奈も努力したのか?」
「私は五回目の戦闘で最高位になったけどね」
理奈の戦闘センスが良かったからなのか能力の成長速度が速かったからなのかはわからないが、それでも十分に異常と呼べる速度である。
「ともかく、1回の戦闘で最高位に引き上げられた存在は過去にもいない。だから啓介は注目されているのよ」
「………」
「さっきの話と繋がるけど、私だって組織に入った頃には注目されていた」
子供に戦略兵器以上の価値を見出すなんてこと、普通はあり得ないのだ。
「私は組織の有益になるように随分教育されたわ」
「教育?」
啓介はその言葉に不安を覚える。
「人を殺すための特訓だったり、破壊工作するために必要な知識の勉強とか…色々ね」
「……」
「失望した?再会した幼馴染が大量殺人者で失望した?」
理奈が俯く。
「失望したでしょ?……私はもう、啓介の知っていた私じゃないのよ」
「……」
「そりゃ人を殺し始めていた頃は毎日うなされて食事も喉を通らないくらいに苦しんだ。殺人の重みを知った。けどね、今じゃ私は人を殺しても何とも思わないのよ。復讐の時だってそうだった。私が一人で犯人達の組織に特攻して一人残らず血祭りに挙げてやった時もそうだった。むしろ楽しいとさえ感じてた。家族を奪った奴らをこの手で殺せて嬉しかった」
「……」
啓介は理奈の姿を見ている。
「…復讐が終わった後、私は罪の重さに耐え切れずに死のうとした。でもムリだった。死のうとすれば脳裏に殺していった奴等の最期の断末魔が響くのよ。それで私はあいつ等みたいになりたくないって、死にたくないって思って踏みとどまるの。…人の命奪っておいて随分と身勝手よね」
啓介に糾弾してほしい、という意味が込められていたかもしれないその吐露に啓介はしばらく黙っていた。
久しぶりに彼女の信頼する存在に再会できたことが、彼女の我慢という名の堤防が決壊してしまい、こんな事を言っているのかもしれなかった。
だが、一人の人間として、理奈の友人として、幼馴染としてどういう風に声をかけてやるのがベストなのか啓介にはわからなかった。
だが、啓介はそれでも言葉を口に出す。
「…俺になんて言ってほしいんだよ」
「え…?」
「俺に糾弾されたいのかよ?でも悪かったな。俺も既に人殺しなんだよ」
「え…」
啓介は理奈に何も言わせないために休まずに台詞を言う。
「俺が4月に戦ったあの2人組だって生きてるかどうかすら分からないんだぜ?任務失敗で始末されてるかもしれない。それにさっきの戦闘だってそうだ。確かにトドメを刺したのはお前かもしれない。だけど、あの野郎をそこまで追い詰めたのは間違いなく俺だ。実行犯ではないにしろ、殺人に加担してるんだよ俺も」
「…」
「そりゃ、お前の罪とやらに比べたらちっぽけかもしれないけどよ…人殺しは人殺し。…お前が糾弾されたいって言うのなら、善人に懺悔を聞いてもらうこったな。同類に何を求めてんだよ」
「……」
「正当防衛だっていえばそれでお終いだけどな、俺達は高校生だぜ?正当防衛でも罪悪感は残るっつーの」
「……」
「…あと、お前の家族が亡くなっていたっていう事については俺も悲しい」
自分に仲良くしてくれていた人間を失うとどれだけ疎遠になっていてもやはり悲しいという感情は生まれる。
「けど、俺はお前に後追い自殺されるともっと悲しい。多分、泣いて泣いて泣きまくると思う。二度と社会に復帰できないくらいに泣くと思う」
「…」
「お前は俺の1番の親友であると同時に一番俺のことを理解してくれている“他人”だ。だから俺はお前にこうやって悲しまれていると辛くなる」
自分が最も信頼を置いている“他人”といえば、間違いなく理奈であると啓介は胸を張って言える。
アリエルとも信頼関係を築いているが、やはり理奈との関係はもっと濃密なものだと啓介は思っている。
理奈が初めて自分を理解してくれた存在であると同時に自分を正しく導き続けてくれた存在であることは啓介の心に強く残されている。
「だから、理奈には死んで欲しくない。俺を、悲しませないために他人を殺してでも、生き続けていて欲しい」
「…」
「…俺がお前にいたいのはそれくらい」
啓介は理奈の顔を両手で掴んで自分に向けさせる。
「………ありがとう」
「はいはい」
啓介はしばらく理奈の姿を見て黙っていたが、空気に耐えられなくなったのか次の話題について口を開くことにした。
「…とにかくだな、理奈の経緯と最上位能力者についてはわかった。ただ、聞きたいことがまだある」
「……何?」
啓介は理奈の秘密が知りたかった。
「…理奈は、どうやって強くなった?」
「…え?」
強さの秘密が。