チャプター9.すれちがう心
ふかふかした物に、おらの身体が沈んでいる。
それを理解出来るほどに意識がはっきりした瞬間、身体がぎしりと悲鳴をあげた。
「いってえなぁ……」
意識が失う前の事を思い出しながら、おらは痛む身体をゆっくりと起こした。
(あの羽っこと止めようとして戦って……)
全く歯が立たず、負けた。
その事実を途切れる前の記憶と、身体の痛みが突きつける。
(……ここは、ほてる……か?)
ならば何故生きているのだろう、そんな疑問を感じながらおらの今いる場所をぐるりと見回して確認した。
ここは、昨夜に作戦会議をしていたホテルだ。
「oh!起きマシタカ、ミオさん!?」
声がする方を向くと、ソファに座っていたシアウとフーディが立ち上がり、おらに駆け寄ってきていた。
二人は無事かと視線を彷徨わせていたおらはそれを見て、最悪な事態にはなってないのを理解した。
身体から、ふにゃりと力が抜けていく
「ふーでい、おらたち」
「えぇ、完敗デシタネ。……でもお互いに無事で良かったデース」
「…… んだな。まあ無事かっていうと、っ!?ちょっと微妙なとこっぽいけどな、へへっ」
あの状況から生きて帰れたのはどうしてだ。
シアウかリディがなんとかしてくれたんだろうか。
いや、考えるよりもまずは。
おらはフーディの傷だらけの身体をちらりと見る。
「起きるんが遅くなって悪かった。傷を治すから見せてくれ、何が起きたかを聞くのはそれからだ」
お互いにボロボロな身体を見て、苦笑いしながらそう言った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
飲み物を用意して、全員ソファに腰を落ち着けるとシアウは事の顛末を語り始めた。
その声色は、いつもより静かだった。
「逃げたぁ?」
「正確には、見逃してもらえた。に近いかもね」
「おらはてっきりしあうが追い払ったんかと思ったぞ。秘められた力とやらでばーっと!」
「いつもまだ私が戦うべきタイミングではないとか良く言ってマスカラネ!haha!」
「……」
どうやらカロースはおら達に止めを刺す前に去ってくれていたらしい。
いつものなら、五月蝿い!なんて憎まれ口を返してくるのに。
おら達の軽口にシアウは何も言わずに俯いていた。
重たい空気が流れる中で、おらは口を開いた。
「…… んで、一体何があったんだべ?」
「アンタ達がやられた後に、カロースが苦しみはじめたのよ。いきなり」
「苦しみはじめた?おらたちの攻撃は全部捌かれちまってたよな?」
「その筈デース、時を止める能力でいなされてマシタ。しかも……まだ本気では無いデスネ、アレ」
「だよなぁ」
時を止められるだけじゃない。
光を自在に操って遠距離攻撃、近ければ見かけによらない身体能力での格闘。
生き物としての格と言うものがあるのであれば、まず其処が違うと言った感じだろう。
…… ほんとに、無法がすぎる。
やろうと思えば、あいつはあっさりとおらたちを殺せていたはずだ。
「リディがアンタたちを守ろうとして、放った蹴りが頬を掠めただけね。」
「おぉ、アイツやるじゃねえか!」
「Hmm……それだけで苦しみはじめたんデスカ?」
「違うわ、最初にテスト云々の時にカロースが言ってたでしょ。一発でも入れたら合格にしてやる、って」
確かに言っていたような気はするが、それよりも。
「その約束を守ってくれたっちゅーんか?ビネガーになっちまってるのに?」
おらは抱いた疑問を投げかけてみる。
シアウは少し悩んだ様子を見せた後に、口を開いた。
「……まだ感染しきって無いのかもしれない」
「どういうコトデース?」
「ビネガーに感染したら、物語を破綻させようと行動をはじめるわよね?」
「ああ、言うてたな」
最初にビネガーの説明を受けた時にシアウは言っていた、奴らは映画を壊す為に行動をすると。
「でもおかしいのよ」
おらも違和感に気づいた。
途中までは筋書き通りだと、あの時のシアウは言っていた筈だ、つまり。
「まだ壊そうとはしてねえな、世界を」
「耐えてる、と言うことデスカ?」
「ヒーローとしての最後の矜持かもね、それか神聖な血統としてのプライドか」
誇りが無駄に高そうなのも、ほんの少しの会話で理解出来た。
おらがエルフなのに反応して拘っていたのもその一端か。
どちらもあり得るが、それで耐えてるならある意味大したもんだなと、少し感心してしまった。
