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チャプター5.春風の逆襲

耳がきーんとする程の雄叫びに、はっと我に帰る。



「やべぇ、熊が登ってきとるべ!逃げんぞっ!!」


呑気に感心している場合か


登って来ちまう前に逃げて

なんとか大人たちと合流を…。


考えながら慌てて走る

だが、子供たちは固まっていて動いていない。



「時間がねえぞ!早く!!」


『こ、こいつ足を挫いて動けないんだ!!』


「んだっ!? い、今治しに…!」


『お、俺も腰が抜けて…動けない…。』


「んだぁ!?」


ぶわっと冷や汗が出てくる。

傷を治すには、立ち止まって集中しないと。


さっきのように風で持ち上げるのなら

走りながらでもいけそうだが、数秒持つかどうか。


おまけに、加減を間違えれば挽肉だ。



『さ、さっきのやつで逃げようぜ…!』


「…そうしてぇが無理だ。

あれ少しの間しか出来そうにねぇ。」


『そんな…。』


置いてはいけない、子供達のまえで立ち止まる。



『俺が、悪いんだ…。

度胸試しなんかしようって、いったからっ。』


「……。」


よく見ると身体がずっと震えている

ぼろぼろの着物には失禁の跡もあった


手足も傷だらけ。



『ごめん、なさい…ごめんなさいっ…。』


なのに、しっかり手はつながれていた。



「…そっか。」


命の危機だったのにな

それでも、見捨てなかったのか。



「すこしじっとしててな。」


『な、なにを…?』


こんな状況だと言うのに小さく笑っていた。

手のひらをかざすと、傷を治していく。



『…なんだこれ、傷が…?』


「ここまで、よう頑張ったな。」


そのまま手のひらを頭に乗せて撫でると

子供たちからゆっくりと離れて


おらは崖の方へ引き返す。



『お、おいっ…何処へ…?』


「もう逃げる時間ねえしな

後はゆっくりしててくれ、なんとかしてくんべ。」


『なんとかって…

やめろ!!死んじまうぞ!!!』


「かもなぁ。」


熊が崖上へ這い上がって来る

それと対峙するように目の前に立ちはだかる。



「んだ?」


一瞬、熊の身体から

ゆらりと黒い靄が滲み出るように見えたのは


恐怖のせいだろうか。

けれども、頭は冴えたままだ。


いつもは悩みの種だった

人とは少しばかり違う感性が


今ばかりは、ありがたく思える。



「おぉ、本当にでけぇなぁ。」


こうして間近に迫ると全然迫力が違うなぁ。

大人の倍以上はあるだろうかという大きな体。


瞳は暗闇で赤く光り

口からは唸り声と共に息が白く煙っている。



「なにをそんなに怒ってんだおめえ。

カッカするとロクなことに…」


突如腰を落として四つ足で走り出す熊。


対応しようと構えていたが

思った以上の速度でおらの横をすり抜けていく。


狙いはあくまでも

最初に執着した子供(あいつら)か…!



「ならんぞっ!!」


再び風を従わせ、その大きな身体を絡めとる。

軽快だった足取りは勢いを失い。


ぶわぁっと毛並みが大きく揺れている。



「このっ、なんちゅー馬鹿力だべぇぇ…!!!

こ、こっちみろぉ!!!!」


だけど、止まらない。

おらを気にせずに子供たちを見ている。



「みろって言ってんだろ!!

