チャプター3.正しいヴィラン
おらとシアウは、先に飛び出したフーディを追いかけるように、街を走っていた。
「叫び声はこっちのほうからだべっ!!」
「ま、待ちなさいってぇ……ほんと、アンタたちはいっつもいつもっ……!!」
目の前の道には車が駆け抜けているが、迂回してる暇はない。
シアウを置いて、おらは車の上を次々に飛び移り、先へと進む。
本当ならこの車ってのもゆっくり見てみたいが。
「それどころじゃねえなぁ!!」
『助けてえぇーーッ!!』
ようやく騒ぎの現場が見えてきた。
何やら大きなものが、街の人に覆い被さろうとしている。
「やらせねえッ……!!」
おらはそれを見て、鉄扇を振り抜こうとする、が。
「── Stop right there!!」
それよりも素早く、フーディが飛び込んでくる。
その飛び蹴りは巨大な何かの胴体をとらえて、どごん!と地面へと叩きつけた。
『助かったわ、ありがとう……!』
「haha!お褒めの言葉、恐縮デース!でも今はエスケープ優先でお願いシマース!」
『わ、わかったわ!』
「|Take care《気をつけてお帰り下さい》!!」
制圧をして間もなく。
慌てる通行人たちに、いつもどおりの笑顔を見せて誘導するフーディ。
それを見た街の人の顔からは、恐怖の色は消え、感謝を残して走り去っていく。
「ふーでいっ!!── なんだこれっ!?」
「もうやっ、走りたくない……!!」
そこに合流するおら、遅れてシアウも息を荒げながら駆けつけた。
そしてフーディが蹴り飛ばされ、地面でピクピクしているものに目を向ける。
鎌のついた腕、八本の足、蠅のような羽根。
まるで色んな虫をツギハギにくっつけたような、歪なカタチだ、でも一番おかしかったのは。
「あぁ、人間サイズの巨大な昆虫、なるほどね」
息を整えたシアウがそれを見て、納得したかのように呟く。
「oh、ミオさん、出来ればこの世界では、ボクの名前はシークレットで」
「あっ!?……す、すまねえ、秘密なんだよなっ」
この世界の虫はこんなに大きいものなのだろうか。
まだ把握できていない事態が、二人の口から説明される事を待っていると。
『何だお前達は?』
背後から声が聞こえ、おらたちは振り返る。
長くて所々ほつれたぼろぼろな衣服。
頭には全面を覆うような奇妙な仮面。
その背中からは、虫の足のようなものが10本生えており。
それぞれが別の生き物みたいに勝手に蠢いている。
「なんだありゃ……ビネガーか?」
鉄扇を振り抜き構える。
どうみても普通の人間じゃないのは一目でわかった。
「やはり貴方デスカ、Dr.ゲソマミレ」
「げそ、まみれ」
が、その名前を聞いてふにゃりと力がぬけた。
「なんだか気のぬける名前だべなぁ?」
「Dr.ゲソマミレ、この映画のメインヴィラン……悪役よ、典型的なマッドサイエンティストって感じの」
まっどなんたら言うのはよくわからなかったが、シアウが言うには、あれはどうやら、筋書きとおりの悪役らしい。
『私はまだ誰にも名乗った覚えはないのだがな、どうやら私のことを知っているらしい』
「知ってマスヨ、忘れようとしても、アナタの顔は忘れられるものではない……」
「……ぐらすほっぱー?」
不思議そうにしているゲソマミレに対して、フーディは吐き捨てるように答える。
その視線は、いつもとは明らかに違うものだった。
『まあいいさ、これからこの国、いや世界中の馬鹿共の頭に、私の名前が刻まれるのだからな!』
突然高笑いをはじめて両手を広げると、空を仰ぎみるゲソマミレ。
ジジジ、ジジジ。
音が絶え間なく鳴り響く。
おら達の前方にある空を、埋め尽くす大量の影。
『そう、研究の成果と共に』
「さ、さっきのでけえ虫っ!?」
今片付けたばかりのデカい虫が、ぎゅうぎゅう詰めでこっちへ飛んできていた。
「流石にあんなにおると、気持ちわりいなっ……!」
「それはDr.ゲソマミレのバイオテクノロジー研究によって産まれたバイオ昆虫兵器よっ!!」
シアウの声が何だか遠い。
横にいた筈の姿は消えていて、すでに建物の影に隠れていた。
あれだけ疲れた文句を垂れていたのに…。
「おめえ、いつのまに」