「いずれにせよ、カロースが染まりきったら勝ち目は無いわ」
「……りでぃは無事なんか?」
こくりとシアウが頷く。
「傷は一番浅かったからね。アナタたちを此処まで運ぶのを手伝ってくれた後で自分の家へ帰っていったわよ」
「そっか後でお礼をしなきゃな」
「ボクはゼリー飲料が好物デスヨ!参考までに!」
ならそれ持っていくか、と笑って返した後。
シアウの方へ視線を戻す。
「私達が勝つには、フーディ、リディ、美桜。こちらの全部の戦力を一気にぶつけるしかない」
「んー……いまのとこ勝てる気しねえんだよなぁ。全員でかかってもどうにかなる気がしねえ」
「弱気ね」
「事実だろ。だから考えにゃならんべ」
悔しいが正面からじゃ今回の二の舞。
それどころかもっと酷い事になるだろう、あくまでもカロースの気まぐれで命を拾っただけなのだから。
二度も同じ幸運なんて続かない。
どうにかまともな戦いに持ち込めないものか、おらが腕組みをしてううむと唸っていると。
「……ひとつ、手があるわ」
意を決したようにシアウが呟く。
おらとフーディは二人でシアウを見つめる。
「ビックプロジェクトがお有りで?シアウさん?」
「えぇ。この映画のヴィランを、Dr.ゲソマミレを、利用する」
「あのへんてこりんな虫使いをかぁ?」
ヴィランとやらと共闘でもするのか、とおらは小首をかしげて作戦に耳を傾ける。
協力してくれそうには全く見えなかったが。
「そう。まあ利用をすると言うよりも、あのヴィランが使っている虫の主導権を奪うのよ」
「WHY?そんなモノ、ボクは知りマセンヨ?あの虫を操作してるモノがあるんデスカ?」
「あるわ、設定資料集にしか出てない情報よ。グラスホッパー公式ファンブックvol.2の197ページ」
「それで虫と、おらたちで突撃すんのか?」
利用できるのはわかった上で、それだけでは、あのめちゃくちゃな相手に勝てるとはあんまり思えなかった。
「そもそも正規のストーリーでDr.ゲソマミレはこの街を大々的に襲う。まずはそれをどうにかしないと、カロースと同時に襲われたら終わりよ。だから、先に処理を済ませておく」
そういう事情も含めてか、とおらはぽんと腕をならす。
確かにどっちも相手になんて出来ない、戦力も確保できるならゲソマミレから潰すのは利点しかない。
「リディが対処していた虫もその前の牽制デスカラネ。数日間続いてボクの動きを把握した後に、ゲソマミレは……あの事件を……」
フーディの声が突然沈む、表情が曇っていく。
「…… 不幸中の幸いは、今回このリブートからはその展開は無くなってる事ね」
「んだぁ?なんの話をしてるんだ?」
また、あの事件という単語を聞いた。
昨夜もその単語がフーディの表情を暗くしていた、聞きづらいが知っておいて方が良さそうだと、おらは問いを投げる。
「死ぬのよ」
「……死ぬ?」
「フーディの映画では、彼の父親がね」
「なッ!?」
この映画に来てから様子がたまにおかしかったのは、それを気にしてだったのか。
悟らせまいと平静を装っているが、フーディの手は微かに震えていた。
「今回その心配はないわ。だから安心してゲソマミレの対処に当たれる」
「……なら、ええんだがよ」
「ここから数日間はゲソマミレの牽制が続くわ。本来ならカロースとリディが相手をするんだけど、かわりに私達で相手をするしかないわね」
カロースはあの状態。
リディも立ち直れているかわからない。
この映画の主役二人はどちらも、今は動ける状態ではないとシアウは語る。
「カロースの感染については……こればかりは下準備が終わるまで進行が無い事を祈るしかないわ。二人とも私の指示通り動いて貰うわよ、いいわね?」
「んだ!まあやれるだけやってみっか!」
「of course!……例え並行世界と言えど、故郷を壊されるワケに行かないデスカラネ」
「なら、今日の牽制が来る場所に先回りしましょう」
今はやれることをやるしかない。
全員で立ち上がり、ホテルの部屋を飛び出して、外へと歩き出す。
シアウもフーディも、調子もいつも通りになってきたようだ。
……そう思っていた。
この時おらはまだ、その違和感にはっきり気づく事が出来ていなかったんだ。
「……絶対に失敗させるわけにはいかない。必ず"筋書き通りに"……」
おらたちが、それぞれ向いている方向に、とんでもないズレが出来ていた事を。