こん、にゃろめっ!!!!」


風で絡めとったまま、手で石を拾うと、

風の流れに目掛けてぶん投げた。


流れに乗った石は加速すると

凄まじい速さで熊の鼻先を捉え、ばしんと鈍い音を響かせた。


微動だにしなかった巨体が怯み、立ち上がる。

身体にまとわりつく強風はそのままに。



「うおっ!?」


どすん!と仰向けに倒れる熊

衝撃で木の葉が舞いあがる。


痛みに呻いて、グラグラしていたからだ

態勢を崩すのも当然だった。



「そ、そこまでするつもりじゃねかったんだ。

ごめんなぁ…?」


仰向けのまま、恨めしげな視線がおらに向けられる。


こっちもびっくりしてんだよ、お互い様だろ。

けれど結果は上々。


熊はゆらりと身体を起こし

おらを威嚇をしている。



「えかった、元気そうだな。

ほいじゃ鬼さんこちらっ。」


子供たちを狙うときに

こいつは”大きく動いていた”方に


飛びかかろうとしていたように見えた。

ならば、と崖に向けて走り出す。



「手のなるほうへっ!!」


釣られたように熊も駆け出してくる、狙い通りだ。



(このまま、崖の方まで誘き寄せて、落とす!)


崖まで全速力で駆け抜け、

おらの身体だけ風で浮かびあがらせれば


追ってきた熊はそのまま落とせる。



(流石にあの高さから落とせば、

いくら頑丈言うても…!!)


気絶ぐらいさせられるだろう。


痛い想いをさせたくはないが、

安全を確保したら熊も治療をして…。


考えている最中に

突然、視界がぐらりと揺れた。



「んだっ…!?…んだ?」


世界がひっくりかえってる…?

否、“おら”がひっくりかえっている。



(か、身体に…力がはいんねえっ…!!)


どんどん力が抜けていく。

“使いすぎた”のか。


溜まった疲れは

おらの身体を鉛のように重くしていく。



(駄目だ、崖は、まだ先だ…!)


崖までの距離はまだ遠く。

熊はぐんぐんと速度をあげて迫る。


身体に力は入らない。

どうしようもない。



(やべぇ、このまま死ぬんかな…。

このまま食われて、あいつらも…。)


かろうじて動く視線を熊へ向ける。

熊の後ろに、今にも泣き出しそうな子供の顔が映る。



(ちくしょう…!)


悲しそうなじっちゃんの顔が、頭の中に映る。



「……だ。」


倒れた身体に

覆い被さるように熊が飛びかかってくる。



「……や、だ。」



────お前はもっと、我儘になっていい。



「誰かにっ、悲しい顔を、

させるんはっ…するのも…!!!」


頭の中に、その一言が流れた。



「いやだあああああああーーーーーッ!!!!!!」



おらの叫びで吹き荒れた暴風は

木の葉を、辺り一面の物を舞い上げて


空に螺旋を描いた。


眼前に迫った熊の顔も

少しずつ持ち上げられていく。



「おらはッ!おらはぁぁッ!!!!!」


それでも抗い

熊は牙をたてようと咆哮をあげる。


ぐぐっと、押し上げられた牙が

また少しずつ近づいて来る。



「────笑った顔がでえ好きだあああああああああああッ!!!!!!!!」



全力を振り絞り、おらは身体を横へ転がった。

その瞬間に熊への向かい風を、追い風へと変えて。


自らの力に追い風が加わった熊は、

そのまま頭から地面に思いっきり叩きつけられた。


重々しい音が野山に響き渡る。



「……はぁ…はぁ…。」


そして先程までの喧騒が嘘のように

静かな時間がやってきた。


熊は立ち上がる気配はない。



「動かない、けど…生きてる、みてえだな。」


しかし息はしているようだ。

わずかに動く身体をみて、ほっとする。



「な…なんとかなったぁ…へへっ…。」


おらの身体はぴくりとも動かせない。

けれども、生きている。



美桜(みお)っ!美桜(みお)っ!!!』


遠くを見ると子供たちが、おらの名前を叫んでいた。


さっきは夢中で聞こえなかったけど

ずっと叫んでくれていたのかな。



「はじめて、名前…呼んでもらえた、べ…へへっ…。」


美桜(みお)ーーっ!!おるのか!!

返事をしてくれー!!」


『こっちだよ!こっちにいる!!』


薄れいく意識の中で

じっちゃんたちの声が混ざるのを耳にした。


大人たちの声も聞こえて来る。

全員、無事だ…。



「………嬉しい、なぁ…。」


その声に安心して、おらは意識を手放した。



熊から抜けていった、黒い影にも気付かぬままに。

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