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クロス×ドミナンス《旧版》  作者: 白銀シュウ
第1章 愚者は絶望と言う名の夢を見るのか?
10/60

【1‐10】 現(ぜつぼう)を左手に込めて

 火災探知機の刑法が鳴り響く中、仁は警戒しながら歩いていた。


「どこにいるんだってんだか」

『さぁ』


 耳元の通信機から聞こえる琢磨の声に耳を傾けながら仁は警戒して歩く。


(あの少年の血痕が途中で途切れてた。……逃げた先を知られない為に消したのか? でも……)


 死に掛けの人間がそんなところまで頭を回転させれるはずがない。


「あのガキ……一体どこにいるんだか」



「お呼びか?」



 仁の身体が声の方向へと振り向く。

 自分達が追い求める目標の声だ。


「よぉ。……テメェらにお礼参りがしたくて地獄の底から帰ってきたぜ?」

「テメェ!」


 啓介はニヤリと笑って仁を見下す。

 階段の踊り場から見下す啓介は何の武器も持っていない。

 それを見ると仁は呆然とした顔から徐々に顔を歪めていく。


「はっはっは……」


 仁は自分の額に左手を当ててやれやれとでも言いそうな顔をして溜息を吐いた。


「まさか裸で俺に挑もうってか!?」


 仁は自分の目の前の階段の踊り場に立つ啓介を見て大声を出して怒鳴る。


「さっきのラッキーパンチが何度もあると思ってんじゃねぇぞ!!」

「そりゃな。基本的に俺ってラッキーとは縁が無いし」

「ふざけてんじゃねぇ!」


 林は目の前が真っ赤になった気がした。

 年下のクソガキにこうも簡単にあしらわれるとムカついてしょうがなかった。

 林は啓介を睨みつける。小動物くらいなら射殺せそうな殺気が啓介を襲うが啓介は気にも留めなかった。


「……成程な。テメェ、あの堕天使と交わったか!?」

「……」

「超能力の秘密を全部知って、尚且つ契約するなんざとんだイカレ野郎だな!」

「……」

「超能力を得たばかりの素人であるテメェが歴戦の俺達に勝てるとでも思ってんのか!?」

「思ってる」


 仁は歯を噛み砕くくらいの音で歯軋りする。

 あの弟にしてこの兄あり、と言うべきか。


「堕天使の協力は得られないとわかっていて私達に挑戦するってか!?」

「そうだな。俺は本気でお前達を潰す」

「……体から血の後や傷が綺麗さっぱり消えていること、俺が辿っていた血痕の消失。これらからするとお前は間違いなく契約を交わしていることになる。……そうじゃないと毒が回ってとっくに死んでいるしな」


 毒が回って死んでいると思ったからこそ2人は啓介をあの場で追いかけなかったのだ。

 契約すると怪我が完治するという特性を知らなかったが、相応の代償を払うということを知っていた啓介なら死に掛けの身体に鞭を打って死を超える苦痛を与えるなんて行為を行うとは思わなかったからだった。


(あんな重傷で契約の儀を行うなんて普通はあり得ないんだけどな……)

「お前、これを見ても怖くないのか?」

「そんなちゃちな物で俺を殺せるとでも?」


 黒く光るブツを仁は見せつける。

 啓介は全く怯えなかった。


「まぁ、思っていないけどよ……。テメェも同類ならこんなブツじゃ死なねぇだろ」


 能力強度(レベル)がいくつなのかは知らないが、最底辺の超能力者であっても銃弾程度では死にやしないのだ。それは超能力者が人間と区別される理由のひとつに『再生能力』が挙げられるからだ。


(銃弾が身体を貫通したとしても傷は直ぐに塞がる。肢体を切断や脳天や心臓を数発撃たれない限り、超能力者は簡単には死ねない)


