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チャプター2.苦労人の咬痙

季節は神奈月(10月)


あれから家に帰ろうとした短い時間で

辺りはすっかり夕闇に包まれ


おらは増していく寒さに身を震わせていた。



「ゔぅ…じっちゃんの言う通り、

もちっと厚着してくるべきだったべぇ。」


行きはよいよい、帰りは辛い。


向かう距離を気にしたことはないのに、

帰り道だとなんだか遠く感じるなぁ…。


そんなことを思いながら、そそくさと歩みを早めた。


─────────────


人通りは消えて、しーんとしている村外れ

お地蔵様が立ち並んでいる見慣れた景色。


そこにぽつりとひとつ建っている茅葺きの民家が

おらたちの住んでいる家だ。



「おっ、今日は焼き魚かぁ。」


中からは焼けた味噌の匂い混じり、

いつもはしない脂の香りまでしてきた。


どうやら久々のご馳走様らしい

外での出来事が、少しずつ頭から離れていく。



「…心配もさせたくねぇよな。よしっ!」


元気であると宣言するように

声を張り上げて戸を開ける。


風が吹き込み、囲炉裏の火がぱちりと爆ぜた。



「じっちゃん、たでえまーっ!」


「おぉ、美桜(みお)、おかえりぃ。」


それと同時に奥から山みたいに大きな身体が

ずしり、ずしりとゆっくりおらの方に歩いてくる。


その顔は鬼のよう、だと言われてるらしい。


… そんなに怖いかねぇ?



「じっちゃーん!!」


「おっと、はっはっは!

いきなり飛びついたら危ないって

いつもいっとるだろう。」


「あっ、すまねぇ!」


元は江戸を守る同心(けいさつ)

隠居するために来たが、村の人を怖がられたからと


わざわざ村の外れに家を構えた。

超がつくほどのお人好し。



「はっはっは!素直すぎるなぁ、今日も

まあそんな畏まって謝らんくてもいいべ。」


おらなんかを拾って

育ててくれてるのが、その証拠だ。


みんなと違う変な髪も

美しい桜のようだと言って笑ってくれた。


名前もそこからとって、”美桜”。



「して、今日は村の子たちと遊べたのかい?」


「んー…んいや、断られちまったべ!」


「…そうか、そうかぁ。」


帰ってくると、いつも話を聞いてくれて

頭をわしゃわしゃって、撫でてくれるんだ。



「見る目がないべ、村の小僧共も。

こんなべっぴんさんを逃したりしてなぁ。」


「ちがいねぇな、へへっ。んだ?」


「ん、どうした?」


「いや、じっちゃん手どうしたんだべ?」


その撫でている手に、包帯が見える。



「ああ、これか?なぁに、

飯の準備中にすこし下手をしてしまっただけさ。」


「!…ちっと見せてけれ!」


「おおげさだなぁ、そんな大した傷じゃあ。」


「いいからみせてけれ!」


人のことは気にかけるのに

自分の事となるとすぐこれだ。


隠そうとした手を掴むと

おらの手のひらを傷にかざした。



「おめえは、本当に優しい子だな。」


「お人好しはじっちゃんだろ、まったく、

自分の事になるとすーぐ我慢するんだからよーっ。」


「それはおめえもだろうて、美桜(みお)や。」


「おらは別に。」


「遊んでみたいべ、でも困った顔されるなぁ…

無理を言って困らせるのもわりぃな。

で、すぐに引いちまう。…誰の事だろうなぁ?」


「前言撤回だべ、意地悪だ。」


「はっはっは!似たもん親子だな!」


「んだな、へへっ。」


ほんのりとした光が出る。


これは、記憶を無くしたおらが

いつのまにか使うことが出来ていた、不思議な力。


身体にある気?なのだろうか


それを使って

風を好きに動かして枝を浮かしたり



「おーもうすっかり消えちまったぞ!

本当に不思議な力だなぁ。」


傷を治したり、と出来たのだ。



「治してくれてありがとうなぁ、美桜。」


「いえいえ、どういたしまして、だぞ。」


「んじゃま、御礼とは言わないが…

今夜はご馳走だぞ美桜(みお)!」



不思議そうにするじっちゃん

でも、その目はみんなとは違ったんだ。


ここに居てもいいんだよ、って言われてる気がして。



… いつも胸がぽかぽかと、暖かくなった。



「うおっ、焼き魚だーっ!!」


「久々に取れたんだべ、

さぁ飯にしようか。今日はたーんとお食べ!」


「んだーっ!!」



今日までは散々でもきっと明日は。

外でもいい事があるはず



家に帰ると、毎日そう思えたんだ。


──────────────



思えただけ、だった。



その日はいつもと違っていた。



《やーいちーび!化け物、耳長!!》


《オマエ、本当に人間かぁ?

人間のフリした妖怪だろ!正体表せよ!!》



おらは追い返しても、"なにもしない"と

いつもすぐ引いてたから思われたみたいで。


その日のみんなの言葉は、いつもよりも鋭くて



《空に文字が見えるだぁ?

なーに言ってんだ相変わらず気味悪いやつ…。

向こう行けよ!》



額には、石を投げられた。


痛みに遅れて

熱いものがどろり、とおらの視界を遮り


地面を赤く染めていった。



「そう、だよな。」


それなのに、おらの頭は冴えていた。



「おら、気味悪いよな、へへっ…ごめんなぁ。

いま、どっかいくからさ…。」


何故こんなことが起きたのか

それを考えてから、"笑ってしまえていた"。


そうしてまた、困らせてはいけないと

川のほとりへ逃げていく。



「…ちっと、いてぇなぁ…。」


手をかざすと、水面にうつる傷が

何もなかったかのように消えていってしまう。



さっきまで、血が出ていたのに。



「……今日は、早めに帰るけ…。」


これでいつも通りだ、傷はない。


涙も、怒りもない。



…… "みんなと、違って"



「…どうして、なんだよ…。」


寂しさと共に

胸にちくちくと刺さるようなはじめての痛みに。


いつものように眺める気分にはなれなかった。

逃げるように、家へと帰った。


─────────────



「…誰に、やられた?」


聞いたことのないような低い声だった。



「じ、じっちゃん…?」


その日初めてみたんだ。


血が出るまで歯を食い縛り、

見たことのない憤怒(ひょうじょう)に歪む。



「…撫で斬りにしてやる。」


じっちゃんの顔を。


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