チャプター8.圧迫面接
私達は公園の隅に隠れて様子を見ていた。
リディは毎日街を襲う昆虫兵器を撃退し続け、カロースにその努力を少しずつ認められるシーン。
その筈だ、現に今リディはその筋書き通りに動いていた、なのに。
『それでもキミはヒーローのつもりかい?』
「嘘、でしょ」
〈Samurai wonder〉でも奇妙な事はあった。
主人公が美桜にすり替わっていた。
でも今回はそれどころじゃない。
もう一人の主役とも言えるキャラが、"ビネガーに感染している"。
「しあう!どうなってんだこりゃ!?」
この前から一体なんなの……?
黒いモヤが純白の翼とカロースの体に絡みついている。
見間違える筈がない、あれは確実にビネガーだ。
「主要人物、それも"主人公格に感染"するなんて、そんな事は、今まで一度もっ……なんでっ……!」
『I'm sorry、顧客の皆様を逃すので精一杯で……haha、フォローありがとうございマース……!』
『何故ヘラヘラと笑っていられる?』
パチン、と指をカロースが鳴らす。
この前見た時の様に、何の前触れもなく昆虫兵器達は一斉に弾け飛んでいく。
『こんな雑魚を相手にそのザマ、特別な生まれも無ければ、大した力もない癖に』
『未熟なのは、仰る通りデスネ……力も偶然手に入れただけで上手く使えてない……でも、皆さんは逃がせマシタノデ……haha!』
「行かないで」
「放ってちゃまずいだろ!なんでっ!?」
ゆっくりとカロースがリディの近くへ降り立つ。
それを見て飛び出そうとする美桜の手を、私は掴んで止めた。
様子がおかしい。
いや、様子がおかしくないから奇妙だ。
『逃がせた、か』
あの黒いモヤは確かにビネガー化の兆候。
なのに、カロースはいつもと余り変わっていない様に見える。
「助けマシタヨ?あのカロースさん、こっちのボクを」
「……物語が、壊れずに動いてる?」
「壊れてないって、ビネガーにかかるのが正しい筋書きだっていうんか?」
「んなワケないでしょ!!…… でも、まだ正しい筋書きのままよ、此処でカロースはリディに問いかけるの、何故ヒーローでいるのかを」
ワケがわからない。
もしかしてこのまま何事もなく進められる……?
【……気に入らない】
『え?』
『キミはこの前、僕に弟子入りをしたいとか言っていたね』
『アッハイ……!!』
『なら特別にテストをしてあげるよ』
それは希望的観測、ただ目を逸らしたかっただけだ。
そんな事をしてる場合じゃなかった。
『テスト、デスカ?』
『うん、それに合格したら、弟子にでも何でもしてあげるよ』
『oh、とても魅力的な案件なのデスガ……sorry、先に後処理をしなければ、このままだと顧客の皆様を不安にさせるので……』
リディに距離を詰めるカロース。
此処でリディのこの発言を聞いて、カロースは弟子入りを認める。
……はず、だった。
『そうだな、ルールは僕に一撃でも入れれたらにしようか』
『いえ、今は謹んで辞退を』
『時を止めたりはしないであげよう、そうだ、それがいい!!キミなんかに使うまでもないからね!!』
『……カロースさん?』
話を聞いている様子もなく、カロースはリディに手をかざす。
金色の輝きがその手のひらに収束されていく。
『じゃあ』【始めようか。】
突然カロースの声色が変わる。
それが始まりの合図だった。
「美桜ッ!フーディッ!!」
── その手から、光線が放たれようとしていた。
私が叫ぶよりも先に。
私の横にいたはずの美桜とフーディは、遠くにいたカロースとリディの間に飛び込んでいる。
「hey!!アナタは何をしてるんデスッ!!」
『ミ、ミオさんと未来のボク!?』
【これはこれは、またお会いできて光栄です、美桜様】
「なにしてんだよ、おめえ……!!」
美桜と鉄扇とフーディの脚が、カロースの手を上空へと弾き飛ばす。
【お言葉ですが、それは此方の台詞ですよ?僕は彼がヒーローにふさわしいかどうかテストしていた所です、邪魔をしないで頂けますか?】
「なにがてすとだ!今、"殺そう"としていただろうがっ!!」