 例え車に轢かれようとも一日すれば複雑骨折だろうと完治させることが出来てしまう。

 酷い火傷でも二日で完治する。

 しかしこの特性にも例外が存在する。


「銃弾や刀で斬られたくらいの傷じゃお前は殺せない。自分の傷の修復を見たお前自身が一番理解してるだろう。でもな、欠点も存在するんだぜ?」

「……」

「1つ、怪我を負っても痛覚だけは残っているから殺せなくとも動きを鈍くさせたりは出来る。2つ、超能力を用いた攻撃によって負った怪我は通常攻撃による怪我よりも治療が遅い」

「……知るかよ。それでも俺はお前を倒さなくちゃならねぇし」


 啓介は構える。


「…………イイぜ、俺も男だ。正々堂々と超能力だけで勝負してやらぁ」


 仁は右掌から火を発生させる。


「テメェを消し炭に変えてやらぁッ!!」


 仁は啓介に火球を投げつける。摂氏1000度の炎が啓介に襲い掛かった。

 しかし啓介は動じることなく左手でなぎ払うかのように火球に触れる。


「悪いな、俺はお前に構ってるヒマねーんだ」


 一瞬で鎮火された火球を見て唖然とする仁に啓介は言い放つと踵を返して上の階へと走っていく。


「あ、ちょ、おい! 逃げんじゃねぇ!!」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




【現実逃避】(ファンタジスタ)……?」


 啓介はアリエルの言葉を反復するように呟く。


「人類の使っている用語で説明するならば、この能力は暗黒種(ダークマター)と呼ばれるカテゴリーに属する超能力であり、人類と私達が邂逅して以来の歴史上一度もこの世に発現しなかった“未知の超能力”と呼ばれるものに該当するの」

「未知の超能力……」


 アリエルは両手の指で遊びながら啓介に説明を始める。


「簡潔に言ってしまうならば“相手の超能力をコピーする能力”。コピーした超能力は同属性……この場合は暗黒種(ダークマター)にカテゴライズされている能力を除いてどんな超能力でもコピーすることができる。例えそれが地球上を氷河期へと変えるほどの冷機を操る能力だったとしても相手の記憶や感情を改変する能力だったとしても相手と喋らずに交信する能力だったとしても同属性でない限り、どんなに強大な力であろうとどんなにしょうもない力であろうと完全にコピーすることができるの」

「完全コピーか……」


 よくマンガやアニメに登場するコピー系能力は“不完全コピー”ばかりだ。

 それは勿論、強さのインフレを抑えるための措置であるとわかっているのだが啓介には気になる点があった。


「完全コピーって強すぎる気がするんだが」


 こういう強大な力には制約がつくものである。

 先程の暗黒種(ダークマター)はコピーできないという点以外での欠点は無いのだろうか?


「勿論、制約も欠点も数多く存在しているよ。私達の身で扱うならそんな制約は存在しないんだけど、元となるハードが人間である以上、制約を設けないと人間の脳に能力が収まりきらないの」

「つまり、脳の容量や人間というハードでは本来扱いきれない力ってコトか」

「そうなるね」


 アリエルは溜息をつく。


「まぁ、啓介の手にしたこの力、【現実逃避】(ファンタジスタ)は制約が多い方だね。同属性をコピーできないだけではなく、左手で能力に触れないとコピーできない、触れた回数しかコピーできないっていう制約が存在しているし」

「左手限定?」

「正確に言えば左手の指先から左肩までかな。コピーした能力自体は右手でも使えるけど、コピーする時は絶対に左手だけでしかムリ。あと、別の能力発動中でも左手自体にはコピーできる能力が残っているから防御としても使えなくもないかもね」

「どういう意味だ?」


 時間が無いので軽く説明してもらうだけにしていたのだが、このアドバイスだけは気になったので深く説明してもらうことにした。


「さっき触れた能力をコピーするって言ったけど、それは“能力者”本体に触れてもコピーできるし、“能力者が放った超能力”に触れてもコピーできるの。だから例えだけど、能力者が放った火球に触れてもその能力をコピーすることが出来るの」

「熱いじゃねえか」

「大丈夫。左手に当たった超能力攻撃は無効化されるから触れても熱くないし冷たくないよ」

「そういう問題じゃねぇだろ……」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「待ちやがれぇええ!!」


