チャプター1.リブート
「ふわあぁ〜〜っ」
売店やソファのあるロビーに着くなり、私の口から欠伸が漏れる。
「なあなあ、この言葉はどういう意味だぁ?」
「ワッツ?ああ!それはデスネ!」
先に来ていたらしい美桜とフーディは、映画のパンフレットを広げ楽しげに騒いでいた。
「まーたやってんの?」
外に出てからずっとこうだ、美桜はやたらとなにかを知りたがる。
エルフの知識欲か、それとも美桜の元々の気質なのか。
まぁどちらにせよ。
「アンタたち、朝っぱらからよくやるわねぇ」
「お、しあう!おはよーさん!」
「グッドモーニング!シアウサン!」
元気な声が頭にキンキンと響く。
思わず耳を抑えて、二人を睨んだ。
「なんか不機嫌だなぁ?」
「haha!いつものコトデース!夜更かし映画コースだったのデショウ!」
「……」
私は何も言えずに顔を逸らす。
「お、この顔は図星そうだべ」
回り込んでひょっこり覗き込んでくる美桜、逃げ場もないのかしら。
はぁ、とため息を吐くと、私は美桜の頭を押しのける。
「映画は観てたけど、遊びじゃないっての、ビネガーが発生してないかどうかの確認よ」
「確認出来るんかぁ?」
「オフコース!ビネガーに感染したフィルムには、あの黒いモヤが出てたり、内容がおかしくなってたりするんデース!」
「そうなんかぁ!」
ぽんと、手を打つ美桜。
……が、すぐ小首を傾げた。
「そうよ、だから内容を観てるの」
「でもさ、フィルムの様子でわかるなら中身を観る必要あるんか?」
「……」
どいつもこいつも無駄に鋭い、探偵映画にでも出れば、アンタたち。
なんて言葉を、私は眠気冷ましのコーヒーと一緒に飲み干した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「次の映画はこれよ」
上映シアターの前へ、シアウにおらたちは連れて来られる。
扉の横に貼ってある絵はポスターって言うらしい。
フーディに教えてもらった。
「えーっと、ぐらすほっぱぁ?」
「その通りデース!ミオさん急成長してマース!!」
「だろーっ!修行の成果だべっ!」
知らない文字もちょっとは読めるようになった。
ふふんと得意げに胸を張りながらも、おらは読み上げた文字に引っ掛かりを覚える。
……グラスホッパー。
「はいはい偉い偉い、それじゃあ話に戻ってもいいかしら?」
ぱちぱちと気怠げに拍手をしているシアウ。
眠さもあるからか、いつもよりチクチクしてるのは気のせいじゃないだろう。
「なぁしあう」
「なによ、あんまり脱線したくないんだけど」
「この映画ふーでいのやつじゃねえの?」
そうだ、〈グラスホッパー〉はフーディがヒーローとやらをしている時の名前のはずだ。
「……本線に綺麗に乗せられると動揺するからやめて?」
どうやら綺麗に乗せても外しても文句を言われるらしい。
シアウがジト目でこちらを見ている。
おらが悪いんか、これ?
「いま貴女が言ったとおりこれは、〈グラスホッパー〉シリーズのひとつね、アメコミヒーロー映画の黎明期からある人気作品」
「んだぁ、ふーでいって有名人なんだなぁ!」
「そりゃもう新作を作れば、余裕で利益を呼び込めるぐらいにはビッグデース!!」
「シリーズのナンバリングは3まであって、そこからは別会社のリブート版もあるのよ、私が1番好きなのは初代シリーズやつなんだけどね、3の宇宙から飛来した寄生生命体が──」
「しあう、たんま」
「シアウサン、ストップ」
「チッ」
「……短くても2時間は聞かされマスカラネ」
「ノリノリだとどうなっちまうんだ……」
やばそうになるシアウをとめると、フーディはこっそりとシアター内に逃げてしまった、ずりい。
「さっき、何で映画の内容まで観てたのか聞いたわよね?」
「んだな、でもどうせ見てえからだべ?」
「ぶっちゃけそれも半分あるけど、もうひとつは内容を頭に刷り込んでおくためよ」
「話なら覚えてるんじゃねえのかぁ?」
「入る前に詳細な情報を入れといた方が、中で有利に働くでしょ、大まかな流れは覚えてるけど、それでも、全部覚えてるわけじゃないしね」
ただ観たいだけではなかったんだなと、感心したようにおらは手をうつ。
「ふーでいもおるし、わからない、で困ることはなさそうだな!」
「そうね、まあ厳密にはちょっと違うんだけど……ってかその当の本人はどこいったの?」
「んだ?先にしあたぁにはいっとるぞ」
シアウと一緒にシアターを覗き込む。
……フーディの姿がどこにもない?
『What’s going on!?』
そう思っていた矢先、スピーカー越しの絶叫が廊下を揺らした。
「耳ッ!!!!いってぇ!!!!」
「な、なにしてんのよアイツっ、勝手に先に映画の中に入ったの!?」
シアウがスクリーンを見て叫ぶ。
画面に映っていたのは建物の中だ。
おらには馴染みはないが、いつもゆったりしてるロビーに似ているような気がする。
……いや、問題はそこじゃない。
スピーカーから漏れてくる声に違和感を感じた。
『ワッツ!?ワッツハプニング!!!』
『ワッツ!?ワッツハプニング!!!』
フーディの声が二重に聞こえる
……ちがう。
「しあうっ、しあう!!なんかふーでいが二人おるぞっ!?」
おらはスクリーンに映るそれを見て、シアウの服を思いっきり引っ張り揺らした。
「あーっもうややこしいことにしてくれちゃって!!これはアイツが主人公の映画じゃないのに!!」
「んだぁ!?ふーでいの映画なんだろ、これ!?」
「そうだけど、そうじゃないのよ!!これは〈グラスホッパー〉シリーズでも制作会社の変わったリブート版!!」
画面の向こう側で二人のフーディが、慌てふためいて机のまわりをぐるぐると回っている。
鏡にでも写してるみたいに。
不気味なぐらい二人の動きは、ぴったりだった。
「〈マーベラスグラスホッパー〉よっ!!!!」