空へ逸れた光線は、天を裂くように瞬き、雲を消し飛ばした。
そのまま、光の粒になって上空から、矢のように美桜達へ目掛けてふりそそぐ。
【自分の立場も弁えず、分不相応な役を演じようとする、そんな愚か者なんて居ても仕方ないでしょう?】
『カ、カロースさん!?何を……うわっ!?』
「Stand up!!今は考えてる暇はありまセーン!来マスヨ、構えてこちらのボクッ!!」
動揺で動けないリディをフーディが後方へ蹴り飛ばし、自身も降り注ぐ光を避けるように飛び退くフーディ。
美桜は、二人とは反対の方向側の方向へと走り避けている。
ザザザザ!と降り注ぐ光の粒は地面に穴を開けていった。
【同じ顔が2つ、不快感も2倍だね。】
「wats、早いッ…!?」
間髪を入れずに、瞬間移動みたいにカロースはフーディの前へとフッと現れる。
手刀を作ると、フーディの胸を貫こうと襲い掛かる。
「── 野分ッ!!」
それを予想していたかのように。
反対側に逃げていた美桜はカロースに向けて、風の弾をぶぉんと放った。
【へぇ、風を操るのか】
「チャンス!!」
一瞬、気を取られたカロースの隙を見逃さず。
フーディは側転をしながら手刀を避け、顔面を捉えようと蹴りを放つ。
前方からはフーディの蹴り。
後方からは美桜の風の弾。
どっちも避けられないタイミング、万全のコンビネーション。
【判断もまあ悪くないね、最善だ】
「Oh My GOD……!!」
【そう、"最善なだけ"だ】
「時を止めるのは使わねえ言うたろっ!!」
だが、それは当たらない。
カロースは動いていない様に見えるのに、二人の攻撃はカロースをすり抜けていく。
【彼にはね、貴女達は乱入してきただけの部外者だ】
「こなくそッ!!」
【形振り構わずに攻撃して来ますか、でも駄目ですよ】
それでも、諦めずに攻撃の手を緩めない。
ぐるんと側転の勢いのままにブレイクダンスの様に足払いを繰り出すフーディ。
美桜は風で加速して、鉄扇を縦に振り抜く。
『…… 動け、足ッ……!』
「──余裕こいてんじゃねええぇっ!!」
「──コチラをご覧クダサーイ!!」
【何をしようと、キミたちに"チャンスが来る事はない"】
挟み撃ちにしようとした美桜とフーディの身体が。
何の前触れもなく、知らせもなく。
力を失って、崩れていく。
「フーディ、美桜ッ……そ、そんな……」
倒れて動かない美桜とフーディ。
それとは対照的に、無傷のまま、カロースは立っている。
【何故、僕を認めない、父さんも他の神々も……美桜様、貴女も】
地面へ転がっている二人を、彼の冷たい視線が見下ろしていた。
カロースが美桜とフーディの上に、光の矢を形成していく、トドメをさすつもりだ。
何とかしなきゃ、どうしたらいいッ……!!
私に何が出来る!?
「……無理よ」
…… 出来るワケがない、この世界の"主人公"じゃない私に何が出来るって言うの?
その主人公すらも、動揺していて使い物にならないっていうのに。
『ミオさんッ!未来のボクッ……!!』
【何故、人間の方を認める、僕より選ばれてない存在などを……!】
…… なら、これで、終わり……?
絶望して動けない、私の視線の先で、誰かがカロースに向けて走り出す。
『── I won't let that happen!!』
さっきまで動けなかった筈のリディだ。
カロースの背後から蹴りを放つ。
【……貴様】
だが、その決死の一撃も、頬を掠めただけだった。
『これは、こんなのは……ヒーローのビジネスでは無いッ!!』
【邪魔だ】
勇気を振り絞ってこの世界の主役すらも、目の前のヒーローだったものに蹴り飛ばされ。
そのまま力無く地面に転がった。
【要らない、僕を認めない、こんな世界なんて、消えてしま── 】
残ったのは私だけ。
「……あ、あぁ……」
頭は真っ白、身体は震えて、立てすらしない。
もう駄目だ、なんでこんなことに……。
【違う、】『違う、僕はッ!!』
何かを呟いているカロースから目を背けるように。 私は頭を抱えて、地面を見つめたまま動けなかった。
時が止まったかのように、全ての音が遠ざかっていった。