 仁は全速力で逃げる啓介を追いかける。

 階段を登って3階へと向かう。


「待ってられるかよ!!」


 啓介はそう叫ぶと廊下を突っ走る。


「舐めてんじゃねぇぞ!」


 仁が啓介の背中に向けて拳銃を向け、発砲する。

 しかし走った状態での射撃だったために啓介には当たらなかった。

 啓介は廊下の真ん中で減速すると隣の教室へと飛び込んだ。


「隠れてもムダだッ!!」


 仁は教室の扉を蹴り破って侵入する。


「ちっ」

「もう逃げ場はねぇ。殺してやる」


 仁は忌々しそうな顔をする啓介に向かって火球を投げつけるべく、構える。


「残念だったなぁ!! テメェはここでおしまいだ!!」


 仁の掌に火球が発生する。

 それと同時に啓介の表情が入れ替わったかのようにニヤリとした笑みへと変わる。


「残念なのはオメーだよ」

「!?」

「ここがどこだかわかってんのか?」


 仁はそこで冷静さを取り戻して教室を見渡す。

 通常教室の存在しない特別教室が並ぶ棟であるここの教室は全てが専門的な授業をするために作られた教室なのだ。勿論、特別な機材も置かれている。


「理科室……? まさか――!!」

「残念でした、お前の浅はかさを怨んでな」


 瞬間、教室は炎に包まれた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




【現実逃避】(ファンタジスタ)は“触れた回数しか能力を行使できない”という欠点以外に大きな欠点がもう一つ存在するの」


 アリエルは窓ガラスの淵を指でなぞりながら啓介に説明する。


「それは“相手の能力を知覚していなければならない”という点。相手の持つ能力を実際に『見て』『触れて』『覚えて』『感じて』おかなければ、能力を行使できないの。勿論、相手の能力を知覚していない状態でも触れればコピーはできる。だけど、使うことは出来ないの」

「厄介だな。他人から聞いた程度じゃ能力を知覚したって言うことにはならないのか?」

「ならない。アナタ自身が“相手の能力がどういう能力なのか”を知っておかなければならないの」

「つまり、実際に体験して初めて使えると?」

「そうなるね。…だから、偶然触れた相手が雷を操る能力者だったとするけど、その場合啓介はその人が実際に能力を使っているシーンを見なければいくら“雷を操る能力”だと理解していても使えないの」


 いくら数学の公式を理解していても実際に問題をみなければ公式を活用できるかどうかわからないようなものか、と啓介は納得する。


「俺はあいつらの能力をコピーして戦うにしてもあいつらの能力がどんな能力かを見破らないとダメってことか…」


 啓介は困ったように呟く。

 あの二人が超能力者だというのは何となく感じ取れるし、あの身体能力も人間のものではないと推測できる。

 だが、実際に能力を見た事が無いのだ。

 悩む啓介を見ていたアリエルは啓介に最後の説明を投げかける。


「正直な話、今回の戦いは本当に不利な戦いになると思う」

「…どうしてだ?」

【現実逃避】(ファンタジスタ)が『最強』にも『最弱』にもなれる理由だけどね、“手数の多さ”が挙げられるの」

「どういうことだ?」


 アリエルは胸元で両手の指を絡めながら不安そうな顔で説明をする。


【現実逃避】(ファンタジスタ)は相手の能力をそのまま写し取る能力。逆に言えば、相手と同じ能力で戦うことになる。炎の能力者に炎で挑むようなものだもの」

「!」

「啓介は今回が初めての戦闘。敵は二人。…黒服の女相手に黒服の女の能力で戦っちゃダメだよ」


 相手と同じ土俵で勝負すればどう見ても自分が負けるのは目に見えている。


「相手が知らない能力で相手に戦いを挑めるから【現実逃避】(ファンタジスタ)は『最強』と呼ばれているの」


 複数の能力で相手を追い詰めることが出来る(=手数が他の能力者に比べて多い)からこそ、【現実逃避】(ファンタジスタ)は最強と呼び名高い能力の一つとして君臨しているのだ。