「気をつけなさい!デカいだけじゃない!色んな昆虫の要素をあわせもってるわっ!」
「……ええ性格しとるな、ほんと」
まあ今は目の前をなんとかすることが先決か。
虫たちは、通行人に襲い掛かろうと鎌を振り上げる。
「── 疾風。」
風で加速して、その前に立ちはだかると、鉄扇で鎌を受け止める。
生身の腕を受け止めたのに、まるで鉄が擦りあうように、ギギギギ、と音が鳴った。
「させねえよ」
「hey!アポイントメントは取ってマスカ?」
おらが虫を受け止めている間に、フーディは距離を縮めており。
「無いのであれば、大変恐縮デスガ、お帰りを」
そのままソイツを虫の大群に向けてドォン!!!と蹴り飛ばす。
大量に巻き込みながら派手にとんでいくと、誰にも被害を出さない所でドシャっと地面に転がる。
『何ッ!?』
「こんだけでけえなら佃煮作ったら目一杯食えそうだなぁ」
「NO!!昆虫食はチョット……!!」
「んだよ、うめえのに」
背中をフーディにあずけると。
次から次へと飛んでくる虫を、風で吹き飛ばし、蹴りで吹き飛ばし
ちぎっては投げちぎっては投げの大立ち回り。
『風を操っているのか、男の方は人間の脚力ではない……あれはまるで、ふむ』
ゲソマミレは驚いたようにこちらを見ている。
(おっ、そろそろ、あれが来る頃合いかぁ!)
『お前らが何なのか、興味が少し湧いてきた』
「聞きたいなら聞かしてやるべっ!!」
おらは肩に鉄扇を担ぎ、腰を落としてニッと笑ってみせる。
そして、声高らかに名乗りを。
「ワッツ!?ミオさん!?なにをしているのデース!?」
「他所様の国だが平穏乱す悪逆非道、たとえ、お天道様は許したとしても、こっから先にゃああああっ!?」
あげられなかった。
蜘蛛の巣のようなものが虫から放たれて、おらの身体にまとまりつく。
ねばねばとしていて、どんなに身を捩っても全然とれない。
「んだあああああっ!?」
「あのおばかっ……時代劇のお約束が、アメコミで通用するわけないでしょーーッ!!!!」
『……あ、頭の出来はともかく、興味深いサンプルだ、出来れば綺麗なまま手にいれたいが』
シアウの叫び声と同時に。
虫たちが今度は緑色の液体を口から吐き出し、おらへと飛ばしてくる。
『ドロドロになってしまいそうだな』
「── 木枯らしッ!!!」
喰らうわけには行かないと、おらは思い切り鉄扇を横へ薙ぐ。
強風が吹き荒れると、おらに纏わりついた蜘蛛の巣が吹き飛び。
飛んできた液体も虫たちへと返される。
「こ、こんにゃろーーっ!!卑怯だぞーーっ!!」
糸に絡まれ、液体を浴びて。
虫達は一網打尽に地面へと転がって、足をピクピクさせている。
「hahaha!マーベラス!」
『ふむ、少々予定が狂ってしまいそうだな』
「残りはおめえだけだぞっ!」
おらたちはゲソマミレを見て構える。
予想外ではあるっぽい反応だったが、何処かおかしい。
……慌てている感じ見られない。
「強がらないでクダサーイ、アナタは此処で退勤デース!」
『終わり?まだ始まってすら居ないぞ』
ジジジ、と羽音が聞こえる。
ジジジ、ジジジ、ジジジ、ジジジ。
……さっきよりも、音が多い?
おらたちは周りを見回す。
今度は前方だけじゃない。
建物の隙間、前後左右、所構わず這い出てくる。
余す事なく、虫が街に敷き詰められていた。
「うげぇ、まだおるんかよ」
「Oh boy……残業は良くないデスヨ?」
『この街ぐらいなら、あの程度で制圧は済む計算だったのだがね、こちらとしても想定外の損失だ』
流石にこの数は骨が折れそうだ、そう思いながら構えた瞬間。
「しかたねえ、もう一踏ん張りすっ ── 」
あたりが一斉に、しんとなる。
どうしたんだ?あれだけあったはずの虫の羽音が。
全部、消えている。
『ヴィランが現れたと聞いて、飛んできたのだけれど……この程度なら、僕が出るまでもなかったかな』
虫達はピクリとも動いていなかった。
身体も羽も、動いていないのに、その場に貼り付けられていたんだ。
まるで、時でも止まったかのように。
『あぁ、ごめんね、キミにチャンスはもうないよ』
動揺しているゲソマミレの頭上で、翼の生えた少年が笑っていた。