 逆に何もコピーしていないということは相手の能力を写し取って戦うしか道がないという訳であり、相手と同じ土俵で戦うこととなる。

 そうなれば、敗北は必然となる。

 だから【現実逃避】(ファンタジスタ)は『最弱』とも呼ばれている。


「…あの2人組の能力を解析して二つの能力を上手く使い分けて戦うことが唯一の勝利に繋がる手段…ってことか」


 啓介は自分の不利さを実感し、不安になる。


「あと、私達(ゴッド・イーター)の身体に触れても啓介は能力をコピーすることができないの。私達(ゴッド・イーター)は1人が数百万もの能力を有しているから…」


 つまり、複数の能力を持つ相手に触れても能力は何もコピーできないというわけになる。

 アリエルの加護は受けられない。


「(本当に背水の陣だな)」


 啓介は息を吐くとアリエルの頭を右手で撫でた。


「(超能力者としての栂村啓介が生きている左手じゃなくて人間としての栂村啓介が生きている右手で撫でることがコイツに対する信頼の証か…)」


 アリエルは少し赤い顔で啓介にされるがままになっていた。


「…アリエル、お前はもっと上層の階に移動するか隣の校舎へと移動してくれ。不可能な場合は俺が時間を稼いで移動ルートを確保する」

「…その方が、啓介の邪魔にならないっていうのなら」


 啓介は頷く。


「…じゃ、頼んだぞ」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




(ぐあああああああああああああああああっ!!)



 啓介は爆発と同時にテーブルを盾にする形で地面に這い蹲った。

 強烈な閃光と高温の炎が部屋を蹂躙する。

 啓介は心の中で叫ぶ。目を瞑り、両手で口と鼻を押さえていた。


「…………っく、はぁ」


 啓介は火の海と化した理科室を見回す。

 先程まで啓介を狙っていた仁は倒れていた。

 どうやら炎を扱う超能力者といえども火に耐性を持っているわけではないらしい。


「勝ったのか……」


 啓介は恐る恐る近づく。

 黒焦げで倒れている身体をちょんちょんと突くが、応答は無い。

 しかし、死んでいるわけでもないようなので啓介は理科室の外に運び出す。


(俺を殺しに来たんだ。返り討ちにしたってバチは当たらないだろ)


 啓介は廊下に転がした仁の姿を見て服を漁る。拳銃が出てきたが啓介は目もくれない。そもそも扱い方がわからないので啓介は持ち運ぶ気など無いようだ。

 どうやら復活された時のために武器を剥がしているらしい。


「こんだけやれば十分だろ」


 左手で8回触れたのでこの男の“火球を発生させる能力”は先程のも合わせて10回使えることになる。


「っく……はぁ……」


 深呼吸をして啓介は震える足を叩く。


(俺は、ビビってのか? 人殺しに)


 啓介としては殺したつもりは無かったのだが、この傷では放って置けば死んでしまうのは明らかだ。助けるべきか、見捨てるべきか。そんな考えが啓介の頭を覆う。


(………………決めた)


 啓介は目を開いて葛藤を終えると立ち上がる。

 そして火傷と擦り傷で傷ついた身体に鞭を打って歩き出す。


(俺は正義のヒーローじゃない。だから、俺はアイツを救わない)


 正義のヒーローならここで助けるかもしれない。

 しかし、啓介は普通の人間だ。殺されそうになって、返り討ちにしたというのにその人間を放って置く気など更々無い。


(俺は聖人君子でもないし、善人でもない。殺意を俺に抱く人間を放って置いたら今度は俺の周りの人間が狙われるかもしれないんだ。……俺は正義のヒーローと違ってみんなを守りきれる自信も無い。……だったら道は1つだ)


 だから、啓介は見捨てることに決めた。

 力の無い自分では、悪者を救うこともできないのだ。


「さて……最後の一体、行きますか」



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